純魔石
2頭の炎の獅子に襲われ、脱力感を抱く最中、少年はある記憶を辿っていた。
今から数十年前。彼が自身に宿る火の力を操れるようになり、彼の師、ヒルトの下で鍛錬をしていた時の事だった。
ヒルトが自身の土属性の魔力で作り出す石の装甲に、彼より授かった赤熱する棍棒、熱火棍『オシロビ』を振るう。
手応えを感じつつ、反撃を食らわないよう少年は後ろに飛んで下がる。すると、少年の着地とほぼ同時に石の装甲は砕け散り、ヒルトの太い腕が露わになった。
「見事だ、グッシュデム。貴様の力は確実に強くなっているぞ」
師匠の評価に対し、少年の口元は緩まない。前髪で隠している視線にも喜びの色は無かった。それを察したのか、ヒルトは続ける。
「だが、まだ納得が言っていないようだな。自己研鑽は良い事だ。今まで通り、適度に休み、適度に鍛錬に励め」
「分かりました」
「ふむ。頃合いと見るべきか、1つ話をしよう。貴様は自身が持つ力の行く末について考えたことはあるか」
「力の行く末、ですか」
「属性を持つ力、特に魔力というものは育てていけば段階を踏み、新たな性質を獲得する。風属性の魔法が雷の性質を、闇属性の魔法が影の性質を得られるようにな」
少年には確かに自分の持つ火属性の力に興味を抱いていた。暴れ狂う程に強大な力と向き合い、共存出来る道を築き上げたが故に、彼の自己の力への興味は他の魔族よりも強いものだったのかもしれない。
「貴様が持つ、火の力はやがて、燃焼している状態でありながら、燃やすものを選べるようになる」
「出来るのですか、そんな事が」
「可能だとも。現に我がそれを実現してみせた、先人たちを見ているのだからな。そして、貴様自身が信じることで、貴様も出来るようになる」
胸の前で拳を握りしめる少年の姿を見てか、ヒルトは自分の側頭を軽く指で叩いた。
「そして、貴様に授けた、力を増幅する技術と合わせれば、その力は貴様をより高みへと連れて行く。更なる知恵は我が授けよう。貴様自身が導くのだ、グッシュデム」
辿るのを止めたことで、自然と少年の意識は現実に引き戻される。目の前で揺れ動く炎を見て、視点を上にする。
見ると、傷一つ負っていない、援護をしているエルフ達の姿があった。彼女たちが無事だと知り、少年は微笑んだ。
次に、少年は獅子を呼び出した、黒髪の男を見据える。この森に住んでいるエルフ達を困らせている元凶の1人である以上、その行いを止めさせねばならない。
例えそれが命を奪う事になったとしても。それこそが彼を信じてくれた者たちに報いる、少年に出来る手段だった。
グッシュデムには生まれつき左目が存在しない。が、作られた左目ならばそこに存在する。他でもない、彼の師が彼の意を汲み、備えたもの。
それは、グッシュデムの魔力を増幅させる、純魔石と呼ばれる鉱石で作られた代物だった。
少年は作り物の左目、所謂『義眼』を赤熱させる。目を模した円を中心に、異質な線が火を灯した。
それと同時に、囲う炎の勢いも強まり、驚く声が上がる。『義眼』により彼の魔力が増幅した事で、維持されている炎が共鳴したのだ。
一瞬の怯みを決して見逃さず、少年は湧き上がる力で獅子の鬣を掴み、獅子を引っ張る。既に獅子に害意は無く、あるのは強者への本能的な畏怖だった。
「僕が怖いか?…それでも、あの男に従うというなら君を許さない」
少年への恐怖が振り切れたのか、鬣を掴まれた獅子が彼へ牙を剥く。しかし、少年の反応の方が速く、迫る顔面へ燃える右腕を叩き込んだ。
彼の右腕はたった一撃で、纏った炎と共に獅子を消滅させる。明らかな異常に、周囲が驚きの声を上げた。
(なるほど…これが『魔力相殺』。洗練すればより少ない魔力で出来るようになるのか)
高みへの更なる一歩を踏み込めた、と思いつつ、少年はもう1頭の獅子を見据える。その獅子もまたすっかり怯えきっていた。
少年の視線に耐えきれなくなったのか、少年が生み出した火を見ると、その火へ飛び込み消滅した。
それを見届けた後、少年は黒髪の男へ起き上がりつつ向き直る。黒髪の男は汗を額に浮かべつつ、構えを取る。
「まだだ、『魔喰いの火』の影響が残っているはずだ!俺たちに勝機はある」
「本当にそうか、試してみますか?」
「何ィ?」
グッシュデムは思い返せば、と自身の体から力が吸われている感覚が既に無くなっている事を把握した。
恐らく『義眼』を発動させた時に『魔力相殺』も発動していたのだろう。いつの間にか消えていた、というのが彼の認識だった。
そして、少年もまた棍棒を右手で握り、前に突き出し構えを取る。残る体力を考慮して、1つの技で勝負を決めるべく、少年は踏み込んだ。
嫌な予感がしたのか、男の配下であろう白い外套の者たちや、鎧の青年が妨害に入ろうとするが、直後に氷弾が飛び、彼らはその対処に追われる事になった。
踏み込みつつ、右腕を振り上げ左腕を引き、黒髪の男へ迫る。
リーチ差を考慮してか、男の注意はオシロビの方へ向いており、オシロビの攻撃を防ぐべく魔法を行使しようとする。
しかし、それこそが少年の狙いであり、少年はオシロビを手放す。予想外の行動に出たからか、黒髪の男は驚きを露わにする。
故に――叩き込まれる左の拳打に対応出来なかった。赤熱を帯びた拳が黒髪の男の脇腹に炸裂する。
右膝。左足。右手。次々と炎の打撃を無防備となった男へと叩き込む。姿勢を崩したのを見計らい、振り上げた両腕もまた、男の背中へ命中し男は血を吐いた。
数々の打撃は纏った炎を振り動かし、風に流される花びらのように舞い踊らせる。その様を見て、彼の師であるヒルトがこう名付けた。
――『三の型』の1つ、『炎華乱舞』と。
少年へと倒れる男の体を少年の右膝が支える。決してそれはせめてもの慈悲などではなく、止めを刺すための下準備だった。
その直後、少年の後方にて爆炎が巻き起こる。それは少年の手放したオシロビを吹き飛ばし、少年の元へ飛ばしていた。
タイミングを見計らい、右膝が軽く男を押す。男の体が後ろへ倒れようとし始めた頃に、オシロビは少年が上へ伸ばした右腕に戻ってきていた。
そして、振り下ろす。防御姿勢も取れない男へと炎を纏うオシロビが命中するのは時間の問題だった。しかし――
「――危ない、兄さん!」
何処からともなく現れた黒髪の青年が、男を押し出しオシロビの一撃から逃がす。こうして、身代わりになった青年へオシロビの一撃が叩き込まれた。
彼もまた当たる寸前に火属性の魔法を行使した為か爆発が巻き起こり、青年を吹き飛ばした。
「――!?、フォバス、しっかりしろ!」
青年の声を聞いてか、男は意識を取り戻し、フォバスと呼んだ青年へとふらつく足で近づく。
「……兄さん、良かった、守れて……」
「フォバス!フォバス!おい、起きろフォバス!」
フォバスは兄が生きている事に安堵したのか、微笑みを浮かべて力なく倒れた。フォバスの兄である男は必死に呼びかけるが、返事は返ってこない。
少年は無理もない結果だと考えていた。何故なら彼自身、オシロビの強さには自信があったからだ。
彼の為に作られた武器、熱火棍『オシロビ』とは、『義眼』と同じく素材に純魔石のみを使用した、純魔石の塊である。
『義眼』、『背炉』、『胸炉』と同じく彼の魔力操作、魔力量の補助を行う謂わば外付けの臓器であり、長年彼を支え続けている。
他3つとの相違点があるとするならば、技の行使に直接的に関わりを持つ点であり、強大な魔力を込めた状態のオシロビに直撃すればひとたまりもない。
その構造が、グッシュデム少年の自信を裏付けていた。
落命したのを悟ったのか、男は少年へと向き直る。その顔には激しい憎悪が浮かんでいた。
「このクソガキが…!ぶっ殺してやる!」
「ボルクス!これ以上は危険だ!」
剥き出しの怒りを少年にぶつけるが、少年の大技を食らった体はまともに動かず、前のめりになる。
すると、そこに鎧の青年が駆け寄り、ボルクスと呼んだ男の体を支えた。
「まだだ、まだ勝負は終わっちゃいない…!」
「ボルクス、その傷では倒れるのは時間の問題だ。そうなったら俺たちはお終いだ。弟君の犠牲を無駄にする気か!?」
鎧の青年の発言を聞いてか、ボルクスは歯を食いしばる。3秒程経ち、ボルクスは決断した。
「…撤退だ」
その命令と共に鎧の青年や白い外套の者たちは一斉に石のようなものを地面に投げつける。
やがてそれは光を生み出し、光が消える頃には人間たちの姿は既に無かった。
残された少年は自身を囲む炎を消し、オシロビを杖のように突き立てる。が、緊張の糸が切れたのか、少年の体は崩れ落ちた。
「グーくん、大丈夫!?」
複数人の足音と共に聞き覚えのある声が聞こえてくる。シレナと名乗った女性がグッシュデムを仰向けにし、自分の膝に彼の頭を乗せた。
「シレナさん、怪我はありませんか……」
「ええ、グーくんのおかげでみんな無事よ。人間たちも追い払えた。本当に、ありがとうグーくん」
「そうですか…良かっ、た……」
魔力を行使しすぎた影響で、疲労が一気に少年へと襲いかかる。それは『魔喰いの火』にやられた時とはまた違う脱力感と、睡魔になって少年の身に襲いかかった。
「ゆっくり休んでね、グーくん…」
微睡み、虚ろになっていく視界の中、それを聞いた少年は静かに目を閉じ眠りに落ちていった。




