荒野の楔
魔界の門のあった山々の南、王国より南西の位置には、草木の少ない荒野が存在する。赤い土のよく映えるその空間は長年に渡る地形変化の末、上に下に奥に手前に複雑な形状と化していた。
だが、その荒野は争いの渦中にあった。各所にて閃光が輝き、崩落する音と共に炸裂するような轟音が鳴り響く。
「おのれ、王国軍…!」
黒色の肌に、腕と一体化している灰色の翼を持つ、鳥人の類似種とされる、荒野の現地住民の一種である翼人、ファルタニアは黒き眼で遠方を睨む。
既に荒野は大打撃を受けており、著しい地形変化が起き、彼女の同胞たちがそれに巻き込まれていた。
助けようにも、迂闊に動く事が出来ない。その理由は迫りつつある轟音の正体にあった。
地上から、分厚い装甲に覆われた箱のような黒い機械が、空中からは、翼をはためかせる白銀の巨大な怪鳥が近づいてきている。
「指示をくれ、ファルタニアさん!」
「そうだよ、やられっぱなしじゃ居られないよ!」
「…二手に分かれ、救助と迎撃を同時に行う。迎撃に向かう者は私に付いてこい、行くぞ!」
周囲の翼人や鳥人に指示を出し、ファルタニア達は散開すると、それに反応した黒い機械が静止する。怪鳥もまた飛び上がりファルタニア達との距離を開いた。
予告動作だと既に読んでいるファルタニア達は魔法の行使を始める。その直後に微かな駆動音が聞こえてきた。
黒い機械から大砲の砲身が姿を表し、怪鳥は体の一部が変形し、筒状の物体を複数露出させる。直後、噴き出した爆煙と共に暴力の雨が降り注いだ。
それを迎撃するべく現地住民達は既に風属性の魔力を魔法として繰り出していた。
飛ぶ無数の風の刃が怪鳥の放った弾丸を切り裂いていき、翼人達を下敷きにしていた岩を飛ばし、砲弾に直撃させ相殺する。
空中で黒煙が広がる間に救助に向かった翼人は傷ついた仲間たちを助け速やかに離脱しようとする。しかし、それを見過ごす王国軍ではない。
奥へと流れる黒の混じる風をひと目見て、ファルタニアは仲間を担ぐ翼人を庇うように割って入り、直ちに風の魔力を帯びた足を振るう。
そこに斧の黒き刃が接触し、お互いを軽く弾いた。更に押し込むように振るわれる斧を、彼女は軽やかな足さばきによる連撃で押し返した。
少しの距離を確保したところで、救助に入った仲間に指示を出し、後方へ撤退させる。それを確認した後、ファルタニアは再び斧の方を睨んだ。
「やるねぇ、翼人。アタシの動きを読んだか」
「これ以上はやらせはせんぞ、王国の名を持つ蛮族ども」
それを聞いた途端、斧を持つ黒い女性は大きく笑う。視界が悪くとも、周囲の翼人たちの注目を集めるには十分な程に響いた。
「蛮族とは言い切ったなぁ。まあお前らからすればそうなるか」
「お喋りはそこまでに。まだ私たちの目的は果たせていないのですから」
黒い女性の奥からもう一人、聖職者のような姿の女性の声が聞こえる。見ると、それぞれ形状の異なる鎚鉾を両手に持ち、空中から攻撃を仕掛ける複数の翼人を相手取っていた。
「ああ、そうだな。だが、一方的なのはつまらない。アタシたちを楽しませてくれよ?」
そうして、ファルタニアと黒い女性は再び衝突した。
◇◆◇
「楔の地域は既に戦場と化しておるか」
楔がある程度除去された事により、出来ることの増えた『聖魔の鏡』を見て、カルバネラは呟く。
鏡には荒野の原住民である翼人、並びに鳥人とたった二人の人間と彼女たちの駆る二体の異形が交戦している光景が映し出されていた。
「実力は人間たちの方が上と見て良さそうね。翼人たちは、地形が破壊されるから思うように動けていないのかしら」
「恐らくそうでしょうね。時間が経てば経つほど崩落の被害者が増える一方です」
「それだけの事をし得る実力者を投じてきた辺り、いよいよ楔の守備に本腰を入れてきたという事だ」
ヒルトの発言により、一同は彼へ向き直る。一同の表情は緊張を帯びていた。
「既に半数近くの楔が地上界より消滅している。大気中の魔素濃度が劇的に高まり、一部地域では人間に対し避難勧告が出ているだろう」
「それはつまり、人間たちの住む環境を破壊しているってこと?」
「そうではない。お前達の接触した魚人やエルフといった、人間と構造の異なる種族はこの環境に適合しつつある。500年前までは地上界もまた豊富な量の魔素に満ちていたのだ。元々の状態に戻るというだけで、人間もいずれは環境に適合していくだろう。その為に長い年月を費やしていくだろうが」
それから、ヒルトは鏡とは逆方向、紫の太陽を仰ぎ見るように呟いた。
「――それでも、油断ならないのが人間という種族なのだがな」
『聖魔の鏡』は荒野の楔の位置を映し出す。しかし、それを見てスロンが声を上げた。
「ちょっと待って!? これ全部楔の表示なの!?」
驚くのも無理は無く、大きく分けて東西南北、荒野の四箇所に楔が表示されており、前例の無い光景に一同も驚く。
また北に位置する箇所のみが、細かな点のように数十個の楔を表示していた。
「ああ、楔の種類は地域によって異なる。このように複数個に分かれた楔があれば、巨大な楔、何らかによって隠している楔も存在する」
「魚人の国や小人の国の楔は原住民が隠していたわ。でもいずれも一つしか無かった」
「遺跡や大森林の楔は比較的目立つ方だったのう。それらも一個だけじゃった」
「今回の楔は複数個で一つの楔だ。いずれも本物であり、全部を破壊すれば機能が止まる。それに一つ一つは大したことの無い大きさだ。お前達が見た魚人の島や大森林の楔に比べればな」
そう言って、ヒルトはその大きな手であっても少し収まらない程の岩を作り出し、全員が確認すると、地面にそれを置いた。
「ただ、厄介な点があるとすれば、時間をかけ過ぎると破壊した楔から順に再生していく事だ。これは全てを砕くか、全てが再生しきるまで終わらない」
ヒルトの足元で、置いた岩と同等の大きさの岩が複製される。グッシュデムが岩を一つ砕いて少し経った後、同じ場所に似たような岩が生成された。
「再生の速さはこれほどでは無いがな」と言って全ての岩を砕き、ヒルトは話に戻る。
「つまり長期戦は禁物って訳だね」
「長老様、今回の組分けはどうされますか?」
「今回はこの楔のみの破壊に集中してもらう。よって全員で行ってもらおう」
「確かに、その方が手分けをして出来る分確実性がありますね。ですが、それだけでは無いのでしょう?」
クシルカレの問いにヒルトは首肯する。
「ああ。天使が動き出している可能性が高い。そして接触する可能性は時間が経つに連れ高まっていく。お前達にはそれを念頭に置いた上で行動にあたってもらいたい」
それを聞き、一同の緊張感は一層強まった。天使の行った所業を聞かされているからこその反応であり、ヒルトはこれ以上の忠告は不要だなと安堵した。
「それでは作戦を開始する。目的は荒野の楔の破壊であり、必要あらば原住民と協力し事に当たれ。では解散とする」
地上界に向かう魔族たちを見送り、ヒルトは『聖魔の鏡』を利用して魔界の門跡地付近を確認する。
すると、一つだけ気になる光景を見つけ、ヒルトはそれを拡大する。そこには、複数人からなる人間の集団があった。それを見てヒルトは確信する。
「やはり来たか…『勇者』の末裔が」
既に一般の人間では手の付けられない段階だからこそ、魔族の専門家、その子孫の者たちを駆り出したのだろう。
彼らの目的に概ね見当のついているヒルトは直ちに行動に移る。その証拠に魔界の大地が引っ張られるように少しずつ浮き上がっていく。
「後顧の憂いは絶たねばならぬ、か」
ヒルトは頭部の3つの装甲片を閉じ、巨大なヘルム状にして頭部を密封すると真っ直ぐ進んで魔界の闇に消えた。




