三 予断
浜江省哈爾浜、新市街区車站街
哈爾浜は大きな街である。もとは満州におけるロシア帝国の策源地だった。満州事変で満州全土が日本の勢力化におかれてからも、居住するロシア人は多く、いまだに彼らの街である。市街は中央の駅の南が新市街区、北の鉄橋に向かう線路の西側が埠頭区、東側が傳家甸区と分けられる。
東の満ソ国境駅、綏芬河からの浜綏線は、埠頭区の南を通過し、北へ折れて松花江を鉄橋で渡り、浜洲線となって西の満ソ国境駅の満洲里へと続く。南の新京からの京浜線は、市街の西から入って来る。他にも、北の北安からの浜北線、東南の拉法からの拉浜線もあり、市街の中心にある哈爾浜駅だけでは煩雑なので、市外の三果樹駅や新松浦駅で大橋梁への迂回や通続を調整していた。
哈爾浜駅に降りて目の前の大通りが、路面電車も通る車站街である。ヤマトホテルを左に見ながら真っ直ぐ南に歩くと、ロータリーの中にロシア正教の聖堂、中央寺院がある。その尖塔は駅からも見えた。その手前が哈爾浜神社で、さらに手前が関東軍情報部、哈爾濱特務機関の本部である。元の英国領事館の建物だ。機関長公館は、神社と本部の間の郵政街を少し入ったところにあった。
背広を着た秋草少将は、駅から車で本部に乗りつけた。玄関から自室まで何人かとすれ違うが、誰も気にしない。機関長執務室には、いつもどおり騎馬で出勤した秋草少将がいたが、目礼すると出て行く。哈爾濱特務機関本部では、機関員が複数人同時に出現することは、さほど珍しいことではなかった。
軍服に着替えた秋草が一服点けていると、見計らったように総務班長が入って来た。
「お疲れです、部長。ロシア班長、白露班長、防諜班長、欧州班長、通信班長がいます。五分後でよろしいですか」
「それでいい。状況三は?」
総務班長が時計を見ながら答える。
「十秒後です」
すぐに館内に重低音が響きわたった。特徴的な三連符と五拍子はホルストの『火星』のようで、最初の二小節だけが繰り返される。副官が出て来て窓を閉めてカーテンを引いた。机の電話の受話器を取り上げ、接続音を確かめると、何か呟く。秋草は煙草を消すと立ち上がった。
会議室に入ると、秋草は宣言した。
「日本の敗北は決定的だ」
全員が頷く。情報を扱うものに見栄や虚勢は不要である。現実を冷静に見つめる観察眼こそが求められた。
「哈特は状況三に入った。四十八時間後に状況四に入り、五日間は解除しない」
哈爾濱特務機関と関東軍情報部は同一であるが、哈特またはハルトクと呼称される。機関長の秋草は、部長と呼ばれた。状況三は戦闘準備の予鈴にあたるもので、状況四が戦闘準備になる。つまり、ソ連侵攻は八月四日午後からいつでも起こり得るということだ。状況段階の昇格には二日間かけるのが通例だから、部長は八月六日午後から七日未明と考えている。
「処置はす号を採用する」
す号処置は、全面降伏を前提に各員が持つ機密事項を始末するものだ。それは、機密書類、暗号帳や無線機などではなく、最も重要な情報網とその成員を意味する。降伏後五年間はあらゆる形での接触、連絡、通信ができない。その条件下で、五年後に復活させるための処置を行なっておく。五年間の機密保持に耐えられないと判定された情報網と成員には、しかるべき措置を施す。
全員が緊張する。これまで長い年月をかけて構築してきた情報網、育成した情報員とその配下らを自ら始末しなければならない。五年間は長い。専門の教育と訓練を受けていなければ保てない。単に連絡を断てば終わる末端の者はいい。だが、ある程度の知識を持つであろう中核の情報員にはそれなりの対処が必要だ。
ダブルと呼ばれる二重、多重情報員には、手柄となる情報を渡し、数年後の復活を匂わせれば済む。情報屋と呼ばれる半職業情報員も、それなりの報酬を渡せば完了だ。もとより、それが彼らの生き方だからだ。そうではなく、満州国への帰属心やソ連への反抗心から働いてきたものが一番危険である。動機が裏目に出る。
各員は、状況六の敗戦や全面降伏のす号処置をも見据えた上で情報網を構築してきた。情報員の選択採用においても一応の遮蔽壁は置いてある。あらかじめ準備していた手順を淡々と踏むだけだ。しかし、気が重い作業であった。
秋草は各員の反応と表情を観察していた。彼らの気持ちは十分理解できる。大半が中野学校の卒業生で、情報戦士、後方勤務要員として教育されたのだから、忸怩たる思いがあるだろう。
七年前に秋草が関わった後方勤務要員養成機関、陸軍中野学校は、時局と戦局に応じて養成目的が変遷している。昭和一七年卒業の三期生までは防諜と諜報が主要な任務として教育された。昭和一七年入学の四期生からは、工作に重心が置かれるようになり、昨年からは遊撃戦が中心となった。二股分校は最初から遊撃戦専門として開校した。
甲学生と呼ばれる士官学校出身者は貴重で、実際には数ヶ月聴講しただけだが、ほとんどが参謀本部の第二部に勤務していた。つまり、将来の情報官僚だ。成果はともかく、その種の人員が必要なことは秋草には理解できる。
陸軍の情報活動の中心は予備士官学校出身の乙学生だった。一年間の十分な教育を履修しており、どんな任務でも対応できる。しかし、二、三年の潜行任務のあと、司令部や特務機関に配属されているのが実情だ。軍服着用で情報戦から遠い勤務に不満を持つ者は多い。哈特本部での勤務はまだいい方だった。
今でも各地で潜行勤務しているのは、教導学校出身の丙学生の一期と二期が主力で、それに乙学生の一期と二期の若干名が加わる。すでに四年間は潜行しているから、彼らの持つ情報網は深く広かった。彼らは、日本の敗戦、降伏後も一人で立ってゆける。特に予告も必要ない。自らの情報網で状況を察知し、最善の行動をとるだろう。
だが、秋草にはまだ、さらに気が重い作業が待っていた。開戦が判明した今、敵地に潜入していく工作員がいる。開戦後、ソ連軍将兵に扮して敵軍の背後に回り、遊撃戦を行なう白系露人部隊がある。そして、敗戦後、敵軍の占領下に残る残置諜者がいた。
しばらく間をおいた後、秋草は言う。
「満州においても、ソ連軍侵攻後の関東軍と国軍の敗戦は確実である。理由は二つ、侵攻は数日後であり、ソ連軍は奇襲に成功する」
また全員が頷くが、その目は険しい。結局、哈特や他の機関の情報は採用されなかったのだ。警報も出されないまま、満ソ国境は突破される。
「それでも、われわれには任務がある。ソ連の目的や目標を明らかにし、これを阻止する。総務班長、頼む」
「はい」
秋草が着席すると、総務班長が発言する。既に議事に入ったから座ったままだ。
「総務班の分析を述べる。野戦軍殲滅と枢要部占領は勝利の条件ではあるが、日本の敗戦が確定的な今、連合軍が満州に侵攻する意味は象徴的なものだ。関東軍と満州の存在は、もはや戦争全体の帰趨に寄与しない。例え、大本営が本土決戦を遂行し、来年末まで継戦するとしてもだ」
現在、満州や朝鮮と本土との交通は遮断されたも同然で、貨物船の数隻が米英の封鎖網を潜り抜けたとしても、本土にいる二百万の将兵と七千万の国民に対しては、余りにも小さい。
「ソ連の目的は、連合国の一員として得られる勝利とは別のところにある。小磯内閣で本格化したソ連の参戦阻止工作の条件は、南樺太割譲、満州北部の利権、南満州の中立化だった。一方、ヤルタ会談で米英が約束した報酬は、南樺太と千島の領有、満州全土の権益である」
総務班長は息を整えると、一気に言った。
「すなわち、ソ連の政略目的は、ソ連が欲する形で満州権益を収得すること。戦略目標は、関東軍の無力化と新京の占領。総務班からは以上」
全員が思考した。総務班の分析はいつもどおり、緻密で丁寧だった。米英とソ連の間には確執がある。ソ連の要求の過半は拒否されたのだろう。ソ連が千島を得たのは結果であり、要求は数倍は大きかったはずだ。おそらく、千島、北海道、東北日本ぐらいは要求している。
満州についても同様だ。連合国の言い分によれば、満州は重慶政府に帰属する。日米戦争の動機だから米国は譲歩しない。日本降伏後に、満州に進駐するのは国府軍でなければならない。つまり、ソ連軍は代理なのだ。百六十万の大兵力で侵攻する事由はそこにある。
一気呵成に満州全土を占領しないと得られない、それがソ連の目的と目標の手がかりだ。そして、それを阻止する要諦ともなる。各員の頭の中には、この先の行程と手順が浮かび始める。
秋草が全員を見渡す。
「新京出張で明らかになったことがある。ヤルタ会談に関する小野寺武官の二月の電報は参謀総長に達していない。六月以降、モスクワ発の外務省管轄電以外は、大本営に届いていない」
何人かが予断ではないかと思ったが、状況三ならばやむを得ないと頭を振る。裏取りは総合判断を行なう総務班の任務だ。
「当然、逆もあり得る。政府ないし大本営の政略で、われわれが関知してないものがあると考えてくれ。以上、質問はあるか?」
質問はなかった。要求された任務の内容は明確で、前提と条件も与えられた。状況三だから時間はないが、す号処置なら相当の荒業も許容される。しかし、意見ならあった。視線は一人に集まる。職責上、具申するなら彼だろう。
白露班長が手を上げる。
「部長、まだ間に合います。今からでもソ連軍の奇襲は潰せます」
警報を発する何らかの謀略や工作が可能だと、白露班長は具申した。
「それはできない。われわれがやると叛乱だ。二度と陸軍の情報機関は再建できなくなる」
「しかし」
「別の組織がある」
「はっ」
満州国の警務総局は防諜と諜報を担当する保安局を持つが、哈特の指導管理下にある。部長は、それ以外の組織が動くと言っている。哈特や関東軍の指揮下にない新京の情報機関は一つだけだ。




