海の守り神
クシルカレはパルファセアの影から外部の様子を確認する。そこには未だに玉座から一歩も動いていない女王の姿があった。
いや、実力差がありすぎて、玉座を離れるまでも無いのだろう。少し退屈そうにも見える表情からそれが伺えた。
クシルカレは影の中、自分の手を開閉させ感覚に注視する。手の感覚を確かめ、未だ自分の魔力は使われていない事を把握した。
クシルカレは生まれつき魔力の量が多く、自身の能力で他の物体、生物などの影に入り込み、対象に自身の魔力を付与する事を得意としていた。
そして、自身の魔力が使われた場合、少しだけ感覚が鈍くなるのも検証にて確認していた。
侵入者を雑兵とみなし、軽く跳ね除けてしまう実力者である女王の姿を見て、クシルカレは自身の師匠であるヒルトの姿を思い出していた。
クシルカレが生まれる遥か昔より生きている、年老いた魔族。年を重ねるごとに技術をより洗練していくその様に、クシルカレは超えることは無謀であると思い知りつつも憧れを抱いていた。
ヒルトとの鍛錬を少し振り返った後、クシルカレは我に返る。再びパルファセアの戦いへと視点を戻した。
「何でだ!何で届かない!」
「風属性の特性を活かしているのに!どうして!?」
黄金の槍でいなされつつも尚立ち向かう双子の得物使いより、こぼれた呟きが聞こえてくる。
攻撃の届かない現状に、苛立ちを募らせているのがよく分かった。
「…ならば、教えてやろうかの?」
その一言の後、パルファセアは双子を槍を振って弾き飛ばした。
「まず、お主らの使う風属性の魔法。それがお主らの適正に合っておらんからじゃ。適正に合わんものを幾ら振りかざした所で、水属性を極めた余には届かぬ」
パルファセアはただ淡々と続ける。
「次に、動きが単調すぎる事じゃ。実際は変えてきておるのじゃろうが、余の目からすれば全て同じ動きに見える」
パルファセアは冷静に、双子の問題点を二点指摘した。
双子に期待を込めた発言にも聞こえるが、具体的な改善案を述べない辺りクシルカレは関心など抱いていないのだろうと思った。
それを聞いてか、間髪入れずに双子は再度踏み込んだ。怒りの形相をした紫の双眸がパルファセアを捉えている。
「黙れ黙れ黙れ!弱ってるなら、大人しく僕らに狩られろ!」
「まだまだ子供じゃのう。そちらこそ、年長者の指摘には大人しく耳を傾けておくものじゃぞ?」
双子の攻撃を槍の柄で受け、そのまま弾き飛ばす。彼らの弾かれた先には、床と置き換わった池が出現していた。
池からは螺旋を描く水流が放たれる。音で気づいたか、彼らは軽やかな身の動きで回避したが、避けきれずに衣服の一部が破損する。
「ほれ」
「なっ、あっ!?ぐっ!?」
パルファセアが手を前へかざすと、池は更に数が増えて双子を迎え撃つ弾幕が濃くなっていった。
得物で弾こうとすれば逆に得物が弾かれる一方で、回避を余儀なくされる双子だったが、その身の傷が次第に増えて追い詰められていく。
「まだ序の口じゃぞ?この程度かわし切れぬようでは先が思いやられるのう…」
双子はもう一度パルファセアへと踏み込もうとするが、池から生じる弾幕がそれを許さない。
双子とパルファセアの距離は確実に離されていた。
頃合いと見てか、パルファセアは指を弾く。すると、次に双子が着地した先に池が出現し、彼らは目を取られた。
そして、池から大きな水流が噴き上がる。自分の意思ではない大きな跳躍に、双子は為す術が無かった。
同時に、空中に放り出された双子の元へと大きな槍が放たれる。クシルカレはそれが池の弾幕に気を取られている内に作り出したものだと悟った。
下からは水流の弾幕が、横からは巨大な槍が迫る。
「魔法を極めれば、こんな事も自分一人で出来る。…勉強になったかの?」
「もっとも、持ち帰る事が出来んかもしれんが」と呟きつつ、彼女は結果を待っていた。
すると、何処からともなく複数の光弾が出現し、双子に襲いかかる水流と槍を打ち消した。
「ほう?」と呟きつつ、パルファセアはその方向を見ている。そこには、白衣の細身の男が居た。
「少し遅い気がするのう。巨人の方に気を取られすぎじゃ」
巨人の方は数の分が悪いのか、魚人の兵士達を迎撃しつつもその装甲に付く傷が次第に深くなってきていた。
「まだです!まだ、こちらにも戦力が…」
「――では聞こう。その戦力とやらは何時来るのか?」
白衣の男は「えっ?」と口からこぼしつつ、困惑する。パルファセアの言う通り、人間の兵士の増援が来る気配は無い。
「余は知っておるぞ。余の部下達が1人残らず始末したとな」
「そんな、馬鹿な話が――」
「お主は一体何時から、地上だけに戦力があると思い込んでいた?」
それを聞いて白衣の男ははっ、と気がついた。そう、パルファセアも魚人の兵士達も皆、海の異種族だ。
島の方はあくまで拠点であり、本拠地は海の下にあってもおかしくはない。もう少し異種族に関心を持っていれば、すぐにでも気づく落とし穴だった。
もっとも、島に居る女王の存在がそうはさせない最大の罠だったのかも知れないが。
「お主らはそうでも無いが、余の部下達は外の結界なぞ簡単に通り抜けられる。最初は優勢でも数の差で圧倒されることぐらい少し頭を捻れば分かることじゃろう?」
相手取った人間の兵士を1人も通していない辺り、魚人の兵士の練度が伺える。
そのような者達が次々海中から現れてくるとなれば、追い詰められるのは人間たちの方である。
「まだ楔は砕けていない!楔さえ守りきれば、こちらにも勝機がある!」
そう言いつつ白衣の男は両手に白い光を生成し、そして手を合わせる。
大きく振り上げた両手を勢いよく振り下ろすと、そこから光が分裂し弾け飛ぶ。
光が大きく変質した事で先端に棘のある巨大な鎖が複数生成され、それぞれが異なる軌道を描いてパルファセアへと迫る。
パルファセアは三叉槍を横薙ぎに振るう。その動く影から水たまりが複数出現すると、螺旋を描く水流が彼女の手前に出現し、迫る鎖を弾き返した。
だが、一度弾かれた程度で勢いが削がれる鎖では無いらしい。何度も鎖は彼女ヘと迫る。
「しつこい鎖じゃが、こうでなくてはな」
パルファセアの口元がわずかに緩む。それは女王としてではなく、戦士としての彼女が見せた微笑みだった。
手をかざすと、水流の勢いがより強く、より大きくなっていく。それに負けじと、白衣の男は鎖を束ねる。
「食らわせろ!」
すると、白き異形の巨人が白衣の男の頭上に姿を現す。相手をしている魚人の兵士達が動き出すより先に巨人は多数の魔法陣を展開した。
放たれたのは、白く太い光線。それは真っ直ぐとパルファセアを貫こうと迫り、それに束ねられた鎖が続く。
しかし、誰もそれを妨害しようと動く気配は無い。次にクシルカレが見たのは、強い光に晒されながらも口角を上げる女王の姿だった。
パルファセアの手前にある巨大化した水流に鎖と光線の両方が接触した途端、それらは先端から崩壊を始めていく。
「爆ぜろ、紺碧」
水流は爆ぜ、全てを包み込まんとする津波へと変化していく。それは双子の得物使いも、白衣の男も、白き巨人をも呑み込んだ。
津波は建造物の壁に衝突し、やがて勢いが弱まっていく。水は蒸発するまでもなく消え、倒れた人間の兵士たちと破損した白き巨人を残した。
「ぐっ…!あっ…」
「ただ攻撃に使うものだけが魔法ではない。こうした応用もまた使い分けていく必要があるのじゃ」
起き上がろうとする人間たちをよく見ると、体中から光のようなものが点滅を繰り返している。
その頻度が多くなると、光は消失した。
「お主らの身を守った、防御魔法のようにな」
それと同時に、何かが砕ける音が聞こえた。直後、何かが床に落ち、轟音を響かせる。
「もう終わりじゃ。大人しく投降せい」
恐らく、スロンとエルナーテが楔を破壊する事に成功したのだろう。
魚人の兵士たちは女王に命じられるまでもなく、倒れたままの人間たちを取り囲む。
すると、白衣の男たちと白き巨人は目の前から姿を消した。
「…!奴らは何処に!?」
「探さんでも良いぞ。恐らく転移石じゃろうな。高度な作りじゃから一度起動されたらどうにも出来ん」
クシルカレは戦いが終わったのを把握し、パルファセアの影から出ていく。
女王の様子を伺うと、訪れる前より顔色が悪くなっていた。クシルカレは彼女の細腕にそっと手を置く。
「こうする事でも私の魔力を分け与える事が出来ます。今はお休み下さい」
「すまんのう、結局こうなるならお主の魔力を使えば良かった。…少し疲れた。その言葉に甘えるとするかの」
女王は玉座に深く座り、目を閉じると、微かに呟いた。
「…後の事は海神様に任せるとするかのう」
◇◆◇
人魚と魚人、海の異種族の楽園たる島の上空。
そこでは巨大な飛行船が一定の高度を保ち、待機していた。
その甲板へと、双子の得物使いと、白衣の男、そして傷ついた機甲兵が出現する。機甲兵だけでもかなりの重量だが、飛行船は微動だにしなかった。
「対象の帰還を確認。帰投準備をお願いします」
「了解、これより帰投準備に入ります」
防寒着に近い衣装をし、ゴーグルを付けた男が腕に付けた装置にそう唱える。その後、彼は機甲兵の運搬作業に参加した。
荒い息を整えようとする白衣の男へと近づく足音が聞こえる。そこには装甲を身に纏った大男が立っていた。
「ご苦労だった、カルティオ。持ち帰った情報は後で聞かせてもらおう」
「バルネッツさん、僕は…」
制圧に失敗しただけでなく、目の前で楔を砕かれた。カルティオと呼ばれた白衣の男はは自責の念で押しつぶされそうになっていた。
バルネッツという名の大男はそんな彼を案じてか、そっと肩に手をかけた。
「こうして生きて帰って来ただけでも、立派なことだ。そう自分を責めてくれるな」
カルティオは顔を上げる。そこには厳つい顔付きながらも、優しく笑む上官の姿があった。
彼はそれを見て、少しだけ救われたような、そんな気分になった。
バルネッツが持ち場に戻ると、甲板に居る他の兵士が声をかけた。
「しかし、このまま帰って良いのかい?俺らならあの島を焦土にすることぐらい可能だろお?」
「確かに、王国の技術の結晶たるこの飛行船ならば、焦土に変えることは容易い。しかし、それは戦力が向こうに無い場合の話。あれをご覧いただきたい」
そう言って、バルネッツは指を下へ指す。カルティオもふと気になり、飛行船の下である海を覗き込んだ。
するとそこには浮上を始める巨体の生物の姿があった。島と同等か、それ以上の大きさをしており、カルティオは息を呑んだ。
「あれは、異種族共の言うところの、海神なる巨大生物。そしてあれこそがこの海域の最高戦力」
鯨に近しい姿をしたそれは、浮上を終えると、島の周囲を泳ぎ始めた。上空からは徐々に動いているように見えるが、実際は巨体からは想像も出来ない速さで動いているのだろう。
「あれが楔の影響で活動を休止しており、更に海の異種族を取りまとめる女王が民共々衰弱している事で、この作戦は円滑に進む筈だった」
再びバルネッツの視線はカルティオへと向く。立ち上がり、姿勢を正した彼に、緊張感が走る。
「恐らく、今回の件、楔が大きく関わっていると見た。その事を含めて、我々に聞かせてくれ、カルティオ」
「…了解です」
バルネッツの指示を受け、カルティオは彼らと共に船内へ入っていく。
取り残された双子の得物使い、その片割れである少年は、憎々しげに遠ざかる島を見ていた。
次話は6月24日 17時投稿予定です。




