森を蝕む外敵
「戻ったぞ」
メルズ率いる耳長の集団が帰還する。彼女の元へシレナが近づいた。
「お疲れ様、メルズちゃん」
「姉上、何度も言っているはずだ。ちゃん付けは控えてくれ、と」
メルズは強い眼差しをシレナへと向ける。身長差があるため、メルズは見上げる形となっていた。
「私はもう子供ではない。1人のダークエルフの戦士なんだ」
「そんな事言っちゃって。可愛いんだから」
シレナは先程とは打って変わって、余裕綽々と言った表情でメルズの赤髪に触れる。
「頭を撫でるな!私はもう子供ではないと何度言ったら分かるんだ!」
「そうは言っても、私からすれば、メルズちゃんはまだまだ子供よ?1人で突っ走るきらいがあるし……」
「ぐぐぅ…」
シレナの白い手が赤い髪を優しく撫でる。押し黙ったメルズは、顔を赤くしながらもそれを受け入れるしかなかった。
そんな彼女達へ独特な足音を立てつつカルバネラが近づいた。
「お前さんらは本当の姉妹なのか?」
「血の繋がった、という意味なら違うけれど、共に居た時間なら本当の姉妹と言えるわね」
「…姉上、何時まで頭を撫でてるんだ……もう良いだろう……」
「あら、ごめんなさい」という言葉と共に白い手を引っ込める。涙目になって頭を抑えているメルズの姿を見て、他の褐色肌の耳長達はまごついていた。
それを尻目に、カルバネラはシレナとメルズの両者を見やる。グッシュデムもそれに続き、そして、共通点に気がついた。
「なるほど、魔女殿が言っていた、エルフとダークエルフの者達とはお前さんらの事じゃったか」
彼女達だけでなく、集落に居る者達やメルズの率いていた集団までもが、耳の長い種族だった。
美形と思うほどに顔立ちが整っている、という点も共通点に含めるべきか。違う点があるとすれば、白い肌と褐色肌、肌の色の違いだった。
メルズは落ち着きを取り戻し、軽く咳払いをする。それを機にダークエルフ達の動揺も落ち着いた。
「その通りだ、カルバネラ殿。…さて、カルバネラ殿には聞きたい事があったのだ。この集落に入る前、楔を破壊したと言っていたが、貴方達はもしかして…」
「いずれ知り得る事実じゃから、隠す必要も無かろうて。儂らは『魔族』じゃ」
『なっ!?』
「まあ…」
大勢が驚愕する。メルズは納得がいった表情で頷き、シレナは関心を孕んだ声を上げた。
「そうです、彼らは『魔族』。これも招き入れた理由の1つです」
機を見ていたのか、黒い箒に乗った魔女が姿を現す。慣れた足取りで箒から降りると、彼らの会話に混ざった。
「やはり、楔の件を気にかけて…」
「ええ。此処はもう貴方達や私ぐらいしか住めない程の環境になってしまいました。此処を旅立った他の者達も気にかけての判断です」
「この子達以外に、住んでいた種族がおったのか?」
カルバネラが浮遊する手を向けながら話していると、メルズの表情が少し険しくなっているのをグッシュデムは確認する。
我慢しているようだが、シレナの耳打ちを聞くと険しい表情が元に戻る。それを見て彼は苦笑した。
「はい。ゴブリンやオーク、獣人などがかつてこの森に住んでいました。人並みの知性を持つ彼らは早い段階で楔の危険性に気づき、やがて此処が何者も住むことが出来ない不毛な場所になると指摘し、話し合いの末此処を出ていく事を決めました。ですが、森を出た外の環境は彼らを迎えてなどくれませんでした。外の世界で、彼らが次々と命を落としていると聞いて、私は、…私、は……」
大粒の涙が魔女の瞳より流れていく。メルズやシレナを始めとした、エルフ達もいたたまれない気持ちになっていた。
カルバネラは浮遊する大きな手を、魔女の小さな肩に乗せる。
「もう、良い。お前さんらを取り巻く今の状況がよく分かった。儂らの力が助けになれるのなら、本望じゃ。のう、グッシュデム」
「…そうですね」
グッシュデムは、心の底より湧き上がる1つの感情を抑えつつ、カルバネラに返答する。
(まだ、堪えろ。この感情はその時までとっておくんだ)
白い雲の増えた青空を見上げつつ、グッシュデムはそう決意を抱いた。
魔女が落ち着いたのを頃合いに、メルズは会話を続けた。
「この集落の外を偵察中に、我々とは別の気配を察知した。魔力のオーラも感じ取れた辺り、魔法使いの勢力と見て間違いは無い。確証は無いが、味方である可能性は極めて低いだろう」
「確かに、遠方に幾つか熱源がありますね」
グッシュデムが足元を見つつそう呟いたのを見て、どよめきが起こった。
「この子の得意能力じゃ。足先だろうが指先だろうが熱源を感知出来る」
「我々が見つけた気配は一箇所のみだが、その口ぶりからして、他に居るのか?」
メルズの問いにグッシュデムは首肯する。
「はい。大まかに分けて二箇所、感知しました。片方はメルズさん達が見つけた気配でしょう」
「二方向からか…仕掛けてきたな」
「と言いますと」
メルズは一呼吸置き、再度口を開いた。
「以前、我々はこの火が人為的なものだと突き止めたが、『誰が』『どうやって』火を起こしたのかまでは探る事が出来なかった」
「痕跡はあっても、あくまでそれは出火が起きたという事実だけだったのよね…」
「それ以外を残さない、気配も探らせない辺り、恐らく、こういった事には慣れているのだろう」
「相手は手練か…そして今回、集落を狙って攻撃し、隙も見せたという事は」
「ああ。相手はこちらを処理する算段を付け、本格的な攻勢に入ってくるはずだ」
メルズは集落の外を睨む。丁度そこは、ダークエルフの集団が戻ってきた方向だった。
「こっちに気づいたなァ…それで良いんだよ耳長共」
外套のような白衣に身を包んだ集団が周囲を警戒している。
その中に1人、切り株に深く腰を掛けた男が居た。見ると、その切り株には焦げた跡がある。
「些か、油断が過ぎるのでは無いか、ボルクス殿」
ボルクスと呼ばれた、その男へ鎧姿の青年が近づく。白に近い銀色の装甲に身を包み、短く刈り揃えられた金髪頭の姿は清潔な印象を抱ける。
一方で、着崩した白の衣装に、長く無造作に伸びた黒髪の姿であるボルクスは不機嫌そうに「あァ?」と鎧姿の青年を睨んだ。
「んだよ、ネレイオ。部下じゃねえてめぇが一丁前に口出ししようってのか?」
「部下でなくとも、今は行動を共にする仲間だ。作戦の最中に油断をするのは――」
「俺が、考えなしに気配を探らせる間抜けだとでも言いてえのか?」
ネレイオと呼ばれた鎧姿の青年に、ボルクスは突っかかる。
「そうではない。まだ、楔の制圧すら出来ていないだろう。弟君より連絡が上がってない以上、挑発行為は控えておくべきだ」
「ネレイオ、そういうてめぇは耳長共を警戒しすぎだ。今の今まで俺たちを探れもしなかった奴らに、俺たちをどうにか出来るとでも?」
「ボルクス殿の言う通り、エルフ達だけでは対処出来ないだろう。だがもし、彼らに協力者が居たならば。警戒の対象はエルフ達だけに絞るべきではない」
「つっても森に引きこもってる魔女ぐらいだろ。てめぇは心配しすぎだ。少し黙ってろ」
ボルクスが会話を打ち切ると、ネレイオは額に汗を浮かべた。
すると、彼が腰に下げていた剣が、淡く青い光を放ち始める。
『マスター、貴方も気がついたようですね。強大な力がこちらへと迫ってきています』
若い女性の声がネレイオへとかかる。だが、その声はネレイオにしか聞こえていない。
(魔女だけではない…警戒すべき協力者は)
戦いの時は、刻一刻と迫っていた。




