表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/95

傷だらけになった災難と災厄は、終わりの見えない消耗戦を演じる。


 伝説の皇帝の亡骸が、どこに眠っているのか。古来から諸説あり、長い間、歴史の謎だった。皇帝の末裔が、小さな村で静かに暮らしている事を、知る者は居ない。


 まして、その皇帝が使用していた剣が、現存しているなどと、信じる者もいなかった。先祖代々、受け継がれてきた、皇帝の剣。その剣を、ある青年に譲った長老は断言した。

この紅茶色の髪の騎士は、いずれ世界の王になると。



 黄金に輝く剣を右手に握り、威風堂々と立つウェンデルの後ろ姿は、一枚の絵のように見えた。


 エルドは頭を振った。今、自分は何を考えていた?あの正義馬鹿の事を、あろう事か、どこかの王のように見えたなどと。


 ウェンデルとモグルフの剣が重なった時、あのなまくらの剣が突然、黄金色に変わった。モグルフは、文字通り吹き飛ばされた。


 モグルフは何が起こったのか分からなかった。何故自分が倒れている?何故奴は、その倒れている自分を攻撃して来ない?


 隻腕の巨漢はゆっくりと立ち上がり、ウェンデルと名乗った騎士を睨む。


「ウェンディデルとやら。何故、俺が倒れている間に斬りかかって来なかった?」 


 モグルフは、ウェンデルが手にしている剣にも気づいた。あの黄金に輝く剣はなんだ?


「先刻言った通りだ。俺は君と対等に戦いたい。それだけだ」


 紅茶色の髪の騎士は、モグルフの目を真っ直ぐ見ながら答える。


 モグルフは、過去に戦って来た相手を思い返していた。我々家族を襲ってきた連中は、揃いも揃って多勢だった。食事中や、就寝中を特に狙われた。いつも不意打ち、だまし討ちだった。


 だが、目の前の男は違った。正々堂々と、一騎打ちで戦う事を望んでいる。それも対等の条件などと甘い事を、真面目な顔で言う。


 世の中は広い。こんな男が居るのか。モグルフは、眼前に立ちはだかる男を、何故か眩しく感じた。それは黄金に輝く剣のせいか、ウェンディ自身にか。答えは出ぬまま、再び剣を振るう。


 再び両者の剣が激突する。黄金の剣の見えない力に押されるように、モグルフは二度その巨漢を弾き飛ばされた。


 だが今度は地に倒れず、体制を保った。偶然では無い。あの騎士に自分が力負けしている!あの剣が黄金色に変わってからだ。


「ウェンデルとやら。その剣は一体何だ?」


 モグルフの左手が先刻の衝撃で痺れる。あの黄金の剣は危険だ。モグルフの本能が、自分にそう告げる。


「ある村の長老から託された剣だ。千年前、この地上を治めていた皇帝の剣らしい」


 千年前?皇帝?


 アルバは、ウェンデルの戦いを見て驚愕した。アルバが見た所、ウェンデルのレベルは、良くて二十半ばだ。隻腕の男は、四十以上だろう。モグルフに到底及ばない筈だった。


 ところが、ウェンデルの剣が黄金色に変化してから、モグルフを圧倒している。あの剣が伝説の皇帝の剣だと?


 アルバにとって、千年前の皇帝など、歴史上の人物の一人に過ぎなかった。古い言い伝えに、皇帝の剣についての伝説があった。


 皇帝の剣を再び手にした者が、世界の王となると。


 そんな剣が存在するなど、あり得ない筈だった。だが、あの騎士の持つ剣の煌きは、どう説明つければいいのか? 

 

 アルバはタクボを見た。この男だ。この引退を望む男の周りに、異様な者達が集まる。魔王軍序列一位。勇者の金の卵。現役の勇者。皇帝の剣を甦らせた騎士。黒いローブの四兄弟。


 これは果たして偶然か?そう考えるアルバの脳裏に、稲妻のような衝撃が走る。······私も引き寄せられた一人か?


 一ヶ月前。この小さな街で勇者とサウザンドの戦いの最中、タクボが見せた機転。アルバはそれ以来、タクボを組織に、引き入れるべき人材ではないかと考えていた。


 だがその考えは、修正を余儀なくされそうだった。なんとしても、タクボを組織の一員にしなくてはならなくなった。この男は違う意味で危険だ。こんな小さな街で、野放しにしてはならない。


 世界の歴史を裏から操る組織の幹部に、危険人物と認定された、三十代半ばの独身冒険者は、三ケ所に別れた戦場を、忙しそうに注視している。


 元騎士団少佐は、武器が何やら変化してから優勢だ。死神は互角に見えるが、相手の手数があまりにも多過ぎる。時間と共に劣勢に立たされると思われた。


 そして我が弟子だ。その力は、疑いようが無い程巨大だか、まだ子供だ。敵に巧妙な落とし穴を用意されれば、進んで見事に落とされる危険性がある。


 人間と摩族の、大人二人は放って置いて、未成年の援護に回る。当然の選択だ。贔屓では決して無い。タクボは、空の天井からの攻撃を用心しながら、駆け出そうとした。その時、未成年の戦局が動いた。


「醜い魔物如きが、この私に触れるなぁぁ!!」


 人食い巨大熊に拘束されていたロシアドが、絶叫と共に氷の呪文を唱えた。ロシアドの自由を奪っていた、人食い巨大熊の太い両腕がみるみるうちに、凍りついていく。その氷結化は、腕から胴体、遂には頭部へと進み、人食い巨大熊は、捕まえた獲物を貪る前に、氷の石像と化した。


 拘束が解かれ、ロシアドは前方に倒れ込む。両手の自由が効かない状態で、呪文を発動させた為、ロシアド自身も、氷の呪文をその身に受けてしまった。


 ロシアドの半身は凍りついた。人食い巨大熊からのダメージもあり、ロシアドは満身創痍になりがらも、目の前にいた銀髪の少女を見上げる。


「······ここは戦場だ。子供は避難していなさい」


 チロルはロシアドを見下ろした。ロシアドの顔は青白く、吐く息も白かった。


「金髪のお兄さん。あなたを助けます。その代わり、マルタナ姉さんの恋人にかけた、石化の呪文を解いてもらいます」


 ロシアドを見下ろす、銀髪の少女の瞳は、大きく澄んでいた。


「······?何を言っている」


 ロシアドが言い終えた瞬間、チロルの左右の石畳の下から、何かが這い出て来る。


 甲冑を着た戦士が二体。戦士の甲冑の下は、全身骨だった。頭部の眼球があるべき箇所には、赤い目玉が妖しく光っている。


 金貨級魔物、黄泉の衛兵。盾を持たず、両手には大剣が二本握られている。チロルは表情を変えず、二体の魔物を一瞥する。


 ラフトは、この生意気な少女の処理方法を決めた。黄泉の衛兵に、虫の息になるまで斬り刻ませ、止めを自分の手で下す。


 四兄弟の中で、ラフトが唯一、貨幣から魔物を生み出す技術を体得していた。この術は、事前に貨幣に多くの魔力を仕込む必要があり、大量には用意出来ない代物だった。


 先刻、ロシアドに倒された闇のローブに、指示をしていた。崩れた石畳の下に、金貨を忍ばせるようにと。忍ばせた金貨は三枚。ロシアドに倒された人食い巨大熊と、黄泉の衛兵二体。


 ラフトの手待ちのコインは、これで最後だったが、学者風のこの男は、手札を切る事を惜しまなかった。全ては、自分の好み通り、相手を処理する為だ。


 山岳の谷にこだまする、風の音のような声を発し、黄泉の衛兵は、少女に斬りかかる。それと同時に、チロルは右手の黄泉の衛兵の股下に滑り込んだ。


 滑り込む際、チロルは衛兵の左足に小ぶりの剣を振るった。剣が当たった衛兵の左脛は、傷一つつかない。ラフトは異常に引きつらせた口に笑み浮かべる。


「黄泉の衛兵の骨には、物理攻撃の障壁呪文が施されているんだ。どんな名剣で攻撃しても無駄だよ、お嬢ちゃん」


 だが、次の瞬間、ラフトの笑みは固まった。黄泉の衛兵の足は、無傷だった。しかし、足に受けた衝撃は別だった。勇者の金の卵の一刀は、衛兵の左足を跳ね上げた。その衝撃は左足だけに留まらず、全身に伝わり、黄泉の衛兵は、空中で三回転してしまった。


 黄泉の衛兵は、頭から石畳に落ちた。チロルはその衛兵を、背中から蹴飛ばした。骨が軋む音と共に、蹴り飛ばされた衛兵は、もう一体の衛兵に直撃した。二体の衛兵が、絡み合い、地に倒れる。


「······物理攻撃が効かない相手は、魔法で攻撃する······」


 教本を復唱するように、少女は呟く。チロルが、タクボの弟子になってから一ヶ月。剣術はウェンデルに。体術はエルドに。それぞれ手ほどきを受けた。そして魔法は勿論、我が師匠に教えを乞いた。

 

 チロルを教え子とした三人の男達は、この少女に最初に覚えさせるべき、重要事項があった。加減を覚える事。三人の意見は一致していた。そうしなければ、教える側の身の危険が深刻だったのだ。


 チロルは火炎の呪文を唱えた。火炎の呪文の中でも、最も初歩的な呪文だ。だが、唱えた人物の魔力が尋常では無かった。通常なら、大人の頭部程の大きさの火の玉が、実に十倍以上の火の玉となって、二体の衛兵を襲った。


 黄泉の衛兵は、反響音のような、うめき声を上げた。チロルは、足元の崩れた石畳の破片を掴んだ。その破片は、一メートル四方の大きさがあったが、少女は軽々と持ち上げ、その石の板で、炎上する二体の衛兵を叩き飛ばした。


 石と骨がぶつかり合う音が響き、燃える二体の衛兵は、ラフトめがけて高速で飛んでいく。意表を付かれたラフトは、咄嗟に天地重力の呪文で、炎上する二体の塊を地に落とした。二体は石畳に叩きつけられ、全身バラバラになった。憐れな衛兵達は、主人の手で止めを差された。


 ラフトが前方を睨む。だか、少女の姿が無い。まさかと思い上を見上げると、そこには跳躍していたチロルの姿があった。


「······天地重力の呪文は、空の敵には、当てにくい······」


 またも復唱するように、チロルは囁く。小ぶりの剣を構え、ラフトを頭上から斬りつける。


「なんなんだ!お前はっ!!」


 絶叫しながら、ラフトは剣を、鞘から抜いた。しかし構える前に、チロルの剣先がラフトの左肩を、黒いローブごと切り裂いた。


 赤い鮮血が吹きこぼれる。ラフトはローブの中に、鋼の鎧を身に着けていたが、チロルの一刀の前には、用をなさなかった。


 苦痛に顔を歪めながらも、ラフトは右手で剣を握り、切先をチロルに突き出す。少女は身を低くし、それをかわし、ラフトの足元に滑り込む。今や学者風の顔は消え、狂人のような形相をしたラフトは、自分の足元に滑り込んでくる獲物に、剣を叩きつけようとした。


 チロルは両手で、小ぶりの剣を地面に刺した。滑り込む勢いを剣で止め、両足で地を蹴り上げる。剣を振り下げた、ラフトの無防備な顔に、少女の右拳が叩き込まれた。


 ラフトの眼鏡が割れ、持ち主は少女から、十歩の距離まで飛ばされた。鼻から血が止まらず、呼吸が苦しい。なんとか頭を上げると、目の前に少女が立っている。


「この剣は、サウザンドさん達の物だと、ここに来る途中、聞きました。だから返してもらいます」


 少女の手には、魔王軍から奪った剣が、握られていた。ラフトは舌打ちした。チロルに攻撃された際、剣を手から離してしまった。


 ラフトにそう言うと、チロルは背を向け歩いて行く。眼鏡か無いので、少女の後ろ姿がぼやけて視えた。


「おい待て!小娘。なぜ僕に止めを差して行かない?」


 ラフトは叫んだ。口を開いた際、鼻から流れる血が喉に入り、むせ込む。


「人を簡単に殺してはいけないと、師匠に教えられました」


 少女は振り返らず、そう答えた。この言葉を聞いたラフトの中で、何かの線が切れた。この小娘は、持ちすぎている。自分が亡くしていった多くの物を。


「お前も、何か失ってみろぉぉ!!」


 絶叫した狂人は、ぼやけた少女の背中に、天地重力の呪文を唱えた。全魔力を込めたその呪文は、アルバとロシアドにかけた、それとは比較にならない威力だった。


 地鳴りと同時に、無防備だったチロルに、巨大な圧がのしかかってくる。チロルは石畳に倒れ、地面が陥没して行く。少女は、全身の骨が軋む音が聞こえる気がした。


「······サウザンドさんに、この剣を渡さないと······」


 肺の器官に負担があったのか、少女の口には、血が滲んでいた。地面の陥没は、更に深さを増し、少女の細い身体は、圧力に潰されるかと思われた。


 突然、地鳴りが止んだ。ラフトの呪文が、停止した。狂人のような表情をしていた男の顔は、苦痛に歪む。腰に目をやると、ナイフが刺さっている。鋭い痛みが、一瞬で全身に伝わっていく。


「悪いね。妹分を守るのが、兄貴の務めらしいんだ」


 ラフトの腰に、ナイフを突き立てたのは、エルドだった。この黒髪の少年は、ザンドラの監視網をかいくぐり、ラフトに気付かれず、背後に迫る事をやって退けた。


 ラフトは、元暗殺者の少年を睨みながら、ひびだらけの石畳に崩れた落ちた。エルドは内心思う。ラフトが冷静さを欠いていたから

、背後に回る事が出来たと。エルドはアルバの一件以来、自分の力量を過大評価する事を、決してしなかった。


 エルドが妹分に駆け寄る。ずいぶんダメージを負ったように見えた。チロルは、頼りになる兄貴分を見て口を開く。


「エルド兄さん。この剣をサウザンドさんに渡して下さい」


 傷つきながら懇願してくる、妹分の頼みを、エルドに断る理由は無かった。


 ラフトが地に付した時を同じくして、黄色い長衣を纏った、死神の剣が折れた。死神は無表情のまま、長年愛用していた折れた剣を投げ捨てた。


 ターラの強烈な斬撃に、サウザンドの剣は耐え切れ無かった。死神の胸中は複雑だった。折れた剣を惜しむ一方。自軍の刀工達の腕を賞賛した。あの名工達は、なんと素晴らしい剣を造り上げたと。


 勇者の剣と、戦った事があるサウザンドは、確信した。この勇者の剣を魔族仕様に改造した剣。名をつけるとした、勇魔の剣だろうか。勇魔の剣は、勇者の剣を凌ぐ名剣だと。


 その名剣と、この灰色の髪を揺らす美女の天才的な技量が合わさると、容易に対抗できる武器は無いと思われた。


 ターラは冷たい目をしたまま、武器を失った敵に、止めを差そうと構える。死神は距離を取り、手のひらを上に向ける。サウザンドの手から、無数の光の玉が浮き上がった。


 タクボと出会った森で見せた、光と爆裂の呪文だった。光の玉の一つが、ターラめがけて高速で飛んで行く。


 ターラは横に飛び、光の玉を避ける。光が弾けると共に、爆発が起きる。その爆風の中から、もう一つの光の玉が、ターラの背後を襲った。ターラが背後の攻撃に気づいた時、再び爆発が起きた。


 死角からの攻撃に、ターラは避けきる術もなく直撃を受けた。誰の目にもそう見えた。しかし、二度目の爆発地点から、十歩程の距離に、無傷のターラが現れた。それを見ていた、タクボ、アルバ、死神の認識は一致していた。


 古代呪文。転移の魔法。


 爆風で灰色の髪が、激しく揺れる。青い瞳をした美女は、凍てつくような眼光を、再び死神に向けた。





 


 



 






 


 


 



 






 


 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ