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魔の宴  作者: Gno00
紅い棘と蒼い花
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目覚める力:後編

『どうした、スカーレット?』


 一方、施設の中へと入ったスカーレットは、微かな物音に気づき、振り返った。


 ――音が聞こえたの。気のせいではないと思うけど。

『スカーレットも聞いていたのか。戻ってみるか』


 スカーレットは扉を開けようとする。だが、何かが引っかかっているのに気付いた。


『おかしいな。この扉に錠は無かったはず。深月さんが閉めたとも思えねぇし』

 ――どうしよう…

『取り敢えず、どこまで開くかを調べよう。それから、俺が指示する』


 スカーレットはその言葉に頷くと、力の抵抗を感じつつも、外側へ開く扉を徐々に開け始める。


 その背後からは、妖しい気配が迫っていた。

 言うなれば影、そんな姿をした、黒の小人。紫色の大きな目がしっかり前を見据え、その裂けた口は笑みを浮かべている。

 三体の不気味な存在が、スカーレットの背後から近づいていた。



 ◇◆◇



 深月は、下半身周りの地面と置き換えられた水の幅を広げ、その水から球状となった水の塊を浮かせて飛ばす。

 塊は風を切る速さで黒の男へと迫るが、黒の男は軽快な身のこなしで避けてみせる。

 水たまりだけでなく、深月は自らの体に備え持つ数々の触手を伸ばし、先を砲口のようにして飛ばす水球の数を増やした。


 当たってはいけないと理解しているらしい。黒の男は水の弾幕を避けつつ、深月との距離を少しずつ詰めていった。

 何の考えも無しに水球を撃っている深月ではない。外した水球同士を組み合わせ、槍を生成し、男の死角よりそれを飛ばす。


 すると男は、水球を避けつつ、間一髪、とばかりに槍をも(かわ)した。


「攻撃手段豊富だな」


 余裕そうに言い放つが、深月は何とも思わなかった。

 水球が駄目ならば槍を。槍でも駄目ならば次の手を。深月は手数の差で男を追い詰めようとしていた。


 その思惑に気付いたか、目の前を飛んできた槍を捌きつつ男は迫る。

 それを見て、深月は触手となっている髪の一部の先端、その向きを変えさせた。

 すると、一部の水球が深月の手前でぶつかり合う。体積の増えた水球を用い、作り出した水流を男へと放つ。


 身のこなしの軽快な男と言えど、不意を突かれたらしく、男は避けきれずに水流に押し流される。

 衣服が水浸しになり、倒れ込んだ男は動かなくなる。深月はそれ以上手を出す訳でもなく、扉を塞ぐ蛇への対策を考えつつ、様子見を決め込む。

 少しして、男は笑いだした。


「甘いな、青人魚。ガキとおっさんも、その甘さで逃したのか」


 深月は何も答えない。今の目的はスカーレットととの合流。下手に返事をして、それを見失うわけにはいかないからだ。


 男は発言の後、自分の影へ入っていくように溶け込んだか思うと、液状化した自分の体を浮かせて人型にする。

 そして、黒い液体を周囲へ撒き散らしつつ黒い衣服を身に纏った姿へと戻った。

 濡れた筈の衣服はすっかり乾いており、仮面の下からでも、笑っているのが伺えた。


「今度はこっちの番だぜ」


 男の影より出てきた黒い液体が、背を伝って登ってくると、その液体が深月へと射出されていく。

 深月は水の壁を発生させ、その液体を防ぐも、壁に当たった液体同士が組み合わさって、強力な質量弾となり壁を貫く。

 咄嗟の動きで深月は黒い質量弾を躱すも、空いた穴から水の壁が瓦解した。


 続いて、質量弾を躱した深月へと、黒い球体が迫り来る。

 深月は、倒れ込む勢いで、地面と置き換わった液体内へと沈み込んだ。


 球体を凌いだ後、胸から上だけを浮かび上がらせ、伸ばした右腕より螺旋を描く水流を放つも、男の背後より伸びた生物らしき存在がそれを容易く弾く。

 正しく影の怪物。その生物は男の指図と同時に深月へと迫りくる。


 急いで体勢を立て直した深月は先程よりも圧力の高い水の刃を発生させ、生物を切り裂いた。

 真っ二つになった影は姿を消すも、先程よりも一回り大きくなった姿で再度出現する。


 本体である男に肉体的損害は見受けられず、影は一度倒しても強くなって復活する。

 一方的な消耗を強いられるだけと悟った深月は、影を倒すことよりも、男に攻撃する事に意識を向ける。


 しかし、それを把握したように、影の怪物が妨げとなる。

 先程よりも圧力を高めた水の刃をもって影の怪物ごと男へ攻撃を仕掛けようとするも、影の怪物の背後より男は姿を消していた。


「俺は此処だぜ青人魚」


 影の怪物と向き合っていると、死角になるであろう方向に男は立っていた。深月は声を頼りに振り向いたが為に気づく。

 影の怪物から目を離して、男へ攻撃を仕掛けようとするも、影の怪物がまたしても立ちはだかった。

 その尖った手を扱い斬撃を繰り出すのを見て、深月は、自身の腕を交わして防御姿勢を取る。

 そして、腕の表面より広がり出した液状の物体が、影の怪物が繰り出した斬撃を受け流し、衝撃を少し体が後退する程度に留める。


「あの娘とやらが余程心配らしいな?」


 図星ではあるが深月はあまり表情には出さない。

 盾とする物体の死角を狙うような影の怪物の連撃を、深月は所定の位置へ腕を動かすことで対処するが、威力を物語る衝撃が深月を退けさせる。

 だが、そんな深月に痛みが走った。


「…ぅくっ」

「相手になっているのは俺やこいつだけじゃねぇんだぜ、青人魚」


 見ると脇腹に蛇らしき生物が噛み付いており、深月はすぐさま蛇へと大量の水を纏わりつかせた。

 異常を感じ蛇は逃げていくも、大量の水により溺死する。


 傷口を水で塞ぎつつ、広げていた液状の物体を縮めて腕の形状を元に戻す。

 蛇は一匹だけとは限らない。何処から攻撃されるか分からない以上、それを使える感覚を用いて慎重に探る他無かった。


 黒の男はそんな深月へと少しずつ距離を詰めてくる。一方の深月は、焦りを少し顔に浮かべていた。




『意外と開くもんだな。スカーレット、隙間から外が覗けるか?』


 根気よく隙間をこじ開けたスカーレットは、琥珀状の物体より出される次の指示に従い、扉にかけた力をそのままに、顔を近づけて外の光景を覗く。

 そこから見えたのは、深月の後ろ姿と、彼女に歩み寄る黒い存在だった。

 スカーレットは焦燥を浮かべる。その光景より深月の危機が一目で理解できたからだ。


 それから、外側の取っ手に引っかかる太い何か――扉を塞いでいるものの正体を確認する。


『せめて俺の力が使えりゃ、あんなもん切り裂いて、開けてやれるってのに』


 琥珀状の物体の能力を行使する為にはどうすればいいか、スカーレットは扉にかけている力をそのままに、少し黙考し始める。

 それを好機と見たか、子鬼のような、三体の不気味な存在は足を速めて彼女へと迫る。


 だが、そんな三体の子鬼の足が床へと沈み込んでいく。


「!?」


 自分達の足元が床模様のぬかるみとなった事に驚きを覚え、即座に抜け出そうとするも、もがく事にしかならず、もがけばもがく程、体はぬかるみへと呑み込まれていく。

 目標は目前だというのに、此処に来て思わぬ罠が仕込まれていた事に焦りを浮かべる。腕を伸ばせど、それは目標を掴むには届かない。

 ふと、背後に存在を感じ、振り向くと、そこに暗い人影が立っていた。


 少女の姿をしたその人影はゆっくりと歩いて行く。その足は子鬼を避ける事無く、子鬼達の目標――スカーレットの元へと向かっていた。

 子鬼達を飲み込む沼と化した床を踏んだにも関わらず、沈まないのを見て、子鬼達はすかさず腕を伸ばして、少女の足を掴もうとするも、弾かれた。

 弾かれた一瞬だけ、少女を覆う光の模様が見え、子鬼は諦めたか、抵抗を止めて静かに沈んでいった。


 消えた子鬼達に目もくれず、人影の正体である冥は、スカーレットの背後に立つ。

 スカーレットに被さる彼女の影が前へ伸びたかと思うと、その先端を刃へと変え、隙間を抜けると扉を塞ぐものを切り裂いた。

 そして、スカーレットが掛けていた力により、勢い良く扉が開いた。


 先程までの手応えが嘘だったかのような出来事から、スカーレットはやっと冥の姿に気がつく。


「時間がないのでしょう。お急ぎ下さい」


 冥のその言葉に、振り向いていたスカーレットは頷くと、外へと出ていく。

 その姿を見送り、冥は静かに来た道を引き返した。



 ◇◆◇



 扉を塞いでいた大蛇が切り裂かれた。鋭いものが何かを切り裂く音を聞いて、深月はそれを確認した。

 そして、間髪入れずに扉が開く。余程の力が掛かっていたのか、立てる音は大きなものだった。


 扉の向こうの四角い暗闇の中、赤い衣服に身を包んだ少女が姿を現す。スカーレットだった。


 仮面の男は予想外とばかりに困惑した声を上げるも、すぐに大笑いへと塗り替える。


「こいつは傑作だぜ!嬢ちゃんの方から来るとはな!」


 スカーレットは仮面の男を一目見ると、男の元へと向かっていく。

 それを、痛みを承知の上で深月が止めようとする。


「行っては駄目。今すぐ戻りなさい」


 自分が怪我したから、という訳ではなく、戦えるかどうかも分からない彼女の初陣にするにはあまりにも危険すぎた。

 他意などない、ただ単にスカーレットを心配しての発言だった。

 スカーレットは首を横に振る。それを見て、望む答えは得られないのを深月は悟った。


 ――大丈夫だよ、お姉ちゃん。今の私になら出来る。


 その時、深月は確かに感じ取った。スカーレットの声が聞こえたのを。

 そして、スカーレットの目を見やる。紅く、光を灯さないその目は、決意に燃えていた。


 彼女の実力は分からない。だが、このまま独り戦った所で勝ち負けはどうあれ、悪戯に体力を消耗するだけ。

 男の有する能力とはまた異なる、扉を塞いだり、不意を突いて噛み付いたりした蛇が現れた辺り、恐らく、男の背後には誰かが居るだろう。

 少なくとも、"あの男"では無いだろうが、それでも油断ならない相手であることは確か。

 そんな相手に、消耗した体力で挑むのはいい判断とは言えない。

 彼女を危険に晒したくはないが、どの判断であれ危険は必至。ならば、危険は小さい方が良い。

 彼女に協力するのが、今の状況においての最善策では無いだろうか?


 ――考えが纏まり、深月は口を開く。


「分かったわ。けれど、独りで戦わせない。私に援護をさせてちょうだい」


 それを聞いて、スカーレットは喜んで頷く。その姿から信頼の厚さを深月は思い知った。




 扉を開ける前から、少女は考え事をしていた。

 琥珀状の物体――魂だけとなった紅き竜人の力を引き出すにはどうすれば良いのか、と。

 魂は違えど、肉体は共有している関係。ならば、扱える能力は、それぞれのものがあり、それは使えるものである筈だ。

 些細なものであろうと、体格が違う以上差が生じる。例えば、彼女になく、竜人にあったものが使えるならば、義姉である深月の負担が少なくて済むだろう。



 そこで、彼女はこれまでの事を思い出す。


 大きな球の付いた杖とも鈍器とも思える長物が出せた。

 お姉ちゃんと出会ったあの日、私の服装は今のこの姿では無かった筈。


 ――あの姿なら、引き出せるのでは無いだろうか?



 物は試しとばかりに、彼女は掌から赤い液体を出して、先程作り上げた長物を再び生成する。

 完成したものを持った途端、球状の部位を逆さに向け、地面に突き立てる。

 先端の棘が刺さり、そこから赤い液体が球体の中から流れ出るように広がる。


 液体は浮遊するスカーレットの足元へと到達すると、液溜まりとなり、球体状の集合体を覗かせる。

 集合体は少しずつ浮き上がりながら、空洞を作り出していく。

 それはまるで、彼女を呑み込まんと開口するかのようだった。


 初めて見るであろう光景に息を呑む深月を尻目に、スカーレットは姿を変える為の行動を続ける。

 球体はやがて、その口の中に彼女の体の大部分を入れると、口を閉じて、彼女の首周りに密着させた。


 球の中からスカーレットが顔を出しているような、奇妙な姿で少しの時が過ぎると、球体はやがて破裂し、液体を撒き散らす。


 すると、彼女の姿は上書きされており、特殊な紅の衣服を身に纏っていた。

 胴体を包む袖無しの下着の上から羽織った、肩を覆い隠し、裾は腿まで垂れた衣服に、丈の短いスカートと布の多い服装であり、加えて首周りや両腕、両足には装甲を纏っていた。


 (まさ)しく(いくさ)(しょう)(ぞく)と呼ぶべきであろうか。堂々としたその姿に、黒の男は少し気圧(けお)されていた。

 だが、再び笑い出す。


「挑むのか?俺に」

『最初からそのつもりだ』


 代弁する琥珀状の物体にスカーレットは首肯を加える。

 そして、突き刺したままの武器を引き抜くと、前に構えてみせた。


 黒の男は影の怪物を呼び出し、スカーレットへと突進させる。

 近づいてすぐさま格闘を行う怪物の動きを読んでか、後退しつつ彼女は避けていく。

 そして、隙を見計らい、両手に持つ武器の球体部を強く当て、怪物を弾き飛ばした。


 彼女の実力の片鱗を見て、深月が驚いているのを気にせず、一度離した怪物との距離を詰めていく。

 起き上がろうとする怪物に対しスカーレットは得物を振るう。すると、怪物にある物体がのしかかった。

 のしかかったのはある程度固形化の進んだ赤い液体であり、それが地面に縫い付いたかのように、怪物は身動きが取れなくなった。


 男は舌打ちすると、怪物を引っ込めて、右手を横に、左手を前に出した。

 男の影より浮かび上がってくる液体が右手にたどり着くと、今度は男の背を伝って左手の方へ向かっていく。

 そして、左手にたどり着いたかと思うと、勢い良く液体が射出された。


 スカーレットは咄嗟に回避行動をとるも、若干間に合わず、液体が体を掠める。

 だが、当たったのは手から腕にかけての装甲であり、傷を負うことはなかった。


 少しずつ男の一連の動作が速まる。弾数も多くなり、黒い液体が連射されていく。

 スカーレットは動いて、連射弾から逃れようとするも、男の照準は段々とスカーレットの動きに追いつこうとしていた。


 命中する、その寸前――突如出現した水の塊が、飛んでくる連射弾を取り込むと、勢いを殺して無力化した。

 深月の援護だ。それを見て、スカーレットは一安心し、男の元へと突撃を仕掛ける。


 水の塊は常に彼女の前へ現れ、連射弾を取り込んでいく。黒く濁るものが彼女の視界を遮るも、彼女は男へと向かっているのを確信していた。


 そして、適切な間合いを見計らってか、水の塊がスカーレットの前を退くと、彼女の間合いに、男が見えてくる。

 男は弾が間に合わないと見てか、黒い液体による壁を生成する。


 壁が見えて尚前進を止めないスカーレットは、得物を地面へ突き刺すと、首元の琥珀状の物体に手をかける。


『ああ、任せろ――!』


 その返答と共に、スカーレットの衣服の片方の裾が独りでに浮き上がる。

 裾は姿形を変えていき、やがて、一つの腕と化した。人間のものとはまた異なる、力強さを感じる腕だった。

 腕が生成されてから間も無く、その腕は勢い良く拳を放ち、目の前の壁を殴りつけた。


「ぐぅっ!?」


 壁と共に男の体は地面を削りながら後退していく。その移動距離から、拳の一撃の威力が伺い知れた。

 防いでいては追い詰められるだけと判断したか、壁を怪物へと作り変え、その鋭い爪で襲わせる。

 斬撃のような軌道を描く怪物の腕を躱しつつ、赤い腕は更なる一撃を繰り出す。


 それを読んだか、怪物はその腕を両手で掴んで受け止めてみせた。

 片方の腕が動けなくなったのを見てか、スカーレットのもう片方の裾が、腕へと姿を変えていく。


『もう一つあんのを、忘れんなよ!』


 姿の変わって間もない腕が、怪物の顔を殴り付ける。その一撃のあまり、怪物は両腕を離して仰け反った。


「俺の影が力負けするだと!?」


 両腕とも自由になった途端、赤い腕は怪物へと連撃を叩き込んだ。

 隙と呼べる間があまりなく、怪物は為す術なく殴打の嵐を一身に食らう。

 更には、押され始めた事で、黒の男もまた後退せざるを得なくなった。


 少しずつ崖際へと追い詰められていく黒の男。その時、足元の異変に気がつく。

 いつの間にか、草むらを覆い隠し、赤い液体が広がっていた。

 スカーレットが突き刺した得物が発生装置となり、赤い液体を流していたのだ。


 やられる一方の影の怪物が攻撃を受けつつも何かをしようとしているのを見て、赤い腕がそれを妨害しようとする。


『させるかよ!』


 力の入った拳が、怪物の腕をあらぬ方向へと曲げ、影の怪物の顔は今にも叫び声を上げそうな、悲痛な表情へと変わった。

 だが、絶叫はしない。あるいは、出来ないのだろう。赤い両腕は、スカーレットに気を遣いつつも構えを取る。


『此処に来たことを後悔するんだな!』


 そして、怪物に叩き込んだものよりも力強い拳が、怪物へと迫った。

 片腕を曲げられ、反撃どころでは無かったのか、怪物はその拳を一身に食らい、拳が進むにつれて弾け飛ぶ。

 怪物がいなくなったことで、防御手段を失った黒の男もまた、拳の直撃を受けた。


 男の体は強く弾き飛ばされ、崖下へと転落した。



 スカーレットは周囲を見渡すが、他に侵入者らしき人影は見当たらない。

 この戦いが終わった事を悟り、彼女は一呼吸吐いた。

 赤い両腕もまた、静かに彼女の衣服の裾へと戻っていく。


 そして、戦装束もまた赤い液体となって霧散し、彼女の姿は戦う前の姿に戻った。


 そこへ、深月が駆け寄ってくる。


「あの男はどうなったの?」


 崖から麓の高度差はかなりのもので、そこから何もなしに墜落すればまず助からない。

 "声の出せない"スカーレットに代わり、琥珀状の物体が答える。


『崖下を見てみな。そこに答えがある』


 言われた通りに深月は崖下を見てみると、目を見開いた。

 麓には緩衝材と思わしき紅く四角い物体が設置されており、それが男を無事に受け止めていた。

 見ると、スカーレットの得物から生じた赤い液体が糸のように下へ伸びており、それは緩衝材と繋がっている。


『こいつのちょっとした心遣いだ』


 緩衝材の上に落ちてきた男は、ぎこちない動きで柔らかい物体から降りようとしている。

 痛みに耐えていそうなその動作は、赤い拳の威力を物語っていた。

 物体から降りると、腹部をさすりながら逃げるように立ち去る男の姿を見て、深月はようやく崖下から目を離す。


 突き刺したままの得物を引き抜き、役目を終えたスカーレットの得物もまた、赤い液体となって少しずつ流れ、地面に溶け込むように消えた。


『戻ろうぜ、スカーレット、深月さん』


 スカーレットは首肯し、深月もまた、それに応じるように施設へと戻ろうとする。

 だが、彼女の足取りは重く、彼女の表情も浮かないものだった。


 スカーレットが扉に手を掛け、深月の方へと振り向いたその時――



 ――深月は倒れようとしていた。


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