大森林の守護者
スロンシェイル達が島へ向かっているその頃、魔界に続く門の跡地である山より、駆け下りていく物体の姿が一つ、あった。
その物体は六本の足を巧みに使い分けて、滑るように勢いを殺す事無く下り続ける。仮面の異形、カルバネラだった。
「状況はどうじゃ?」
カルバネラは前方へと声を掛ける。そこには、先行する火の玉が存在していた。
火の玉は一定の大きさを保ちながらカルバネラの先を進む。
「脅威になり得る生体反応は感じられません。どうぞこのままお進み下さい」
火の玉より少年の声が聞こえてくる。カルバネラはそれがグッシュデムのものであり、そして目の前の火の玉こそが彼なのだと理解していた。
クシルカレが影に潜る事が出来るように、エルナーテが鏡を利用して自分の姿を隠せるように、彼もまた身を隠す術を有していた。
「分かった」と呟くように答え、カルバネラは勢いを保って進み続ける。
山の麓へ到着し、平坦な地面の上に立つようになってからは、六本足の動きを変える。
右半分と左半分の足を一番手前より順に且つ交互に踏み出していく。彼が普段から行っている走行だが、驚くべきはその速さにあった。
大きく動かしながらも、その足は素早く、また次に踏み出す足への切り替えも滑らかで、無駄が少ない。
結果的に彼は馬を超える速度を獲得し、ほぼ最短で目的地へ向かおうとしていた。
大森林のものと思しき、横並びする樹木が見えてきた所で、カルバネラは足を止める。
火の玉状態のグッシュデムもまた、同じ理由でカルバネラの手前に留まり、その火を揺らめかせる。
箒のような黒い物体、その上に座った少女が上空より姿を現す。
露出の少ない、独特な衣服に身を包んだ姿には、何処か見覚えがあった。
1つ目の楔を壊した後、森で出会った火球を放った少女の姿をカルバネラは思い出す。
「お前さん、魔法使いじゃな?」
「当たらずとも遠からず。そういう貴方達こそ魔法に精通しているようね」
気づかれていたか、と思いカルバネラは火の玉に顔だけを向け合図を送る。
すると、火の玉より紫黒の甚平姿の、鬼の少年が姿を現した。
「多足の怪物に、角のある可愛らしい少年。不思議な組み合わせね」
「そうかの?儂らの中ではこれが普通じゃ」
カルバネラとグッシュデムは顔を見合わせる。それを聞いて、少女は薄く笑った。
「噂通りね。例え姿形が異なっていようと、分け隔てなく接する事の出来る種族」
「儂らの事を知っておるのか?」
「ええ。とてつもない魔力のオーラの持ち主である貴方達、魔族の事は十分に知っています」
その言葉に魔族の二体は反応する。少女は箒を動かし、視線の位置を彼らに合わせた上で続けた。
「今となっては存在を拝める事自体が奇跡と言われる程の存在。この目で拝める日が来るなんて……!」
先程とは打って変わって、少女の目が輝いて見える。少女の変わり様に、カルバネラは困惑し、グッシュデムは苦笑いを浮かべた。
それを見てか、少女は咳払いをして態度を改める。
「…ごめんなさい。つい熱が入ってしまったわ。とにかく、貴方達に会える事は、私達魔女にとって名誉な事なのよ」
「魔女…?」
カルバネラの問いを聞き、魔女と名乗る少女は説明を始めた。
「種族とはまた異なる、魔法の扱いに長けた者の総称の一つよ。人里離れた場所で研究してたり、良くない事に手を染めてたりするとこう呼ばれるのだけれど」
「私は前者の方だけどね」と少女は付け加える。それから少女は奥の樹木を指差す。そこはカルバネラ達魔族の目的地でもあった。
「私はいつもあの森で研究しているのだけれど、今現在、森では異変が起きています」
「その異変とやらを、儂らに伝えに来たのじゃな」
少女は首肯し、更に続ける。
「数日前より、樹木が焼かれる火災が発生しています。原因は不明、ですが人為的な物だと突き止めています」
「そしてその火に森に住む者が苦しんでおると」
カルバネラはグッシュデムを一瞥する。表情に変化は見られないが、彼の目は少し熱を帯びている。
「ええ。…そこで貴方達にお願いがあります。現地勢力であるエルフ、ダークエルフと協力し、その原因究明に力を貸してほしい」
「儂は既に腹を決めておる。じゃから、グッシュデム、お前さんの意見を聞こう」
グッシュデムは一呼吸を置くと、落ち着いて自分の意見を述べ始めた。
「この体に宿る炎の力を御するようになってから、僕は決めていました。まずは誰かの為に、次に自分の為に振るうと。この力で多くの命を助けられるなら本望です」
「ならば、決まりじゃな。儂らは森に入り、現地の種族と協力する」
少女の表情が明るくなる。心強い味方を得たことに喜んでいるのだとカルバネラは確信した。
「話せば分かる方々で助かったわ。貴方達から生じている魔力のオーラをあの子達は恐れていたもの」
「本来は、追い返すつもりじゃったのか?」
少女は首肯する。悪い時に来てしまった、と思いカルバネラは仮面の頬を掻いた。
「説明は私からします。今は急ぎましょう」
少女の発言に頷いた魔族達は樹木へと近づき、森林の中を駆けていく。彼らを箒に乗った少女が先導した。
森林の中は入り組んでいた。植物に包まれた隆起があると思えば、その付近を小川が流れている。樹木には苔や蔓が伸びており、一見何者かが仕込んだ罠のようにすら思えてくる。
大自然が形成した光景に、魔族の二体は眺めていたいと思う自身の欲を抑えつつ、少女の後に続く。
「そこの者、止まれ!」
突如として、何者かの大声が、森林の奥へ進もうとする一行の足を止めた。
少女が見上げるのを見て、魔族達も上に視線を向ける。すると、高く伸びた木々の枝の上に立つ、無数の人影の姿が見えた。
何か得物のような物を構えているが、言葉に従い静止している一行の様子を確認したようで、一つの人影が手を挙げて得物を降ろさせた。
そして、その人影が一行の元へと降り立ち、姿形が明らかになる。それは、黒い外套に身を包んだ、長い耳と腰まで伸びた赤髪が特徴的な、褐色肌の吊目の少女だった。
少女は後方を一瞥すると、無言のまま手を挙げる。どうやら合図だったようで、彼女と同じ、耳の長い褐色肌の者達が降り立った。
しかし、全員が降りてきた訳ではなく、枝の上には複数の人影が待機している。吊目の少女は魔女に目を向け、口を開いた。
「魔女殿。これはどういうことか」
「あまり貴方達を刺激したくは無かったのだけれど、それでも貴方達にも直接確かめて貰いたかったの」
吊目の少女の発言は、若干の怒気を孕んでいる。味方である魔女が指示に背き、魔力の正体を招き入れたのだから当然の反応と言える。
魔女の発言を聞き、吊目の少女は魔族達に目を向ける。すると、時が経つ間もなくグッシュデムへと目が留まった。
「角の少年。先程から体が赤熱しているようだが…火の魔法を使えるのか?」
「…使えます。そして、あなた方が火に苦しめられている事も知っています」
グッシュデムの正直な発言。カルバネラはそれが最善の行動だと思いつつ、吊目の少女の判断を待った。
緊張に包まれ、少しの間静寂が訪れる。静寂を破ったのは、強く目を閉じ、そして開いた吊目の少女だった。
「…付いて来ると良い。集落まで案内しよう」
吊目の少女の決定に、不平不満を漏らす者は1人として居なかった。
その結果にカルバネラは安堵し、グッシュデムはふぅ、と息を吐いた。
「のう、耳長の娘よ。何故儂らを信じようと思うた?」
暗い木陰の中を、今度は褐色肌の者達が先導となって進んでいく一行。
枝の上で待機していた者達は、器用にも枝から枝へと飛び移り、一行を追跡している。
その途中で、カルバネラは魔族達の手前側に居る吊目の少女へと声をかけた。
「名乗るのを忘れていたな。私はメルズ・バークィノンという。以後はそう呼ぶと良い」
「…ああ、メルズ殿。儂はカルバネラじゃ。それで、先の質問じゃが――」
「あなた方を信じた理由は、大きく分けて2つある」
メルズと名乗る吊目の少女は、足を動かしつつ理由を話し始めた。
「1つは、あなた方より生じている魔力のオーラの強さだ。あなた方のような、数百メートル先であっても感知出来る魔力のオーラは近づいてこなかった。…今日まではな。もう1つは、『同時に』『複数箇所で』『同規模の』出火が数日前より起きている事だ。幾ら魔力のオーラが強かろうと、たった二体の魔法使いで可能な話ではない。以上を踏まえて、あなた方との接触は単なる偶然だと判断した」
メルズは「疑うような真似をしてしまって、済まなかった」と、魔族の二体に頭を下げる。
それを見てカルバネラは、誠実な娘だと思い、快く謝罪を受け入れた。
「もう1つ質問じゃ。儂の仲間の少年――グッシュデムと言うんじゃが、あの子が火属性の魔法が使えるかどうか、聞いたのは何故じゃ?」
「…グッシュデム殿の使える魔法を尋ねたのは、彼に頼み事をしたかったからだ」
「頼み事、か」
「彼には、今後火の手が上がった場合、その火を打ち消してもらう役割を担って欲しい。――時にカルバネラ殿。『魔力相殺』はご存知だろうか」
「長老殿から聞いた事があるのう。同属性の魔力同士が衝突した場合、お互いの性質を無効化する技術じゃったか」
そして、カルバネラは長老が『土属性』の『魔力相殺』の達人である事も思い出していた。
「今回の出火には魔法的手段と物理的手段の両方が行使されているが、比較的魔法の使用頻度が高いようだった。火元となった現場を複数調べた所、その殆どに魔素を使用した痕跡があった」
「そして、今後も魔法による出火が起こる可能性が高いから、『魔力相殺』の可能であろうグッシュデムを頼りにしようとしておるのか」
メルズは首肯する。それを見て、カルバネラは顔全体を上げて見上げた。
(『魔力相殺』に頼らずとも、グッシュデムには火を打ち消す「もう1つの手段」があるのじゃが…それは追々話すとするかのう)
一行が足を進めていると、一向に合流する、耳長の男が姿を現した。
彼は必死の形相をしており、額からは滝のような汗を流している。
「メ、メルズさん、大変だ!集落に火の手が……!」




