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賢眼はその目を開き、少年と流血王は邂逅を果たす。

 タクボは、自己の人格がどうやって形成されたか、分析した事が過去に何度かあった。大部分は幼少時代に起因していた。


 両親を失ったタクボは、親戚の家に引き取られた。そこで彼を待っていたのは、家畜の納屋での睡眠と、粗末な冷めた食事だった。


 朝日が登る前に家畜の世話を行い、親戚達が床につくまで、様

々な雑務を強制された。あの時の自分は奴隷だった。そう考えれるようになったのは、随分後になってからだった。


 そんなタクボの運命が大きく変わったのは、森に薪用の木を集めに行った時だった。車輪のついた荷台に、子供には余りにも重い木の塊を載せていく。


 寝不足と疲労が限界を極め、タクボは木陰で小休止する事にした。いつの間にか眠りに落ち、目が覚めた時は、太陽が西に大分傾きかけた時だった。


 タクボは急いで村に戻った。鞭の罰は確実だった。遠目に見えた村は、何か変だった。各所から煙が昇っている。異変は、村に近付くほど顕著になっていった。


 タクボは木を積んだ荷台を放棄し、村に駆けて行った。そこで目にしたのは、破壊し尽くされた無残な村だった。


 矢を射られ倒れている者。剣で斬られ血を流している者。家々には火矢が放たれ、炎上していた。親戚の家に着くと、よく見知った人達が、死体となって転がっていた。


 二つの国の国境線に近いこの村が、領土紛争に巻き込まれた事など、タクボは知る由もなく、呆然と立ち尽くしていた。


 焦土と化したこの村に、盗賊団が襲来したのは、正にその時だった。軍隊が去った後、何か金目の物が残っていないか略奪に来たのだ。


 タクボのそれからの記憶は、曖昧だった。命からがら逃げ延びた後、自分は戦災孤児施設に居た。その施設で、タクボは国に役立つ人材になるよう洗脳されかけた。


 真紅の髪の少年が、施設の正体を教えてくれ、タクボは洗脳されるのを回避できた。タクボには、魔法使いの資質が備わっていた。


 タクボは決めた。この施設を出たら穏やかな、そして静かな暮らしをしようと。ある小さな街にタクボは拠点を置いた。


 日銭を稼ぐために、毎日銅貨級の魔物を相手に魔法を詠唱し続けた。そうしている内に、いつの間にか二十年の月日が流れた。レベルは四十になり、練達の頂と呼ばれる域までに達した。


 元々、人付き合いが得意で無いタクボは、街の中で特に交友を持たなかった。時折、他の冒険者達から誘いはあったが、集団行動の煩わしさから全て断った。


 目標額を貯めて、一日も早くこの冒険者という職業から足を洗う。タクボが望むのは、その一点だった。


 それがある日を境に、タクボが望む人生とは真逆の日々となった。恐ろしい相手に命を何度も危険に晒され、周囲には顔馴染みが増えていった。


 特に、黄色い長衣を纏った魔族とは、なぜか気が合った。この魔族と酒を酌み交わす時、他者と同じ時間を過ごすのも悪くないと感じた。


 その魔族の男の死を知った時、タクボは冷静では居られなかった。そして時間が経つ程、怒りが込み上げてくる。


 一騎打ちをすると決めた時、何故自分に頼らなかったのかと。その魔族の男は、主君をタクボに託した。


 それは、魔族の男がタクボを信頼していたという証だったが、この時のタクボはそう思えなかった。心に浮かぶ言葉は、魔族の男を非難する類のものだった。


「厄介な死神が、厄介事を押しつけおって!」


 街のほど近い丘陵地で、タクボの詠唱が響く。それは、呪文をかけた相手の攻撃能力を半減させるものだった。


 長い帽子を頭に被った少年が、顔を歪める。元魔王、ヒマルヤはタクボの呪文で、攻撃能力を半減させられた上に、足元は陥没し、身体は重しを背負ったように動かない。


 タクボとは離れた位置で、ロシアドがヒマルヤに地下重力の呪文をかけていた。そのヒマルヤに、銀髪の少女が斬りかかる。


 少女の小さい手に握られた剣は、明らかに少女には大きすぎた。だが少女は器用に腕を畳み、一見その身体には不釣り合いな剣を、見事に使いこなしていた。


 元魔王の少年は、黒い光の鞭で少女の斬撃を防ぐ。地下重力の影響で、ヒマルヤは身体のバランスを崩した。その機を逃さず、少女はヒマルヤの懐に飛び込み、右足でヒマルヤの手に握られた、魔法石の杖を蹴り上げた。


「そこまでだ!」


 ヒマルヤの様子を注視していたタクボの声が響く。落とした魔法石の杖を、チロルが拾いヒマルヤに渡す。


「······まだ私はやれる!チロル、タクボ、ロシアド!もう一度頼む!」


「次はチロルの番だ。訓練は平等に。そう決めただろう」


 タクボは、二人目となった弟子を嗜めた。それを合図に、チロルが勇魔の剣を構える。


「ヒマルヤさん、ロシアドさん。二人同時に来て下さい」


 チロルは静かに口を開く。大きな瞳は細く沈みみ、その表情は見る者に、冷たい印象を抱かせた。


「後で泣き言を言うなよ」


 金髪の美しい青年が、少女に警告を発し、腰から剣を抜く。ヒマルヤも漆黒の鞭を構える。


「二人共本気で来て下さい。そうじゃないと、訓練になりません

。全力で来ないと、私に斬られますよ」


 この愛弟子は、たかだか訓練一つに命を懸けている。師であるタクボはそう感じた。少女をそうさせる物はなんなのか。

 

 あの日。サウザンドの死を知った時の夕暮れ。チロルは誰に言うでも無く、宣言した。


「私は、私の大事な人を奪った相手を許しません。絶対に」


 あれは、少女が自分に誓った儀式だったのかもしれない。必ず復讐を遂げる。勇者の金の卵と、元魔王の少年に命を狙われる相手は、不運だろうか。それとも、まだ二人が子供だと言う事を、幸運に思うだろうか。



 人間の領土内を我が物顔で行軍する魔族の軍が、人間達の軍隊と遭遇した。行路を利用する以上、それは魔族達にとって覚悟の上だった。


 まして現在は、人間達の各国の軍隊が、南を目指して移動中だ。進路が同じである以上、遭遇は必然だった。


 戦闘は突然に、そして唐突に始まった。幌馬車内に軟禁されていた少年モンブラは、まだ早朝の眠り中から、兵士達の怒号で飛び起きた。


 外で何かが起こっている。少年は、まだ覚醒しきっていない頭を、無理やり叩き起こす。兵士達の声に耳を澄ます。どうやら外で戦闘が行われているようだ。


 相手は人間の軍隊だろうか。その可能性を、モンブラは以前から考えていた。人間達の領土内を行軍しているのだ。そうならない方が不自然だった。


 魔族の軍隊に異変が生じる。それは、モンブラにとって待ち侘びた瞬間だった。捕まってから一週間。この機会を逃したら、ここから逃れる事は叶わない。


 少年は、今一度自分の置かれている状況を確認する。モンブラの両足は、鎖で繫がれている。しかし、両手は自由だ。


 幌馬車の外には、二人の兵士が交代で見張りについている。中から外を伺うと、兵士の影は一人だった。もう一人は、戦闘に参加したのだろうか。


 とにかく監視の目も半減された。モンブラは右足の靴を脱ぎ、靴底を両手で微妙にずらす。すると、靴底が外れ中から小さい袋が足元に落ちた。


 袋の中には、小さい針金、糸、釘、柄の無いナイフが入っていた。少年は二本の針金を掴み、鎖を繋ぐ南京錠の鍵穴に一本を差し込む。


 それを時計回りの方向へ力を入れ、もう一本の針金を鍵穴に入れ、それをゆっくりと削るように前後に動かす。


 少年は幼少時代、他者の家から盗みを働いていた訳では無かった。これは尊敬する師、ネグリットから教わった事だ。


 ネグリットはモンブラに、様々な事を教えてくれた。それは教師が生徒に教えるような、形式的なものでは無かった。


 ある時はモンブラが仕事の書庫の整理をしている時、またある時は、ネグリットにお茶を淹れ机に置いた時。


 ネグリットの講義は、場所と時を選ばす突然始まった。モンブラは目を輝かせてその講義を聴いた。知識もそうだったが、ネグリットの話は雑学も多かった。


 この靴底に道具を忍ばせる事や、鍵を破る方法もその一つだった。かつてネグリットは、笑いながら少年に言った。


「私は子供時代、こうやって盗みに入り、飢えを凌いだものだ」


 ネグリットのその時、真実とも嘘とも取れる表情をしていた。


 鍵穴が開く音と共に、モンブラは過去の思い出から、過酷な現実に意識を戻した。少年はネグリットの教えに、心から感謝した


 鎖を外した少年は、柄の無い小さいナイフで、幌馬車内の布を切り裂いていく。裂いた箇所から外を伺う。


 兵士達の声は遠くに聴こえる。どうやら戦場は、この馬車よりも離れた場所らしい。見張りの兵士の死角側から、モンブラは慎重に、物音を出さないように外にでる。


 モンブラは馬車の列を前方へ駆け出し、あの天蓋付きの馬車を探した。一際目立つゴドレアの馬車は、すぐに見つかった。


 モンブラはゴドレアの馬車の中に入り、ネグリットの手首を探した。少年の顔に、汗と焦りの不安が浮かぶ。いくら探しても、この室内には手首が無かった。


「探し物は見つかったか?」


 背後からの声に、モンブラの心臓は凍りついた。向きたくもない後ろを振り返ると、全身に返り血を浴びたゴドレアが立っていた。


 つい先程戦闘が始まったばかりなのに、どうしてゴドレアがここにいるのか?少年は恐怖の余り、冷静に考えられなかった。


 ゴドレアが相手側の将軍を早々に打ち取り、興を削がれた流血王は後を部下に任せ戻ってきたなどと、少年には想像も出来なかった。


「小僧、我々は時期に目的地に到着する。お前の答えを聞かせてもらおうか」


 ついさっき迄殺し合いをしていたゴドレアの両目は、殺気立っているようにモンブラには見えた

。少年は震える両足と心を奮い立たし、流血王を睨みつける。


「······こ、殺すなら殺せ!僕はネグリット先生の信頼を、決して裏切らないぞ!」


「······ネグリットだと?小僧、貴様今、ネグリットと言ったか?」


 少年は自分の迂闊さを呪った。恐怖に耐えきれず、自分の決意が声となって外に漏れてしまったのだ。


 その時、ゴドレアの腰に着けられていた袋が光った。ゴドレアは袋の中身を取り出す。それは、モンブラが探していたネグリットの左手首だった。


 左手首の甲にある目が開き、その目から発せられる光は、薄暗い馬車の中を明るく照らす。光の先に、人の姿らしきものが浮かび上がる。


「······ネ、ネグリット先生······?」


 死んだ筈の我が師の姿に、モンブラは驚愕した。対照的にコドレアは落ち着き払い、かつての宿敵を見据える。


「······久しいな。ゴドレア。その若返った姿と返り血。どうやら牢から出たようだな」


「······ネグリット。これは貴様の、手掌眼の力か?」


「そうだ。手掌眼は未来を予知する力と言われるが、それは誤りだ。この眼の真の使い方は、今お前が目にしている通りだ」


 モンブラは一瞬、ネグリットが生き返ったと歓喜したが、それはすぐにぬか喜びに終った。ネグリットの姿は上半身のみで、それは生身では無く、光が映す姿だった。


「少しは丸くなったと思ったが、牢を出るなり流血王に戻ったか」


 ネグリットは失望の声を隠さず嘆息した。


「······随分な言い様だな。俺は貴様の遺言の為に、汗をかいているのだぞ」


「私の遺言だと?······なる程。さしずめ、アルバに利用されたと言う所か」


 コドレアの両目が、鋭くネグリットを睨みつける。


「俺が利用されただと?どう言う事だネグリット?」


「事は急を要する。コドレアよ。お前には真実を語ろう」


 ネグリットはコドレアに全てを話した。自分がアルバに殺害された事。アルバが細菌を使って、世界を破滅させようとしている事。


 流血王の眉間に、深いシワが刻まれる。歯ぎしりをした後、怒気と殺気が混ざった声を発する。


「······あのアルバとか言う小僧。この俺を利用した訳か」


 ネグリットの光の像は、秘書の少年に振り返った。


「······モンブラよ。手掌眼の魔力はこれで尽きる。この手首はもう無用の長物だ。この上は、お前の口からボネットに真相を伝えてくれ」


「······はい。ネグリット先生。先生の遺言を、僕は必ず果たします」


「······苦労をかけるな、モンブラ。世界を破滅から救うのは勇者でも魔王でもない。お前だモンブラ。歴史に名は残らんが、私だけはその事を心に刻み、黄泉に旅立つ」


 少年はいつの間にか涙を流していた。ネグリットにそう言われる事が、どんな名声より、どんな栄誉より少年には嬉しかった。


「コドレアよ。この手首の正体が分かったからには、モンブラには用は無かろう。この子に手を出す事は許さん」


 実体の無い光に何が出来るのか、ゴドレアは嫌味の一つでも言いたかったが、口にしたのは別の事だった。


「知りたい事が分かれば、そんな小僧に用は無い。何処へでも行くがいい」


 ネグリットは頷いた。それと同時に、光の像が急速に暗くなって来た。


「ネグリット先生!」


「そろそろ時間だ。モンブラ、後を頼んだぞ」


 光は弱々しくなり、ネグリットの姿は消えそうになる。


「待てネグリット!最後に教えろ。何故お前は、最後まで俺を殺さなかった!?」


 ゴドレアは絞り出すように声を出した。畏敬、嫉妬、憎悪。その一声に、様々な感情が入り混じっていた。


「······お前が、かつての自分と似ていたからだ。ゴドレアよ」


 若き日のネグリットは、流血と破壊の日々でしか生きれなかった。その日常が変わったのは、青と魔の賢人の組織に入ってからだった。


 この組織での体験は、ネグリットを大きく変えた。特に人を育てる事に強い興味を持った。


 血塗られた剣を教鞭に持ち替え、敵の喉元を掻き切った口は、穏やかや笑みを浮かべるようになった。


 自分に七度も挑んて来たゴドレアに、ネグリットは若き日の自分を重ねた。この流血しか知らぬ男を変えてみたい。ネグリットはそう考えるようになった。 


「······だが、私はお前を変える事が叶わなかった。私の不徳の致す所だ」


「······」


 コドレアは沈黙している。今口を開くと、宿敵だった男に弱みを握られると言う錯覚に陥っていた。


「コドレアよ。その気になれば、何時でも変わる事が出来る。人間も魔族も、そこに差異はない。流血王から、世界を救う英雄に変わる事もな」


「······戯言を······」


 ネグリットの光の残像は、そう言い残し、穏やかな笑みを残して消えていった。薄暗い天蓋の中に、少年と流血王が残された。


 コドレアは目が閉じられたネグリットの手首を、モンブラに放り投げた。少年は慌てたが、辛うじてそれを落とさず受け取る。


「小僧。その手首は魔力を失った。これから腐敗が進行するだろう。塩詰めにして行け」


 コドレアはそう言い、塩とモンブラの持っていた鞄を渡す。モンブラは手首を塩の入った袋に入れながら、現在地を考えていた。


 ゴドレアの軍勢は、行路の南を進行していた。カリフェースから遠く離れてしまった事には間違いは無かった。


 外ではまだ、戦闘が行われている。行路から外れるが、一山超えた所に小さな街がある。そこで旅支度を整えるがいいと、ゴドレアは教えてくれた。


「一週間後、その小さな街の周辺で大きな戦が起こる。死にたくなければ、直ぐにその街を出ろ」


 少年は迷った。ゴドレアの助言に、お礼を言うべきだろうかと。結局モンブラは、小さく頭を下げて、馬車を出ようとした。その時、自分でも思っても無かった事を口にした。


「······貴方は、ネグリット先生に憧れていたんですか?」


 この言葉を投げかけられた時、ゴドレアは一瞬固まったように、モンブラには見えた。最も、両目は黒い布に覆われていたので、表情まで読み取れなかった。


「······馬鹿を言うな。奴は倒すべき宿敵だ······もう行け、小僧」


 かくしてモンブラは、一週間の拘束から開放された。山の高台を登った時、少年はその目を疑った。数時間前に自分がいた行路の前後、そして周辺に各国の軍旗を見たからだ。


 各国の軍隊は一様に南に進軍している。コドレアの軍旗が消えていた。行路を外れ、別の場所に移動したのだろうか。


 モンブラはコドレアの言葉を思い出す。近々大きな戦が起こる。少年は歩く速度を早めた。一刻も早く、街で馬を調達しなければならない。


 小さな田舎街に未曾有の危機が迫る中、この街の門を潜った二人の旅人がいた。馬に股がった白髪の男の胸には、オルギス教の紋章を形取ったペンダントが、小さく揺れていた。


 


 





 



 




 

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