二 笹垣
12月3日訂正:資料の時刻表を読み違えていたので訂正しました。
訂正前:『帰りは哈爾浜発が二〇時半、零時前と二本あるが、一等は三時半発の急行までない。』
国都新京、洪熙街
満州映画協会理事長の甘粕正彦は、いつもの通り、九時前に出勤した。秘書の伊藤がお茶を持って行く。理事長は窓際に立って外を見ていた。考え事をする時は、いつもそうだ。机の上の電報を読んだのだろう。今朝はいつもよりコロンの匂いが強い気がしたが、理事長の思索を邪魔してはいけない。そっとお茶を置くと、出口に向かう。背中から声がかかった。
「ありがとう」
伊藤は振り返ってお辞儀をすると、ドアを閉めた。
一〇時から開かれた経営企画委員会で甘粕の企画は認められた。渡瀬理事と和田理事は満映の使命からして当然だという姿勢だった。陪席している総務庁弘報処の官僚や関東軍報道部の軍人たちも揃って頷くので、いつもは慎重な中西理事も賛同した。
議事が終わると、一同は甘粕の案内で第二スタヂオを見学する。真ん中に八畳ほどの満州模型地図が置かれていた。軍人たちが息を呑む。よほどうまくできているらしい。坪井処長が合図すると、側にいた数人が取り付く。模型が四つに割れて間に通路が出来た。脚には車輪が着いて移動できるのだ。
巡回映画課長が、ウラジオストクに置かれてあった赤い飛行機を持ち上げ軍人に見せる。参謀飾緒をつけた少佐は目を見張った。親指ほどの大きさだが、ちゃんと液冷発動機の単座戦闘機に見える。隣の中佐は機種名を呟いた後、考え込んだ。課長は頷き、長白山を跨がせ新京に置く。二人の軍人は課長を睨みつけた。だが、何も言わない。
新京とウラジオの距離は五百キロ、ソ連軍の戦闘機の航続距離は六百から八百キロだから往復できない。しかし、中佐が呟いたYAK-9には長距離型があって千五百キロも飛べるらしい。双発爆撃機なら、もちろん余裕だ。そして、ウラジオにはその爆撃機がずらりと並べてあった。
伊藤秘書が、労工協会の飯島理事を案内したのは、もう昼に近かった。飯島は大蒜の臭いを大量に発散しており、伊藤は二度も咳き込む。理事長室の甘粕の机の上には旅行鞄が置かれてあった。
「哈爾浜まで行くのか」
「ああ。昼過ぎの急行だ。夕方には着く」
「血はどうする?」
「これからホテルに寄って抜く。今日は一合でいいそうだ」
「ふん。独混一三一旅団長の宇部は大丈夫だ。第四軍司令官の上村も問題ない」
「第四軍の司令部は斉斉哈爾だ。夜行で戻るから今回は無理だな」
「飛行機を使えよ」
「まだ早い」
「すると、宇部と秋草少将か」
「佐々木閣下に会う。こっちが本命だ」
そう言って甘粕は電報を差し出す。日本からの返電だった。
『カキネハササ モウソウハカレナイ』
「なるほど、宇垣大将に通じたようだ。笹は佐々木中将か」
満州国軍の創設に携わった佐々木到一は、中将まで進級して四年前に予備役に編入されていた。先月召集されて、第一四九師団長として哈爾浜にいる。その間は大連星ヶ浦に居住していて、つまり甘粕家の隣組であった。
「ご近所さんが情報員だったとは驚いた」
「ふん、何を今更。すると枯れない孟宗は竹ではなくて、支那との繋がりのことか」
佐々木中将は支那通で、かつては蒋介石の戦友であった。支那事変でも兵団長や派遣軍の要職にあったから知己は多い。今でも伝手を持っているのだろう。
甘粕と飯島には竹林と竜島の対立軸が見えてきた。すなわち、宇垣一派は重慶政府を通して和平工作を行なっていて、海軍長老派はそれに反対なのだ。
「明日の朝には戻る。それまで頼む」
「わかった。お偉方は監督しておくから、安心して行って来い。明日は大きく動きそうだな」
新京駅一二時四五分発の急行は、釜山駅始発の急行『ひかり』から接続されたもので、一等、二等、三等に食堂車も組まれてあった。哈爾浜駅には一八時ちょうどに着く。特急『あじあ』が運休になり、良質の石炭もなかなか手配できない。昔のように新京と哈爾浜の間は四時間では結べなくなった。帰りは今夜の最終便である零時五分前の急行にした。二二時前発では時間が不足だし、二三時発には一等車がない。翌朝一番の七時半発では新京着が午後一時半となるし、一等車もない。
牡丹江省、東寧県白刀山子
第一二八師団、歩兵第二八三連隊第七中隊の特設増強対戦車小隊は、今日は白刀山子近傍の丘陵まで出張っていた。あいかわらず対戦車攻撃の訓練だが、挺進方法を改めたので馬が使えない。坂の勢いで下ってくる荷馬車を戦車に見立てての訓練だ。山口兵長と大島伍長は荷馬車の下に張った薄い鉄板を点検していた。
「綏芬河正面ニ蘇軍火砲二〇〇門ヲ認ム、だとよ」
「多いな。いつの話だ」
「今朝の監視所報告だ」
「いよいよか」
「ああ。上は早くて来月と言ってるそうだが、とてもとても」
二人は陰鬱な表情で坂の下を見る。新兵たちは竹槍を手にしていた。
先月初めから顕著になったソ連軍の挑発は、次第にひどくなって来ていた。照光、発砲、越境侵入、領空侵犯など、大胆不敵で我が物顔である。しかし、司令部は刺激回避と静謐保持の方針を堅持し、前線の防衛行動や反撃態勢を固く禁じている。前線に立つ将兵の怒りと不満は解消されることなく滞積していた。
だから舐められるのだと、二人は思う。前線からはソ連軍の増強が手に取るように見ることができた。ちゃんと帳面をつけていれば、兵隊に始まって、戦車、重砲、分解した飛行機、高射砲の順に増強されたのがわかる。そして前線に砲列を敷き始めた。つまり、ソ連軍の開戦準備は完了し、侵攻体勢に入ったのだ。
綏芬河の国境前線は北の暁天台から南の鹿鳴台までおよそ四十キロで、これを第五軍の第一二四師団が担当している。ソ連軍一個狙撃師団は速射砲四十八と野砲四十四を持つから、少なくとも二個師団が綏芬河正面にいる。対する一二四師の充足率は三割程度と云うから、歩兵砲から山砲まで合わせても三十門もない。構築した陣地と重砲兵連隊が頼りだが、準備命令がないまま奇襲されたら機能しない。
鹿鳴台の南からが第三軍の担任で、北の郭亮船口から南の勝鬨まで三十キロの東寧要塞には独立混成第一三二旅団の東寧支隊が篭る。その南の五十キロが第一二八師団なのだが、やはり充足率は半分にも満たず、とても守りきれないから白刀山子までの三十キロとした。放棄された残りの二十キロは険しい山岳地帯で機動第一旅団が陣取ることになっている。
「綏芬河に二個師団なら、東寧正面は四個か五個師団だな」
「ああ、こっちはホンモノの要塞だと敵さんもご存知だ」
「加えて重砲と戦車軍団か。東寧要塞はもつだろうが、外の塹壕陣地はぺしゃんこだ」
「そうだな。石垣と笹垣以上の差がある」
「その石垣要塞を生存させるために、笹竹が戦車に突撃か」
「竹は撓う。折られる前に弾けて見せるさ」
「うん、さすが山口だ。いいことを云う」
坂下の中島軍曹から合図があって、山口と大島は荷馬車に乗り込む。駆けつけた助勢の兵隊たちがそろりそろりと坂に向かって押し出す。大島は慎重に制動桿を操る。山口は追加で造作した方向操縦桿を握り締める。
「いくぞ、いいか。道を外れるなよ」
「了解であります。大島伍長どの」
ばん。いきなり、荷馬車は坂道を下り始めた。勢いがつき速度が上がると、石や起伏を拾って跳ねる。山口の形相が変わって、必死で前方を見据える。大島は、山口の顔色と前方の道を見比べて制動桿を握ったり放したり繰り返す。
白旗の地点を過ぎた。荷馬車は完全に坂道を下りきり、なお勢いで疾走する。赤旗が目前に迫った。山口の緊張は高まる。これから道を外すと只ではすまない。大島の制動も間に合わず怪我人が出るかもしれないのだ。赤旗は、戦闘地帯の始まりを示していた。
がん、がん、がん。
突然、荷馬車の下面に連続した衝撃があった。山口と大島は顔を見合わせ、歪んだ笑顔を交わす。二人とも舌を噛まないように歯を食いしばっていた。下からの衝撃はまだ続く。
がんがん、がんがんがん。
一分と少しで青旗を過ぎた。荷馬車の勢いはもうない。大島は緩やかに制動をかけた。
「十一だった。そっちは?」
「九つだ」
「一日目にしては、上出来だろう」
「いや、半分では不足だ。七割はほしいな」
「そうか、軍曹にはそう言おう」
助勢の兵隊が駆けつけてきた。後尾に付けられていた長い綱が巻き取られて、荷馬車はゆっくりと後退を始める。山口と大島は下りて脇を歩く。青旗を過ぎてすぐに中島軍曹が駆け寄り、荷馬車を止めた。全員が馬車の下に潜り込む。張られた鉄板の上には点々と、あるいは線を引っ掻いたように白い粉が着いていた。軍曹の隣の上等兵が帳面に書き写す。
「二十人でやって五割か。さて、どう判定したものか」
「軍曹どの、戦闘壕の種別で評価すべきであります」
「そうか、大島伍長。すると、竹槍の先を見るしかない。おい」
中島軍曹に言いつけられた上等兵は敬礼すると、坂から続く道を振り向いて警笛を吹き、号令をかけた。
「戦果確認。全員、出ろ!」
坂に向かう道の地面から、手が、鉄帽が、あるいは竹槍が生え出て来る。やがて、二十名の竹槍を持った新兵の隊列となった。といっても一直線ではない。千鳥に乱れて、それぞれの出て来た穴壕もまちまちであった。各自が持つ竹槍の先も同じではなく、先が潰れたものと途中で折れたものがある中で、なんともない無傷なものも多かった。
今日の訓練は、敵戦車の走行道程の地中に潜み、通過する戦車の底部に吸着爆雷を装着することを想定したものだ。離れた地点から敵戦車の速度を読み取り、最適な時点に出現して攻撃し、また地中に潜って爆発から逃れる。この挺進攻撃法の要諦は、敵戦車の通過時点の予測と、攻撃前の隠密雌伏にあった。
訓練では、爆雷を装着する代わりに、荷馬車の通過と同時に竹槍を真上に突き出す。それを受け止めるために荷馬車の下部に鉄板を張った。馬が刺されては大変だから坂の傾斜を使うことにしたのだ。途中で折れた竹槍は時機過早を意味する。早過ぎた事由は、予測失敗だけでなく、恐怖恐慌や忍耐力不足もあるだろう。次回も同じであれば、挺進隊から外される。
無傷な竹槍は、荷馬車通過後に突き出しているので攻撃に寄与していない。あるいは攻撃しなかったかだ。時機を逸した攻撃は、後続の敵兵に警告を与える結果になるから、これも挺身隊から外す。先が潰れた竹槍は、見事に敵戦車の通過を捕らえたということだ。これは竹槍の先の白墨の跡と、数が一致する。
作業隊が用意した戦闘壕は一人用のたこ壷だけではなく、二人用や、道の外に通じた連絡壕もあった。横一文字だけでなく、道を斜めに横切るものもある。横に視察員を置いて、挺進員に合図を送らせてみたのだ。
中島軍曹の周囲には作業隊の分隊長も集まって来た。戦果だけでなく、荷馬車が通過した後の戦闘壕の様子も観ている。なにしろ本番の敵戦車は三十トンもあり、さらに履帯で地面を掻き荒らす。相当の強度を持たせないと、壕が崩落して生き埋めになる。ならば、地雷のほうが埋設も簡便であり、兵隊の損失もない。
山口式挺進法は、あくまでも反復攻撃を前提にしていた。随伴歩兵や戦車搭載機銃の銃火を避けて近接し、対戦車機雷の爆発にも巻き込まれないから有効で有意なのだ。攻撃の前に死傷しては本末転倒である。隘路に嵌ったかと、中島軍曹は唇を噛んだ。




