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SR満州戦記1  作者: 異不丸
第一章 昭和二〇年八月一日
6/29

四 夜業


牡丹江省、東寧県石門子


 消灯前の点呼がおわると、山口兵長は下士官室に行く。

「山口兵長、小隊軍曹のお呼びで参りました」

「入れ」

 申告して入ると、大島伍長もいた。戸を閉めてため息をつくと、山口は中島軍曹の机の前に座る。

「何のわるだくみだ」

「そう言うな。特配があるぞ」

「ふん、押し込みか」

「さすがは一選抜、聡いな」

 三人は歩四六、大村連隊の同年兵だった。成績は専門学校を卒業した山口が一番よかったが、幹部候補生に志願しなかったので上に睨まれた。本来なら一等兵どまりだが、学科も術科も優等で、勤務も真面目だったから、原隊が異動して上が入れ替わるたびに昇進した。中島と大島は乙種幹部候補生に志願して、下士官となった。


 山口は特配の饅頭をありがたくいただく。餡は甘味噌だった。中島は話を続ける。

「夕食後に小隊長に呼ばれた。また兵隊が増えるらしい」

「悪い知らせだ」

「城子溝の五中と六中が連隊主力に合流するので、訓練未了の新兵が残された」

「大喊廠では陣地構築だ。人手はあった方がいいだろうに」

「だから大人は連れて行く。残されたのは少年兵だ」

「ますます悪い知らせじゃないか」

「いや、同じ義勇隊出身でも、ちゃんと兵役についたやつが頭にいる。これならうまく回る」

「ふむ、すると装備が足りないか」

「今日は冴えているな。砂糖を奢った甲斐があったぞ」

「うん、うまかった」


 中島の話によると、第七中隊木谷小隊は、特設増強対戦車小隊に再編成され、およそ百名となる。下士官は増強されない。木谷少尉を筆頭に、小隊軍曹一、分隊長の伍長四はそのままだ。兵隊は、一国守と重砲九から来た兵長二人と上等兵三人が使えるが、残りは新兵だ。だいたい、ここにいる三人が最古参なのだ。

 木谷少尉と中島軍曹の考えた編制は、挺進分隊が五個、作業分隊が三個と小隊指揮班というものだった。追加された武器は、猟銃が二丁、銃剣が十振り、破甲爆雷が若干しかない。これで、ソ連軍戦車二十両以上の破壊を目標にせよと命じられた。

「爆雷と手榴弾の数からいけば数字は合うが、一個特設小隊の全滅で二個戦車中隊を屠れとは、中隊本部も欲が深い」

「しっ。連隊本部だ。独混一三二がごねたらしい」

「問題はソ連戦車隊の同伴歩兵だ」

「その通り。歩兵が周囲にいると、戦車への突撃は不可能だ」


 六年前のノモンハンで、日本軍の対戦車挺進攻撃はかなりの戦果を上げた。効果がありすぎて、ソ連軍はすぐに対処した。火炎瓶に弱いガソリンエンジンはディーゼルエンジンに換装され、戦車単独の突撃は改められ、歩兵と協同することになった。もちろん戦車は人より速いから、歩兵は機動化される。

 それでも、トラックに乗った自動車化歩兵なら、日本軍にもやりようがあった。戦車とトラックを分離するのだ。ソ連軍の三四式戦車には通用しない歩兵砲や擲弾筒でも、トラックは粉砕できる。自分の足だけになった歩兵は、いずれは戦車に引き離される。縦深をとればいいのだ。対戦車小隊の戦法はそのようにして、裸になった戦車単体に近接、突撃するものだった。

 装甲兵車に乗った機甲化歩兵はそうはいかないが、ソ連軍には装甲兵車はない。ところが、ソ連軍はこれにも対処した。戦車本体に歩兵を乗せたのだ。戦車後部に満載された歩兵は、ただ便乗しているわけではなく、乗ったままで銃を撃ってくる。マンドリンと呼ばれる機関短銃PPSh-41だ。つまりソ連軍の戦車には前方だけでなく、側面・後方にも機銃がついたわけで、これでは接近できない。



「作業分隊をつくったということは、あれでいくのか」

「他に方法はない。歩兵砲どころか擲弾筒も軽機もないのだ」

「生還率が落ちるぞ」

「山口の戦法が採用されたのだ、喜べ」

「俺の名前を使うな。考え付いたやつは他にもいる」

「うちの小隊では山口式挺進法と呼ぶ」

「もはや挺身攻撃だな。待て、勘定が合わん」

「「ぎく」」

「下士官が足りない、分隊長は誰がやるんだ?」

「もちろん、伍長の次は兵長さまだ。山口は第一挺身分隊長だ」

「先鋒じゃないか」

「心配するな。貴様の戦訓は見届けてやる」

「俺も小隊長どのより先に死ぬわけにはいかん」


 三人は夜食を済ますと、身支度を整える。階級章のない古びた上下に、ゲートルを巻いて地下足袋を履く。足音を忍ばせ、そっと兵舎を出た。これから、空き家になった兵舎を家捜しして、隠匿兵器を確保するのだ。

 すでに第一二師団の転出前から個人装備は不如意になっていて、御紋と番号のついた制式装備は厳しく管理されていた。しかし、管理されていない員数外の兵器もあった。抗日ゲリラや不逞満人から鹵獲したものや記入漏れだ。

 四年も駐屯していたから討伐出動の回数は多く、戦果の兵器も多い。外国製や年代物は記念品を残して本部に送るが、日本軍制式の三八式歩兵銃や九六式軽機の場合は部隊内で保管する。紛失や損壊の際に備えるのだ。送られた本部でも廃棄はせず、兵器掛や銃工部で部品の素材とする。

 そうして結果的に隠匿となった兵器は、五十や六十は軽く超える。第一二師団の転出先は台湾だったから、員数外のほとんどは残置された。それから短日日に留守師団、第一二〇師団、第一二八師団と入れ替わったので引継ぎの混乱もある。すでに中島たちは二十人分の装備を確保し、整備していた。


 石門子の兵営は閑散としていた。かつては万の将兵がいたが、今いるのは歩兵第二八三連隊第二大隊の二個中隊だけだ。独立混成第一三二旅団の二個中隊と合わせても千に届かない。整然と並ぶ兵舎のほとんどが空き家だった。

 しかし、消灯時間をとっくに過ぎたというのに、あちこちに人影がある。他の部隊も必死で使える装備を探しているのだろう。だが、山口たちのように最古参でないと場所の見当はつかない。装備を確保したとしても問題は残る。弾薬については別に手配しなければならない。それは、木谷少尉の分担だった。






国都新京、中央通


 着替えて出て来た加茂を見て、秋草が言う。

「見事だな」

 加茂は参謀飾緒をつけた中佐に扮していた。化粧をして綿を含んでいるから十歳は若く見える。いい感じで口臭に酒が混ざっている。忘れ物を思い出して宴会を抜け出してきた参謀の役にはまっていた。秋草に向かって敬礼をする。

「総司令部作戦課、歩兵中佐、竜島隆三であります」

 秋草が答礼をする。

「関東軍情報部の秋草だ」

 二人は車に乗って、堂々と関東軍総司令部の正門に乗りつけるつもりだった。そして、作戦課と人事課で情報を探る。

「貴公が関東軍に送られてきたのは、お目付けではない。今の関東軍に独断専行する余力などない」

「はっ」


 関東軍はそれまで、さんざんに独断専行を続けて来た。だが、ノモンハン事件の直後、司令官に着任した梅津大将は、徹底的な綱紀粛正と人事刷新を断行した。関東軍に新しく赴任する参謀は参謀本部の命令に忠実であるように、繰り返し念をおされた。さらに、満州とソ連を取り巻く国際情勢の変化もある。

 対米英開戦のあとも、関東軍は東正面からソ連領内へ攻勢を掛け得る戦力を維持していた。だが、大東亜戦争の進展でそうもいかなくなる。海軍主導によって当初の計画以上に戦線が拡がり、そして米英の反攻が始まった。守勢に回って戦場選択の主導権を失うと、攻勢時に倍する戦力が必要となる。

 そうして、二年ほど前から関東軍戦力が南方に引き抜かれるようになった。すでに関東軍は中央に忠実であるように改革されていたから、唯々諾々と省部の要求に従った。古参師団はもちろん、戦車も重砲も航空機も、軍司令部や方面軍司令部までも差し出した。司令官や参謀をつけたままでだ。

 さすがに危機感を覚えた関東軍が中央に訴えると、戦力の充実は満州内の資源で行なうように指導された。つまり、満州に在住する邦人と関特演時に備蓄した装備弾薬で間に合わせろということだ。だから今、ソ連領内に押し出すような戦力はない。独断も専行も暴走もやりようがなかった。


「では、なぜ、小官は派遣されたのでしょう」

「総司令部が関与するのは作戦の計画と指導だけではない。停戦時の交渉もある。待てよ。そうか。これは、独断専行の機会でもあるな」

「えっ」



 比良は竜島の官舎に回っていた。夜もだいぶ更けてから竜島が帰ってくる。部屋の電気が点くと、騒動が始まった。玄関の引き戸が中から押し倒され、泥棒が飛び出て来る。派手な音を聞きつけ、警備の兵隊が駆け付けた。泥棒は銃剣を突きつけられて、塀に追い詰められる。兵隊は警告して、銃の槓棹をひく。泥棒は盗んだ鞄を投げつけると、塀を乗り越えて逃げた。

 兵隊が飛散した書類を集めていると、竜島が出て来た。返すように命じる。兵隊は頷き、鞄を閉じ、手帳と合わせて手渡すと、敬礼した。竜島は中身を確認して、答礼する。兵隊は銃に安全子を掛けると、歩調を取って立ち去った。

 兵隊は、近くに止められたトラックに乗り込み、軍服を脱ぐ。下は協和会服だった。正門に向かう。トラックに書かれた『比良組』を認めて、衛兵が手を振る。比良は敬礼をして見せた。通りに出ると、さっきの泥棒が荷台に飛び乗った。嬉しそうに札束を振ってみせる。比良も笑い返す。鞄の書類と手帳の中身はすべて、頭の中にあった。





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