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人生は、祭りのような、一瞬の喧騒と知る。

 黄色い髪の青年べロットは、自分の出生を深刻に悲観していた訳では無かった。だが、頭目の祖父のように冷酷にはなれず、一族の悪行に染まる事に、違和感を抱いていた。


 だからと言って、自分に何か変えられる訳でも無い。一族の生業、人間と魔族の争いの歴史。自分はその大きな流れの、歯車でしか無かった。


 べロットの目の前に、突如現れた黒衣の少年。少年はアルバの背後から、右手に握った短剣をアルバの喉元に当てる。


「姿隠しの暗殺術か。見事なものだ」


 冷静さを寸分と失わず、アルバは暗殺者を称賛する。


「お褒めに預かり光栄だね。しっかりと防がれたけどね」


 暗殺者の少年エルドは、頬に汗を流す。緊張からか表情が硬かった。アルバはエルドの暗殺者術を察し、剣を抜き、柄で喉元を防御していた。


「······君は確かエルドと言ったな。暗殺する相手を、黄色い髪の青年と間違えたかな?」


「君達、賢人達がバタフシャーン一族と手を組んで、この街を蹂躙する。そんな気がしたのでね」


 エルドは、短剣をアルバの喉元から引いた。短剣を防がれた時点で、エルドの勝機は失われていた。


「その心配なら杞憂だ。あの黄色い髪の青年は、なかなか話が分かる男だ。この街は助かるよ」


 エルドは腰を低く保ち、油断しなかった。アルバとあの黄色い髪の男の間に、何が話し合われたのか。


「バタフシャーン一族の者よ。私の名は、もう知っているだろう。君の名は?」


 アルバも剣を鞘に戻し、べロットに問いかける。


「べロットと言います。アルバ賢人。貴方の言う通り、我々の軍勢は、総崩れのようですね」


 エルドが遠目を効かし、戦場を見る。この時、ウェンデル達によって、魔物の群れは壊滅しつつあった。


「君が一族の長になれば、お互い、良い仕事仲間になれると思うが、考えてみてくれないか? 」


 べロットは内心ため息をつく。このアルバという男の野心的な目。我が祖父と、どこか似ていた。要するに、自分なら操りやすい。アルバはそう考えたのだろう。


「魅力的なお話ですが、私にそんな器量はありません。私がここで、貴方に口軽く内情を話す事も、頭目の計算の内です」


 べロットは撤退を決めた。黒い巨体の最後を確認したかったが、これ以上の長居は危険だった。風の呪文を唱え始め、べロットの周囲には風が舞い始めていた。


「べロット、頭目に伝えてくれ。貴方が取引する相手は、私が相応しいと。そうすれば、君達一族は、莫大な利益を得る事が出来る」


「······伝えましょう。アルバ賢人」


 べロットは去って行った。それを見送り、アルバはエルドに笑いかける。


「エルド君。我々も街に戻ろう。その頃には決着は着いているだろう」


「······だといいんだけどね」


 エルドの暗殺者術に、アルバは内心驚いていた。気配を感じさせず、あれ程見事に後ろを取られるとは。


 アルバのこの街で仲間に引き入れる名簿に、エルドの名は、この時初めて加えられた。


 エルドはアルバの言葉を反芻していた。彼は言った。暗殺する相手を間違えたのかと。

アルバの言う通りだった。エルドはべロットを狙っていた。


 べロットを暗殺すれば、魔物の群れは統制を失い、街は救われる筈だった。なぜ自分は咄嗟に標的を変えてしまったのか?


 エルドは明確な答えを出せなかった。ただ感じたのだ。アルバが危険な男だと。この男が、いつかとんでもない災厄をもたらすのではないかと。


 エルドは、自分の不鮮明な考えに戸惑った。不確かな未来を憂うには、あまりも確証が足りなかった。


 街の壁の間近では、コード大尉率いる騎馬隊と、砦の尖兵の戦いが続いていた。騎馬隊は砦の尖兵を完全に包囲し、五倍の兵力を生かし、次々と砦の尖兵を打ち倒していく。


 カヒラ警備隊長は、その様子を恐る恐る壁の上から覗く。どうやら自分達は助かりそうだ。心からカヒラ隊長は安堵した。だが

、眼下から黒い巨体の咆哮が聞こえた。


 カヒラ隊長の目に入ったのは、タクボに抱えられたチロルの姿だった。気づいた時、カヒラは肥満した身体に鞭を打ち、走り出していた。


 あの少女を、戦場から救わなくはならない。カヒラは自分を無能だと知っていた。だが、あの黒い巨体から少女を見殺しにする程、卑怯者にはなれなかった。


 カヒラは西門から外に飛び出し、チロルを抱えたタクボに叫ぶ。


「その少女をこちらに!街の中に避難させるんだ!」


 カヒラの声に、タクボが振り向く。あの右往左往していた警備隊長が、ついにやる気を出したのか?ともかく、チロルを安全な場所に移すのは、タクボも賛成だった。


「助かる。この娘を頼む!」


 タクボが後ろに体の向きを変えたとき、タクボの腕の中に居た筈の、チロルが消えていた。


 タクボは反射的に、黒い巨体がいる方を見る。薬水の眠りから覚めた銀髪の少女は、黒い巨体めがけて走り出していた。


 チロルが警備隊の武器庫から、調達した剣に光を発動させる。しかし、その剣は砕けてしまった。並の剣では、光に耐えられなかったのだ。


「少女よ。この剣を使え!」


 触手の爆発で、足に重症を負ったサウザンドが、勇魔の剣をチロルに投げる。チロルは走りながらその剣を掴み、再び剣に光を発動させた。


「小娘が!今度こそ止めを差してくれる」


 巨体の左腕のドラゴンが叫ぶ。巨体の体から、無数の触手が飛び出して来た。触手達は、狙いをチロルに定めた。


「させるか!」


 タクボは、天地重力の呪文を唱えた。黒い巨体の周囲に、強力な重力がのしかかり、巨体は倒れそうになる。


「······これしきの重しで、我を倒せると思っているのか!」


 黒い巨体は、魔法障壁の呪文を唱える。障壁は、タクボの重力を押しのけた。


「障壁を張るのが遅かったな。自分の触手が地中に掘った穴に、自らが落ちるがいい」


 タクボの予言は、すぐに現実の物となった。黒い巨体が、無数の触手を地中を這わせた結果、巨体の地面の下は穴だらけだった。そこにタクボの重力が加わり、巨体の足元は崩れ、大きく陥没した。


 巨体はバランスを崩し、攻撃どころでは無かった。そこに、チロルが勇魔の剣で斬りかかった。


 黒い巨体は、光の剣で頭から股間にかけて両断された。その切断面から、更に触手が伸びてきた。触手がチロルを襲おうとした時、巨体は陥没した穴に引きずり込まれて行く。


「武器を地中に通せるのは、そなただけではないぞ」


 巨体の足首に黒い光の鞭が絡みつき、地中に引きずり込む。触手の爆発の傷を負ったまま、ヒマルヤが漆黒の鞭を地中に通していたのだ。


 巨体はバランスを崩し、陥没に倒れ込んだ。左腕のドラゴンが胴体を伸ばし、大口を開き、チロルに襲いかかる。


 サウザンドが即応し、光の玉をドラゴンの開いた口の中に叩き込む。ドラゴンの口から体の中に入った光の玉が爆発し、ドラゴンの体は四散した。 


 それでも尚、黒い巨体の身体中から、触手が伸びてくる。何というしぶとさか。タクボは舌打ちした。意思ある統制を失った触手は、暴走を起こそうとしていた。


「いい加減に観念しろ」


 額から血を流したロシアドが、氷結の呪文を唱える。黒い巨体の周囲に吹雪が起こり、巨体と触手達は凍りつき、完全に動きを停止させられた。


 ヒマルヤが漆黒の鞭を振るい、チロルが火炎の呪文を唱え、ロシアドが衝撃波の呪文を唱える。


 三人の攻撃を受け、黒い巨体は粉々に砕け散った。氷の破片が衝撃波の余波で舞い散り、傾き始めた陽光に破片が乱反射した。


「······花びらが舞っているようだ」


 戦場には、場違いなその光景に、タクボは小さく呟いた。


 それが、この戦いの終わりの合図だった。



 魔物の群れ達との戦いは終わった。砦の尖兵達は、コード大尉達、騎馬隊によって全滅させられた。騎馬隊は三十人の負傷者を出したが、奇蹟的に戦死者を出さなかった。


 カヒラ警備隊長は、安心したのか、その場に座り込んでしまった。


 壁の上に並んでいた警備隊員達は、自分達は勝利したのかと、同僚同士で確認し合っていた。


「おいシリス!俺達、勝ったんだよな?」


 興奮気味のコリトが、シリスに問いかける。だが、隣にいた筈のシリスの姿は消えていた。


 タクボがサウザンドに肩を貸し、二人は戦場をしばらく眺めていた。チロルは、まだふらついていた。

 

 ヒマルヤとロシアドが何やら言い争っているように見える。どちらがチロルを抱えるか、主張し合っているのだろうか。


 タクボは、そんな事をぼんやりと考えていた。程なくして、タクボの耳に大きな歓声が聞こえてきた。


 歓声は、騎馬隊の兵士達の声だった。兵士達の中心に、紅茶色の髪の青年がいた。ウェンデルか黄金の剣を天に掲げると、兵士達の歓声は一際大きくなった。


 兵士達から、歓呼で称えられるウェンデル。その光景を、眩しそうに見つめる若者がいた。


「······彼は、まるで王の様だ」


 それは、自分が手にしなくてはならなかった物であり、手にする事が叶わなかった物だった。ヒマルヤは、ウェンデルの姿から、暫く目を離す事が出来なかった。


「皇帝の剣を携える騎士よ!!」


 突然、若い女の声が響き渡った。ウェンデルの前に、一人の女がひざまずいている。その女の肩は、少し震えていた。


「······伝説の皇帝、オルギス皇帝の剣を持つ騎士様。私の名は、シリスと申します」


 シリスは、ウェンデルの目を真っ直ぐと見る。紅茶色の髪の青年は、事態を飲み込めず、戸惑いの表情を見せる。


「お嬢さん。私の剣の事をご存知か?」


「その剣を甦らせる方を、我々は千年待ち続けました。どうか、我々の所へご帰還して下さい」


「千年待った?······帰還とは?」


「オルギス教総本山、カリフェースへ。我が王よ」




 ······日はすっかり暮れて、精霊祭は夜の部へ移行していた。街灯には火が灯り、露店も店を明るく見せる為に、ガラス陶器の中に蝋燭を立て、客達を呼び込んでいる。


 街の住民達は、壁の外で行われていた戦いも知らず、祭りの後半を楽しもうと忙しそうだ。その中で、三十代半ばの魔法使いが、必死に弟子を説き伏せていた。


「いいかチロル。治癒の呪文で傷口が塞がっでも、身体の中はダメージを負っているんだ。お前には、安静が必要なんだ」


「分かりました師匠。つまり、腹八分目が肝要と言う事ですね」


 育ち盛りの弟子との会話は成立せず、銀髪の少女は、ヒマルヤとロシアドの手を引っ張り、夜の露店街に消えて行った。


「助けられた礼に、我が君と金髪の賢人に、出店の食を馳走するらしい」


 サウザンドが穏やかな目で、主君を見送る。あの消極的だったヒマルヤが、チロルを救う為に自ら能動的に行動した。


 今回、ヒマルヤをこの街に連れて来た甲斐があったらしく、死神は満足気な様子だった。


「いいかサウザンド。お前の主君と言えど、チロルにちょっかいは出させんぞ」


 あの金髪の美男子も同様だ!タクボはそう言い、一人でイライラしていた。そのタクボの表情を見て、死神は短く苦笑した。


 人の一生とは、人間も魔族も、この祭りのように、一瞬の喧騒のうちに過ぎるのかも知れない。夜の祭りの灯りを眺めながら、死神はそんな事を考えていた。


 エルドは、出店の前に置かれているテーブルの前の椅子に座り、向いに座っているシリスに白ワインを勧めていた。


「······私はこんな所で、お酒を飲んでる場合じゃないんだけど」


 シリスはそう言い終えた後で、ワイングラスを口に運び、グラスを空にした。言動はしっかりとしていたが、頬が赤く染まっている。


「まあまあ。君達オルギス教の信者達は、千年待ち続けたんでしょう?今日一晩くらい待っても、なんて事ないよ」


 シリスの空いたグラスに、エルドが七杯目のワインを注ぐ。シリスはウェンデルにお目通りが叶ったが、詳しい話は明日と言う事になった。


 エルドは、兵士達の歓呼の輪の中にいたウェンデルの姿を思い出し、彼がどこか遠い存在に見えた。あの正義馬鹿は、本当にどこかの王にでも、なってしまうのだろうか。


 エルドは、頭にかかった靄を払うように、グラスに入った白ワインを一気に飲み干した。まだ彼には、暗闇を照らす光が必要だった。


 ウェンデルと騎士団の兵士達は、街の中央広場で宴を開いていた。今回の戦いで兵士達が得た物は何も無い。魔物を倒した恩賞も、街の住民の感謝も。何一つ無かった。


 それでも兵士達の表情は明るかった。これ程兵士達が、充実感に満ちた顔を見るのは、

コード大尉も記憶に無かった。


 初陣を飾ったパスルは、酒杯を口につけながら、ウェンデルを眺めていた。パスル自身も含め、騎士団三百名は、あの紅茶色の髪の青年に動かされた。


 あのウェンデルの魅力に惹かれ、この益の無い戦いに身を投じたのだ。あの紅茶色の髪の青年は、いつか王になるのでは無いか?パスルは酔った頭で、そんな事を考えていた。


 空を見上げると、雲ひとつ無い星空が広がっていた。精霊祭は、賑々しさの盛りを迎えていた。若者はそんな街の雰囲気に、どこか心をそわそわさせていた。



 ······この小さな街から六つの国を隔てて、山々に囲まれている巨大な湖水かあった。その湖水に浮かぶ孤島のような陸地に、青と魔の賢人達の本拠地は在った。


 本拠地では、長く連絡が途絶えていた、アルバとロシアドの生存が絶望視されていた。謎の襲撃者達を討伐する筈が、返り討ちにあったのかと。


 この組織の指針を決める、中央裁行部。その主席に君臨する男の執務室は、本の山で囲まれていた。近頃は老眼が進み、本を読む時は、眼鏡が手放せなかった。


 中央裁行部議長ネグリット。それが遠い昔、魔王だった魔族の男の肩書と名だ。


「姿を見せたらどうだ?隠れるのも労力が必要だろうに」


 ネグリット議長は椅子に座り、机の上に山積みにされた本の一冊を読んでいた。本から視線を動かさず、誰も居ない部屋でそう呟いた。


「さすがは議長。付け焼き刃の姿隠しでは、騙せませんな」


 議長の目の前の景色が歪み、そこに黒いローブを纏った男が現れた。


「生きていたか、アルバ賢人」


 ネグリット議長は尚、本から視線を動かさず、侵入者の名を口にした。


「議長にとっては、残念ながら」


 侵入者は乾いた声で答えた。真紅の長い前髪に隠れたその両目は、形容しがたい不気味な光を発していた。


 



 


 


 










 



 



 




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