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傷つけ合った災厄と災難は、流血の果てに傷跡を残す。

 

 ターラは大人しい子供だった。自分の意見をあまり主張する事は無く、いつも微笑んで、相手の提案に頷くだけだった。穏やかに、静かに暮らす。少女だったターラの望みは、ただそれだけだった。


 だが、少女の生まれた環境は、それを許さなかった。気の休まる事が、片時も無い生活。いつも誰かの、気配や物音に怯え続けた。



 そんな日々でも、兄モグルフの歌声は、ターラの心を癒やした。自分も兄のように歌えたらと思い、モグルフに歌い方を教えてもらった。兄は妹の頭を撫でてこう言った。数年したら、ターラのほうが上手くなると。


 兄のその言葉は、過酷な生活を送る少女にとって、希望の未来だった。だが、程なくして、その夢は断たれる事となる。少女は声帯を潰された。


 少女は追手に捕まってしまった。相手は、青と魔の賢人の、人間側の手のものだった。少女が目の前で人質にされ、兄弟は手が出せなかった。モグルフが、自分が代わりに人質になると前に歩み出ると、追手はモグルフの右腕を切り落とした。


 その光景を、目の当たりにしたターラは絶叫した。それが少女が発した、最後の言葉となった。ターラの首を掴んでいた追手は、首を締めながら、更に剣の柄を、ターラの喉に何度も叩きつけた。


 ターラは呼吸が出来ず、気を失った。気づいた時、追手は全て倒れていた。少女はラフトに抱えられていた。


 ふとモグルフに目をやると、ザンドラが懸命に治癒の呪文を、モグルフの傷跡に施していた。モグルフはターラに微笑んだ。無事で良かったと。


 その日から、ターラの性格は一変した。普段はいつも通り穏やかだが、戦いになると、人が変わったように戦闘的で、冷酷になった。一旦敵対した相手には、容赦が無かった。命乞いなど、彼女の前では無駄な行為だった。


 家族に手を出す者は、決して生かしておかない。言葉を失った筈のターラから、兄弟はそう言っているかのように感じた。ターラは、血なまぐさい実戦で、恐ろしい程の成長を遂げた。彼女の剣技に敵う者は、敵にも、兄弟にもいなかった。


 今のターラの望みは、どんなものだろう。昔と同じく、静かに暮らす事だろうか。それを聞く者は、誰もいなかった。兄弟ですらも。



 古代呪文。それは、遠い昔に滅んだ魔法だった。ロシアドの石化の呪文も同様だ。少数だが、その滅んだ呪文を復活させ、修得する者がいる。古代呪文は、実力があれば、誰でも扱える代物ではなかった。適性があるかどうか。乱暴な言い方をすれば、古代呪文と相性が合うかどうかだった。


 サウザンドは、次々と光の玉をターラに向けた。その度に、灰色の髪の美女の姿が消え、彼女がいた場所で爆発が起きる。


 この小さな街の中央広場に、次々と爆発音が響き渡る。空には一面の炎。地上では、終わる事の無い爆裂の嵐。その光景を遠目に見た住人は、いよいよこの街は、終わりかと覚悟した。

 

 サウザンドは表情を変えず、ターラの転移魔法の移動距離を測っていた。死神が見る所、彼女が移動出来る距離は、十メートルから二十メートルと思われた。


 念の為に、死神はターラから三十メートルの距離を保つ。二人の戦いは、どちらの魔力が尽きるか、という局面になった。


 ターラの魔力が尽き、転移出来なくなった瞬間、光の玉が彼女を直撃するだろう。逆にサウザンドの魔力が尽きれば、丸腰の死神はターラの剣によって斬られる。仮に武器があっても、致命傷を受けるのは自分だろうと、サウザンドは冷静に分析していた。


 ターラは、死神の攻撃を避けながら、冷たい青い瞳は、真っ直ぐサウザンドを見ていた。


 恐ろしい娘だ。死神は、背中に冷たい汗が流れるのを感じた。かつて、勇者の恋人の女戦士と、戦った時の悪寒と似ていた。自分は、化物のような女とばかり戦う。サウザンドは内心、苦笑した。


 妹の戦いを横目で見ながら、モグルフは一刻も早く、ターラに加勢する必要があると判断した。その為には、目の前の騎士を倒さなければならない。


「ウェンデルとやら。どうやら悠長に、一騎打ちをしている場合では無くなった。次の一撃で決着をつけるぞ」


 モグルフは、言うと同時に左手を振り上げた。その時、モグルフの握る剣が光輝く。


「勇者の光の剣か。君は勇者と同様の力を、持っているらしいな」


 ウェンデルはそう言うと、皇帝の剣を水平に構える。この剣が黄金色に変わってから、ウェンデルは形容しがたい違和感が、全身を覆っていた。

 

 何かが、自分の中に存在しているような感覚。だがウェンデルは、モグルフにも、その感覚にも、恐れを抱かなかった。


 アルバはモグルフの光の剣を、厳しい表情で見つめる。勇者と魔王の混血児なら、その力を扱えても不思議では無い。やはり、と言うべきか。


 あの勇魔の剣は、勇者の剣を凌ぐ魔刀になったと、アルバは確信した。それは、地上最強の剣を意味する。その最強の剣が、更に光を纏った。どれ程の力を見せるか、検討もつかない。そして、あの黄金色の剣が、それに何処まで対抗でき得るのか。


 アルバが気づいた時、隣にいたタクボが駆け出していた。向かう先は、倒れている勇者の金の卵の元だ。たちまち空から、炎の玉が落下して来る。タクボは魔法障壁を張りながら、お構いなしに走る。


 タクボの前方に、チロルを抱えたエルドが待ち構えている。エルドは、動けなくなったラフトの傍にいれば、空からの攻撃は無いと判断し、チロルの保護者の救援を待った。


 エルドは、この戦場に場違いな可笑しさがこみ上げてきた。こちらに走って来る、あの守銭奴の、必死な形相といったら無かった。

  

 チロルと出会った当初は、あんなに邪険にしていた癖に、この変わりよう。さしずめ、娘を心配する駄目な父親と言った所か。


 汗だらけの保護者は、チロルとエルドの元に到着した。ラフトが近くにいるせいか、空からの攻撃は止んだ。


「エルド!チロルは無事か?」


 息を切らせ、苦しそうに黒髪の少年に問う。


「大丈夫。気を失っているだけだよ。チロルをお願い。僕はサウザンドに、この剣を渡してくる」


 タクボは頷き、エルドに魔法攻撃の防御力を上げる呪文をかけた。


「これで、いくらかはマシな筈だ。空からの攻撃に用心しろ」


 エルドは笑みを返し、その俊敏そうな身体を存分に生かし、走り出す。エルドは先程から、この中央広場の周囲を観察していた。あの炎の天井を操っている者は、どこに潜んでいるのかと。


 エルドの見立てでは、教会周辺の建物が怪しかった。あそこなら、中央広場全体を見渡せるからだ。黒髪の少年は、中央広場から建物の間に入って行った。遠回りになるが、迂回してサウザンドの場所まで向かう。


 もし、この家々の隙間を移動する間、天井から攻撃が無かったら、敵にはエルドの姿が見えてない事になる。それは、彼の考えが正しいと証明する事となりえた。


 サウザンドは、最後の光の玉を、ターラに向けた。しかし、それも転移の呪文で避ける。死神は息を切らせ、己の魔力が尽きた事を感じた。敗北と死が、青い瞳と共に迫って来る。


「サウザンド!チロルからの贈り物だよ!」


 その時、建物の隙間からエルドが現れた。エルドは、死神の背中に勇魔の剣を投げる。サウザンドは、後ろを振り返る事なく、飛来する剣を右手で掴んだ。ターラの死を乗せた一刀を、その剣で防ぐ。まったく!魔族は背中に、目がついているのか?


 死神の曲芸に呆れながら、エルドは大声を出す。


「炎の天井の術者は、教会の上だ!!」


 それを聞いたアルバは、小さい声で呟く。


「魔力を練る時間は、十分もらった」


 次の瞬間、アルバは白いローブを揺らし、風の呪文を発動させた。向かう先は、教会の屋根の上。上空から、屋根に黒いローブを着た人影が確認出来た。疑いようがない。四兄弟、最後の一人だ。


 アルバは光の剣を発動させ、隻眼の男に斬りかかった。ザンドラも勇魔の剣で、迎撃する。金属音が弾ける。屋根の上という狭い足場に、アルバは危なげなく着地した。


「鬼ごっこは、終わりの時間だ。転落死か、この剣で死ぬか。好きな方を選ばせてやる」


 アルバが不敵に笑う。背中の傷を考えると、時間はかけられなかった。


「こちらは一択のみだ。お前達賢人は、焼き殺すと決めている」

 

 ザンドラの右目が、不吉な色を漂わせた。アルバが光の剣で、矢のような突きを繰り出す。ザンドラはそれを、右手に持った勇魔の剣で受け流す。左手で天井炎火方位陣を維持したまま、次々と繰り出される、アルバの斬撃をいなしていく。


 守勢のように見えるが、ザンドラは時間を稼げれば十分だった。末っ子のターラが、転移魔法で、モグルフとラフトを、中央広場から移動させたその時、炎の天井は地上に落下し、全てを焼き尽くす。


「どうした?隠れるのは得意でも、戦うのは苦手か!?」


「焦りが、言葉と顔に出ているぞ。早く俺を殺したいと、時間が無いとな」


殺意と殺気がこもった、言葉と斬撃の応酬は、容易に決着がつかないように見えた。アルバは、改めた思った。光の剣は、どんな鎧も盾も切り裂く。


 その光の剣の斬撃を受けても、ザンドラが持つ勇魔の剣は、刃こぼれ一つしない。やはり、勇魔の剣のほうが、優れているらしい。


 モグルフは、その勇魔の剣に、更に光を纏わせた。その光の剣が、今まさにウェンデルに、振り下ろされようとしていた。


「ウェンデル!これで決着をつける!!」 


 モグルフの剣に輝く光が、更に大きさを増す。戦鬼のような形相で、モグルフの左手が、唸りを上げてウェンデルの頭に落ちてくる。


「余の一刀を受けるは、末代までの栄誉ぞ!!」


 ウェンデルの発した言葉は、ウェンデルの声ではあったが、彼の言葉では無かった。ウェンデルの右手に輝く黄金の剣は、吸い込まれるように、モグルフの剣と重なった。


 光と光が、激しくぶつかり合い、黄金の火花を散らした。


 突然、ターラが歩みを止めた。兄達の戦場を視認すると、冷たい青い瞳に、動揺の色が浮かんだ。ラフトが倒れている。そして、モグルフまでもが、目の前で膝をつき、頭から崩れ落ちた。


 四兄弟には、事前に決め事があった。戦況が不利な時は、戦場を離脱し、炎の天井で敵を一掃すると。ターラは、撤退を即断した。


 ウェンデルの一撃は、モグルフの剣を弾き返し、隻腕の男の右肩に、深々と刺さった。血が水しぶきのように溢れ、モグルフは倒れた。


 ウェンデルは勝利の喜びも無く、自分が発した言葉に困惑していた。あの台詞は、何者が自分に喋らせたのかと。ふと、皇帝の剣を見直す。剣は青年に、何も語ってはくれなかった。


 ウェンデルの目の前に、突然ターラが現れた。ターラがモグルフの背中に手を置く。紅茶色の髪の青年が、驚く暇も無く、ターラとモグルフの姿は消えた。


 ターラとモグルフは、三度目の転移魔法で、ラフトのいる場所まで、辿り着いた。そこは、チロルを介抱する、タクボの目の前でもあった。


 倒れているモグルフとラフトの背に手を置きながら、ターラとタクボの視線が交錯する。タクボは思い出していた。ターラは、あまり耳もよく聞こえなかったと。


 ターラに分かりやすいように、タクボは口をゆっくりと動かした。それを見たターラは、驚くような表情の後、一瞬だけ悲しそうに青い瞳を伏せた。ターラ達三人は、姿を消した。


 それを確認したザンドラは、炎の天井から、無数の火の玉をアルバに向けて落とした。この距離で落とすか!ザンドラ自身も、火の玉の直撃を受ける距離での攻撃。魔法障壁を張る時間も無い。舌打ちをしながら、選択の余地無く、アルバは屋根から跳躍した。


 教会の屋根から落下する最中、アルバはザンドラの姿を見た。ザンドラは笑みを浮かべていた。奴の頭上には、炎の玉が迫っているのにも関わらず。


 その時、ザンドラの背後にターラが現れた。そして一瞬でザンドラと共に姿を消す。無数の火の玉が屋根に当たり、轟音と同時に屋根が崩れ落ちていく。爆風と石の破片を、両手で防ぎながら、アルバは歯ぎしりした。最初からこうするつもりだったのか!


 アルバは、地面に落下する直前に、衝撃波の呪文を自らにかけた。落下速度が軽減され、アルバは右足のつま先から着地した。同時に膝が折れ、倒れ込んでしまう。


 血を流しすぎたか。意識が朦朧としてきた。薄れゆく意識の中で、アルバは空を見上げる。炎の天井は、地上めがけて落下してきた。

  

 四百メートル四方の炎の天井が、無音のまま落ちてくる。チロルを抱えたタクボは、蒼白な表情で空を見据える。やる、やらないでは無い。やるしか無かった。


 タクボは安物の杖を掲げた。杖の先に、風が集まり渦を巻いていく。


「上手く行ってくれ······!」


 タクボが唱えたのは、本来なら移動する際に使用する、風の呪文だった。風の呪文は、身体の周囲に風を集め、その風を利用し

、人の身を空に飛ばす。


 タクボは、身体に纏わせる風を、外に放出しようと試みた。こんな事は、やった試しもなく、風のコントロールも難しかった。


 炎の天井が地上に落ちる寸前、タクボは全魔力を風の呪文に込め、突風を起こし、天井炎火方位陣にぶつけた。風と炎が互いを巻き込み、暴風のような、けたたましい音が、中央広場に轟いた。


 

 半壊した教会の屋根の上に、ターラは立っていた。敵の最期を確認する為だ。だが、灰色の髪の美女が見たのは、タクボが起こした突風が、炎の天井を四散させる光景だった。


 全ての炎を、蹴散らすとまでは行かなかったが、タクボ以下全員、軽い火傷で済んでいる様子だった。ターラは、天井炎火方位陣を破った魔法使いを見つめる。彼が自分に言った言葉。半分は耳で聞き取り、もう半分は口の動きで分かった。


 『私の願いは穏やかに、静かに暮らしていく事だ。ターラ。君にもそんな暮らしが出来るといいな』


 なぜ、タクボは自分にそんな事を、言ったのだろうか。それは遠い昔、自分が心に抱いていた希望だった。最近では、思い出す事すら無かった過去の自分。


 自分が見た事実を、兄弟達に報告しなくてはならない。皆一様に悔しがるだろう。長兄のザンドラは、今頃必死にモグルフとラフトの治療をしている筈だ。冷酷そうに見える長兄は、実は四兄弟の中で、一番心配性だという事を、末っ子の妹は知っていた。


 冷たい青い瞳は、いつの間にか穏やかな瞳に変わっていた。タクボが教会を見上げた時、屋根の上に人影は無かった。


 タクボは、チロルにかかった火の粉を、手で払いのける。愛弟子に火傷が無い事を確認しながら、なぜターラにあんな事を言ったのか考えていた。


 ターラに最初出会った時、彼女は穏やかな瞳をしていた。そんな彼女から、タクボは自分と同じ匂いを、嗅ぎ取ったのかもしれない。声を失い、流血の日々を送る彼女に、安息の日は訪れるのだろうか。


「師匠。年頃の女性にかける言葉にしては、余りにも色気が無かったですね」


タクボの腕の中で、気を失っていた筈の弟子が口を開く。


「······チロル。お前、いつから意識が戻っていた?」


 銀髪の毛先が、少し焦げた少女は、大きな瞳を見開いた。


「はい。師匠がお嫁さん候補に、あまりにも気の利かない台詞を言っていた時からです」


 この悪ガキの気絶には、油断も隙もない事をタクボは学んだ。


「師匠。ほら、見てください」


 小生意気な少女が、腕を伸ばした。その小さい指先が、指し示す方角をタクボも見る。


 この小さな街の空を覆っていた、炎の天井は消え去り、雲ひとつない青空が、そこに広がっていた。

 



 














 




 










 




 

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