計画通りは難しい
2万文字以内に収まらなくなりましたので、開き直って、話を追加する事にしました。
話の続きは、書き上げ次第、更新したいと思います。残すところはエピローグ部分だけです。
馬鹿公子ファン君の行動力を甘くみた私は、早々に元から持っていた策を諦めた。
だが、父である国王にキリっとした顔で発言した手前、失敗した状態で国に帰るわけにはいかない。
まあ、父としてはオーフェリアと私が無事であれば、それ以上に望まないと思うが、私にもプライドがあるし、可愛い嫁も欲しい。
卒業パーティーで馬鹿公子ファン君が何か仕出かさないように見張りつつ、オーフェリアは私がエスコートをして、安全を確保しつつ無事なんとかやり過ごす。
計画変更における準備期間は、冬季休学の期間だけしかないのだ。その為には最悪の場合は暗殺も辞さない覚悟はある。
元からの計画で使えそうなのは、皇帝との密約で公国の領土の1/4を献上する代わりに国境付近に軍を駐屯させるものがあったが、冬季休学の2ヶ月だけでは脅しに十分な軍備の展開は難しい。
そうなると、やはり暗殺か? 隠し通路から進入して毒物をこっそりでも深夜にそっと刺殺でも思いのままだ。
いや、ダメだ。それだとこの国を落とす大義名分にならない。
理想は軍備が整った状態で、馬鹿公子ファン君が企む婚約破棄の宣言を反対にティーグラッセ公国からの宣戦布告として受け取って開戦する事だ。
こちら側に寝返る貴族達への根回しが間に合わないが、武力で威圧すれば早期に片が付くのは間違いないのだから………強行しても問題はない。
となると問題は、入学式での馬鹿公子ファン君が起こす騒動からの火付け役を誰がするかという事だが………………。
………………仕方がない。危険だからこの手は使いたくなかったが、他に適役はいない。私なら、逃走経路を確保出来る為、死なない可能性の方が高いはずだ。
覚悟が決まったからには、まずは来年から学園に通う帝国のお嬢様と挨拶して早々に帝国へお戻り頂くようにお話をしよう。確か、明日到着だったはずだ。
もしかしたら、それでまた馬鹿公子ファン君が計画変更をして婚約破棄を先延ばしにするかもしれない。
「アルベルト様、お久しぶりです」
「リコリス様!? 何故こちらに!?」
妹のオーフェリアは馬鹿公子ファン君が、害そうとしているのが分かっているので先に帰国させた。
その為に帝国からは高貴な身分のご令嬢をお迎えは私が担当する事になったのだが………。
やってきた人物は私の予想外の人物だった。
「あら? お約束どおり、高貴な身分のご令嬢は私では不服ですか? アルベルト様?」
いや、今の帝国であなたより高貴な身分の方はおられませんよ。
「大変失礼致しました。御皇妹リコリス様」
そうです。なんと、自分の妹を送ってきやがったのです。あの皇帝は!
「しかし、リコリス様。本来の予定では、危険なので皇族の方を利用しようとした一族のご令嬢をお使いになるお話のはずでは?」
そう、今回の元々の計画にあるティーグラッセ公国へ送り込まれる生贄は、いずれ機会があれば処分されてもおかしくない貴族の面々のはずであった。
万が一、馬鹿公子ファン君に気に入られた場合、そのまま共に処分する為でもあった。
「それはアルベルト様がお出しになったお手紙を皇帝陛下が拝見されたからですわ」
確かに皇帝へは手紙を送った。
馬鹿公子ファン君が帝国を軽んじている事を含めて、馬鹿な企みをしている事を知らせる手紙だ。
当然、そこには学園の入学式の日に戦争が開始される可能性がある旨を記し、軍備の展開を早めるようにと書いておいた。
何事も報告・連絡・相談は大事だ。
「でしたら、なおの事です。この国は戦場になる可能性がございます。いち早くお戻り下さい」
元より帝国からくるお嬢様はお戻りになられるように説得するつもりだったのだ。
予定していた相手とは違うがやる事自体は変わらない。
「落ち着いて下さい。アルベルト様。皇帝陛下よりお返事のお手紙をお預かりしております」
そう言って手渡された手紙を見て、驚かされた。
『帝国の次は公国か? おまえはつくづく国盗りが好きだな。だが、帝国としても馬鹿が次期大公に就く事は容認できない。ましてや帝国を侮るような馬鹿なら国の安全にも関わってくるからな。皇帝の妹を送る事で国境付近まで多くの兵を送り出す名分も出来た。俺がお前をこの件に巻き込んだも同罪だからな。兵は自由に使ってくれ』
『逃亡王子』をラテスウィート王国に売り渡した皇帝の気遣いに涙が出てくる。
「皇帝陛下の伝言もございます。『妹を頼む』との事でございます」
えっと、皇帝の妹ってあなたですよね?
「確かにお言葉お受けいたしました。リコリス様」
まあ、皇帝が自身の家族を危険に晒してまで気遣ってくれた心遣いに応えない訳にはいかない。
「学園の入学式に参加されるのは危険ですので、直前に帝国へお戻り頂く事になりますが、それまでは私が責任を持ってお守り致します」
兵を国境付近に留めておく理由の為に、皇帝の身内であるリコリス様がギリギリまで居て貰う必要がある。
そうなると、必然的に夜会や歓迎式典の参加はしなくてはいけないだろう。
そこを含めて、私に皇帝がリコリス様を守るように託したのだ。
ここで皇帝の期待に裏切ったら男じゃない! まあ、皇帝は一度裏切って王国へ売り渡したけどね!!
「あら? 私は入学式には参加しましてよ?」
はい?
「だって、なにやら面白そうな劇が入学式で行なわれるのですよね? 私、とても楽しみにしておりますのよ」
「リコリス様。入学式は危険でございます。どうか、お考え直し下さい」
「だって、私を守ってくださるのですよね?」
「それは、入学式が行なわれる前までの式典や夜会での事です」
帝国内で会ったリコリス様は、こんなに我侭じゃなかったはずだが………。
「夜会でのアルベルト様のエスコートは惜しいですが、入学式だけで良いのです。他の式典や夜会は不参加で構いません。どうか我侭をお許し下さい」
我侭を言っている自覚はあるようだが、内容が問題だ。
まあ、夜会や式典は代理を立てれば問題ない。帝国の方が圧倒的に優位な立場で入学まで人前に出たくないと言えば、我侭は通る。
だが問題は入学式の方だ。
馬鹿公子ファン君が行なう婚約破棄宣言を受けて、宣戦布告として受け取ったと宣言をしなくてはならないのだ。下手したらその場で人質の為に捕縛される事もありえる。
私1人なら、逃げる算段がついている。まあ、失敗した時に殺される可能性も覚悟の上での計画ではあるが………………。
その計画に巻き込む事は出来ない。
「もし私が捕まったとしても、アルベルト様を信じております。あの夜のようにまた私を攫いに来てくれると………………」
当時の私が『逃亡王子』として、帝国に居た時に攫った皇族の中にいたのがリコリス様だった。
あの時は、怯えるリコリス様を説得する為に、「今はこれが精一杯」をやってみせたっけ………。懐かしい思い出だ。
「分かりました。全力を尽くします」
私を見つめる真剣な目を前にしては、返せる答えなど1つしかないだろう。
私は考えている事とは裏腹な返事を返した。
「お約束ですからね?」
えぇ。そのお約束はしっかり破らせて頂きます。
皇帝と手紙のやり取りをして強制的に連れ戻させる時間は残されている。無事に戻ったら殴られるくらいの覚悟くらいあるさ。
「入学式の開会宣言の前に、ファン=ティーグラッセはここに宣言する!」
ついにこの日を迎えてしまった。
リコリス様については、『妹は皇族として、その場に立つと決めている。というか、俺には止められん。無理だ』と皇帝から手紙の返事を貰ってしまった。
「婚約者であるオーフェリア=ラテスウィートは学園内で留学してきた庶民と現を抜かし、私を蔑ろにしてきた!」
馬鹿公子ファン君が予定通り叫んでいる。
こちらはリコリス様が参加されている以外は、予定通り軍事行動が可能なだけの兵を父である国王と親友である皇帝より預かって何とか揃えた。何かあれば、即軍事行動が可能だ。
馬鹿公子ファン君である大公は、突然の戦争の気配に城で我が王国の外交官達と協議中という名の足止め状態だ。
私に出来る手は全て打ってきた。ここからが勝負だ!
「そして、この入学式の公務に来る事もしない! そのような女にこの国の未来を共に担う資格はない!!」
いや、おまえもラテスウィート王国との外交会議で見たことないからな?
おっと、つい決意がツッコミで消されるところだった。気をつけなくては。
「よって! オーフェリア=ラテスウィートとの婚約を破棄し、ここにいるアリアを新たな婚約者として迎える!!」
さて、予定通りに言い切ってくれた。
これで婚約もしていない我が王国の王女である妹を侮辱して、帝国の皇女であるリコリス様を迎える交渉をしている国同士の話し合いをぶち壊しにしてくれた。
もう遠慮する必要はない!
「新入生はその事を肝に銘じて、学園生活を送ってくれ! 入学を歓迎する!!」
おい! それは開会宣言じゃなくって、もう終わりの頃に使う言葉だろうが!!
「その言葉! 聞き捨てなりません!!」
What?
なんでリコリス様が叫んでるの!?
「なんだ? 女? この私に何か………………よう………か………」
ん? なんだか馬鹿公子ファン君の様子もおかしい。
「こほん。………私の宣言に何か気になることでもありましたか? 美しいお嬢様」
馬鹿公子ファン君の頭はおかしいとは思っていたが、態度までおかしくなってしまったようだ。
会場の壇上から、遠くにいるリコリス様に向かってまるでプロポーズでもするようなポーズをつけて返事をやりなおした。
「えぇ、当然ございました。アルベルト様を留学してきた庶民と貶した事です!」
リコリス様も、突っ込むところはそこ!?
「それはすまなかった。謝るのであなたのお名前をお聞かせ願えないでしょうか? 美しいお嬢様」
うん。馬鹿公子ファン君は、物事を忘れるのに3歩は必要ないようだ。3秒あれば物事を忘れられる特殊技能の持ち主だったようだ。
新たな婚約者らしいアリアって少女は、そんな馬鹿公子ファン君の様子を見てぽかんとしている。
会場にいる他の方々も同じだ。
「私の名前などは、どうでも良いのです! まずはアルベルト様に謝罪をなさい!!」
私も他の方々よりは混乱してはいないが、さすがに状況にはついていけない。
「あなたを誑かすそのアルベルトというのはどこにいるのですかな?」
状況についていけなかったが、ご指名を頂いたら登場しないわけにはいかない。
「そのお方のお名前はリコリス=テラ=フォーリシア様です。ファン殿下、お久しぶりでございます。ご幼少の頃にお会いした私がアルベルトでございます」
まあ、3秒で忘れるから年単位で会っていなかった私なんて覚えていないだろうけどね。
「ん? おまえはどこかで会ったような気がするな。まあ、良い。リコリスという名なのだな。良い名だ」
私を微かにでも覚えていた事に驚く、そして本物のアホだ。
フォーリシアとは帝国の名前だ。そんな事も知らないらしい。もうこの国の教育はダメ過ぎる。
「強気な態度と美しさが気に入った! せっかくの祝いの場だ。リコリスも家名持ちなのだから貴族なのだろう。おまえも私の婚約者として迎えてやろう」
「ファン様!?」
話の流れも何もかもを無視する馬鹿公子ファン君の発言に、先ほどまで固まっていた隣にいたアリアが叫ぶ。
「大丈夫だ。アリア。私はおまえを愛している。リコリスは側室に迎える。正室はおまえだ」
固まってこの会話を聞いている会場にいる他の者たちの顔色は青さが増していくばかりだ。
衛兵さえも顔色を変えている。何も理解していない者は2名だけのようだ。末端まで腐っていなくて良かった。
「お噂は聞いていたけど、これはお噂以上でしたわ」
会場の壇上でアリアと密着しだした馬鹿公子ファン君へ、リコリス様が堪えきれずに口を挟む。
「私、フォーリシア帝国の皇妹リコリス=テラ=フォーリシアが、確かにティーグラッセ公国よりの宣戦布告をお受け致します!」
「なんだと!?」
馬鹿公子ファン君め………今頃気付いたのか。
なんか予定と全く違ってしまったが、こうなっては仕方がない。私も腹を括れ!
「ラテスウィート王国第3王子アルベルト=フォン=ラテスウィート。我が王国の王女オーフェリアとのありもしない婚約を破棄し、あまつさえ、言いがかりまで付ける始末。確かに我がラテスウィート王国も宣戦布告お受けした!」
会場中の人々が青ざめて気絶一歩手前まで来ている中、真っ先に私達の言葉に反応したのは、馬鹿公子ファン君だった。
「帝国に………王国だと!?」
やっぱり私達の正体に気づいていなかったのね。
「しかも宣戦布告だと!? 私はそんな事はしていない!」
自覚ってのは気付いてこそのものだ。気付きもしないこいつには自覚を求める事は間違っているのだろう。
「そうだ! 父からは、帝国の者と婚姻を結びなおすと手紙に書いてあった!!」
なんだ。ちゃんと手紙を読んでいるんじゃないか。
「側室が気に入らぬのであれば、正室として迎えよう! これなら戦争をする事もないだろう!!」
他者の言葉を自分の都合の良い様に勝手に変換するタイプか。このタイプは前世でも見たが、治らない種類の馬鹿だ。
「帝国を………私を侮辱するのも大概になさい!!」
宣戦布告の受諾を宣言をしてから、リコリス様の傍まで移動してきていたが、間近で馬鹿公子ファン君を怒鳴りつけるそのお怒りの姿は初めて見るほど凄まじかった。それはつい2度見するくらいに。
「あなたがそこの女の婚約宣言をした時に既に私との婚約交渉は放棄した事になるのよ!」
「いや、………ならば! アリアとの婚約を破棄することをここに宣言する!!」
なぜにそうなる!?
こいつを理解してようとして策を練った私の方が完全にピエロだ。人類にこいつを理解するのは不可能だ。
「黙りなさい! 我がフォーリシア帝国はティーグラッセ公国よりの宣戦布告を持って、正式にラテスウィート王国と同盟を結ぶ!!」
まあ、軍事行動を共にする事になるのだから、実質的には既に同盟状態だ。これは勝手に宣言しても問題ない。
あとから書類を書いて互いに合意するだけだ。
「そして、私、リコリス=テラ=フォーリシアはアルベルト=フォン=ラテスウィートとの婚約を正式に宣言します! これは両国の陛下が共に合意の上の婚約です!!」
「私はあなたのような者の妻になどならない!」
「くっ! このような侮辱は許せぬ!! 兵よ! 敵国の者たちを捕らえて人質とせよ!!」
突然のリコリス様の発言に一瞬思考が停止してしまったが、馬鹿公子ファン君の叫び声で目が覚めた。
段取りを含めて全てが予定外だったが、目的は果たした。あとは逃げるだけだ。
一瞬で頭を働かせて周りの様子を探る。まずは衛兵たちを撒く事だ。
その衛兵達は………………………………。まだ固まっていた。しかも顔色は完全に青色だ。
「何をしている! 兵よ! さっさとその者たちを捕らえよ!!」
2度目の叫び声にようやく衛兵たちが反応したが、動きが鈍い。
「私達に指一本でも触れれば、兵はもちろんの事。国民の全てを我が帝国軍が屍にするぞ!」
そう叫ぶリコリス様の姿に、本日2度目の2度見をした。
まあ、その甲斐があったようで、衛兵たちの動きが止まり武器を下げた。
「何をしている兵たちよ! その者たちを!」
「黙れ!!」
動きの止まった衛兵に対して喚き散らそうとしている馬鹿公子ファン君の声よりも大きな声が会場中に響いた。
………………叫んだのは良く知らないオッサンだった。
当然、城で足止めされているティーグラッセ公国の大公ではない。
兵たちがその姿を見て呟いた名前には聞き覚えがあった。確か、戦争後に生き残っていれば、生かす予定のティーグラッセ公国の貴族だった。
「衛兵よ! 国の反逆者はファン殿下だ!! 拘束せよ!」
オッサン貴族がそう叫ぶと先ほど動きの鈍かった衛兵たちが手早く馬鹿公子ファン君を拘束して、私とリコリス様の前に差し出してくる。
口もしっかりと拘束されている馬鹿公子ファン君は、うねうねと動き回ったり呻っているようだが、これでもう何も出来ないだろう。
「たった1人だけで、我が帝国への侮辱を許されるとお思いですか?」
馬鹿公子ファン君を差し出してきたオッサン貴族以下、会場に居た貴族達が頭を下げていたが、リコリス様は突き放す。
「既に我が帝国軍も同盟軍の王国軍も国境付近に待機しております。このままでは戦端が開かれるのは確実です」
頭を下げている貴族の他に次々と事態に気付いた新入生も含めて、全ての者たちが倣って頭を下げる。
「この国はもう終わりです。あなた達がどうするべきかは自身で考えなさい。1日だけ待ちます。私たちが待つお屋敷はあなたが手配なさい」
リコリス様は最初に動いたオッサン貴族にそう告げる。
「かしこまりました。リコリス様」
この場の騒ぎの終わりの一言は、オッサン貴族がそう答えるだけであった。
-後書き-
名前をお借りすることを快く承諾頂きましたリコリス様。
改めて、この場でお礼申し上げます。
せっかく名前をお借りしたので出来るだけ良いエンディングを
目指しさせて頂きますヽ(•̀ω•́ )ゝ✧