島で過ごす夜/決シテ消セナイモノ
「今日は宴じゃ!忌々しい楔が壊れた事と、海神様がお目覚めになった事を祝してな!」
島に存在する城の一室。そこには長い卓の上に様々なご馳走が並べられていた。
パルファセアを始め、島に滞在している異種族の重鎮やサフィリ達海の自警団が空いていた席に座ると、丁度クシルカレ達の分の席が開く。
どうするべきか迷う彼女達へ、パルファセアが手招きする。
「何をしておるか!主賓たるお主らが座らんでどうする!」
「私たちは普段食事をしないので…」
クシルカレはどうにか断る事の出来る雰囲気に持っていこうとする。
そもそも、クシルカレ達魔族には食事という概念が必要ない。自らの肉体より生み出す分と魔力として行使する分を省いた、僅かな魔素だけが魔族の栄養源だった。
その為、消化器官の類の能力と働きは最小限になっている。食事という行為自体が出来ないと言っても過言ではない。
食事の必要が無い生物を目の当たりにし、卓に座る大勢が奇異の目を向ける。だが、それは体調が少し回復したパルファセアの咳払いを合図に収まった。
「む、むう、そうか…ならば仕方がない。せめて雰囲気だけでも楽しんでくれ」
そこが妥協点と見たか、クシルカレはスロンとエルナーテに目を見合わせる。
両者が頷くのを確認し、彼女たちも座って雰囲気を楽しむ事にする。
卓にならべてある料理を取っていき、各自皿へ盛り付けていく。その料理の何もかもが、以前地上界に来たことのあるクシルカレでも見覚えの無いものばかりだった。
スロンとエルナーテも見た目の綺麗なそれらに興味津々らしく、この料理は何か、この素材はどういったものなのか、場に居る者達に問うていった。
クシルカレは口数の多くなる彼女達を微笑ましく思いつつも、料理のある点に気づき、質問する。
「この近くでは見ないものも使われているのですね」
料理の多くが魚介類や海藻を調理したものだが、その中に畜産による肉や野菜を調理したものも含まれている。
するとサフィリが手を上げて答えた。
「ああ、それらはね、あたしたちが護衛する商船が運んできてんのさ」
その全てがパルファセアの指示だと彼女は語る。またその見返りとして海皇石や海の食料を貰ってきている事も合わせて語っていた。
「所謂、貿易というものじゃ。…貿易と言えば、あの海賊は強かったのう」
「…あいつかー。あいつの事を思い出すと寒気がするんだよね」
「あの海賊、とは?」
クシルカレの質問に、パルファセアが答える。
「5年程前か、余や仲間たち異種族と、人間に交易関係があること自体が不利益になる一派がおってのう、そいつらがけしかけた海賊がおったのじゃ。結果的には倒し、その一派も退けたがの、当時の余とサフィリ達自警団の面子でやっと互角に戦える程に手強かったんじゃ」
「あたしたちが、海の異種族の皆と出会うきっかけでもあったんだよね。今頃皆が居なかったらどうなっていたか…」
「つまり、サフィリさんにとって、パルファセア様は恩人であると?」
クシルカレの問いに、サフィリは強く首肯した。
「そうなるね。今のあたしが居るのも、陛下や皆のおかげだよ」
「あの時はべそをかきながら余に付いてこようとした小娘が、立派になったのう」
「そ、その話はいいじゃないか…!」
サフィリが顔を赤くすると、パルファセアはにやりと笑う。それを見て、クシルカレも微笑ましく思い笑い声を上げた。
楽しい時間は過ぎていき、空になった皿を人魚の使用人が片付ける頃には、全員は別の場所へ移動していた。
パルファセアと魔族の面々は城の大浴場へと入っていた。
既に体を洗っており、全員が湯船に浸かっている。スロンはエルナーテの足の一本を湯から出し、ふにふにと触る。
「えへへ~エルちゃんの足柔らかい~」
「お止め下さい、スロン様…皆が見ています…」
「見られても良いじゃん~遊ぼうよお」
赤面するエルナーテを気にせずスロンは足に頬ずりをする。その度にエルナーテは何処か扇情的な声を漏らしていた。
すると、パルファセアも混ざり、もう一本の足を持ち上げ、触りだした。
「おお、確かに!手触りが心地よいのう!頬ずりしたくもなる!」
「そんな、パルファセア様まで…んっ」
「ここが良いのか?のう、ここが良いのか?」
からかうような目つきを向けつつ、まるでツボを押すように、足を触る指の力を強くする。エルナーテの顔がより一層赤くなった気がした。
「私…茹で蛸になってしまいますぅ…」
「貴方達、程々にしておきなさい…」
声を我慢できなくなったエルナーテを見かねて、呆れ気味にクシルカレは呟いた。
それを聞いて渋々2人はエルナーテの足を下ろす。顔を上げて、虚ろな瞳になっているエルナーテを、クシルカレはそっと抱き寄せた。
「取り敢えず、エルナーテが落ち着くまで、二人共この子と遊ぶの禁止。分かったわね?」
不貞腐れながらも2人は頷く。弄ぶのが2人も居てはエルナーテの身が持たないだろうとクシルカレはため息を吐く。
更に、涙を浮かべながらだらしなく舌を伸ばそうとするエルナーテの姿を見て、「貴方も落ち着きなさい」と舌をしまわせ口を閉じさせた。
ようやく状況が整った所で、クシルカレは本題を切り出す。
「パルファセア様、長老についてお聞かせ願いたいのですが…」
「ああ、その事か。お主の言う長老――ヒルト・オルヴィオンスは500年前、魔王の配下にあった」
先程までとは打って変わって、真剣な表情をしている。この切り替えの早さもまた女王たる所以なのだろう。
「500年前と言えば、魔族が人間たちに敗れた年、ですね」
「うむ。魔界への門が造られ、当時の勇者達人間の勢力が次々と魔界の勢力を撃破し、魔界に侵入することを許したのが敗北の決定打となった――」
パルファセアは語る。
今よりも地上界の魔素の濃度が高かった時代。度重なる魔族の襲撃は魔族に対する畏怖と絶望を植え付けたが、そのような状況下でも立ち上がる人間も存在していた。
その者達はいずれも過酷な修練を積んだ、魔法の扱いに長けた者達であり、中には後に勇者と呼ばれる存在も含まれていた。
彼らが手を組み、正義の御旗の下一致団結した事で、魔族への反撃が始まる。最初こそは下っ端程度の魔族しか倒せなかったが、後に幹部格の魔族ですら倒す程に実力を上げていった。
事態を重く見た魔王は更に強い魔族、「眷属」をけしかけたが、結果的にそれが魔族への反抗勢力の力を付けさせる事となった。
度重なる戦勝の朗報。それは反抗勢力だけでなく、支援する後方勢力すら勢いづけさせた。
窮地に立たされる魔族。そして追い打ちをかけるがごとく、天界で様子を見ていた天使も、勇者の側に付き本格的に介入を始めた。
「要するに、数多くの存在を敵に回したせいで魔族は追い詰められた。最後には魔王すら討たれたが、魔王は自身が消える前にある一手を打っていた」
パルファセアは一呼吸置くと、話を続ける。クシルカレもスロンも、ただ耳を傾けていた。
「先程眷属をけしかけた、と言ったが、実は眷属の中から魔界に残す者を一体、選んでおった。それが土の眷属、ヒルト・オルヴィオンスじゃった」
「長老が、一手?」
「うむ。差し向けた眷属が一人残らず倒された場合の保険だったのじゃろうな。例え魔王が討ち倒された所で、魔族が、それもとびきり強い者がおれば何度でも復興出来る。魔王はそう考えておったのじゃろう」
パルファセアは魔族の面々を一瞥する。その瞳には複雑な感情が宿っているように見えた。
「そして、ヒルトを残した事でその考えは当たった。現に居るお主達の存在が何よりの証拠じゃ」
微笑みながらそう言う女王の言葉に、スロンは照れる。それを見てクシルカレも微笑んだ。
「じゃが、この地上界はそんな事を知らんし、知る気もないらしい。ヒルトの事を『弱虫ヒルト』と言い、絵本の題材にして嘲る程じゃからのう」
「長老が、弱虫ですか…」
どうしてか、クシルカレは可笑しく思えてきて大きく笑いだした。
ひとしきり笑った所で、パルファセアは続ける。
「もっとも、余はそうは思っておらんぞ?魔王の指示に従い、魔界を存続させた忠臣じゃと思うておる」
「ありがとうございます。そう言って貰えれば長老も喜ぶと思います」
「いや、感謝をするのはこちらの方じゃ」
そう言うと、女王は深々と魔族に頭を下げた。
「本当に、ありがとう。お主らが来なければ、あの楔にずっと苦しめられたままじゃった」
静寂が訪れる。それは数秒後、女王が顔を上げるまで続いた。
顔を上げた途端、パルファセアは手をわきわきし始めた。
「ところで、エルちゃんの足のお触りの続きをじゃな…」
「…駄目ですよ?」
「…じゃろうな……」
先程までの真剣な姿は何処へやら、とため息を吐くクシルカレだった。
◇◆◇
ごうごうと、燃えている。真っ赤な火は全てを包み、呑み込んで、広がっていく。
暴力。血煙。怨嗟。慟哭。嘲笑。狂気が場を支配し、全てが真っ赤に染まっていく。
全ては私のせい。私が此処に居たから、彼らが巻き込まれた。
自分で自分を恨んだ所で、この光景が消えて無くなる訳ではない。全てが元に戻ってくれる訳ではない。
出来ることがあるとすれば、これ以上酷い有様にならないよう、この場を離れる事ぐらい。
でも、出来ない。足が動かない。逃げたくても離れる訳にはいかない。私が動かなければ、あの人達が助からない。
どうして、人は傷つけ合うの?どうして、同族を簡単に殺せるの?
答えの返ってこない問いだけが私の頭の中で回りだす。訳も分からない内に、私は叫んでいた。
「どうして!」
答えは返ってこない。答える人など、誰も居ないから。
「どうして!!」
答えは返ってこない。今居る人たちは皆、敵だから。
「どうして!!!」
答えは返ってこない。敵ハ皆ヤッツケタカラ――。
クシルカレは目を覚まし、体を起こした。暗闇に染まった部屋を、月明かりが優しく照らしていた。
隣のベッドではスロンとエルナーテが眠っている。それを見て、彼女は少し安堵した。
「寝付けんようじゃな」
声が掛かり、クシルカレは少し驚いた。声のした方を見ると、パルファセアが部屋の椅子に座っている。
「ひどく、うなされておったぞ」
外を眺めつつ彼女は問う。月に照らされたその姿は様になっていた。
クシルカレは呼吸を整え始める。涼やかな風のような感覚を抱いてから、返答した。
「遠い日の夢を見たんです。忘れられない日の事を」
「忘れる訳にもいかないのじゃろう。余程重要な夢と見た」
「はい。その日の光景が嘘だったなら、と何度も思うことはありますが」
パルファセアは深く息を吐く。外の光景を眺めるのを止め、クシルカレへと向き直る。
「もし、まだ眠れんようなら、余が子守唄を歌ってやろう。ぐっすり眠れるぞ」
「ありがとうございます。その時は、よろしくお願いします」
「うむ。――では、寝かす前に一つ話をしよう」
パルファセアは浴場で見せたような真剣な表情で、続ける。
「お主は、何故魔界が存在し続けているか、知っておるかの?」
「私たち、魔族が居るからではないのですか?」
「そうでもあるが、魔王の存在が大きく絡んでおると古の魔族は言っておった。魔族はあくまで魔界の存在を繋ぎ止める補助的な役割にあるとも。確証は無いが、古の魔族はお主らより魔界の事情に通じておったはずじゃ」
「そうなると、魔王は…」
「ああ、お主の推測通り――」
パルファセアは視線を床に落とし、呟いた。
「――生きておるのかもしれんの」
次話は6月30日 12時投稿予定です。




