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SR満州戦記1  作者: 異不丸
第五章 八月五日
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二 覚悟


牡丹江省東寧県、興寧線老黒山駅近傍


 汽笛を耳にした司馬軍曹は作業の手を休め、駅の方に顔を向ける。眼下の老黒山駅に百人ほどの人が集まっていた。兵隊ではない。服装からいくと満人でもなく、邦人開拓民らしかった。牡丹江省の開拓村は寧安県に集中していて、東寧県では珍しい。


 司馬はとなりの熊野軍曹に尋ねる。

「この辺りに開拓団がありましたか」

「駅の裏山を越えたところに一つあると小隊長が言っていたな」

「へぇ、本城の裏か」

「だいぶ先だ。たしか紫陽村とか言った、どれ」

 熊野は双眼鏡を取り出した。覗きながら司馬に説明する。

「んと。女子供に男は年寄りばかりだ。みんなリュックか風呂敷包みを背負っているが、一つだけだ。意外だな」

「列車の方はどうです」

「ええと。無蓋貨車ばかり六両で、半分が埋まっているな。やはり、おっと。いやいや、着ているものが派手だ。こいつは別嬪さんぞろいだ」


 機関車を見ると列車は新興へ向かっているから、三両の客は東寧の街から避退する邦人だ。つまり、兵隊相手の食堂、居酒屋、料理屋やピイ屋の女たちが大半のようだ。

「やれやれ、もう東寧では飲めませんね」

「そんなことはないさ。あの様子じゃ酒も肴も残したままだ」

「酌してくれる姐さんがいないと美味くない」

「ぜいたく言うな。戦争だぞ」

「そうだった」

 司馬と熊野は顔を合わせて笑う。



 司馬軍曹と熊野軍曹が所属する機動第二連隊は、連隊長以下二千五百名の布陣を完結していた。懸案だった弾薬も、第一五野戦兵器廠の老黒山駅出張所が全備蓄を開放したので解決した。野戦病院から包帯や薬の特配もあった。それまで頑として配付を拒否していたのが、昨日の午後になって一変したのだ。

 延吉の第三軍司令部から命令が出たらしいと聞いたのは今朝だった。小山中隊長が大隊本部で仕入れてきたらしい。それによると、兵器部長の南義人少将が強く進言したという。関東軍総参謀長の秦中将とは陸士同期だから、特別の示唆を得たのかも知れない。


 してみると、第三軍と上級の第一方面軍との電話も開通したようだ。先月の急な司令部移転で両司令部間や隷下部隊との軍用電話の整備は間に合っていなかったのだ。ともあれ、連隊本部から軍司令部、方面軍司令部、さらに総軍司令部へと通信が回復したのは喜ばしい。これで怪しげな噂や流言が一掃されるというものだ。

 すでに七日開戦の噂は兵隊たちに浸透しており、軍の上層部も無視しきれなくなっていた。もとより、その兆候は国境の兵隊が発見し部隊長が確認したものだから、ソ連軍侵攻を疑う者はいない。ただただ、よく期日を特定できたものだと感心するばかりだ。各軍の戦闘準備は急速に進んでいた。


 しかし、兵隊たちには上層部の思惑はどうでもよかった。戦争になるのなら武器や弾薬はいくらあっても足りない。気が変わらぬうちにと、全員総出で運び出した。とりあえず倉庫を空っぽにする。陣地に運び込むのは後回しだ。段取りも何もなく、片っ端から持ち出すと敷地外へ積み上げた。

 昨夜から今朝まで、兵器廠周辺は非常に危険な状態にあった。一応は、全員が金気の帯革や銃剣、鋲を打った軍靴などをすべて外してから作業を始めた。だが、途中で他の部隊が参入すると混乱が始まった。誰かが員数を数えると言い出したからだ。爆薬や手榴弾が乱雑に置かれている中で、信管や雷管の梱包が開かれる。


 思い返すだけでも冷や汗が出る。

「怖ろしいことでした」

「よく何も起きなかったな」

「ひょっとして、ついてますか」

 そう言う司馬の顔を、熊野はまじまじと見つめた。






牡丹江省、東寧県石門子


 第一二八師団、歩兵第二八三連隊第七中隊の特設増強対戦車小隊は石門子の兵営にあった。昨日の午後に大隊長の検閲があって、間に合わせの対戦車挺進訓練は完了したことになった。といっても、検閲自体はまったくのお座なりで、訓示だけ済ますと大隊長はそそくさと戻っていった。

 そのあと、半年分の俸給が前渡しされ、交代で外出許可が出された。すなわち、いよいよである。命の洗濯をして来いということだ。それ以外の解釈はあり得ない。兵隊たちは慌てふためくでもなく、手紙を書き私物を整理して、外出の仕度を始める。この世の未練を断つということは莫迦騒ぎだけではない。世話になった人への挨拶や形見分けもあった。


 山口兵長は、下士官室で同年兵の大島伍長や中島軍曹と駄弁っていた。下士官でもないのに第一挺身分隊長にされた。あずかる十人が兵隊ならいいが、二等兵といっても四十過ぎの経理屋や兵役前の少年たちだった。どうやって死なせればいいのだろう。

 気心の知れた兵隊仲間となら問題はなかった。小隊全体で敵戦車二十両なら、分隊あたり四両だ。山口には、時と場所を選べるなら、二両を破壊して生き残る自信はある。選べなくても一両は問題ない。二両目ではやられるが、仲間がやってくれる。そう、問題は時と場所だった。

 新兵ばかりの山口の分隊でも、一月入営の野中二等兵なら同じように出来るだろうが、そこまでだ。山口と野中で二両潰したとしても、残った新兵だけで二両は難しい。さらに小隊は、東寧要塞の周囲に廻らされた戦車壕に布陣するのではなく、石門子から白刀山子あたりまで進出する。いつ敵戦車隊が来襲するか、予測は困難だった。


「まあ、そう戦果にこだわるな」

「俺はかまわんが、あいつらを無駄死にさせては死にきれん」

「どうしようもない。要塞に入れないのなら離れた方が機会はある」

「この期に及んで部隊の面子が絡むとはな」

「面子と体裁があるから士気も保てる。そう言ったのは山口だぞ」

「やれやれ」

「あきらめろ。最後の外出も出来た。ありがたい限りだろう」


 今日は日曜日で課業はない。開戦期日の噂には、何処の兵営で面会や外出が許可されるということまで伴っていた。他にも、兵隊へ前渡しされる俸給の計算法などもあった。それによると妻帯者が一年分、独身者が半年分で、まだ独身の大島や中島は営外ではないので一年分はもらえなかった。

「どうせ、全額を渡すから同じことだがな」

「そういうことだ。あれで新しい着物でも買ってくれるだろう」

「こっちはもう酒保にも行けない」

「ああ、全部渡して一文無しだ」

 三人は笑いあった。


 古参の兵隊は昨夕のうちに外出を済ませていた。馴染みとの最後の逢瀬だった。郷里への手紙や形見を届けてもらう費用と謝礼という形だが、本意は通じている。避退先の街のデパアトや洋食屋で豪気に散財してくれるだろう。それが兵隊たちの心安になるし、生きた証ともなるのだ。

 東寧の駅からは昨夜から四時間ごとに列車が進発していた。面会や逢瀬で未練断ちを済ました女たちは、精一杯に着飾り、背筋を伸ばして列車に乗り込んだ。






国都新京、洪熙街


 満映第二スタヂオの中は人で溢れ、持ち込まれた数台の大きな扇風機が熱気と紫煙をかき回していた。壁際の机には省公署との直通電話がずらりと置かれ、交換手が応対し用箋に書き付ける。警務、開拓、交通の担当官が並ぶ机で査察されたあと、模型地図の前に待機する要員に渡される。受け取った要員は、内容を読み上げた後、地図上の駒を動かす。昨夕の避退開始から、人の動きはめまぐるしかった。

 宮沢次郎参議官は、今日は舞台から見下ろしていた。国境省の奥地から親子の形をした駒が、ゆっくりだが確実に、各県指定の集合場所に向かっていた。駒の色は黄、黒、緑、黄緑、黄土色とさまざまである。それぞれ戸主の所属機関や団体の性格を表わす。

「綏芬河発二番列車、牡丹江を進発」

 牡丹江駅にあった列車の駒が浜綏線を西へ進む。黄色い親子だから、牡丹江省公署や県公署に勤める官吏や警官の家族である。動かした要員が上を向いて頷く。元穆梭県知事の家族も乗っているということだ。宮沢は目を細くして頷き返した。


 邦人避退は、一番遠い奥地から開始されるべきである。ソ連軍の侵攻は国境全線同時突破だから、まずは国境省から非国境省へ後退させる。避退民は県が指定する集合場所で百人の隊、四百人の団に編成され、列車または汽船へと向かう。乗車乗船地には千数百人の邦人が集まり、とても一度には駅や埠頭に収容できない。大混乱は必至である。

 そこで、乗車駅や乗船埠頭に集結させる前に、最寄の郷村に仮収容する。比較的に大規模な開拓村が選ばれ、そこの邦人が真っ先に退去させられるのだ。集結してくる奥地の邦人が数日を凌げるように、寝具や鍋釜はもちろん、米や野菜もそのまま残させておく。これで駅や埠頭の混乱を回避できるし、列車や汽船の発着を時間通りに運用できる。

 国境から遠ざかり、収容地の中央の都市に近づくにつれ、避退する邦人は数千から万までに膨れ上がる。一度に運行できる列車や汽船の数には限りがあり、効率を保つためにも中継地を設けて調整する。非国境省の中継地では、学校や工場に寝具と食糧を運び込み、医者と看護婦や、警備の警官を配置する。もちろん、周辺の開拓村や訓練所も徴発された。



 ぶつぶつ呟きながら、国民勤労部の半田次長が戻って来て宮沢の横に並んだ。図佳線弥栄駅で止まったままの緑の駒に業を煮やして、三江省の手島次長に電話をかけていたのだ。

「特務機関の大尉が乗車を妨げていたらしい。今、手当てした。まもなく動きます」

 そう言った半田は、宮沢の隣の関東軍参謀を睨みつける。中佐の階級章に参謀飾緒を吊るしたその将校は、状況は把握していると鷹揚に返した。変装した加茂だった。

「第三課も第四課も命令は発していない。その大尉の独断でしょう」


 三江省樺川県の弥栄村は満州で最も古い第一次開拓団開拓村だった。入植は昭和七年、満州国建国の年で、まだ治安は安定しておらず、軍閥残党や匪賊が横行していた。開拓団は武装しており、自衛移民や屯墾兵、土地の満人からは屯匪と呼ばれた。武器は小銃だけでなく機関銃や迫撃砲も装備していて、匪賊との戦闘は日常だった。

 図佳線は図門駅から佳木斯駅まで満州東部を南北に結ぶが、佳木斯に近い北の方には和名の駅が多い。弥栄駅や千振駅は開拓村の名前そのままだ。弥栄村は第一次、千振村は第二次だから、駅の開業よりかなり古い。弥栄駅と千振駅が仮営業を開始したのは昭和一二年の一月で、図佳線が全線開通したのは同年七月であった。

 模型地図の弥栄駅に置かれた緑の親子と列車の駒は昨夜のままで、今朝になっても微動もしない。開拓団が乗車に応じないとみられていたが、事実は、三江省次長と特務機関大尉との間で主導権争いが起きていたという。手島次長はすべての情報を公表しようとしたが、藤原大尉は交渉に使うべきだと反対していたらしい。


「待遇や俸給を小出しにしたらしいが、相手は開拓団の始祖だ。見破られて反感を買ったらしい」

「それはまずいですね」

「何のために破格の見舞金を準備したのか、迅速な避退のためだ。遅れればまったくの無駄金になる」

「出先の特務機関員を整理しましょう。特別警備隊にでも移動させます」


 邦人避退にあたって、現金支給は良策と判断された。収容先では最低限の衣食住は国の責任で支給される。もちろん無償だ。しかし、自由に使える現金があるとないとでは全く違う。配給される食事に不満があっても、割り当ての住空間に不服があっても、現金があれば自前で解消できる。この場合、商品の有無は関係なかった。精神安定のための処方だからだ。

 軍人や官吏の家族は俸給が前渡しされる。開拓民訓練所の幹部は大東亜省の嘱託であり、開拓団幹部は満州拓殖公社の社員である。商店や旅館の主も隣組の役員で協和会分会の嘱託にあたり、何らかの形で公職員に準じる俸給を受け取れる立場にあった。何もない者には、一時見舞金とされた。

 挑発された開拓村では、特務機関や県公署の代理人が退去後の空き家を視察して、残された家財、米穀、薪炭を帳簿に記載した。これは政府補償の根拠となる。精査する余裕のない国境至近の郷村では一式とされた。ともあれ、手持ちの現金と通帳と着替えだけの、手荷物一つだけで済む道理とされた。


 一〇時を過ぎると駒の動きが活発になった。半田と宮沢は顔を見合わせて頷き合う。

「回り始めました」

「はい。残りは収容先、最終準備です」

「衛生、防疫ですね」

「満鉄と大陸鉄道司令部との会議がそろそろ始まります」

「健闘してほしい。まだ止めたくない」

「そうですとも」



 バ ン !


 突如、照明が真っ赤になった。緊急事態だ。

「東正面で敵狙撃兵小隊が越境!」

「北西で敵軍渡河の動きあり!」

 総軍司令部との直通電話の前にいた曹長が大声で呼称し、大股で模型地図に向かう。おろおろする要員を突き飛ばすと、二箇所で赤い駒を動かす。駒は歩兵の形をしていた。

「どういうことだ!」

 はじめてソ連軍の駒が動いた。スタヂオは騒然となる。





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