王国
魔界に通じる門が存在していた大陸、その中央より南東に位置するある国は、楕円を描く巨大な防壁に覆われている。
防壁内では高層建築物が多数存在し、防壁と建築物により国の領土は暗い影に覆われていた。
足元はおろか視界の大半が影に覆われて尚、人の往来が絶えないのは、その国が大国である事、テクノロジーが発達している事の主な2つの理由が挙げられる。
防壁内部の中心に一際巨大な建造物が存在している。それこそが王国の要、王の住まう城であった。
王城は飾り気の無い外壁と違って、内部は豪勢な装飾物で彩られている。照明器具から照らされる光をありとあらゆるものが受け、光輝く程に。
王城にある全ての装飾物は王の威厳と民から寄せられている信頼の証であり、王国に住まうものの大半が快くそれを受け入れていた。
そして王城の一室である広大な部屋、円卓の設けられた会議室には多くの男女が招集されている。
「――報告は以上です」
円卓の前に立つ複数人の者たち――その先頭に居る大男、バルネッツはそう告げる。
「なるほど。君の言う通り、これは深刻な事態だね」
バルネッツと対面する席に座る、鎧にも似た白い衣服の銀髪の青年は穏やかな声色でそう言うと、円卓に座る他の者たちを見渡す。
「西で海神が復活し、東で魔族――化け物と遭遇、か。俄には信じがたいが、お前たちが言うからには事実なのだろうな」
軍服に似た黒い正装姿の髭を蓄えた茶髪の男が、腕を組みつつそう述べる。
「魚人の国は確定として、大森林の楔も砕かれたと見て良さそうね。楔が壊される時代に立ち会えるなんて、幸運なのかしら?」
造花の装飾が施された黒に似た紫のドレス姿の白髪の少女が、赤く、虚ろな眼で自身の手を眺めながら呟く。
「その2つだけとは考えにくい。――奴ら手が早い。他の楔も破壊されていることだろう」
中性的な顔立ちをした中背の、黒に似た蒼のスーツ姿の少年が落ち着き払った声色で推測を述べると、円卓の間に小さなどよめきが走る。
「マリスちゃんの言う通りぃ。大陸北部の魔素の濃度が劇的に増えていて危険だから、現地住民に避難勧告が出てるのよねぇ。疑うまでもなく北部の2つの楔は破壊されているわぁ」
「既に4つが消滅している、という事ですか」
バルネッツの問いに「そうよぉ」と露出の少ない衣服をわざと着崩し、肉体の艶めかしさを強調した服装の女性が頷く。
他にも2人、円卓に座る者が居るが、彼らの反応を待たずして青年は再びバルネッツへ目を向ける。
「――して、バルネッツくん。陛下にはどこまで伝えている?」
「我らに対し妨害行為を働いている輩が居る、とまでは。種族までは伝えず、また楔が破壊された事も伝えてはいません」
「はははっ。それが懸命だね。あの陛下なら全軍を差し向けるとかやりかねないからね。――魔族ならば特に、ね」
青年は楽しそうにバルネッツを見据える。だが、バルネッツやその後ろの者たちの表情に安堵の様子は無かった。
包み隠さず真実を伝える程彼らを信頼しているが、同時に彼らの恐ろしさを知っているからだ。
彼らは数少ない王国の権力者、つまりは"貴族"の名を賜りし者たちであり、また王国内でも右に出る者は殆どいないとされる程の実力者でもある。
その手腕は目を見張るものであり、人々は彼らを尊敬と畏怖を込めてこう呼んでいた。『武装貴族』と。
「――ご苦労だったね、皆。後は僕たちが対処しよう。下がってくれたまえ」
青年のその言葉を皮切りに、バルネッツ達は円卓の間を後にする。
円卓の間を右に出て十数歩歩いた先にある階段の辺りで、バルネッツの後ろに居たボルクスが口を開く。
「ネレイオ。てめぇに話がある」
「分かった。此処では迷惑だ、別の場所に――」
ネレイオの発言が終わるのを待たずして、壁に何かがぶつかる音が響く。バルネッツが振り向くと、怪我の処置の施されたボルクスがネレイオの鎧に腕を押し付け、彼の体を押さえつけていた。
「なんであの時俺を止めた?あのガキに止めを刺せたのによ」
「本当にそう思っているのか?」
「…何だと?」
一触即発の雰囲気にカルティオは慌てる。バルネッツは目で指示を送り、頃合いになるまでは待機するよう彼に命じた。
「本当は分かっていたんじゃないのか。ああなった時点でオーガの少年には勝てない、と。だから撤退を即座に選んだんだ」
「…ッ!うるせぇ!フォバスの代わりにてめぇが身代わりになりゃ良かったんだ!」
『それは違います、ボルクス様』
ネレイオの腰の剣が淡く青い光を放つと、周囲が光に包まれた。光が消えた頃には、ネレイオを庇うように1人の少女が姿を現した。
巫女のような姿の青髪の少女は凛とした表情で、まっすぐボルクスを見据える。
「身代わりなど、本来出すべきではありませんでした。しかし、あのようにしなければ貴方様を助ける事は出来なかったのです」
「…『武器精霊』ごときが俺に口答えするなぁ!」
「――『武器精霊』が何だって?」
浅く突き刺さるような威圧感。それは声の主より放たれていた。バルネッツとカルティオは一足先に気づき、ボルクスとネレイオも後から振り向いた。
黒いコートを羽織った白い衣服と黒に似た青のタイトスカートを着用した黒髪の女性と、白い素地に金の装飾を施した、聖職者を思わせる姿の金髪の女性が近づいてくる。
黒髪の女性の黒と灰色とが混じり合った目が、二人の男を見据える。口元は少し緩んでいるが、目は笑っていない。
「人間だろうが『武器精霊』だろうが同じ国の仲間だ。仲間の意見は聞いておくのが筋ってもんじゃないのか?」
「誰だよ、てめぇは」
「しかも聞いてみりゃお前の落ち度じゃねぇか。ほかでもないお前が弟を殺したんだよ」
「てめぇ!」
ボルクスが黒髪の女性へと殴りかかる。咄嗟の事態にネレイオは対応出来なかった。
黒髪の女性は突き出されたボルクスの右腕を受け流すと、右の拳を彼の頬へ叩き込んだ。
勢いのあまりボルクスが倒れる。ネレイオは彼の元へ駆け寄ろうとしたが、バルネッツに阻まれた。
「力がねぇからこうして暴力に頼ることしか出来ない。したところで失ったものは戻らねぇのに、無様なもんだな」
「その辺りに。傷病人を虐めた所で気分が良くないでしょう」
「そうだな」と制止を求めた金髪の女性に返答すると、黒髪の女性は踵を返す。
「それと、アタシも『武器精霊』だからよ。発言には気をつけるこった」
それだけを述べると2人の女性は歩き去っていく。実力の差をまじまじと見せつけられ、ボルクスは床に握りこぶしを叩きつける事しか出来なかった。
拳の震えを見て、彼の悔しさをネレイオは察する。一方のバルネッツ達は肩の荷が下りたように安堵を浮かべていた。
「バルネッツ殿、今の2人は…」
「シャルディ・メーゼル殿とヴィレネ・マクシャス殿だ。第3遊撃隊は彼女達と所有する機甲兵のみで構成されている」
「あの方々の制圧能力と戦闘能力を鑑みて、あえて少数精鋭にしているのだとか」
バルネッツの説明にカルティオが付け加え、バルネッツは首肯する。
ネレイオは2人の発言で、ボルクスが敵う相手ではないと察した。同時に、今の彼には考える時間が必要なのだとも思った。
「シャルディよ。アタシら第3遊撃隊と魔族、どっちが強いと思う?」
黒髪の女性――ヴィレネは先を歩く金髪の女性――シャルディに声をかける。
すると、彼女は足を止め、閉じた目のままヴィレネへと振り向いた。
「ヴィレネ。言うまでもなく分かっているでしょう?不明な相手の実力は判断しようがない、と」
「分かってるけどさ。少しは自信の足しにしようかと思って」
「まさか、不安なのですか?」
「そりゃ不安だよ。楔を守るとかいう名目で得体の知れない相手と戦わされるんだからさ」
ヴィレネは上を向き、フッ、と息を吐く。そんな彼女の姿を珍しいと思ったのか、シャルディは歩み寄る。
「不安なのは貴方だけではありませんよ。せめて、この不安は共有しましょう」
「…そうだな。アタシたちはやれることをやる。それだけだ」
抱擁を交わし、2人は再び王城の廊下を進む。向かう先にあるのは王国が保有する機甲兵の収められた格納庫。そこに2人の所有する機甲兵も居る。
「目的地は南、鳥人の住む荒野か」
「現地勢力を排除しつつ、楔周辺を制圧するのが望ましいようですね。やり方は一任しますよ」
「おう。…そういや、勇者の末裔とやらが近々動くそうだが、何か聞いてるか?」
「いえ、私は何も。…仮に動いたとして、戦力になるのですか?」
「さあな。勇者の末裔なぞに興味無いし、実力も知らん。せめて別の楔のとこへ向かってくれりゃいいが、どう動くのかはさっぱりだ」
すると、シャルディはため息を1つ、こぼした。
「…面倒な事をしなければ良いのですが」
「だな。不安要素は増やしたかねぇよ」
2人の接近に呼応するかのように、乗り物と思しき機械と、大型の怪鳥が起動した。




