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抗う生贄には、殺戮の刃に包囲され、窮地に陥る。

 この小さな街の警備隊員のコリトは、恋人と精霊祭を楽しんでいた。ところが、大道芸人を観賞していた時、同僚に見つかり、壁の上にある詰所に来るよう言われた。


 全く、運良くお祭りの日に非番だったのに、台無しだ。別れ際の恋人の不満そうな顔ったら無かった。そもそも、なんの為の呼び出しか、説明もなかったぞ。


 隣国が大挙して、国境線を破って侵攻でもしたのか?ブツブツ文句をいいながら、コリトは、血の気の引いた同僚達が、壁の外を見ていたので、自分もそれに倣う。


 コリトは、持っていた酒杯を落とした。コリトの目に、見た事のない数の魔物の群れが映った。真っ直ぐこちらに向かって来る


 騎士団中佐が負傷し、警備隊長であるカヒラは右往左往していて、まともに指示を出せない。コリトよりニ、三才程年下と思われる黒髪の少年が、何故か指示を出している。


「おい、シリス。なんで、部外者のあの少年が、俺達に指示を出してるんだ?」


 コリトは隣にいた同僚に、素朴な疑問を尋ねた。


「知らないわよ。ただ、彼は冒険者みたいよ。実戦経験なら、この場にいる誰より積んでるんじゃない?」


 肩までの黒髪を、両手で縛りながら、シリスは素っ気なく答えた。コリトは、この無愛想な女警備隊員が、苦手だった。彼女は、一年程前から入隊したが、誰ともつるまず、いつも無表情だった。


 コリトは、カヒラを一瞥した。確かに、あの隊長よりは、当てになるかも知れない。今は、とにかく指示が欲しかった。部外者の指示だとしても。


 黒い巨体が空から飛来し、タクボ達の前に着地したのは、この時だった。あの化物は何だと、警備隊員達は動揺する。


「全員、弓を構えて!狙うは中列の魔物だ。遠距離攻撃が出来る奴から、潰していく」


 エルドが弓を構える。三十人の警備隊員も、それに倣う。あの黒い巨体も気になるが、今は自分の役目に徹するしかないと、黒髪の少年は狙いを定める。


「真ん中の奴だけなんて、当てる自信がないぞ!」


 警備隊員の誰かが、悲鳴に近い声を上げる。


「大丈夫。外れても、前列か後列の魔物にきっと当たるよ。外れなしだ」


 エルドが陽気に笑う。だが次の瞬間、黒髪の少年の表情が、鋭く変貌する。


「第一射、撃て!!」


 壁の上から、三十一本の矢が放たれた。魔物の群れの中列に位置する、銀貨級魔物、迷い森の魔道士。奴らは、物理攻撃の障壁呪文は使えない。サウザンドがそう教えてくれた。


 三十体の迷い森の魔道士は、老人の様な細い身体に、青銅の鎧を身にまとっていた。細い手に持った杖で、次の呪文を唱えようとした時、頭上から矢の攻撃に晒された。


 四本が魔道士に命中した。エルドの矢は、魔道士の眉間に命中し、シワだらけの魔道士は、断末魔の声を上げる事無く、即死した。


 シリスが放った矢は、魔道士の喉を貫き、第一射目の攻撃で、二人の魔道士を倒した。他の二体も矢が当たり、魔道士は負傷している。タクボの弓矢にかけた魔法が、効いているのかもしれない。その代価として、エルド達は、報復の火炎の攻撃を受けた。


 二十八個の火球が壁に当たる。轟音と同時に、壁の上まで、振動が伝わる。カヒラ隊長はまた騒いでいたが、まだこの距離からは、壁の上まで届かないらしい。


 エルドはニ射目を指示しようとした時、群れの後方に、何かがいる事に気づいた。丘陵地帯の窪みを利用して、その身を隠しているように感じる。エルドは遠目が利いた。それは、暗殺者時代に培った特殊能力と言ってよかった。


 シリスはエルドの指示を待たず、ニ射目を放った。弓は一直線に風を切って、魔道士の頬に刺さった。それを見たエルドは口笛を吹き、自分の代役を任せるのは、彼女と決めた。


「素晴らしい腕だね。攻撃の指揮、君に任せて良いかな?」 


 エルドはシリスの隣に移動し、笑顔で指揮権移譲を申し出た。


「目立つ事は、苦手なの」


 シリスの答えは素っ気なかった。誰にも媚びは売らない。そんな彼女の態度を、エルドは気に入った。細見の身体にも関わらず、あの射撃の腕も同様に。エルドは、彼女の胸にあるペンダントに気づいた。


「僕だって目立つ事は苦手さ。僕はこれから、魔物の群れを操っている奴を、暗殺しに行くからさ。君の腕を見込んで、指揮をお願いしたいんだ」


 エルドは、ちょっと近くまで出かけてくるかのような口調で、とんでもない事を言ってのけた。二人のやり取りを聞いていたコリトは、この無愛想なシリスが、引き受ける訳がないと決めつけていた。


「頼むよ。後で麦酒、ご馳走するからさ」

 

 エルドが両手を合わせ、シリスに頼み込む。


「麦酒は嫌いなの。飲むと頭痛がするから」


「じゃあ、十年物の白ワインを振る舞うよ。絶対悪酔いしない、上物だから」


 エルドが片目を閉じ、シリスの右手を握り、握手する。指揮権移譲が済んだとばかりに、踵を返し駆けていく。壁の階段を降り、厩舎から警備隊の馬を一頭、拝借する。


 無理やり指揮権を押し付けられ、シリスは不機嫌だった。だがコリトに言わせると、いつも通りの無愛想な顔だった。


 シリスは小さいため息をつく。······我がオルギス神よ。私はここで命を落とし、お役目を全う出来ないかもしれません。その時は、お許し下さい······


 シリスは、コリトが驚く程の素早さで、弓を構えた。


「警備隊!第ニ射、構え!!」


 他の警備隊員が、慌てて弓を構える。シリスが、こんな大声を張るのを、同僚達は聞いた事が無かった。あんな弓の達人である事も。


 だが、今は誰の指揮でもいいから、組織的な攻撃が必要だった。この難局を乗り越えなかったら、自分と恋人の未来はない。コリトは必死に弓の弦を引く。


「第二射、放て!!」


 壁の上で、シリスの号令が響いた。


 エルドは馬を駆り、南門から街の外に出た。魔物の群れは西門に向かっている。魔物達を避けるように迂回し、群れの後背につく。


 先刻エルドが壁の上から見たのは、馬に乗った人影だった。この群れを操る、バタフシャーン一族の者だろうか。


 指揮権を、半ば強引に押し付けたあの娘。彼女がつけていた、ペンダントの紋章は、戦いの神、オルギスのものだった。彼女はオルギス教の信者だろうか。エルドは馬を急がせる。彼女との約束を果たす為には、自分も生き残らなくてはならなかった。



「さて、君には色々、質問したい事があるんだが」


 アルバは穏やかな口調で、馬に乗っている、黄色い髪の青年に話しかける。


 質問では無く、尋問の言い間違いだろう。べロットは内心、ため息をついた。接近された事に、まるで気づかなかった。


「アルバ同志。あの黒い化物を、放っておいて、よろしいのでしょうか?」


 真紅の髪の男の後ろに立っていた、金髪の若者が、焦った口調で質問する。


「勇者の金の卵が心配か?ロシアド」


 アルバが意地が悪そうな表情で、部下を冷やかす。


「ち、違います!誰があんな子供を」


 部下ながら、本当に分かりやすい男だな。アルバは内心苦笑した。チロルは今、十三歳。四年経てば、ロシアドは二十四歳。チロルは十七歳で、似合いの年齢になるではないか。


 そう部下に伝えると、ロシアドは、更にムキになり、上司に抗議して来た。しかしながら、あの黒い巨体の力は未知数だ。勇者の金の卵と言えど、実戦経験はまだ未熟でもある。


「ロシアド。タクボ達の援護に行ってくれ」


 ここでアルバが、チロルの援護と言ったら、ロシアドは素直に、従わなかったかもしれなかった。少々不満気味に、ロシアドは風の呪文で飛び去って行った。


「話が中断して済まなかった。君とは紳士的な会話が出来ると嬉しいな」


 アルバはべロットに近づいた。絶対、頭の中では紳士的な事を考えてない。黄色い髪の青年は、頭を掻きながらそう確信した。

 


 チロルを抱えるタクボと、黒い巨体の間に立ちはだかったのは、元魔王のヒマルヤ少年だった。どうやって、ドラゴンの炎を防いだのか?ヒマルヤは、手に握っていた焼き栗の袋を、チロルに渡す。


「チロル。この焼き栗は、後で二人で食べようと、そなたが申した。約束を果たす為、持っていてくれ」


 ヒマルヤは、優しい口調と表情で、チロルに微笑む。


「······分かりました、ヒマルヤさん。後で一緒に食べましょう」


 チロルも弱々しく笑い返す。ヒマルヤは再び黒い巨体に向かい合う。この少年は、戦うつもりか?タクボがチロルと共に、後退し始めた時、空から白いローブを纏った男が降りてきた。


 金髪の若者、ロシアドだ。ロシアドはタクボとチロルに気づき、こっちに向かってくる。


「······これは酷い怪我だ。子供が無茶をするからだ」


 気遣いか、説教か、チロルにどちらを言いたいのか分からないが、ロシアドはこれを飲むようにと、小瓶をくれた。薬草を魔法で煎じた薬水らしい。


「ありがとうございます。ロシアドさん」


 チロルが礼を言うと、ロシアドは下っていなさいと言い残し、タクボ達に背を向けた。


 黒い巨体の前に、ヒマルヤとロシアドが並び立つ。巨体は、チロルの呪文で焼けた頭部がやっと鎮火し、焦げた獣の顔を、恨めしそうにこちらに向ける。


「そなたは、チロルの知己の者か?チロルは私が守る。そなたは下っておれ」


「私はチロルに、借りを返すだけだ。君こそ祭りに戻ったらどうだ?子供が無理をすると、怪我では済まないぞ」


 元魔王の少年と、金髪の美男子が睨み合い、火花を散らす······ようにタクボには見えた。なんだ、この妙な展開は?二人の若者が、チロルを巡って争っているように、見えなくもない。


 いや。駄目だぞ二人共。この娘の保護者として、断じて私は認めないぞ。タクボの妙なスイッチが入った。愛弟子は師匠の心配をよそに、薬水を飲んだら寝てしまった。この薬水は、眠り薬か!?


 この間にもタクボ達の頭上では、壁を挟んで警備隊の弓と、魔道士の火球の応酬が続いていた。


「アガァォォオオッ!!」


 黒い巨体が咆哮し、巨大なこん棒を、ヒマルヤとロシアに叩きつける。二人は左右に散り、当たれば人体が、四散しそうな一撃を避ける。こん棒が目的を果たせず、地面に当たり、爆発音のような音がした。


 巨体の左腕のドラゴンが口を開き、ヒマルヤに炎を浴びせる。炎はヒマルヤの前で、吹き飛んだ。ヒマルヤの右手には、短い杖のような物が握られていた。


 その杖から、黒い光が細く伸びている。その伸びた黒い光は、まるで鞭のように長く、しなっていた。ヒマルヤは杖を振る。黒い光の鞭は、巨体の右肩から胸の間を切り裂いた。


 先刻のドラゴンの炎は、この光の鞭で防いだのか。鞭の傷は深く、巨体は苦痛の声を発した。あのヒマルヤの力は一体何だ?


「漆黒の鞭。魔王の資質を有する者のみ、使用できる力だ」


 いつのまにか、隣にサウザンドが立っている。彼は頭から血を流していた。思いの外、ダメージは大きそうだ。


 一方、勇者の資質を有する者しか、発動出来ない光の剣。ロシアドはその剣で、巨体の右腕を一閃する。


 巨体の右腕は、半ば切断されかかった。巨体は、右手に握っていたこん棒を、地面に落とす。ヒマルヤの漆黒の鞭は、目で追えない速さで、巨体を切り刻んでゆく。


 黒い巨体はよろめき、このまま倒されると思われた。


「愚か者共め。自身の刃でつけた傷の分だけ、報いを受けよ」


 ドラゴンは、不気味な言葉を吐いた。巨体の動きが停止した。何か様子がおかしい。ヒマルヤとロシアドにつけられた、無数の傷口から白い泡が吹き出る。そして泡の中から、触手のような者が伸びてくる。


 触手は素早く伸び、ロシアドに触れようとした。金髪の若者は、剣を下から振り上げ、冷静に触手を切断する。その瞬間、触手は爆発した。至近で爆風を受け、ロシアドが倒れる。

 

 触手は、ヒマルヤにも襲いかかる。ヒマルヤは、漆黒の鞭を高速で操り、鞭の壁を作る。鞭の壁でいくつもの爆発が起きる。


 倒れているロシアドに、更に三本の触手が伸びる。ロシアドは左手で氷結の呪文を唱えた。白い吹雪が、三本の触手を凍りつかせる。


 だが、触手は次々と、ヒマルヤとロシアドに襲いかかる。その数は無限と思わせる程だった。先程、不気味な予言をしたドラゴンが、消えた事にタクボは気づいた。


 巨体の左手腕から、生えていたドラゴンがいない。いや、消えたのでは無い。腕からは胴体が生えている。頭が無いのだ。胴体の先を見ると、地面の中に消えている。頭が地面の中に潜ったのか?


「ヒマルヤ!ロシアド!下に気をつけろ。地中からドラゴンが出て来るぞ!」


 タクボはドラゴンの意図を察し、大声で二人の若者の警告した。


 だが、タクボの警告は外れた。ヒマルヤとロシアドの足元から飛び出してきたのは、それぞれ触手だった。触手は二人の足元に絡みつき、爆発した。


 その光景を目にした瞬間、タクボとサウザンドの足元から、ドラゴンが地中から顔を出した。胴体がここまで伸びるのか!?


「小娘!今度こそ逃さんぞ!!」

 

 ドラゴンが大きな口を開き、タクボとチロルに襲いかかる。サウザンドがそれを阻止しようと剣を構えた時、サウザンドの足元にも、触手が地中から這い出てきて絡んでくる。


 サウザンドが爆発で吹き飛ばされた。その爆風で、ドラゴンの動きは止められたが、タクボとチロルも飛ばされた。


 ヒマルヤ、ロシアド、サウザンドが倒れている。ドラゴンが、殺気がこもった両目を、タクボとチロルに向ける。


 壁の上では、警備隊員の悲鳴が聞こえてきた。魔道士の攻撃が、壁の上に届くほど、群れが接近してきたのだ。


 戦況は良くない。いや、最悪と言っても良かった。タクボの背中に、絶望と言う名の汗が流れる。


 その時、北西の方角から、馬蹄の音が聞こえてきた。その音は、時間と共に大きくなっていく。それは、騎馬隊の集団だった。


 騎馬隊の先頭を走る騎士が見えた。その騎士の右手には、黄金に輝く剣が握られていた。









 


 


 







 


 


 


 


 


 

 



 


 


 


 

 


 

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