AIと投稿小説、みたいな
以前、アルファポリスが規約を変更して、生成AIを使った作品の応募を禁止(AIによるプロット作成や校正は認める)しましたが、同社が開催した第18回ファンタジー小説大賞で大賞および読者賞を受賞した作品がAIで作成したものと判明し、書籍化・コミカライズの予定を白紙撤回したと発表がありました。
報道では、作者本人が「(規程変更は)後出し」と考えているようでしたが、確かに応募時点ではAI禁止を謳っていなかったのですからそう思っても仕方が無い部分はありますが、すでに絵画コンクールや写真コンクールでの画像生成AI使用によるトラブルという前例があるわけですから、一般的な考え方からすれば、そもそも生成AIを使って作品を作るなよと思われてもしかたないでしょう。
さて、このニュースにはいろいろな側面があります。まず、作品とAIの関わりです。AIの使用度(関与度合い)によって、以下のように分類できるかと思います。
レベル1: 誤字脱字のチェック、類語検索、壁打ち(アイデア出しの相手)。
レベル2: プロット(あらすじ)の作成、キャラクター設定の生成。
レベル3: 文章の一部生成、描写の膨らませ、推敲。
レベル4: 全文の生成。
アルファポリス運営もレベル1は許容していますし、校正ツールを提供するくらいですからむしろ奨励していると言っていいでしょう。問題はレベル2以上ですね。レベル2はややグレーゾーンなのかなと感じます。一口にプロットといっても、大枠なのか細分化された細かいプロットなのかで印象も違ってきます。キャラクター設定も、最終的に動かすのは作者としても、AIに与えられた設定じゃないの?そこに作者の思いとか熱は込められているの?とも考えてしまいます。レベル3にしても、どの程度までAIなのか人の手はどのくらい入っているのかでも印象は変わってくるでしょう。半分くらいなら許せる?3分の1くらいなら?と、これも人によって感じ方はさまざま。ただ、レベル4、すべてがAIであるものに関しては忌避感を覚える人は多いでしょう。特に今回のように評価したあとから判明した場合、「裏切られた」感は半端ない。AIが関与する度合いによって受け手側の印象は大きく変わるとはいえ、最初から言っているのと結果的に隠されていたのとでは、大きく違う感情を抱くと思います。少なくとも最初から「生成AIで作りました」と言われれば、少なくとも読者に対してフェアだと思います。
もうひとつは、作られた作品がAIが作った者かどうか、どのように判別するかという問題です。今回、どのような経緯でAI作品だと判明したのか不明なのでなんとも言えませんが、AIはどんどん進化しており「AIらしさ」「AIっぽさ」はなくなりつつあります。なので、AI作品かどうかという判別は、難しいというより不可能になるでしょうね。
ただ、過去データを学習しているAIには、いわゆる“尖った作品”のようなこれまでになかったような作品を生み出すことはできません。たとえば、夢枕獏さんの「カエルの死」のような(これはこれで小説というよりタイポグラフィーといった方がいいのですが)、読者があっと驚くような作品は作れないでしょう。入力するプロンプト次第とはいえ、出力できるのは既存の範疇を超えることはできません。逆に言えば、最大公約数的な、万人受けしそうな小説はAIで簡単に作り出すようになるのでしょう。
つらつらと書いてしまいましたが、結局AIがどんなに進化しても「道具」でしかないわけで、道具を使う分にはいいけれど、道具の範疇を超えて「自分ではない(人ではない)誰か」が代筆するのは、人として許していいのかどうかということでしょうかね。将来、AIが「もうひとりの自分」になるくらい学習できるようになれば別ですが、現時点では道具を超えた役割を与えていいのか?ということになるでしょうね。
今後、法律で取り締まりでも行われない限り(それはそれで嫌な世の中だけど)、AIで作った作品は登場するだろうし、AIで作ったことを隠して公開される作品もでてくるでしょうね。
もしかすると、人間か書くことにプレミアム感が生まれれば、動画で人間がリアルタイムで小説を書いて公開までするなんてリアリティショーができるかも。一方で、暇つぶし的な、隙間時間に好みの小説を読みたいという層には、AIがぱぱっ!と作ってくれるサービスとかできそう。読者の好みとか学習してどんどん個人向けにカスタマイズしていくような。
そんな二極分化した世界になるかも。
さて、問題。
ここまでの文章、はたして人間が書いたのか、それとも……?




