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仲違いを始めた災難と災厄は、時に自暴自棄になり周囲を巻き込む。

 

 この小さな街で道具屋を営むポソムは、二日酔いの頭を、重たそうに振る。昨日は飲み過ぎた。最近、酒場に入った美人の従業員となんとか話すキッカケ作りたくて、深酒してしまった。もう店を開ける準備をしなくてはならない。カーテンを開き、窓をあけた。

 

 今日の天気を確認する為に、空を見上げたポソムは言葉を失った。自分は、まだ夢を見ているのだろうか?空にあるのは、雲でも太陽でも無く、一面の炎だった。

 

「エルド。ターラは、お前と同じ技を使ったのか?」

 

 タクボは、エルドが以前、森で使った姿を消す暗殺術を思い出した。


「違うよタクボ。あの技はこんな屋内で使えない。僕には彼女が音も気配も無く消えたように見える」

 

 黒髪の元暗殺者は、額から汗を流し、ターラが座っていた椅子を凝視している。

 

 サウザンドが立ち上がり、店を飛び出して行った。その後をチロルが追う。

  

「おい待てチロル!」

 

 タクボが叫んた時は、弟子の姿は店の外に消えた。仕方なくタクボとエルド、ウェンデルも席を立ち、二人の後を追った。

 

 中央広場に続く道を、死神と少女が並んで駆けている。自分の速度に平然と並走する少女に、死神は忠告する。

 

「少女よ。この先は未知の危険が予想される。店で待機した方が良いぞ」

  

「私、サウザンドさんに謝る為に付いて来たんです。以前、仲間の人を殺してしまいました。本当にごめんなさい」


  死神は、チロルの意外な謝罪に、細い目を見開いた。あの無感情に見えた少女は、一月で随分様変わりしたように見える。良い師と巡り会ったと言う事か。

 

「気にするな少女よ。そなたは、我が身を守る為に行動した。私はそう理解している」

 

 待機命令を無視した挙げ句、少女に倒されたとあっては、部下と言えど庇いようが無かった。

 

 チロルは、どんな言葉を返していいか、分からないと言った表情だ。死神はそんな少女に、優しく微笑んだ。

 

 サウザンドとチロルが、中央広場に到着した時、この小さな街の空に一面の炎が広がった時だった。


 天井炎火方位陣!それは、敵を逃さない為に炎の天井だった。炎は、空に四百メートル四方までに広がっている。

 

 アルバは、ラフトとモグルフから目を離さなかった。二人がこの呪文を使った様子は無い。

 

 だとすると、まだ姿を見せていない二人の誰かが、この呪文を発動させたと見るべきだった。これ程の規模の方位陣を、アルバは見た事が無かった。

 

「飛ばないんですか?最初に殺した賢人は、一か八かであの炎の天井に飛び込みましたよ」

 

 ラフトのつり上がった唇の端が、さらに角度を上げる。

 

「悪趣味だな。今のお前の顔を、鏡で見せてやりたい気分だ」

 

 アルバは嫌悪感を込めて吐き捨てた。

 

「逃げる為に飛び込んだまでは良かったんですが、案の定、火だるまになって落ちてきましたよ。その後はもう虫の息だったので、たった三十五回しか切り刻む事が出来ませんでした」

 

 最初に殺された賢人は、アルバの部下だつった。ラフトの物言いに、怒りが込み上げて来る。

 

「長い逃亡生活で、精神に余程支障をきたしたようだな。他の三人も同じように壊れているのか?」

 

 アルバの毒舌も聴こえないかのように、ラフトの表情は、異様さを通り越し狂人のような顔になって行く。

 

「他の三人は知りませんが、逃亡生活は僕にとって孤独な日々ではありませんでした。貴方達にどの方法で復讐するか。それを想像するだけで、夜も眠れない程興奮した物です」


「我々の組織が、君の人格形成に貢献したようで何よりだ。時に聞くが、君達の両親も同じように、精神が異常だったのかな?」

 

 アルバの挑発の言葉に、ラフトの眼鏡の中の目の色が一変した。

 

「貴様等が、亡き両親を侮辱するかぁ!!」

 

 子供のような声で絶叫し、突進して来たのは次男のモグルフだった。アルバとロシアドは、倍の人数を相手に、逃げ場も閉ざされた。


 この上は、四人揃うまでに、一人でも敵の数を減らすしか勝機は無かった。挑発に乗って来た、この隻腕の男を確実に仕留める

。この戦局を覆す、最初で最後の機会だった。

 

 この街の教会の屋根の上に、隻眼の男が立っている。屋根の上からは、中央広場が一望出来た。空一面に炎を出現させたのは、長男ザンドラだった。

 

 天井炎火方位陣の呪文は、維持するのに膨大な集中力を要する。術者のザンドラは、敵に姿を晒す訳には行かなかった。モグルフとラフトが先陣を切り、ザンドラが後方支援する。それが彼等兄弟の基本戦術だった。そして、最後の切り札は末の妹だった。

   

「我ら四兄弟の最強剣士のその力。冥土の土産に、脳裏に刻み込んで逝くがいい」

 

 ザンドラは、罪を悔い改め、神に祈りと感謝を捧げる教会の上で、不吉な笑みを浮かべた。彼等四兄弟にとって、神の存在など失笑の対象でしか無かった。在るのは、目の前の残酷な現実。ただそれだけだった。

 

 モグルフがアルバの間合い入る前に、ラフトが何かを手のひらから投じた。金貨が三枚。それは、ロシアドに向けられて放たれた。

  

 その金貨を見た瞬間、アルバに悪寒が走った。四兄弟の血の半分が、バタフシャーンの血と知ってから、アルバはある予測を立てていた。四兄弟に、バタフシャーン一族と同じような能力が備わっていると言う予測だ。

 


「いにしえの契約に従いて、その血と肉を我ら一族に捧げよ!」

 

 ラフトが呪文を唱えた。詠唱が終わると、三枚の金貨は、白い光と共に形を変えて行く。

 

 茶色いローブを纏った魔物が三体現れた。子供程の身長に、大きすぎる茶色いローブを羽織っている。手足はローブに隠れて見えない。フードからは顔も見えなかった。否、見えないのでは無い。顔が無いのだ。フードの中には、暗闇があった。その暗闇には、三つの目が浮かび、鞭のように長い舌が、飛びてでいる。

 

 闇のローブ。金貨級の魔物の名がそれだった。闇のローブの舌に触れると、特殊な毒で、半日は動けなくなる。舌で獲物を巻取り、フードの暗闇に引きずり込む。どんな巨漢でも、この小さいフードの中に吸い込まれてしまう。暗闇に吸い込まれた者がどうなるか、生者に知る者は居なかった。

 

 アルバの予測は、最悪の形で現実となった。闇のローブが三体、ロシアドを包囲する。三枚の舌が、ロシアドを拘束する為に鞭のようにしなる。

 

  だが三枚の舌は、突然動きを止めた。舌だけでは無い。黒いローブの身体も動かなくなった。黒いローブが段々と石化して行く。ロシアドは、石像と化した金貨級の魔物を、無造作に破壊した。

 

「これは驚きましたね。古代呪文の石化の呪文を、使える者が居たなんて」

 

 ラフトは、兄モグルフに大声で警告した。術者の目を見ると、石化の呪文をかけられると。


「今だロシアド!この隻腕の男を仕留めるぞ!」

 

 アルバが部下に連携を命じた時、アルバの背後に、灰色の髪をした女が突如現れた。

 

「アルバ!後ろだ!」

 

 アルバの耳に、旧友の声が聴こえた。だがターラの剣速は、アルバの回避を許さなかった。

 

 青い瞳を見開き、ターラの一振りはアルバの背中を切り裂いた。

 

 タクボ達が中央広場に到着し、アルバに危険を知らせたが、間に合わなかった。

 

 アルバは姿勢を崩し、前のめりに倒れると思われた。その刹那、アルバは振り向きざまに、強烈な斬撃をターラに叩き込んだ。

 

 ターラは、両手で握っていた剣でその斬撃を防ぐ。アルバの白いローブの中から、鈍い金属音と共に何かが落ちてきた。それは、今しがたターラに切られた鎧だった。アルバは、ローブの中に甲冑を身に着けていた。

 

 勇者の剣と同じ素材のこの鎧を切り裂くとは。アルバは驚きを隠せない。この四兄弟の所持している剣は、魔王の居城から強奪した剣だと報告を受けていた。勇者の剣を改造した、魔王軍の刀工が優秀なのか。使い手が達人なのか。アルバはその両方だと判断した。

  

「金髪······青と魔の賢人······石化の呪文······マルタナ姉さん······恋人······」


  傍に居たサウザンドにも聞こえない程、少女はか細く呟いた。その大きな瞳は、ある一点を見つめていた。


 アルバは、ターラとモグルフに挟撃されようとしていた。上司の危機に、ロシアドは救援に向かう。駆け出した瞬間、ロシアドの足元の石畳が崩れた。地下から、何者かが飛び出して来た。

 

 黒い毛に覆われた、熊のような生き物が咆哮し、太い両腕でロシアドを拘束する。通常の熊より、倍の大きさだ。牙は鋭く、両手両足の爪も長く鋭利だ。

 

 金貨級の魔物、人食い巨大熊。特筆すべきは、その腕の力だ。力だけなら魔物の中でも最強クラス。その腕に掴まれたら、人間の骨など粉々にされてしまう。

 

 人食い巨大熊の、恐ろしい程の腕の圧力に、ロシアドの表情が苦悶に変わる。彼が身に着けているアルバと同じ鎧が無かったら、即死している所だった。

 

 あの気味が悪い学者男は、金貨を石畳に潜ませていたのか!アルバに部下の救援に向かう余裕は無かった。青い瞳の女の斬撃を、受けるだけ精一杯だ。


 この華奢な身体で、男が使用する大きさの剣を、自由自在に振り回している。この女は剣の天才だ!アルバは吹き出る汗を拭う暇も無く、後ろからモグルフが迫る。

 

 アルバには、モグルフの攻撃を避ける方法が無かった。モグルフの太い左手が振り下ろされた。その瞬間、モグルフとターラが吹き飛んだ。タクボとサウザンドが、同時に衝撃波の呪文を放っていた。それは、ラフトがロシアドに、ナイフを放った時だった。

 

 金属音と共に、二本のナイフが弾かれた。ロシアドの胸に突き刺さる筈だったナイフは、人食い大熊に羽交い締めにされている、ロシアドの足元に落ちた。


 ラフトは、自分とロシアドの間に割って入って来た何者かを観察した。銀髪の髪を三つ編みにしている少女だった。革の鎧を身に着け、右手には小ぶりの剣を握っている。その大きな瞳は、近い将来、中々の美人になりそうな器量だ。

 

 ラフトの投じたナイフには、特製の猛毒が塗られていた。賢人がこの猛毒に、何時間耐えて憤死するか。それを記録と観察するのがラフトにとって至福の時間だった。その楽しみを邪魔した少女に、ラフトは穏やかでは居られなかった。


「お嬢ちゃん。そこを退いてくれないかな?僕達は賢人達意外は無益な殺生はしない。だが、邪魔立てする者は例外無く殺すよ?

 

 ラフトから笑みが消え、眼鏡の中の両目が異様に見開いた。

 

「退きません。この金髪の人が殺されたら、マルタナ姉さんが困ります」

 

「お嬢ちゃんにも、何か事情があるようだね。でもね、余り大人を怒らせると、あの辺りに居る君の仲間達も死ぬ事になるよ?」

 

「死なせません。誰一人。私は、私が大事と思う人を必ず守ります」


 タクボは、サウザンドとアルバの元に駆け寄った。タクボはその間のチロルの言動を見て、言葉に表せない何かが、胸の中に込み上げてきた。この娘は、必ず人間らしく変わる。タクボはそう確信した。

 

「その凛とした言葉と佇まい。君を育てた両親は、余程立派な方達らしいね」

 

 ラフトは、少女に嫌味を言うつもりが、失敗した。この小娘は、自分が遠い昔失った物を持っている。そんな羨望がラフトを苛立たせた。


「私の師匠は、お金に細くて、お酒にだらしなくて、加齢臭が出始めて、破れた服も平気で着て、恋人も出来る宛も無くて、平穏が口癖なのに騒動に首を突っ込み、言動に一貫性が無い人です」

 

 我が愛弟子よ。気のせいだと思うが、一つも褒められていないように聞こえるぞ。いや、私は大人だ。聞こえないふりぐらい造作も無い。言葉の刃で心を裂かれても、何事も無かったように振る舞えるぞ。心配するなチロルよ。タクボは心の涙を堪えた。

 

「そんな師匠は、私の一番大事な人です」

 

 ラフトの苛立ちは、怒りに変わって来た。そんな純粋な目で僕を見るな。僕だって好きで心を無くしたんじゃない。そうするしか無かったんだ。あの地獄の日々を正気でいる為には。

 

 ラフトの目には、ロシアドはもう入って無かった。目の前にいる邪魔な小娘をどう処理するか。学者風の男は、舌なめずりをしながら熟考した。

 

 タクボとサウザンドは、アルバの左右に立った。アルバの汗が引く様子が無い。やはり背中に傷を負っている。

 

「アルバ。背中の傷は深いのか?」

「致命傷では無い。が、浅くも無いな」

 

 サウザンドが愛用の長剣を腰から抜いた。


「賢人よ。そなたの予想通りに事が運んだようだな」

 

 サウザンドは、事前にアルバから聞かされていた。改造された勇者の剣を奪った者が、この小さな街に現れる可能性があると。

 

 主君の居城を襲った者達に報復をする為、死神はこの小さい街を再訪した。黒いローブを纏った者達が手にしている剣には、魔王軍の紋章が刻まれていた。見誤りようが無い。副司令官と刀工達を殺害したのは、この連中だ。

 

 死神の細い目が、殺意の色に変わる。主君の居城に攻め込んで来た冒険者達を殲滅させ、世界中にその名を知らしめた魔王軍序列一位の死神は、その力を解放しようとしていた。

 

 タクボの望む平穏な日常とは、真逆の光景が、この中央広場に展開しようとしていた。

 

 

 



 


  

 

 

 

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 



 

 

 

 

 


 


 

 

 

 

 

 

 



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