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魔の宴  作者: Gno00
Black March

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36/39

グッシュデムの一日

 紫色の太陽の微かな光に照らされ、荒野のような空間が広がり、遠くを見渡せばそこかしこに遺跡のような建造物が散らばっている。

 魔界と呼ばれるこの世界は、他でもない魔族の生まれる地であり、彼らの故郷である。かつてはこの世界に存在する良質な魔石を求めて採掘を行う人々の姿もあった。

 地上界との違いを挙げるとするならば、魔素の濃度が非常に高く、また薄暗く寒いという点がある。その為この世界に踏み込む人間は万全の対策をする必要があった。……もっとも、今より魔素の濃度が薄かった時代の話だが。

 この世界はその気になれば何処までも行けそうな気がするが、そうではない。一部の箇所は壁で遮られており、壁に近づくとその象徴と思しき光る模様が浮かび上がる。

 壁は地上に存在する楔と連動しており、楔は魔素の濃度を薄めるだけでなく、こうして魔界の機能に制限をかけている。壁を破壊することもまた楔を破壊する目的の1つだった。


 ――しかし、彼ら魔族は気がついていなかった。楔の封印が解かれると共に、自らの力が変質していることに。



 ◇◆◇



「いい反応ねグッシュデム。その調子で打ってきなさい」

「はいっ!」


 僕は低い姿勢で滑りながら着地し、もう一度踏み込む。目の前には白い肌に黒い髪を持つ女性――クシル姉さんが剣を構えています。

 姉さんが持つ純剣『マトロク』は、そのままでも強力な武器ですが、姉さんが魔力を流し込む事で真価を発揮します。

 姉さんの本来の属性である闇を中心に、六属性の魔力を操れるのですから、姉さんとの稽古はとても緊張します。


 僕は自分の得物である熱火棍『オシロビ』に火属性の魔力を付与し、炎を揺らめかせます。

 それに気づいてか、クシル姉さんの持つマトロクも共鳴するように黒い刃を炎のように揺らめかせます。それが『純黒剣』の一つ、火属性を司る『(おお)()(ずみ)』でした。


 …打ってこいということなのでしょうか。聞いたところで返答はしないと思い、僕は踏み込むべく右足を出しました。

 しかし、簡単にそれを打たせてくれる姉さんではありません。黒炎を纏うマトロクから炎の奔流が放たれます。


『魔力相殺』というものは相手の魔法属性と自身の魔法属性が一致し、尚かつその魔力同士が接触した際に任意で発動することが出来ます。

 今回の場合、クシル姉さんが放った火に僕の火属性の魔力が触れれば発動することが出来ますが、クシル姉さんに与えられる影響力は少なく、すぐにでも追撃に転じてくるでしょう。

 だからこそ、今回狙うべきなのはマトロク本体です。相手の次の手、その選択肢を出来る限り減らすことが効果的な使用方法だと教わっていますので。


『焔唄』の『一の型』である『噴炎』を駆使してクシル姉さんへと詰め寄ります。迸る黒炎が足場を遮りますが、『噴炎』の推進力で僕は空を蹴って進んでいきます。

 互いが間合いに入った時、僕は寸分速く赤く灯ったオシロビを振るいます。対するクシル姉さんはマトロクと纏った黒炎を扱いオシロビを受け流そうとして、僕は『魔力相殺』を発動しました。

 オシロビの炎とマトロクの黒炎とが相殺し、互いに消滅すると、マトロクの軌道に受け流されるように僕は間合いから離脱しました。


「…! 上手く使いこなせているわね」

「はい。皆さんが協力してくれるおかげです」


『魔力相殺』を見てか、クシル姉さんはマトロクに損傷が無いことを確認し、剣を納めました。


「私とはこの辺りにしましょう。()が控えているから」

「次、とは…」


 クシル姉さんにそう言われたことで僕は、近くで待っていたスロン姉さんの姿に気が付きました。


「何時からそこに?」

「クシル姉が大火墨で足場を封じた辺りからかな。グーくん、次は私としよ?」

「分かりました」


 準備運動とばかりに数度その場で跳ねるスロン姉さんの姿を見据えつつ、僕は正面に構えました。

 それからスロン姉さんもまた、右手を前にして構えます。


「それじゃグーくん、行くよ?」

「分かりました、何時でもどうぞ」


 スロン姉さんが踏み込み、足元から稲妻が走ったかと思うと、一瞬にして姿が消えました。

 次に姉さんの姿を見たのは僕の左手前の位置であり、既に左足が後ろに振り上げられていました。


(は、速い…!)


 僕は視認するより先に大きく弾き飛ばされてしまいました。何とか受け身を取り、低い姿勢になって姉さんの様子を伺います。


「わわわっ、とと」


 一方のスロン姉さんはバランスが崩れ、倒れかかっていました。クシル姉さんがすかさず腕を掴んで支えます。


「大丈夫?スロン」

「ありがとうね~クシル姉。この速さに慣れなくてさ」


 スロン姉さんの発言から先程何をされたのかを理解しました。どうやら視認出来ないほどの速さで横薙ぎの蹴りを叩き込まれたようです。

 瞬間移動するような速さで僕の前にたどり着くと、スロン姉さんは手を差し伸べました。


「グーくんも大丈夫?手加減はしたんだけど…」

「ええ、まあ。…すみませんが、もう一度お願いできますか?速さに慣れておきたいので」

「いいよ。私も慣れておきたいしね」




 ――それから暫くして…疲労のあまり、僕は膝を付き、スロン姉さんはその場に座り込んでしまいました。


「ぐっ…はあ……」

「も、もうへとへと…目が回る……」


 二人して息が上がっていると、クシル姉さんが近づいてきました。


「やりすぎよ貴方達。動けなくなるまで打ち合うなんて」

「ご、ごめん……」


 すると、クシル姉さんの影が伸び、僕とスロン姉さんの影に繋がりました。

 魔力を分けて貰い、少し体が楽になったところで影は元に戻ります。


「魔界だから大目に見るけれど。もう少し自分の体を気遣いなさい」

「分かりました、ありがとうございますクシル姉さん」

「どうしたんじゃ、グッシュデムにスロン。二人共疲れた顔しおって」


 聞き覚えのある足音と声が聞こえ、カルバネラ兄さんとエルナーテ姉さんの姿が見えてきました。

 クシル姉さんから事情を聞いたカルバネラ兄さんは、目を見開きました。


「珍しいのう、お前さんらがそのような無茶をするとは」

「ですが、カルバネラさん。グッシュデムは無茶ばかりですよ?」


 エルナーテ姉さんの鋭い指摘に僕は返す言葉もありませんでした。スロン姉さんが薄く笑いますが、すぐに黙ってしまいます。どうやらクシル姉さんの眼差しが怖かったようです。


「いや、そういう話では無くてな。グッシュデムらがそうした辺り、何かきっかけがあるのじゃろう?」

「そうなんだよ、聞いてカル兄。こっちに戻ってきてからね、雷の魔法が使えるようになったんだよ!」

「お前さんもそうなのか? 儂もな、新しい力が使えるようになったんじゃ」


「見てみい」という言葉と共に、皆の注目がカルバネラ兄さんの大きな右手に集まります。すると、手の平の上に、結晶のような物体が出現しました。

 全員が驚きますが、その中でも反応が大きかったのはクシル姉さんでした。


「兄さん、これって…」

「クシルカレも見覚えがあるじゃろう。200年前は長老の助力で何とか使えたものが、今になって儂だけで出せるようになったんじゃ」

「では、スロンさんやカルバネラさんの力が変質したってことですか?」

「そうなるな。儂やスロンは大きく変化したが、だからといってクシルカレらに変化が無いとも限らん。儂らとは違う、別な方向で変わっているかも知れんな」

「『魔力相殺』の習得もその一つでは無いかしら?」


 すると、全員の注目が僕に集まります。


「…あり得ますね。恐らく、僕が習得できたのは魚人の島と大森林の楔が破壊された後かと。魔界の機能が復活した事で僕たち魔族に影響が出たのでしょう」

「すぐにでも確認したいところじゃが、スロンとグッシュデムがこの有り様じゃ。しばし休憩とするかの」


 カルバネラ兄さんが手の結晶を上へ放り投げると、結晶は霧散し温かい光になって降り注ぎました。


「どうやら、この結晶は溜め込んだ魔素を放出する事が出来るらしいのう。こうやって即席の魔力回復スポットを作り出せる事も可能じゃ」

「わあ~。ありがとう、カル兄!」


 暫くの休息となり、これからどうしようか、といったところでスロン姉さんがカルバネラ兄さんに声をかけます。


「ねえ、カル兄。休みを貰ったんだし、クシル姉の話を聞かせて?」

「そうか、言われてみれば頃合いじゃのう。…クシルカレ、良いかの?」

「ええ、お構いなく。エルナーテもグッシュデムも聞いていきなさい」


 何の話をするのだろう。僕はエルナーテ姉さんと顔を見合わせ、カルバネラ兄さんたちの元へ向かいました。

 僕とエルナーテ姉さんとスロン姉さんがその場に座り、クシル姉さんが程よい岩に腰掛けます。話はそれから始まりました。


「スロンは覚えている? 私にも活発な頃があったって話」

「うん、覚えてるよ。魚人の島に向かう途中に聞かせてくれたよね」

「クシルカレは何処まで話しておる?」

「私が幼い頃、人間と出会ったってところまでは」

「そうか。ならばその先の話をすれば良いのか」


 カルバネラ兄さんは目を閉じると、再び開いてスロン姉さんの方へ顔を向けます。


「クシルカレが出会った人間というのは、ある村の住民たちじゃ。住民は異邦人でありながら人ならざる者であるクシルカレを受け入れ、温かく迎え入れてくれた。今から300年程昔だったのう」

「300年前ってことは、私が生まれてくる前の話なんだね」

「ああ、そうだとも。…時にスロンよ、お前さんが100年程前に大怪我をしたというのは、覚えているかの」


 スロン姉さんは少し苦い顔をしますが、青く淡い光を放つ角を撫でながらすぐに返答しました。


「うん。私の角が全部折れちゃった日のことだよね。よく覚えてるし、直してくれた爺にも感謝してるよ」

「実はの、クシルカレにもまた、お前さんの時のような苦い思い出があるんじゃよ」

「そんな事が…」


 僕の呟きの後、クシル姉さんが続けます。


「ええ。私が訪れた村は、私が滞在している間に襲撃を受けたわ。()()を匿っていたとの理由で」


 クシル姉さんは遠い風景に思いを馳せるように、空を仰ぎました。赤い目が濁っているような気がしましたが、恐らくは気のせいでは無いのでしょう。


「今考えてみても酷い話だわ。彼らに匿っているつもりは無かった。だけど、私が居たというだけで村の全てが燃えた。大事なものを失おうとも、必死になって私を逃がそうとしてくれたけど、私は怖くなって動けなかった。あの時には既に(マトロク)があったのに、それを彼らのために振るえなかった」


 少しの静寂の後、クシル姉さんは再度口を開きました。


「――貴方達が私のような思いをしなくて良いように、私は己自身を鍛えた。忘れたいくらい辛い思い出ではあるけれど、今の私において欠かせない出来事であるのは確かなのよ」


 それから、クシル姉さんは濁りの消えた目でスロン姉さんへと向き直りました。


「100年前のあの時に、貴方が動いてくれたから今の私がここに居る。ありがとうね、スロン」

「どういたしまして~。…でも、角が折れちゃったし皆にこっぴどく怒られたりしたからあまり思い出したくないかな…」


 スロン姉さんは苦笑しながら、クシル姉さんに相槌を打ちます。


「怒ったのは貴方を大切に思っていたから。それに、貴方も体を大切にするべきなのよ?」

「うっ…気ヲ付ケマス……」


「本当に?」と大きな赤い眼で(なじ)るクシル姉さんに申し訳ないと思ったのか、スロン姉さんの首と目が少しずつ横に反れていきます。

 カルバネラ兄さんが小刻みに揺れて笑い、少しの間、和やかな雰囲気になりました。


「さて、休憩はこれくらいにするかの。次は誰と誰が手合わせするんじゃ?」

「では、クシルカレさん、お願いできますか? 私の『反射』がどこまで出来るかを確認したいので」

「いいわ。エルナーテが望むなら」

「私は後で良いかな…疲れが抜けきってないし」

「僕も少し休みます。気を失っては元も子もないので」


 それから再び、静かな魔界にて打ち合う音が鳴り出すのでした。

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