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魔の宴  作者: Gno00
Black March

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34/39

魔界にて・2

「む……」


 紫の太陽に照らされ、巨体を持つ怪物、ヒルトはふとを足を止める。

 力が少し湧き上がるのを感じつつ、彼はある場所へと急いで向かう事にした。


 歳を取るとこのような感覚ばかりが鋭敏になっていくのだな、と自嘲しつつ、ヒルトは思った。


(楔の反応が消えた。恐らくはこれで4本目。あの子達は順調に楔を砕いているのだな)


 良い傾向だと思いつつ、同時にこれから先、より過酷なものになっていくのだろう、だとも思っていた。


(敏い者ならば既に門の異変に気づいている筈だ。そして楔が砕かれていることも。近い内に此処に調査の手が来るだろうな。あわよくば収穫すら狙ってくるだろう)


 ヒルトは拳を握りしめ、ただただある一方へと向かっていた。到着するまでの間、独り思い返す。



 我は1人、自身や魔族の若者たちが帰るべき故郷である魔界の防衛を行っている最中、門の残骸を回収し、調査を行っていた。

 そして、調査の末、我は結果と共にある事実を突きつけられる。それは、門の残骸ですら門としての役割を維持し機能している、という事実だった。


 魔界に出入りするにあたって門をくぐるという方法自体は失われるものの、代わって門の残骸を握りしめ念じ、残骸と共に魔界に出入りする、という方法が可能になる。

 しかもそれは残骸1つにつき複数人の転送が可能であり、結局のところ、門の破壊こそ無駄では無かったが門はまだ機能できているのである。


(やってくれたな、天使共。我らを滅ぼせる絶好の機会と踏んだのだろうな。貴様らが介入してからは碌な事が無い)


 門が出来、人間が魔界に易易と進入出来るようになり、地上には魔界を繋ぎ止める楔が何本も打ち込まれた。

 魔界の機能は著しく損なわれ、生まれる魔族も少なくなり、また生まれたとしても何かしらの異常性を抱えていた。

 だが、貴重な、尊い命である事には変わりない。彼らを見捨てる訳にはいかないと延命措置を施し、結果的にそれは報われた。


 本来ならば、彼ら魔族の若者たちは、何ら異常を抱えず、健やかに生きていく筈()()()

 人間界に侵攻した、当時の我らが悪手を踏み続けたのは認めよう。だが、生まれてきた子孫達の尊厳を踏みにじるのは許さない。

 尊厳を踏みにじった者たちへの対抗心と憎悪が起因となり、我は若者たちの育成に本腰を入れた。言わずとも意図を理解しているように、打てば響く彼らの態度はとてもありがたかったものだ。


 努力を積み重ね500年。ようやく同胞の無念を晴らす時が訪れ、順調に事を運ばせている。

 このまま何事も無く果たせれば良いが、そうも言ってはいられない。彼らの努力に報いた手を打たねば、魔界の未来は暗いものとなる。

 彼らはおろか、我まで討たれる事になってしまえば、彼らの存在を我自身が否定する事になる。我が彼らを支えねば。有効な手を考えなければ。



 巨体を容易く覆える程の影が見えてきたところでヒルトは現実に戻る。一部の結界が消滅したことで、以前は遠くで見ることしか出来なかった黒い城、『魔界城』の城門へとたどり着く。

 時が経てど尚、威厳は損なわれていない。当時と何ら変わりないその様を見て、ヒルトが全盛期の魔界の姿を思い出すのは容易だった。


(思えば……我は此処から見る城の全景が好きだったな。そして、今まで我らが王に忠義を尽くす切っ掛けとなった)


 城門前の巨大な橋は、大小様々な魔族の往来が激しかった頃の名残である。今は見る影もないが。

 閑散とした橋を渡り、城門に手を掛ける。巨大な扉は、まるでヒルトを歓迎するように容易く開いた。


 中は宙吊りになっている巨大な紫の光源により照らされている。右や左を見ても、ヒルトにとっては全盛期と変わりの無い光景が映っていた。

 ただ違いがあるとするならば。中にも魔族の気配が殆ど無いという事か。


「そしてこれからも、我らが王に尽くす忠義に揺るぎは無い」


 何気なく呟いたそれは、少し静かな城内に木霊する。懐かしさのあまり、声に出てしまったか、とヒルトは思った。

 すると――


 ――ああ、分かっている――。


 本来ならば返ってくる筈の無い返事が聞こえてきて、ヒルトは目を見開く。

 その直後、城を訪れてから感じていた微かな気配が少し強まるのを彼は感じ取り、目前の玉座に注視する。

 そこには玉座に腰掛けるように歪な結晶が置かれていた。結晶に近づけば更に気配が強まるのを感じ、ヒルトは気配の正体であると確信する。


 紫色の光を浴びる絨毯の上を進み、玉座に続く階段へと近づき、結晶を見上げる。

 彼は結晶を見るやいなやその中身に気づき、細長い胴体を折るようにして(ひざまず)いた。


「こちらにいらしたか。御姿が変わろうとも、見間違いようが無い」


 結晶の内部に居る、角の生えた幼い少女。彼女は眠っているかのようだった。

 当時の姿が目に浮かぶ。彼女が()()()()()()、思い出すのにさほど時間はかからなかった。


「――我らが王よ」


 同時にヒルトは此処に来た事で得られた大きな収穫だと悟った。



 ◇◆◇



『魔界城』を後にしてから数刻が経ち、楔の破壊に赴いた魔族達が帰還を果たした。

 彼らを出迎えたヒルトは全員が揃っている事を確認する。


「皆、よくやってくれた。魔界を蝕む結界は徐々に無くなりつつある」


 実際に目にしてきた光景を元にヒルトはそう告げる。自分たちの行いが少なからず魔界の再興に貢献しているのだと理解し、ヒルトの手前にて跪く若き魔族たちの表情は明るいものとなった。


「残す楔はあと6つ。いずれも門が存在した山より遠く、行軍にも更なる労力を要する。そこで、作戦の更新も兼ねて5日間の休息を設ける事にした。再開時に万全の状態で臨めるよう、各自体調を整えてくれ。では、解散とする」


 その後、各々は立ち上がる。大きく背伸びをするスロンシェイルを余所に、エルナーテは真っ直ぐグッシュデムへと駆け寄った。

 そして、彼の頬をぺたぺたと触る。久方ぶりの感触だからか、彼は少し驚いた。


「あの、姉さん、どうかしましたか?」


 彼の前髪を掻き上げ、彼の右目と『義眼』を確認すると、エルナーテはほっとため息を吐いた。


「グッシュデム、魔力の制御はちゃんと出来てる?」

「えっと、はい。皆さんのおかげで……」

「それなら、本当に良かった。貴方の苦しむ姿は二度と見たくないから」


 エルナーテはグッシュデムを抱きしめる。彼の動きが一瞬止まったが、すぐに彼女の背中を抱き寄せる。


「無理はしても良い。だけど、体に気をつけてね。貴方に備わっているものの力を使う時は特に、ね」

「…分かりました。気をつけます」


 少しばかりの抱擁を終えた後、彼らは目を合わせる。そこにスロンシェイルが割って入り、2人を抱き寄せた。

 黒い毛皮に覆われた青の胸が、彼らの顔に押されて歪む。しかし当のスロンは気にしていない。


「今日は皆でお風呂に入ろうよ!ねっ、エルちゃん!グーくん!」

「スロン様が望まれるのでしたら、喜んで…」

「僕も同じく」

「クシル姉もカル兄も良いよねっ!?」


 スロンの活き活きとした笑顔を見て、クシルカレとカルバネラも頷く。


「爺も良いんだよね!?」

「ああ、我も入ろう」


 ヒルトが次に見たのは、彼女の無邪気な笑顔だった。




 魔界に湧く温泉、それは結界により機能を制限されている今の魔界の数少ない娯楽の1つである。

 魔界が全盛期だった頃に整備されたそれは、結界の影響から免れ、今も尚現役の姿を保っていた。

 ひとえに500年もの間点検と清掃を続けてきたヒルトと、彼の手伝いをしていた若い魔族達が努力を積み重ねた結果ともいえる。


 また、若い魔族達が今よりも未熟だった頃、何時如何なる時であっても対処がしやすいように必ず複数人で入っていた。例え組み合わせが異性同士であったとしても。

 成長を遂げた今でも混浴が当たり前になっているのは、その名残であるが、全員が入浴するのはとても珍しいことである。


 魔族達はそれぞれペアになって体を洗い始めた。エルナーテが自分の体を洗っている内に、グッシュデムは彼女の足を一本ずつ丁寧に綺麗にしていく。

 スロンは自身の翼で巧みに空中を移動し、カルバネラの装甲を隅々まで磨いていく。装甲のような外見も相まって、体を洗うというより手入れに近かった。

 クシルカレもまたヒルトの巨体を洗っていく。頭部周りの装甲を外せる事に驚きつつも。


 熱湯で体を流した後、洗う側を交代した。全員が体を洗った所で温泉に浸かる。カルバネラやヒルトといった巨体の持ち主が入ったことで液面はかなり高くなったが、それでも溢れる事は無い。

 肩まで浸かったスロンが真っ先に満足そうに背伸びをした。


「はぁ~。1人でも気持ちいいけど、皆で入るのも良いねぇ~」

「今日は儂が作った入浴剤を入れとるからの。心ゆくまで堪能してくれ」

「道理で、いつもより香りが違うのですね」


 ちなみに主な効能として疲労回復、魔素循環の強化というものがあるらしい。体を労るにはうってつけの代物だった。


「そういえば、エルナーテはその眼を使わなかったのか?」


 カルバネラの問いにエルナーテは右目の付近に手を当てる。いつもなら十字の布を付けているが、入浴中の為素顔を露わにしている。

 灰色の双眸は色の濃淡が異なり、左目と比べて右目が白に近い色をしていた。


「現地の方が協力してくださった事もあって、使わずに済みました」

「そうか。温存するのも悪くはないが、いざという時は惜しみなく使うのじゃぞ」

「お気遣い、感謝します」


 エルナーテが頭を下げた後、クシルカレはグッシュデムに目を向ける。


「そう言えば、グッシュデムは『義眼』を使ったのよね。敵は手強かったのかしら?」

「はい。『義眼』を使わざるを得ない事態になってしまいましたが、同時に得られたものもあります。まだ未熟であれ、火属性の『魔力相殺』が出来るようになりました」

「それは吉報だな。使える手が多いに越したことは無い。我がそうであるように、お前にも『魔力相殺』のしやすいやり方というものがあるはずだ。手探りにはなるだろうが、今後も励む事だ」

「分かりました」


 グッシュデムの発言の直後、スロンが勢いよく立ち上がる。獣のような四肢の黒い体毛や、青い素肌から水滴を垂らしつつ、彼女は嬉しそうにしていた。


「やったねグーくん!お姉ちゃん嬉しい!」

「ありがとうございます。皆さんの指導のおかげです」


 頭を下げたグッシュデムが顔を上げると、すぐ近くまで歩み寄ったスロンが抱きついた。

 彼の赤褐色の小さな体に彼女の青い体が密着する。それを見てか、エルナーテの顔がみるみる赤くなっていく。


「あの、スロン姉さん…」

「グーくん、休みを貰ったんだから、しっかり休んでね?…力を付けるのは大事。でも、体を休める事も大事だよ。グーくん、危ういところがあるから…」


 最初は戸惑いを見せていたグッシュデムだが、義姉の思いを察し、表情を真剣なものに変えた。


「……そうですね、気をつけます」

「気をつける……本当に?」


 様子がおかしいと思ったのか、グッシュデムの表情が僅かに歪む。エルナーテもまた、動き出そうとしていた。


「ええ、ですから――」

「それだけで済ませる悪い子には、こうだ!」


 腕の力を強めて、スロンは少年の体を自分の方へ引っ張っていく。結果的にお互い倒れ込む形になり、直ちに大きな音とともに水しぶきが噴き上がった。


「お止めください、スロンさーん!」


 エルナーテが赤面したまま静止を求めるも既に遅く、スロンは温泉に浮かぶ自分の柔肌を少年に押し付けている。カルバネラは目を閉じ、クシルカレは呆れ気味に額に手を当てる。

 ヒルトはただ、微笑むように瞼を歪ませ、その光景を静観していた。

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