大木の下に冒険者が集い、引き寄せられし者達が小さな街に集まる。
小さな街の警備隊長カヒラは、肥満した身体を健気に動かし、己の職務に励んでいた。魔物の群れに破壊された壁の補修点検、警備隊員達の訓練、王都に送る報告書の作成。
警備隊員達は密かに、カヒラ隊長の変貌ぶりを話の種にしていた。あの無能だった隊長が魔物の群れとの戦い以来、人が変わったように甲斐甲斐しく働いていると。
カヒラ自身は隊員達から無能と言われなくとも、自分でその事は自覚していた。カヒラはあの戦いの事を時々思い出す。
魔物の群れが街に迫った時、一人の少女が壁の外にいた。カヒラは無我夢中でその少女を救うべく、魔物が跋扈する戦場に身を投じた。
カヒラは少女に感謝していた。少女のお陰で、自分は無能より恥ずかしい、卑怯者になることを回避出来たのだ。
今迄に無い充実感を感じていたカヒラが、部下から来訪者を告げられたのは、午前の仕事が一段落した昼下がりの頃だった。
「カリフェース聖騎士団長?」
警備隊員の詰所に現れた男は、雪のように白く長い髪を揺らし頷いた。身につけている甲冑も、マントも白ずくめだった。
聖騎士団長を名乗った男の後ろに、もう一人男が控えていた。黒い短髪に精悍な顔。筋骨逞しい身体は、戦士を思わせた。身に纏った黒い甲冑は、白い聖騎士団長とは対照的だだった。
尖った耳は、魔族だと言う事を証明していた。通常、魔族が人間の街に滞在する時は、帽子等で耳を隠すのだが、その男はそもそも隠そうとする気は無いように見えた。
カリフェースは、人間と魔族が共存する珍しい都市と聞いた事があるが、カヒラには目の前に魔族がいる事に違和感を覚えた。
「この街の警備隊員に、シリスと言う者が居る筈。取次いで頂きたい」
ヨハスと名乗った聖騎士団長は、物腰の柔らかい人柄だと、カヒラに印象づけられた。生憎探し人のシリスは警備隊員を辞めている。
それを説明した時、カヒラの後ろから口を挟む者が居た。婚約中のせいか、最近陽気なコリトだ。
「シリスなら、街の中央広場にきっと居ますよ。昼間から飲んでる、若い女が目印です」
それを聞いた聖騎士団長と魔族の男は、互いに顔を合わせ頷いた。
正午を過ぎた中央広場は、長椅子に腰掛け外で昼食を採っていた住民達が、まばらになってきた頃だった。
元警備隊員シリスは、今日も芝生に座り込み、落ち込んでいた。隣にいるエルドが白ワインを勧めるが、シリスは黙って首を振った。
この生真面目な娘は、一度落ち込むとなかなか立ち直る事が難しいらしい。エルドは肩をすくめ苦笑した。
「失礼、お嬢さん。貴方はもしや、シリスと言うお名前かな?」
突然声をかけられ、俯いていたシリスは、面倒そうに顔を上げる。声の主は、白い甲冑を身に着けていた。甲冑から顔を見上げようとしたシリスの視線が、急に止まった。
シリスは白い甲冑の胸にあったペンダントを凝視する。そのよく見知った紋章。そして紋章の下に型どられた騎士団の階級章。
反射的にシリスは文字通り飛び起き、声の主に敬礼した。
「は、はい!私はシリスと申します!せ、聖騎士団長様でありますか?」
言いながらもシリスは信じられなかった。こんな田舎町に、聖騎士団長自ら出向いてくる事など、想像の外だった。
ヨハスは敬礼を返し、静かに頷いた。
「ああ。私は聖騎士団長、ヨハスだ。皇帝の剣の一件で、君に聞きたい事がある」
シリスは驚きと同時に赤面した。横目で足元の酒瓶を見る。こんな昼間から酒盛りをしている所を、よりによって聖騎士団長に見られるとは。
肩を小さくしているシリスを見て、エルドは一瞬で状況を把握した。瓶を持ち、エルドも立ち上がる。
「お話中、口を挟み失礼します。シリスは皇帝の剣の所有者を説得出来ず、塞ぎ込んでいました。このお酒は、私が気晴らしに勧めた物です。どうか真面目な彼女を誤解無きよう願います」
「エルド······」
エルドの言葉に、シリスは瞳と頬を赤くし、今にも泣きそうな表情になる。
「なぁに、気にするな嬢ちゃん。酒は飲むものだ。昼間だからと言って差別しては、酒が可哀想というもんだ」
ヨハスの後ろにいた、黒い甲冑を纏った魔族の男が、エルドから酒瓶を掴み取り瓶ごと飲み始めた。
「白か。俺は赤の方が好みだが、悪くない味だ。それ、お前も飲めよヨハス」
短髪の魔族の男が、酒瓶をヨハスに渡す。
「ボネット······お前はまた」
ヨハスはため息をつきながらも、ボネットの意図を理解し、仕方無く一口飲んだ。
「さあ嬢ちゃん。これで俺達は同罪だ。気にする事なく、堂々としてな」
ボネットはシリスに片目を閉じ、ヨハスから酒瓶を奪い取り、再び白ワインを煽る。
「······君は、ウェンデル殿のお知り合いかな?」
酒好きの相棒は放っておいて、ヨハスはシリスと同年代に見える少年に問いかけた。
「はい。エルドと申します。一応、ウェンデルとは冒険者仲間です」
黒衣の少年の返事は、ヨハス達の後ろを通り過ぎようとしていた、馬車の車輪の音でかき消された。
エルドの視界の端に、馬車の御者が手綱を離し、立ち上がるのが映る。頭にターバンを巻いた御者が、馬車から飛び降りこちらに向かって突進して来る。
御者の右手には、短剣が握られていた。エルドは反射的にナイフをその御者に投げ付ける。ナイフはヨハスとボネットの間をすり抜け、ターバンの御者の喉元に吸い込まれる。
短い金属音が響き、エルドの放ったナイフは、御者の短剣で叩き落とされた。御者は速度を緩めず、ヨハスに向かってその短剣を突き立てようとした。
「避けて下さい!騎士団長様!」
シリスの悲鳴と同時に、何かが砕ける鈍い音がした。ボネットが右手に持っていた酒瓶を御者の頭に叩きつけ、瓶が砕け散った。
御者のターバンに血が滲む。倒れると思われた御者は、右手に持った短剣をヨハスめがけて投じた。
ヨハスの眉間に届く寸前で、御者のナイフは意思を変えたかのように、飛ぶ方向を変えた。エルドが再びナイフを放ち、御者のナイフに命中させたのだ。
「よく動く奴だな」
ボネットが太い手首を翻し、御者の首に手刀を叩きつける。御者は苦悶の声を出し、今度こそ地面に倒れた。
「皆そこから離れて!」
エルドが駆け出しながら、全員に叫ぶ。倒れた御者の背中に飛び乗り、首の頸動脈をナイフで切り裂いた。
「おいおい少年。そいつが死んだら、何も尋問出来んだろうが。人が苦労して手加減をしたのだぞ」
割れた酒瓶を投げ捨て、ボネットはエルドに抗議する。御者の首から大量の血が流れる。エルドは脈を測り、御者が絶命している事を確認した。
「この御者の、手の甲にある入墨を見て下さい」
ヨハス、ボネット、シリスが死体となった御者の手の甲に注目する。そこには、月を形どった入墨が彫られていた。
「下弦の月一族。暗殺を生業とする一族です。闇の世界では、その名声は最悪の部類に入る連中です」
この暗殺者一族は、身体中に猛毒を塗った武器を忍ばせており、指一本でも自由にさせたら、こちらの命が危険に晒される。
生け捕りは至難の業であり、そもそもどんな拷問をしようとも、口を割る連中では無かった。
「なんだ少年、やけに詳しいな。先刻の技と言い、お前さんも同業者か?」
エルドの説明に、ボネットは無遠慮に質問する。エルドはシリスの当惑の視線を感じながら、ボネットには笑みを返すに留まった。
エルドは説明の補足をする。下弦の月一族は、一人雇うのに金貨三百枚が必要と言われていた。一体誰が大金を投じ一族を雇い、ヨハスの命を狙ったのか。
「大司教に間違いないな」
ヨハスは断言した。ヨハスがカリフェースを離れたのを好機とし、大司教は目障りな聖騎士団長の暗殺を図った。ヨハスにはそれ以外に考えられなかった。
「だ、大司教様が何故、聖騎士団長様を狙うのですか?」
シリスは先程から、頭が混乱し続けていた。聖騎士団長の登場、暗殺者の出現。そして、エルドがその同業者かもしれないと言う事。
何一つ処理出来ないまま、今度は大司教がヨハスを暗殺しようとしたなど、理解出来る筈も無かった。
「······シリス。君には教団の現状を話して置くべきだな」
ヨハスが純真な信者を気の毒そうに見る。ともかく、何処かに腰を降ろそうとボネットは提案した。エルドはその要求に答える。
「朝から営業している茶店があります。そこに行きましょう」
その茶店にはきっと、練達の頂きに到達した魔法使いもいるだろう。その魔法使いは最近知人を亡くしてから、度々一人で酒を飲んでいた。
大陸の東の片隅に、ある小さな村があった。その村には、一本の大木が根を生やし、数百年以上小さな村を見守って来た。
その大木は春にはピンク色の花を咲かせ、村の住民達を和ませていた。その大木の下に、三人の男達の姿があった。
一人は赤い鎧を身に着け、一人は黒い魔法衣を纏い、もう一人は白い神官衣を着ていた。
「さて。ソレットの伝言は果たしてあるかな?」
黒い魔法衣の男は、つい最近まで現役だった勇者の名を口にした。
「我々が散り散りになった時は、この大木の元に集まる。そう言う約束でしたね」
白い神官衣を着た男が、懐かしそうな目をして、大木を見上げた。彼等三人は、勇者ソレットの仲間達だった。
この大木の前から、彼等四人の冒険は始まった。オークの巣窟だった砦を落とし、砂漠のオアシスの住民を襲った巨大蛇を討ち取り、二十体のゴーレム達との壮絶な戦いを生き残った。彼等の名は、徐々に世界に広がって行った。
女戦士ジャスミンが仲間に加わったのは、その頃だった。戦う時以外はおしとやかなジャスミンだったが、激昂するとすぐに手が出る性格だった。
仲間達は全員漏れなく、ジャスミンの平手をその身に受けた。仲間達はジャスミンを怒らせないように学習した。平手の度に歯が抜けては、身が持たないからだ。
だが、自分の考えを曲げない性格のソレットだけは、度々ジャスミンと衝突した。二人の口喧嘩は、仲間内の見慣れた光景となった。
そんなソレットとジャスミンが恋仲になるのを、仲間達は自然と受け入れた。恋人になったとは言え、ソレットが道を間違えようとした時は、容赦無くジャスミンの平手がソレットを張り倒した。
五人の運命が激変したのは、魔王の居城が近づいて来た時だった。小さな砦で遭遇した相手は、黄色い長衣を纏った魔王軍序列一位の男。その決戦で、ジャスミンは命を落とした。
ジャスミンを倒した黄色い長衣の男は、深手を負い撤退した。他の魔族は全て倒したが、ソレット達の失った物は余りにも大き過ぎた。
恋人の死に、ソレットは打ちひしがれた。勇者の絶望は、凄絶な復讐に変わった。四人は、魔王軍の難攻不落の要塞を陥落させた。
そこでまた運命の歯車が気まぐれを起こす。魔王の居城を目の前にして、ソレットがジャスミンの仇を取るために、要塞から姿を消したのだ。
残された三人は、ソレットの帰りを待った。その間に金目当ての冒険者が続々と要塞に集まって来た。
いつまで経っても魔王の城に攻め込まない三人に、冒険者達は不満を募らせる。それはやがて暴動に変わった。
三人は要塞内の混乱の中、ソレットを待つ事を断念し、要塞から退去した。冒険者達はその後魔王の城に攻め込み、全滅する事となる。
その混乱の最中三人はバラバラになり、紆余曲折を経て、この大木の前に再び集結する事となった。
大木の根元に、小さく掘られた穴があった。その穴の中に、赤い鎧を身に着けた男が手を伸ばす
。
鎧の男はその手を二人に見せた。男の手には、手紙のような物があった。
「······やはり伝言はあったか!」
「手紙の内容は?なんて書いてますかゴント」
黒い魔法衣の男と白い神官衣の男達が、ゴントと呼ばれた鎧の男に手紙の中身を読むようせがむ。
ゴントは無愛想な表情を変えず、無言で手紙を読む。普段無口な男は、なかなか手紙の文を朗読してくれなかった。
「ええい、もういい。俺にその手紙を貸せゴント!」
黒い魔法衣の男がゴントから手紙を奪い取る。せっかちな性格の男は、ゴントが全て読むまで我慢が出来なかった。
「ハリアス、手紙には何と?」
白い神官衣の男が黒い魔法衣の男の名を呼び、一緒に手紙を覗き込む。
手紙の主は予想通りソレットだった。ソレットが要塞を飛び出してから、青と魔の賢人の組織に入るまでの経緯が綴られていた。
三人が最後に見たソレットは、復讐の狂気に取り憑かれていた。だがこの文面を読む限り、勇者は我を取り戻していると思われた。
「······良かった。ともかくソレットは無事のようですね」
白い神官衣を纏った男が、心から安堵した声を出す。
「クリス、お前は少し心配性だぞ。俺は大丈夫だと言っただろう」
ハリアスが陽気な声で、白い神官衣の男の名を呼ぶ。
「······ジャスミンが夢にでも出て、ソレットを諌めたかな」
滅多に口を開かないゴントが、小さく呟いた。ハリアスとクリスは、仲間の空想めいた言葉を笑わなかった。
そうであって欲しい。いや、きっとそうに違いないと。三人の思いは同じだった。
とにかく、三人はこれからの行動を決めなくてはならなかった。
「大きな戦が起こると言う、小さな街に行く。そして、この手紙に書かれているアルバとか言う奴をソレットと共に監視する。異議は無いか?二人とも」
ハリアスの確認に、ゴントとクリスは力強く頷く。自分達四人が揃えば、不可能な事など無い。世界を救う事さえも。
若き冒険者達は、自分達の力と、無限の可能性を信じて疑わなかった。
小さな街に忍び寄る災厄にも気づかず、タクボは疲労した身体を休めようと、宿屋の階段を登っていた。
チロルとヒマルヤの訓練に付き合うと、いつも疲労困憊になる。無茶を出来る程若くないな。タクボは自分を皮肉った。
最近は何時も、街に帰ると茶店で酒を飲んでいたが、今日はベットで休もうと決めた。見慣れた自分の部屋のドアを開け、タクボは部屋に入る。
タクボは異変にすぐ気づいた。タクボの視界に、細い足が二本映った。狭い部屋の粗末なベットに、誰かが腰掛けている。
タクボは視線を足から上に移す。ベットに座っていたのは、若く美しい女だった。女は灰色の長い髪を揺らし、ゆっくりと立ち上がる。
女は、穏やかな笑みをタクボに向けていた。
夕刻になり、小さな街の門は閉められようとしていた。門番は早く仕事を終え、一杯飲みに行こうと手早く門を閉めようとした。
その時、子供の大声が門番の耳に届いた。門番が夕闇の中、目を凝らすと、こちらに駆けてくる少年と思われる背格好の人影が見えた。
門番は仕方なく、少年が門を潜るまで待った。少年の姿を見た時、門番は驚いた。荷物は手に持つ小さい袋一つのみで、衣服は所々破け、顔にも擦り傷が幾つもあった。
門番は、十五歳前後に見える少年に問いただした。一体その身なりはどうしたのかと。
「山を超える際、山賊に襲われ荷物を盗られてしまいました」
少年は困ったように笑った。門番は不思議に思った。山賊に襲われる事など大したことでは無い。少年の表情と笑いには、そう思わせるようなしぶとさが備わっていた。




