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窮地に陥った生贄は、捨て身の反撃を試みる。

 シリスがこの小さな街の警備隊に入隊したのは、一年程前だった。故郷はどこなのか。なぜ、この街にやって来たのか。口数少ない彼女は黙して語らず、また同僚達も、この無愛想な娘にあえて聞こうとしなかった。


 彼女がいつも肌見放さず、身に着けているペンダント。戦いの神、オルギス教の紋章に気づいたのも、エルドが初めてだった。


 飄々とした、黒髪の若者に指揮権を押し付けられ、同僚達を指揮していたシリスは、両目を見開いた。彼女の人生で、これ程両目を大きく開いたのは、初めてかもしれなかった。


 シリスは一人の騎士の姿に釘付けになった。突如、北西から現れた騎馬隊の集団。その先頭に立つ騎士の右手に握られた、黄金色に輝く剣。


 シリスは呆然と立ち尽くし、身体を震わし、涙を流した。それを見た同僚のコリトは仰天した。あの鉄仮面のように、無表情なシリスが泣いている!?


 騎馬隊の出現にも驚いたが、シリスの異変のほうがコリトには勝った。


「お、おいシリス。急に一体どうした?」


 魔道士の攻撃が、壁の上まで届くようになったこの緊急事態に、臨時指揮官はどうしたのだ?


「······大司教様。ついに、ついに見つけました······」


 シリスの震える小声は、コリトには聞き取れなかった。シリスは涙を拭い、コリトが今まで見た事のないような、勇ましい表情になった。


「警備隊!弓を構えろ!あの騎馬隊を援護する!!」


 臨時指揮官の、目が覚めるような大声に、同僚達は驚き、反射的にすぐ様弓を構えた。


「狙うは中列、魔道士だ!あの騎馬隊を呪文で攻撃させるな!死ぬ気で弓を当てろ!」


 どうやらあの騎馬隊は、我々の味方らしい。あの騎馬隊を援護し、魔物達を倒してもらわないと、我々警備隊も魔物の餌食になる。コリト達は、本能的にそう察した。


「放て!!」


 シリスの更に大きな声が、戦場に響き渡った。


 魔法使いにとって、敵との距離の長さは、勝率に比例する。この戦場において、騎馬隊と森の魔道士達の間には、まだ距離があり、確実に魔道士達が、先制攻撃が出来る筈だった。


 それを痛い程理解していたシリスは、弓矢で魔道士の先制攻撃を、なんとしても阻止したかった。森の魔道士達は、まだ二十体は健在だ。


 騎馬隊の先頭を疾走するウェンデルは、馬上で、高揚感に包まれていた。だが、彼は知っていた。この高揚感は、自分の物ではないと。


 この皇帝の剣を使用する時、ウェンデルは自分の中に、別の何かが存在する事に、気づいていた。この高揚感は、その何かが感じている物だ。


 紅茶色の髪の青年は、その存在が何者か、おおよそ想像がついていた。


『······千年ぶりの戦ぞ!······』


 ウェンデルの中で、もう一人の誰かが歓喜した。


「陣形を崩すな!このまま、敵の中列に突入する!!」


 紅茶色の髪の青年の、大声が轟く。一軍を統御するに、相応しい声だった。騎馬隊は鋒矢の陣形を保ち、魔物群れの中列、森の魔道士達に突進して行く。


 森の魔道士達は、騎馬隊に爆裂の呪文を唱えようとした。銀貨級の魔道士二十体。この数の呪文がまともに当たれば、三百人の騎士団は壊滅する。


 森の魔道士が正に呪文を撃つ時、シリス以下警備隊の弓矢が、魔道士達を襲う。警備隊が放った弓矢は、今日一番の命中率を上げた。


 魔道士達が、次々と矢に倒れて行く。それでも、五体の魔道士が爆裂の呪文を唱えた。騎馬隊の周辺で爆発が起こる。粉塵に包まれる騎馬隊を見て、シリスの呼吸は一瞬止まった。


 粉塵の中から、真っ先に飛び出して来たのは、黄金の剣を握る騎士。その姿を見て、シリスの呼吸は再開した。


 シリス達の弓矢で、負傷していた魔道士達は狙いを外した。騎馬隊は救われた。それは、コリト達警備隊自身を救う事を意味していた。


 魔物の群れの中央に、騎馬隊は突入して行く。残りの森の魔道士達は、ウェンデル達に、一瞬で切り伏せられる。中央を突破した騎馬隊は、そのまま時計回りに反転し、今度は群れの前列、砦の尖兵に突撃して行く。


「我々は、敵の五倍の兵力だ!一気に蹴散らせ!」


 コード大尉は、騎馬隊に号令する。三百の騎馬隊は、六十体の砦の尖兵を、半包囲し突撃して行く。コード大尉は、後方を一瞬だけ振り返る。


 ウェンデルがただ一騎で、金貨級魔物十体に向かっていく。魔物の群れの後列に位置するは金貨級魔物、枯れ葉の毒婦。その小柄な身体は、頭部からつま先まで、全て枯れ葉に覆われている。


 その枯れ葉に触れると、人間の皮膚は焼けただれ腐っていく。身の軽さを生かし、動きも早い魔物だった。


 ウェンデルは、金貨級魔物を一人で引き受けた。兵士達の生存率を少しでも上げる為だ。コード大尉は紅茶色の髪の青年の無事を祈った。


 実戦を初めて経験する事となったパスルは、馬上で蒼白な顔をしていた。自身の乗る愛馬が、一秒ごとに魔物に接近している。


 仲間の声も、魔物の咆哮も、愛馬の足音すら、パスルには聞こてなかった。唯一聞こえるのは、激しく揺れる自分の心臓の音だけだった。


 ······訓練通り、訓練通りやるんだ!パスルは呪文のように何度も心で呟く。眼前の砦の尖兵が、パスルに向かってくる。


「うわあああっ!!」


自分の発した大声も気づかず、パスルは右手に持った剣を、砦の尖兵の首めがけて振り下ろした。


 枯れ葉の毒婦十体が、ウェンデルを包囲して行く。一体の毒婦が、ウェンデルめがけて、体から枯れ葉を飛ばしてきた。ウェンデルは、コード大尉から借りたマントでそれを防ぐ。


 枯れ葉が付着したマントは、熱した鉄に水をかけたような音を出し、焼けただれて行く。ウェンデルは無事だったが、騎乗していた馬は毒枯れ葉に悶え苦しみ、ウェンデルを振り落とし、走り去ってしまった。


「さて。これは参ったな。迂闊に近づけん上に、このままでは遠距離攻撃でやられるな」


 落馬しつつも受け身を取り、紅茶色の髪の青年は立ち上がる。魔物に包囲されつつあるウェンデルは、心の中の誰かに語りかける。


『私の中に居る、誰かに尋ねる。貴方に何か妙案はないかな?』


『······ほう。余の存在に気づいておったか。だが、早々に他者の力を当てにするのは、あまり感心せぬな』


『私が死ねば、千年ぶりの戦も楽しめんぞ。ここは、歩み寄って力を合わせた方が、互いの為になると思うが?』


『······お主、なかなか図々しい性根をしておるな』


『たくましい性格と言って欲しいな。交渉成立だな。私の名はウェンデル。貴方の名は?』


 一体いつ交渉が成立したのだ。ウェンデルの中の誰かは、呆れ果てた。だが、この紅茶色の髪の青年が言う通り、この窮地を脱しなければ、戦の続きを楽しめなくなるのも事実だった。


『······オルギス。余の名はオルギスだ』


 ウェンデルは、皇帝の剣を天にかざした。オルギスに教えられた通り詠唱する。


「我が臣下達よ。千年の時を経て、再び我が名において命ずる。十英雄よ、戦だ!」



 皇帝の剣が黄金の光を放ち、その光から二つの光の玉が飛び出し、ウェンデルの前に降りてくる。二つの光が弾けた。


 眩しい光に、ウェンデルは目を細めた。光が止んだ時、紅茶色の髪の青年の前には、二体の騎士が屹立していた。


 二体共、全身を甲冑で固めている。一体は黒づくめの甲冑の騎士だ。大柄なウェンデルよりも更に大きな体躯だ。円の形をした盾と、戦斧を持っている。


 もう一体は、細見の騎士だ。白銀色の甲冑に、長い槍を持っており、兜の頭頂部には、装飾の鳥の羽が、風に揺れていた。


 二体の騎士は、ウェンデルにひざまずく。甲冑の中に、人が入っている様子が無い。これは、人の者では無さそうだった。


 オルギスはウェンデルに語りかける。オルギスには、有能な臣下が数多く居たが、その中でも世に十英雄と呼ばれる臣下達が居た。


 本来なら、その十人の臣下を呼び寄せる詠唱だったが、ウェンデルの今の実力では、二人しか呼べなかったらしい。


 ウェンデルは詠唱の後、全身の生気が抜けて行くような脱力感に襲われた。なる程、まだまだ私の力は未熟と言う事か。ウェンデルは苦笑いした。


「黒衣の暴風、バテリッタ!雷槍のマテリス!そなた達に命ずる。魔物達を殲滅せよ!」


 ウェンデルはオルギスに習い、騎士達に命令する。二体の騎士は立ち上がり、枯れ葉の毒婦に向かっていく。


 黒い騎士、バテリッタが単独で魔物達に突進して行く。バテリッタは、たちまち毒婦達の枯れ葉に襲われる。


 バテリッタは円の盾を掲げ、ひたすら防御に徹した。だが、盾も甲冑も枯れ葉の毒で、みるみるうちに、焼けただれて行く。


 そのバテリッタの後方で、マテリスが槍を突き出す。すると槍の先端から雷が飛び出し、枯れ葉の毒婦に命中する。


 轟音が起こり、一体の毒婦が枯れ葉を散らしながら焼け焦げ倒れる。ウェンデルは、二体の騎士の意図を察した。


 バテリッタが囮にり、その後ろからマテリスの雷撃で攻撃する。だが残りの九体を倒すまでに、バテリッタが持ち堪えられるのか?


 枯れ葉の毒婦が七体倒された時点で、バテリッタは限界と思われた。両膝を地に着き、今にも倒れそうだ。


『オルギス!バテリッタが保たない。彼は倒れるとどうなるのだ?彼らにも死はあるのか?』


『······一度地に伏せれば、再び詠唱で呼び寄せる事は叶わぬ』


『つまり、彼は死ぬと言う事だな?』


『そなたが気に病む事はあるまい。彼らは甲冑の中に、血肉がある訳でもない』


『それは違うぞオルギス。彼の、バテリッタの声が聞こえないのか?』


『······何?声だと』


『彼は言っている。また主君の為に働けて、本望だと。血肉は無くとも、彼の魂はあそこに存在している!』


 ウェンデルは駆け出した。バテリッタを救う為に。マテリスが八体目の毒婦を倒した時、バテリッタは、毒婦に止めを差されようとした。


 バテリッタの横から、ウェンデルが飛び出し、毒婦に斬りかかる。皇帝の剣は、毒婦の首を切断した。


 最後の一体となった毒婦が、ウェンデルに抱きつこうとする。それは、死の抱擁だった。その時、両膝を着いていたバテリッタが立ち上がり、黒い戦斧で毒婦の胴体を両断した。


 毒婦が断末魔の声を上げ、二つに切断ざれた身体が地に落ちる。ウェンデルはバテリッタに駆け寄る。


「バテリッタ!大丈夫か?」


 バテリッタは無言だった。盾も甲冑もボロボロになり、地に立てた戦斧の柄に掴まり、ようやく身体を支える有様だった。


「無事とは行かないが、命は拾ったようだな。ありがとう。君達のお陰で助かった」


 ウェンデルは、バテリッタとマテリスに笑いかけた。


『······この青年。十英雄を只の戦いの道具と見ないか。しかも魂の声だと?主君である余ですら、そんな声は聞こえなかった······』


 オルギスの心境は複雑だった。千年ぶりに戦いを楽しめる一方、自分の剣を蘇えらせたこの青年。オルギスはこの青年に、底知れぬ何かを感じていた。



「······つまり、バタフシャーン一族は自己の利益しか考えてない。そう言う事かな?」


「その通り。貴方にも色々思う所があるでしょうが、結論はその一点です。そこを見誤ると、本質が分からなくなる」


 丘陵地帯の窪みで、黄色い髪の青年と、真紅の髪の男が言葉を交わしていた。


 アルバの質問に、べロットは包み隠さず答えていた。アルバ自身、拍子抜けする程に。アルバの予想通り、青と魔の賢人の組織に、バタフシャーン一族と繋がっている者がいた。


 そして、四兄弟にアルバをぶつけ、亡き者にしようとしたのだ。だが、バタフシャーン一族は、良心的な同盟者では無かった。青と魔の賢人達も、所詮金儲けの道具としか見ていないらしい。


 青と魔の賢人達が結束し、バタフシャーン一族を滅ぼす選択肢もある。アルバの問いにべロットは、それは現実的では無いと言う。


 人間と魔族の人口比は、三対一。賢人達の世界管理上、その人口差を補う為に、魔物を造り出すバタフシャーン一族がどうしても必要だった。


 突然、べロットは怪訝な表情に変わった。アルバがそれに気づいた時、べロットの顔は更に変化する。


 べロットは自分の目を擦った。自分は疲れているのだろうか?アルバの後ろの風景が、一部歪んで見える。その歪みは、見えたと思ったら一瞬で大きくなる。


 その歪みから、突如人が現れた。黒衣を纏ったその人影は、短剣をアルバの喉元に突き立てようとした。

 


 

 

 

 








 





 

 




 


 

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