久しぶりの夜会で
黒い絵具でベタ塗りしたかのような深夜、新月の晩。その日は星が空の主役だった。招待状持参で夜会に出るのはアスタティーク=ロゼ=グリシュエートにとって久方ぶりの出来事だった。
弾む気持ちを抑えつつ、口元に僅かな微笑を称えアスタティークは夜会の場に入場する。
夜会会場に入って先ずアスタティークの目を惹いたのはシャンデリア。美しい装飾、華美ではあるが決して下品ではない。硝子細工の中にはくどくなりすぎないよう配慮しつつダイヤモンドも混じっているようだ。
美しい、アスタティークはそう思わずにはいられなかった。
「アスタ、私は主宰に挨拶をして来る」
アスタティークの腰を抱いてエスコートしていた男、つまりグリシュエート侯爵は、そう言うと丁度トレーに載せたシャンパンを配っていたボーイを呼びつけ、受け取りアスタティークに渡した。
「直ぐに終わらせてこよう、待っていてくれるかい?」
「ええ、いってらっしゃいませお父様」
父、オズワルドを見送るとアスタティークはテラスに出た。
月明かりさえない新月の暗闇と夜会の人々の喧騒は寧ろアスタティークを落ち着かせた。
つい一週間前まで、アスタティークは隣国、ナイメル帝国との戦争の最前線にいた。絶え間ない仲間の死、人を切り殺す感触、鼻腔にこびりついた血と硝煙のにおいは未だアスタティークの中から消えはしない。
しかし何故侯爵令嬢であるアスタティークが戦争に出ているかは割愛することにする。
グラスを一人傾けていると、声がかかった。振り替えると、アスタティークと同年代の男が立っていた。髪の色は薄い灰色で瞳は金色の青年にアスタティークはよく見覚えがあった。
「戦場を駆ける戦乙女、片時私と踊って戴けませんか?」
恭しく頭を垂れ、男は膝をついてアスタティークに手を取れと言うように右手を差し出した。
「寝言は寝てえ、色情魔。生憎私は誰とも踊ろうとは思っていない…が、」
顔を挙げた男としっかり目を合わせて、アスタティークは言った。
「酒になら付き合ってやる」
そうアスタティークは男の手に自身の手を重ねた。
「変わってなねぇなアスタ」
「お前も似たようなものだろうディー」
男、ディートルゲン=エル=ライヘンバッハは立ち上がると自身のグラスをアスタティークのグラスを重ねた。
「でも、まぁお帰り、アスタティーク」
「…ああ、ただいまディートルゲン」