想定外
グッシュデムは森の中を突き進んでいく。彼に続くように、エルフの集団は木の枝と枝を軽やかな動きで飛び移っていた。
既に得物である小さな杖や指輪を使用できるよう準備している者達。その中にシレナの姿もあった。
足元にこまめに気を配りつつ、進む彼は少し前の事を思い出していた。
エルフの武装集団が集落を後にする少し前。メルズは作戦概要を一同に説明していた。
「今まで尻尾すら掴めなかった外敵だったが、今になってその姿を見せた。単に油断しているのではなく、これは攻勢の予兆だ。大規模な被害が予想される以上、我々は何としてでもそれを防がねばならない」
すると魔女が木製の小さな台座に乗せた藍色の水晶玉を取り出した。水晶玉が鈍く光ると、その影より液状の物体が広がり始める。
液状の物体は液面を様々な形状に変化させていく。最終的に、液状の物体は立体物を作り上げた。
立体物は大森林の二箇所、そこにいる人型を複数表示している。
「この集落より南東に23人。どうやら動かずに周囲を警戒しているようですね。北東に11人。この大森林に存在する楔を目指しているようです。いずれも、人間の集団ですね」
「広大な土地の中、真っ直ぐ楔を目指す事は可能なのかの?」
「可能だろうな」
メルズは北東に存在する人間の集団を指差す。すると、彼らの人型は魔法の行使と思しき火を木々に放った。
「視界が狭くても、焼き払えば良いのだから」
淡々とした口調とは裏腹に、メルズはそれを睨んでいた。
「これまで『同時に』『複数箇所で』『同規模の』火災が発生していました。その全てが人為的なものである事を突き止めている為、火属性の魔法の使い手は複数人いる事が予想されます」
「あるいは、全員が、というのもありえるのよねぇ。『魔喰いの火』に対処する術を持っていても、火属性の魔法を行使出来る者は居ないと踏んでいるのかも」
「そこで肝になるのが魔族のお二方、グッシュデム殿とカルバネラ殿だ」
エルフたちの視線はグッシュデム達に向けられる。メルズは続けた。
「魔法の阻害が出来るカルバネラ殿、及び火属性の魔法が使えるグッシュデム殿は我々でも想定出来なかった存在。同時にこれは敵に対しても言えるはずだ。既に乗り気でいらっしゃるだろうが、改めて協力をお願いしたい」
「任せておけ。魔族の名に恥じぬ働きを見せるからの」
そうして、メルズ率いるダークエルフの精鋭20名と、カルバネラ、魔女の北東に向かう部隊と、シレナ率いる30名のエルフとグッシュデムの南東に向かう部隊に別れた。
楔の制圧の阻止と破壊、留まっている人間勢力の撃退と別々の目的を持つ部隊は、着実に歩を進めていた。
グッシュデムは周囲に根付いている様々な自然を見るたび、魔界の事を思い出す。
彼が知る魔界は、楔が生成している結界の影響により、その殆どが枯れた土地となっていた。
しかし、結界の影響が薄い場所では自然が根付いている。最近では、楔を破壊したからか、影響の薄まった土地で新たな自然が芽を出し始めていた。
楔を破壊する度に、魔界に活気が戻っていく。まるでかけられた封印が解かれるように。
楔を全て破壊したならば。魔界に干渉するもの全てを取り除いたならどんな世界になるのだろうと、彼は興味を抱いていた。
ある程度歩いていると、エルフとは別の気配を感じ彼は我に返る。すると、白い外套に身を包んだ者達が3人、姿を現した。
その顔は、頭巾のようなものを深く被っている為確認する事が出来ない。
「この森の原住民だな?」
グッシュデムは前髪に隠れているのを活かして右目を動かし木の上のエルフたちを伺う。
彼女たちは警戒を緩めていないどころか、魔法の行使をしようとすらしていた。
「焼けて死ね」
グッシュデムが視線を前に戻すと、白い外套の者達より火が放たれた。
「カルバネラ殿、少し確認したい事があるのだが…」
「構わぬぞ」
一方、カルバネラと魔女の二人の協力者を連れたダークエルフ達。先頭を歩行し警戒する部下を尻目にメルズはカルバネラへと声を掛けた。
「カルバネラ殿が持つ、魔素の流れを遮断する能力。それは、範囲の指定や視認が可能なものなのか?」
「範囲の指定は自由に出来るぞ。今現在木の先端に張ってある広いものから、泡のように球体状の小さいものまで、な。視認に関してじゃが、基本的に儂が許可をした者以外は見ることが出来ん。じゃが、お前さんらは一時的に許可しておるぞ。頭上を見てみい。薄っすらと光るものが見えるじゃろう?」
カルバネラの指示に従い、木の先端を見上げる。すると、その辺りに粒のような光が複数見えた。
「なるほど、あれが張ってある結界」
「少なくとも、さっきのように集落が被害に合う可能性は低くなっておるはずじゃ」
そのような話をしている内に、先頭のダークエルフが木を物陰にして隠れ、動きを止める。
見ると、前方に輝きを放つ物体が鎮座されていた。
「あれがこの森の楔か」
何かの祭壇のような古ぼけた石の台の上にあるそれは、木陰より漏れる陽の光を反射し、より一層輝いて見える。
一見、清らかなものに見えるそれだが、彼ら森の原住民からすれば頭痛の種だった。
そして、目的地が見えてきても、すぐには動こうとしない一行を見て、カルバネラは確信する。
「正面切っての戦いはお前さんらの得意分野では無いようじゃな。此処は儂と魔女殿が出よう」
「…! 心遣い、感謝する…」
メルズは先頭のダークエルフに近づくと、他の者達を集めて改めて作戦概要の説明を始める。
それを一瞥すると、カルバネラは魔女を誘い、楔へと近づいた。
楔は近づけば近づくほど、その姿形が大きく見えていく。遺跡にあった楔の3倍以上の大きさだった。
(この大きさ…壊すのに時間がかかるかのう…)
楔を眺めた後、カルバネラは右方向に目を向ける。すると、人間の集団らしき者達が姿を現した。
魔女も黒い箒を巧みに動かし、正面に向き直る。姿勢こそ座った状態を維持しているが、手の位置や表情は警戒している者のそれであった。
「うははは!簡単に楔にたどり着けちゃったよう」
人間の集団、その先頭より響く声に、カルバネラは呆れたように目を瞑る。
(簡単にしたのはお前さんらじゃろうに…)
人間の集団はある程度楔に歩み寄ると、立ち止まる。どうやら、行く手を阻むカルバネラと魔女の存在を視認したらしい。
「引きこもりの魔女1人と、蜘蛛でもなければ獣でもない、変な怪物…ぶはっ!何その変な仮面!」
先頭の黒髪の男が大笑いすると、白い外套に身を包んだ者達もつられて笑い出す。
自分を嘲笑う声を気にせず、カルバネラは出てきた人間達の数を数える。黒髪の男を含め、11人居た。
(伏兵は…なしか。無意味と踏んだか、あるいは…)
カルバネラははっ、として自分の中に浮かんだ一部の思考を掻き消した。
(ああ、いかんな。挑発されるとすぐこれじゃ。もう一方の部隊とすぐ合流できる手段があるかも知れなかろうに)
グッシュデムという実例が居る以上、その可能性を見落とすべきではない。
少し反省し、彼は目の前の集団に向き直った。
「しかし、何で1人と、1体しか居ないのかねぇ。もしかして、集落襲われて怖気づいちゃった?」
「そうか、集落を襲った火はお前さんらの仕業か」
白い外套を身に着けた集団が一斉に驚く。もし彼に口があったならばため息を吐いていただろう。
(そこまで驚くことかの?高位の生命体であれば人と言葉が交わせる、ような話は聞いたことが無いのか…)
取り乱す仲間たちを見かねてか、先頭の黒髪の男が咳払いをして静める。
「だったら、何? というか、そこどいてくれないかな。邪魔なんだけど」
「最初から邪魔する気だと言ったら?」
すると、黒髪の男は殺気を放った。しかし、それに動揺するカルバネラと魔女ではない。
「だったら、死になよ」
彼の部下であろう白い外套の集団が魔法の行使を始める。それは、楔を賭けた攻防戦の合図となった。




