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血を欲した狂望は惨禍を求め、血染めの歯車は回り始める。

 青と魔の賢人達の本拠地の城では、重要な会議が開かれていた

。今日は月に一度、世界中に散った賢人達が集まる、定例会の日だった。


 飾り気の無い、実務的な会議室に集結した賢人達は、皆一様に厳しい表情だった。今日の定例会に出席する筈の人数が足りない

。謎の襲撃者達の犠牲者が、また新たに三人出たのだ。


 そして、昨日の中央裁行部六人の焼死体事件。組織の長い歴史の中でも、未曾有の出来事だった。


 アルバは、席に座る三十七人の賢人達に、事件の真相を語った。計五人の犠牲者を出した犯人は、黒いローブを纏った四兄弟だと。


 そして、昨日の中央裁行部六人の殺害も四兄弟の可能性が高い事。四兄弟は、バタフシャーン一族の支援を受けている事を明かした。


「バタフシャーン一族は、我々に戦いを挑むつもりか?」


「なぜだ?これまでの歴史で、彼等がそんな事をする素振りすらなかったぞ」


「何を甘い事を。現状は既に、戦争状態に突入している」


「その通りだ。奴等一族を、このまま捨て置けん」


 バタフシャーン一族討つべし。この会議室に、好戦的な空気が濃くなって来た。アルバは採決を提案した。空席になった中央裁行部員の投票を。


 アルバ率いる派閥は、今迄はネグリットの派閥に数で後塵を拝していたが、今回出た犠牲者達の影響で、多数派に踊りでた。


 新たに決まった中央裁行部六人は、アルバ自身を含む、全てがアルバの派閥の人材で占められた。


 アルバはその場で、中央裁行部議長に選出された。この組織に入って十数年。真紅の髪の青年は、ついに青と魔の賢人の最高位に登りつめた。


「バタフシャーン一族を滅ぼす。その為に、賢人達が一致団結する必要がある。皆の力で、ネグリット議長達の仇を討とう!」


 議長となったアルバは、高らかに宣言した。賢人達は声を揃え、それに応える。会議室は異様な熱気に包まれた。


「······この一連の事件で、一番利益を得た人物は誰かな」


 賢人達は、皆席から立ち上がり、アルバの宣言に応えていた。その中に、唯一席に座ったままの男が居た。


 男は青の魔法衣を纏い、両腕を組みながら、静かな両目でアルバを見ていた。


「ルトガル。貴方の魔法を存分に使える場が用意されそうだな。世界一の魔法使いよ」


 隣の賢人に通り名を言われ、魔法衣の男は口元の髭を歪ませ苦笑した。その外見は、三十代後半に見えた。


 世界一の魔法使い、ルトガル。そう呼ばれる黒髪の男は、青と魔の賢人の組織の中でも、異色な存在だった。この組織に入る条件として、勇者や魔王クラスの力を持つ事が必要だった。


 それは、剣技、体術、魔力と多岐に渡る。しかし、人間のルトガルは、身体能力は平凡な人のそれであり、剣もろくに扱えない


 ルトガルは、その強大な魔力のみを認められ、この組織に招かれた。彼の戦場での戦いぶりから、ある言葉が生まれた。


「ルトガルに先制攻撃を許した者に、生き残った者無し」


 ルトガルは、自分の思考を分析する。この組織を揺るがす大事件で、一番利益を得たのはアルバだ。では事件にアルバが係わっている可能性は?


 難しいな。ルトガルはそう結論を出す。アルバ一人で、中央裁行部六人を殺害するなど不可能に思えた。六人は高齢だったとは言え、アルバ一人に抗し得ないとは考えにくい。


 では今回、アルバには偶然に幸運が転がり込んだのだろうか。ルトガルは、釈然としない何かが、心の片隅に消えなかった。


 そのルトガルが、一人の若者を観察していた。その若者は、自分と同じくこの会議室の熱気に、染まってないように見えたからだ。


 若者の名はソレット。最近組織に入った元勇者だ。ソレットは静かな目で、アルバを見ていた。ソレットはアルバの勧めでこの組織に入った。


 だが、それは表面的な形だけで、ソレットの真の目的は、アルバを監視する為だった。ソレットは夢の中で、戦死した恋人の声を聴いた。


 彼女は言った。アルバは危険な男だと。それ以来、ソレットは組織に面従腹背し、今日まで過ごしていた。


 ソレットは静かに、密かに牙を研いでいた。この危険な男が行動に出た時に、自分が止める。世界を平和にする。それが、死んだ恋人と交わした約束だった。


 会議を終え、アルバはこの城の地下にある牢獄に向かう途中だった。牢獄にいる魔族を、新たな魔王に任命する為だ。


 廊下を歩いていると、アルバは城の検屍官に呼び止められた。今回の事件で、不審な点があると言う報告だった。


「ネグリット議長の左手が消えていた?」


 ネグリットの焼死体から、どういう訳か、左手が切り取られた形跡があったと言う。そして、そのネグリットの秘書の少年が、昨日から森に行った後帰らず行方不明だと。


 アルバは一つの可能性を考える。昨日、ネグリットを殺害した時に、隣の書庫にその少年が居たのか?そして、その少年はネグリットの左手を持ち出した?


 だが一体何の為に?手掌眼である左手と言うのが気になった。何より、自分とネグリットの会話を聞かれた可能性がある。


 アルバは、少年の捜索をするよう命じた。子供一人、何が出来る訳でも無い。アルバはさほど気に止めなかった。


 それよりも、アルバにはやる事が山積していた。真紅の髪の青年は、ただ細菌を撒き、人間と魔族を滅ぼすつもりは無かった。


 アルバは、世界中で大きな戦争を引き起こすつもりだった。人間と魔族、全てを巻き込んだ戦争。その戦争に生き残った者のみ

、細菌の血清を与え、新しい世界を生きる権利を与える。


 その選別リストは、もう決まっていた。アルバは、その名簿に名を連ねる者達にすら、無条件で生き残る事を許さなかった。


 過酷な条件下で生き残る強者のみ、新たな世界で生きる事が許される。少数の英雄で創られる世界は、今の歪んだ世界よりより良い物になるだろう。


 アルバは牢獄に向かう歩みを再開させた。これから会う魔族の男は、その選別の為に役に立つ筈だった。


 ······尊敬するネグリットが殺害されてから、一週間程経っただろうか。モンブラは馬車の中に居た。


 運良く商人の馬車に乗せてもらい、モンブラは目的地に向かっていた。モンブラは城を出て数日、人と接近しないよう気を配った。


 アルバが撒いた細菌に、感染している可能性があったからだ。だが運良く身体に不調は無く、人に近づいても問題無いと判断した。


 商人の馬車は、順調に行路を進む。旅の疲れが溜まったせいか、少年はいつの間にか眠りに落ちていた。


 盗賊団に襲われたのは、日が傾き始めた時だった。二十人程の荒くれ者達が、奇声を上げて馬車を襲う。商人達の断末魔の叫びで、モンブラは夢から叩き起こされた。


 寝ぼける暇も与えられず、少年は必死で逃げる。盗賊団の一人が投げた短剣が、モンブラの左足に命中した。


 少年は倒れ込み、地面に頭を強打した。意識が段々と遠のいて行く。モンブラは、ネグリットの遺言を果たせない絶望感に襲われた。


 少年の耳に、誰の者とも分からない悲鳴が聞こえた。悲鳴は次々と起き、やがて止んだ。モンブラは意識を失う寸前に、ある声を聴いた。


 その声は、自分と変わらない年齢の声に聞こえた。


「ザンドラ兄貴、こっちに来て治癒の呪文を頼む。この子供、まだ息がある」


 モンブラの意識は、そこで途切れた。


 

 この小さな街に、〔黄昏の一服〕という小さい宿屋がある。この街唯一の宿屋を営む主人は、最近常連となった金髪の若者に、注文を受けていた。


 一週間程前の精霊祭から、十五歳ぐらいの少年が宿泊している。その少年の部屋と、金髪の若者の部屋は隣り合っているのだが、違う部屋に変えて欲しいと要求された。


 部屋の数が少ないから、難しいと答えると、金髪の若者は小さいため息を残し、外に出ていった。


 金髪の美男子は不機嫌だった。青と魔の賢人の重要な定例会も参加できず、あのヒマルヤと言う魔族の少年と、部屋が隣り同士なのも変えられない。


 ロシアドは、アルバに命じられていた。この街に留まり、勇者の金の卵を観察するようにと。その観察対象者は、路地裏で猫達に日課の餌やりをしていた。


「餌は仲良く食べなさい。こら平穏、安寧をいじめないの」


 質素と名付けられた残りの一匹は、我関せずといった様子で餌を貪っていた。その光景を、ロシアドは黙って見つめる。


 あの勇者の金の卵。チロルと言う少女は、時折儚げな表情をする時があった。その表情は、ロシアドにも思い当たる節があった


「あ、ロシアドさん。おはようございます」


 金髪の美男子に気づき、チロルは笑顔で挨拶をする。ロシアドはチロルの横に腰を下ろし、三匹の猫の朝食を眺める。


「チロル。君は何故そんな悲しそうな顔をする?」


「え?」


 チロルの表情が固まった。ロシアドは昔を思い出していた。幼い時の彼は、いつも怯えていた。いつか母親に、捨てられるのではないだろうかと。


 奔放な彼の母親は、幼いロシアドの不安を実現させた。金髪の少年は、幼くして天涯孤独の身となった。


 この少女は、昔の自分と同じ顔をしていた。これは、いつか自分は一人になってしまうのかと言う不安が表れた表情だ。


「······不安か?チロル。いつか自分が孤独になってしまうのかと」 


「······」


 チロルの瞳に、動揺が見て取れた。その小さな肩が、微かに震えている。


「······心配する事は無い。この猫達に妙な名をつけた君の師は、きっと君を一人にしないだろう」


 その言葉を聴いた瞬間、チロルは両膝を両腕で組み、その中に顔を埋めた。


「······時々不安になるんです。この現実が全て幻で、目が覚めると私は一人なのかなって」


 ロシアドは何故、この少女の不安を取り除くような言葉をかけてしまうのか、自分でも分からなかった。それは、幼かった自分が誰に言って欲しかった言葉かもしれない。


「チロル!?何故泣いておるのだ」


 ロシアドとチロルの後ろから、ヒマルヤが現れた。ヒマルヤ少年は、素早く事態を察知し、敵意を金髪の若者に向ける。


「ロシアド!そなたが、チロルを泣かしたのか?」


 金髪の美男子は、心と口でため息をついた。自分の国にも帰らず、この小さな街に居続ける元魔王の少年に、誤解を解く気にもなれなかった。


 言い争う、ロシアドとヒマルヤの手を引き、銀髪の少女はいつもの茶店に向かった。そこには、我が師が待っている筈だった。


 金に細かくうるさい。と、誤解されがちな魔法使いタクボは不機嫌だった。茶店「朝焼けの雫」の席に座り両腕を組んでいる。


 不機嫌の訳は、一週間前の魔物の群れとの、戦後処理を終えたからだ。


 タクボには、銅貨一枚すら懐に入らなかった。魔物の群れが残した金貨達は、騎士団や警備隊への報酬と、壁の補修費に消えた

た。


 報酬の交渉相手は、ウェンデルと警備隊長カヒラだった。カヒラは控えめに、警備隊員への報酬と壁の補修費を求め、ウェンデルは自分は無報酬でいいから、騎士団員への報酬を求めた。


 交渉は熾烈を極めた。冷静な大人二名に対して、タクボは一人口角を上げ、正当な報酬を求めた。


 だが、その交渉の場に同席していた、チロルの一言が全てを決定づけた。


「落ちついて下さい師匠。師匠はあの戦いで、呪文をニ回唱えただけなんて、絶対皆に知られたら駄目ですよ」


 タクボは、大口を開けたまま凍りつき、交渉は決着した。せめてもの情けか、あの黒い巨体の死体が残した、鉱物らしき塊がタクボに贈られた。


「で、その鉱物は一体なんだったのだ?タクボ」


 紅茶色の髪の青年は、珈琲を飲みながら、タクボに尋ねる。あの黒い巨体の死体からは、貨幣では無く謎の鉱物が残された。


 それは、黒い巨体がその鉱物を原料に造られた事を意味していた。


「マルタナが、昔のツテを使って調べてくれた。どうやらあの鉱物は、勇者の剣を造る時に使われる希少鉱物と同じらしい」


 タクボが答えると、サウザンドが納得したように頷く。


「なる程な。あの巨体の強さの秘密が分かったような気がする。バタフシャーン一族は、新たな魔物を生み出す方法を編み出したと考えるべきだな」


 サウザンドの言葉にエルドは同意し、その鉱物でチロルに剣を造ったらどうかと提案した。


 鉱物の量は僅かで、剣を造るには足りない。それが、この街の鍛冶屋の見解だった。愛用の剣が造れない事など微塵も残念がらず、チロルは、目の前の鶏肉の蒸し焼きを食べるのに夢中だった


 タクボは愛弟子の食事の様子を観察する。気のせいだろうか。チロルは左右に座る、ロシアドとヒマルヤの食事を、チラチラ見ているような気がする。


 ロシアドとヒマルヤの食事が、奪われない事をタクボは祈った。一通りの話が済んだ頃合いを見て、シリスは口を開いた。


「ウェンデル様。そろそろお話をして宜しいでしょうか?」


 一週間前の戦いから今日まで、戦後処理の為、シリスは待たされた。それが終わり、皇帝の剣に関する重要な話を、ようやく本日する事が叶ったのだ。


 ウェンデルは、シリスの真剣な眼差しと言葉を受け、頷いた。紅茶色の髪の青年は、自分の中に存在するもう一人が、静かに聞き耳を立てている事を感じていた。


 



 


 


 





 



 

 

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