"守るから"
俺は得意の変身能力で2つの独房の鉄格子をすり抜けて、小娘の近くまでやって来た。
色々聞きたい事はある。だが、その前に確かめなければならない事があるだろう。
「ほんとに、喋れないのか?」
小娘は頷く。口を開いても、声として出すのは不可能らしい。
そういう種族であるとは考えにくい。となると、人間達に何かされたのか。
……くそ、色々考えるだけで人間に怒りが湧いてくる。
「お前は、此処に居るのが不当だと思うか?」
俺の場合は街で暴れたのが不味かった。数年に渡って怒りと殺意が積み重ねられてきたが、目立つような場所で暴れて回った結果このザマだ。
だが、俺自身は自分の行いを悔いてはいない。陰でこそこそやるよりかは、お天道様の下でぶっ飛ばしちまったほうがずっとマシだと思ってたからだ。
さて、俺の質問だが、小娘には少々分かりづらい質問だったらしい。
「お前自身は此処に入れられた事が嫌、かと聞いてるんだ」
砕いてみると、小娘からは首肯が得られた。
いざという時は、こいつと共に脱獄も悪くねぇかもな、と選択肢の一つに入れておく。
「さて、そろそろ戻らなきゃどやされる。じゃあな」
そう言って、俺は元の独房へ戻ろうとしたが、小娘が俺の硬い背中を掴むように触れて、止めてきた。
「あん?」と振り向いて見せ、小娘が指す床を見てみると、埃を払って描いた文字があった。
"スカーレット・エレーネ"
記号の羅列みたいなその文字の意味を考えるに、恐らくこの小娘の名だ。
そして、エレーネとかいう小娘は、素早い行動で埃を払い、その字を掻き消した。
へっ、大した根性してやがる。何ていう手際の良さだ。
「……確かに覚えたぜ」
こんな特徴的な名前、二度と忘れるものか。
◇◆◇
赤い少女、スカーレットが目覚めた翌日。
蒼い人魚、深月は自分の寝台をスカーレットの寝室に移させ、寝台は別々に同じ部屋で眠っていた。
深月は目を開ける。横に傾いた彼女の視界は、仰向けに眠るスカーレットの姿を映していた。
数秒程待っても何も変わらない。深月はスカーレットを起こさないよう、静かに寝台を降りる。
下半身が、床や寝台の高さに合わせて置き換わる液体に常時漬けてある為か、彼女の動作は支障の無いものだった。
寝室内を歩くように静かに動き、あっという間に寝室の扉へと辿り着いた深月はなるべく音を立てないように扉を開けた。
スカーレットが目を覚ましたのは、丁度扉が閉まった頃――深月が部屋を出た頃だった。
朝の"食事"を済ませ、深月が再び寝室を訪れると、寝台に座るスカーレットが日の差す窓を見ていた。
無論、赤を基調とした洋服姿に変わっていたのは言うまでもない。
遠目からでも、彼女の光を灯さない赤い目は、照らされても変わらないように見えた。
『深月さん、と言ったか。こいつが外へ行きたいそうな。連れてってはくれねぇか?』
何処からともなく声が聞こえてくる。深月はその声の正体を理解していた。
その声は、スカーレットの被服の上より姿を晒す、目とも、琥珀状の宝石とも言える物体のものだった。
散歩でもしたいのだろう。今日は天気が良いから窓からの光だけでは物足りないに違いない。理由をあれこれ予想しながらも冷静に対応する。
「分かった。それじゃ行きましょう」
再び寝室の扉が開く。深月は扉に手を当てつつ、もう一方の空いた手で、近づいてくるスカーレットの手を握ろうと思った。
だが、彼女自身はそんな気分では無いらしい。軽く受け流され、深月は溜息混じりにスカーレットを先導し始めた。
「彼女達の様子はどうかな?」
深月達が部屋を出て少しした頃、執務室にも似た部屋の中。
硝子製の扉と言ってもいい程の大きな窓から差し込む、陽の光に照らされたその部屋は、どう見ても人間が扱うもののそれである。
だが、其処にいるのは人間とは言い難い異質な存在。
「良からずとも悪からず、といったところでしょうか」
「……そうか」
白いローブ姿の男、深界と、紫の少女、冥。執務室の中にはこの2人だけが居る。
同じ屋根の下である以上、どうしても気になってしまうのが親心という物だろう。冥の報告を聞いた深界は、そう簡単には変われないか、と思いつつ少々残念に感じていた。
(やはり、双方大きなきっかけが必要なのだろう。だが、現状それが何なのかは分からない。私が関与して良いのか、も)
深界は手を組みつつ考える。そこで、冥の意見はどうなのだろうか、と問うてみる事にする。
「君は、どう思う?」
「どう、と言いますと」
「あの子達がこれから大きく変わるには、何が最適なのか」
冥は一呼吸置いて、それから返答した。
「それは私には分かりかねます。以前、貴方様がおっしゃったように、彼女達はお互いにとって良い刺激になられるかもしれません。……では、一先ずは彼女達を信じてみては如何でしょうか」
冥の返答は、噛み砕いてしまえば、困った時には助ける、現状維持が望ましい、ということだった。
確かに、明確な答えが導き出せない以上は、その方が良いのかもしれない。少々不満が残るが、強引に自分を納得させる。
「そう、だね。……いざという時は、彼女達の助けになってあげよう」
冥が返事をすると共に、窓の向こうで、水色の鳥たちが元気よく羽ばたいた。
◇◆◇
純白の建造物を支える岩場の麓。其処にはのどかなまでに草原が広がっている。
ただただ平らに草原が広がっているというだけ。見方によれば寂しいとも感じる空間だった。
その草原の中、深月はスカーレットの様子を見守っていた。
見守っているだけでもスカーレットはあちらこちらの光景を見て回っている。まるで、外を知る機会が少なかったかのように。
人間に追われている間に、落ち着いて外の景色を眺める機会が無かったのかもしれない。あるいは、それ以前より、か。
当たり前が、当たり前ではない。スカーレット――理由はどうあれ彼女もまた、過酷な環境下に置かれていたのだと深月は把握する。
スカーレットは確かに外の光景を眺めては居るが、その表情に考えが浮かんでこない。と、いうより、こんな時にするべき顔という物が分からないのだろう。
教えてあげるべきか、と深月は、声を掛けようとする。丁度その時だった。
――鋭利な岩石が深月目掛けて飛んでくる。目と鼻の先、その距離で気づき、岩の向かう先に水の通路を作ってその石の軌道を逸らす。
続いて地面より杭のような岩が深月の頭を狙って突き出てきた。連続で突き出てくるそれらに、後方へ跳ねるように回避する。
すると、今度は動きを止めた岩を裂いて、細く長い風の刃が迫ってくる。岩が崩れていくのと共に、深月は体を後ろへ反らして避けてみせた。
だが、追撃は終わっていない。太陽の光に照らされ、陰となった存在が深月の視線の先へと現れて、追撃の刃を発生させる。
これには回避が間に合わないと判断した深月は、孤を描く水柱を噴き出させ、その下へ潜り込む事で、流れの止まらない高圧の水柱に刃を掻き消させた。
水柱を消すと共に深月は体を起こす。目の前には、2人の男女が立っていた。
一人は大剣を背中の鞘に収め、軽装を身に纏う恰幅の良い、短く揃えた茶髪の大男。
もう一人は、民族衣装を彷彿とさせる、薄く明るい茶色の外套を着た緑髪の少女。
2人の人間もまた、深月へと目を向けていた。
「……貴方達、何者?」
突如として現れた2人に深月はさも当たり前かのように問う。だが、2人は口を開こうともしない。
それどころか、大男が大剣を引き抜くと、構えた状態で突進してくる。
(様相が違う相手には聞く耳も持たないってこと?)
下手をすれば対等どころか下等と見ているのかも。そう思う深月は溜息混じりに大男を迎え撃とうと構える。
振り下ろしを避け、水平斬りを上昇水流で逸らしつつ姿勢を低くして躱し、その後の追撃よりも早く水滴のような質量弾を放つ。
大剣を盾のように扱う大男がその質量弾を防ぎ切るのを見計らって、向けられた鉄板のような広い幅の部位を深月は強い反動が来ない程度に殴りつける。
その直後、深月の拳より、噴き出た水流が大男を大剣ごと押し流した。
大男は大剣をずらし、その鋭い眼差しを深月へと向ける。
深月はその視線に怯まず、寧ろ睨み返して見せた。
「……あの魔法使い共が水浸しになっただけで帰ってきた、と聞いた時は楽な話と思ったが、どうも違うみたいだな」
大男の発言を聞いて、今度こそ名前を問おうとしたが、自分もまた、あの2人にとって見知らぬ存在だと気が付いた深月は、何も口に出さなかった。
ただ、2人によってスカーレットと引き離されたのが確かだ。大男の発言から考えるに、以前スカーレットを追跡していた者達と関わりがあるらしい。
と、なれば2人の狙いは把握できる。深月は4つの水球を出現させると、それを大男へ差し向ける。
水球は弾みながら大男へと襲いかかる。大男がその水球を相手取る間に、深月はスカーレットに近づこうとした。
だが、それを風の刃が許さない。大男はどうにか出来ても、もう一人居る。
緑髪の少女が風の刃を放ち、深月を妨害しようとしている。だが、深月自身は徐々にスカーレットに近づきつつあった。
深月は水切り石を投じるように小さな水球を飛ばす。それは一定時間後に破裂し水を飛び散らせるものだ。
風の刃を躱しつつ飛ばしたそれは、容易に少女の元へ到達する。
だが、あと少しで破裂するところで、水球は大きく逸れて、少女より離れた位置で破裂した。
どうにも少女の周りには強風が吹いており、生半可な攻撃では当たるよりも早く外れていくらしい。
時間がない。水球で時間を稼げたとして、それがどれだけのものか。
目の前にはスカーレットが居る。彼女もまた、表情に出さずとも、今の状況を理解しているようだった。
(早く合流して、ここから離脱しなくちゃ……)
そう思う深月ではあるが、2人の人間が白の建造物まで来ないとは考えにくいとも思っていた。
ならば、どうにかしてあの2人をここから追い出す他無い。一先ずは、スカーレットとの合流を優先することにした。
水球を飛び出した岩石で迎撃し、全て掻き消した大男が深月に向かって迫ってきている。
大男が持つ岩石を操る能力と、少女が持つ風を操る能力。今更ながら、2人が魔法の類の能力者である事を深月は把握していた。
「させない……」
深月は逃げるようにスカーレットとの距離を詰め始める。それを見て呟いた緑髪の少女が、自身が生み出す風を集中させる。
この世界における魔法とは、魔法の才能と、大気中に存在する魔素を用いて、始めて行使出来る。
この2つの条件さえ揃っていれば、媒体となるものに制限は無い。大男も少女も、手を媒体として魔法を行使していた。
一方の深月は、両手に加え、触手のように伸びる部位、下半身を漬ける液体を含む一定距離内の液体、と媒体として扱えるものが多い。
これだけなら深月の方が有利ではあるが、大男と少女の経験と実力とが、その差を埋めていた。
更には深月は戦闘慣れしていない事もあり、それもまた差を埋めるきっかけとなっているのだろう。
そして、大気中の魔素から発生させた風を能力として扱う少女は、集めた風を球体状に凝縮していき、ある程度貯めたところで凝縮を解く。
それは、強力な風となって放出された。まさに、横向きの竜巻。それが、深月の横から襲いかかる。
深月はそれを一瞥してから、大男へと向き合うと、左手より高圧の水を噴射させる。
だが、少し間に合わなかったらしく、左手に竜巻が接触し、少し痛みが走った。
それでも、スカーレットの元へと素早く辿り着くことができ、スカーレットの手を握って、2人の人間から離れようとする。
しかし、スカーレットの体が引かれるままに倒れていき、慌てて深月が体を支える。原因を探ると、風と思わしき圧力がスカーレットの足を押さえつけていた。
恐らくこれもまた、風の能力によるものなのだろう。離脱出来ない、と判断した深月はスカーレットの手を優しく握る。
(大丈夫、私が貴方を守るから――)
その決意を込めた目をスカーレットへと向け、彼女を庇うように深月は前に出る。
すると、下半身より締め付けられる痛みが走るのを深月は感じた。見ると、自我を持っているかのように動く岩が、2方向より深月の腰回りを押さえ込んでいた。
「大人しくそこの赤い小娘を渡せ。そうすれば、痛みは少なくて済む」
近づいた大男が大剣を肩に載せながらそう言う。だが、元より深月にここから退くつもりはない。
深月の目から、並々ならぬ決意の色を感じ取ったか、深月の下半身を押さえる岩の力が、より一層強まった。
「うぐっ……」
あともう少し力が加えられてしまえば、自分の体など粉砕出来てしまうだろう。
そうと感じるまでの痛みが、深月の下半身より伝わってくる。だが、それは深月の決意を揺らがせるきっかけにはならない。
再び深月は大男を睨み、大男は大剣を両手に握り、構えだす。
「そうかい!」
大剣の間合いに深月を入れ、持ち上げた大剣を勢い良く振り下ろしだした。
このまま行けば間違いなく切り裂かれる。背中からスカーレットの心配そうな眼差しを感じ取った深月は、ただただ冷静に、大男を見ていた。
一秒一秒が長く感じる、そんな状況下に深月は居た。これから起きる出来事を甘んじて受け入れる訳ではない。この状況を打開する一筋の隙を見計らっていたのだ。
大男がある程度振り下ろした頃――まだ大剣の位置が高い頃合い――を好機と見て、深月は左腕を大きく振るった。
そしてその腕より放たれた"何か"が、大男の右腕に突き刺さっていき――
「がぁぁぁぁっ!?」
――大男は大剣を放り出して悶え苦しみだした。少女が慌てて駆けつけると、みるみるうちに大男の右腕は焼け爛れていく。
何が起きたのか。それが理解出来ているのは深月だけだ。少女が冷や汗をかきつつ深月を見ると、そこに答えはあった。
振るわれた左腕は何時の間にか萎んでおり、そこには紫色に塗られたかのような棘が露出していた。
効果の行き届く範囲こそは狭いが、数秒で身が焼かれるような痛みと、焼け爛れていく苦しみを味合わせる猛毒を持つそれが放たれ、大男の右腕へと突き刺さったのである。
猛毒を持っているが故に、想定外の被害が出ないよう、普段は隠している。だが、深月自身の判断によってその棘は姿を現すのだ。
触手生物でありながら、魚類としての肉体を構築している彼女の遺伝子が、彼女に持たせた武器。それがこの棘である。
腕を振り切った様子のまま、深月は少しの間動きを止める。スカーレットの不安がある程度拭い去れたのを感じ、深月は表情に出さずとも安堵する。
少しでも力になれたという事。今はそれがとても嬉しいのだ。
左腕は膨らんで、現していた棘を再び覆い隠す。左腕を静かに下ろして、深月は堅い表情で倒れていた大男を見つめる。
だが、その目に戦う意思は残っている。まだまだ決着はつきそうにないらしい。
「……きっ、さま、よくも……」
痛みが薄れ始め、ようやく動けるぐらいには回復した大男が、震える顎を抑えつつ、何とか声を発した。
毛色の違う相手に負けたくない自尊心があるのか、あるいは、このぐらいの痛みなど大したことはないとでも言いたげに、大男は鋭い眼差しを深月に向けていた。
一瞬だけ感じた殺意、それを少し薄めたようなもの。その眼差しよりそれを感じ取った深月は、両腕を低く構えた。
すると、地面より穴が空いたかのように2つの水柱が噴き上がると、それぞれ両手の前に集まっていき、その体積を凝縮し始めた。
何かを察した少女は慌てて深月と似た構えを取るも、思うように力が集まらない事に違和感を覚えていた。
それもその筈。深月が先に大気中の魔素を使っているのだ。どちらに優先して魔素が集まるかは言うまでもない。
そして、深月は前へ伸びていく2つの水柱を放っていく。緑髪の少女が放った横向きの竜巻と似た力だ。
対する少女も横向きの竜巻を2つ放つも、魔力は深月の方が勝っており、大男共々、水柱の質量によって吹き飛ばされた。
続けざまに、深月は手のひらを上に向け、物体を構築し始める。距離を取らせたのは、この生成を邪魔させない為だ。
そして、生成されたのは大槍。それを片手に持つと、少女に向けて投擲する。
少女は迎撃とばかりに風の刃を飛ばすも、大槍を崩せない。自身を守る風の壁の範囲を広くするも、風の強さは大槍の軌道を逸らすには至らなかった。
このままでは当たる、と判断した少女は身をかがめると、前に大男が現れ、大槍を受け止めるべくぼろぼろの右腕を差し出した。
大槍はいとも簡単に右腕を貫いた。大槍より生じた勢いが、大男の体を少し押す。
「なんで、私を庇ったの?……あの水柱を防げなかった、私の落ち度なのに……」
「そんな事など構うものか。それを言い出したらあの人魚を倒しきれなかった俺の落ち度になるだろ。そんな事より、目の前で同胞に死なれたら、おちおち眠れなくなるからな」
大男の言葉に、少女は照れ隠すように表情を背けた。2人の会話が終わった後、大槍は爆散する。周囲に大槍を構成していた水が飛び散った。
「な、何っ!?」
その直後、大男より驚きの声が上がる。右腕が、徐々に変化を遂げていたからだ。
右腕は、まるで液体で出来たような、透き通ったものへと置き換わっていく。
何かしらの原因が無ければ、あり得ない現象。そして、初めて見る現象に、2人は戸惑いを覚えていた。
回避する間も与えず、深月は左腕を振り下ろし、水流の斬撃を発生させる。
それは直ちに水の刃へと姿を変え、液体に置き換わった大男の右腕を切り落とさんと飛ぶ。
立ち尽くす大男の背後よりそれを見た少女は、させないと迎撃しようとするが、その前に自身の異変に気が付いた。
少女の両腕もまた、液体状の物質へと置き換わっていたのだ。何をすれば良いのか分からず、少女の顔に困惑と焦りが浮かぶ。
そして、水の刃が触れた途端、大男の右腕"だったもの"が、弾け飛んだ。
いとも簡単に飛び散るその様は、まるで、最初から液体状のものだったと言わんばかりである。
胸部の上、肩のあった部位からは、血が流れ出ていた。
「――ッ!」
少女の顔に恐怖と怒りが浮かんでくる。大男の背中ごしからでも、その微かな殺意を深月は感じ取っていた。
大男は自分の腕が無くなったのにも関わらず、冷静な表情で、少女の様子を伺う。
このまま戦いに終止符が打たれなければ、少女もまた自身と同じ目に合うと思ったのだろう。そして――
「……俺達の負けだ」
――同じ目に合わせないとも思ったに違いない。深月は大男の声色からそう考えていた。
「ここから速やかに去ること、ここに二度と姿を現さないことを誓ってくだされば、こちらもこれ以上手出しはしません」
「……分かった、約束する。……戻るぞ」
不意打ちから始まったこの戦いは、あっさりと終わりを告げた。
少女もまた、理解が追いついていない様子で唖然とした顔をしていた。既に他の感情は冷めてしまっている。
だが、ここで終わらなければ自分達が命を落としていた事を理解出来たのだろう、失意を浮かべながらも場を去ろうとしていた。
すると、液体状に置き換わっていた少女の両腕が元の肉体へと戻った。少女は深月の方へと振り向き、それから何も言わず、先へと進む大男の背を追った。
2人の背中が少しずつ小さくなっていく。負けを認め、約束を守ろうとする2人の様子を見て深月は少し緊張を解いた。
2人の素性は知らない。だが、今の2人を見て、一先ずは信頼して良い、と思ったからだ。
それでも、信頼しきって良いという訳ではない。油断は禁物と深月はスカーレットと共に見送る事にした。
その時。深月は、ある異変に気が付いた。2人の向かう先に、"何か"が居る。
とても見覚えのある"何か"――深月は、鋭い頭痛を感じ、頭を抱える。その様子を見て、スカーレットが深月に手を添えた。
少し呼吸が荒くなるも、頭痛はすぐに収まった。少しずつ体勢を直しつつ、スカーレットに声を掛ける。
「……大丈夫。さぁ、帰りましょう」
気付けばもう昼下がりだ。深月は先頭に立って階段を上がり始める。その後を、スカーレットは距離を詰めつつ付いて行った。