束縛からの解放
「なるほどのう」
パルファセアは目の前に出現させた泡を見て状況を確認する。クシルカレ達もエルナーテが作り出した鏡の欠片から外の様子を見ていた。
クシルカレはふと気になり、パルファセアの方を見ると、丁度パルファセアがサフィリを手招きしていた。
「楔を壊してからにしようかと思うたが、近う寄れ。用件を伝える」
近寄ったサフィリにパルファセアは耳打ちする。
聞き終えたサフィリは一瞬耳を疑うような表情をしたが、すぐに表情を戻す。
「確かに、承ったよ」
「すまんのう、本来なら余が向かうべきじゃが、この体じゃ」
「いいって。任せといてよ」
まるで、血の繋がった家族のようなやり取りをすると、サフィリはパルファセアから球体状の物体を受け取り、低い階段を勢いよく降りて一直線へ駆けていく。
その方向は通ってきた扉ではなく、また別の扉の方向だった。
「事態は急を要する。お主らも急げ」
そう自警団の面々と、一部の兵士に指示すると彼らもまたサフィリに続いた。
響く足音は、彼らが扉の先に消えると共に止んでいった。
「さて、魔族の方々。聞いての通りじゃ。現れた侵入者とやらは此処に向かってくるじゃろう。楔を破壊し、外部の安全が確保できたなら此処を離れると良い」
それは魔族の身を案じての発言だった。クシルカレは侵入者の事が気になり発言しようとするが、その前にパルファセアが続ける。
「なあに、侵入者は大方察しがついておる。そして迎え撃つのが容易い事もな。此処に居る者たちの事は気にせずとも良い」
容易いとすら言いのける彼女の表情は、肉体の状態とは裏腹に自信に満ちている。
加勢しなくとも侵入者を撃退してしまうだろう。どうするべきか、スロンとエルナーテを見やり、クシルカレは黙考する。
「分かりました。楔を破壊した後、この子たちは避難させます。ですが、私はここに残ります」
「ほう、何故じゃ?」
「私たちは侵入者の情報を殆ど持ち合わせていません。このまま貴方の言葉に甘え、此処を離れれば情報を得る機会の損失と考えます。それに、私は他者の影に潜り込む事が出来ます。加勢ではなくあくまで見物をさせて下さい」
「なるほど、姿形を隠せば情報だけ持ち帰る事が出来る、か。お主の口ぶりからしてそれは、そちらの2人には出来ない芸当だと考える。分かった、お主の考えを尊重しよう」
「感謝します」という言葉と共に、スロンとエルナーテに楔の破壊と、外部の情報収集を命じた。
クシルカレはその浮遊する足で階段の上へと上り、玉座の近くに立つ。
「隠れ蓑に余を選んだか。中々大胆な事をする」
「最適かと思いましたので。それにこうすれば、陛下は私の魔力も使う事が出来ます」
「分かった、万が一の場合として考えておこう。それと、陛下は要らんぞ。余は名前だけで呼んで構わん」
「分かりました、パルファセア様」
そう言いつつ、クシルカレの体はパルファセアの影へ沈み込んでいく。沈みゆく彼女が最後に見たのは、ため息を吐くパルファセアの姿だった。
「名前だけで良いと言うたのに…まあ良い」
かくして各々は迎撃準備を整えた。
◇◆◇
玉座の奥から何かを殴る音が聞こえてくる。恐らく、楔の破壊作業をしておるのじゃろう。
どうやら、難航しておるようじゃな。それもそうか、この楔はあまりにも大きすぎる。
どうにかしてやりたいが、余の力を持ってしてもどうする事も出来ん。ただ、終わることを祈るのみじゃ。
さて、戦況はどうなっておるか。余は水属性の魔力を使い、目の前に一つの泡を生み出す。
泡と言っても普通の泡ではない。外部の状況を表示する便利な代物じゃ。
どうやら、外側にある結界が破壊できず多くが手をこまねいておるらしい。それもそうじゃ、並の兵士に与えられる機甲兵程度で破壊できる程やわに造ってはおらん。
じゃが、結界を無視できる者も少なからずおるらしい。恐らく例の魔石とか呼ばれている物の効果なのじゃろう。
魔石は海皇石と同様に、有している魔力の性質が予め決まっておる。そしてそれらを加工することで、初めて内にある魔力を引き出すことが出来る。
機甲兵にも動力源などに魔石が組み込まれていると聞くが、それの性質では結界を無視する事は出来ん。
結界など、魔力を含むものの影響を受けない魔力を有したものを使っておるのだろう。機甲兵がその魔力の影響を受けていないのは、上手く作っておるからじゃろう。
さて、結界の件じゃが、並の兵士の機甲兵で破壊できずとも、指揮官機ならヒビくらい入れられる可能性はある。
どう出るか―――ああ、結界を通り抜けてしもうた。内側から突破口を作るという考えもしない辺り、戦力が結界の外より小規模になることは想定の上なのじゃろう。
結界を通り抜けた時点で、数百はおった戦力が五十程度になってしもうたのう。
恐らく、島の陸地より城の内部の戦力の方が薄いと考えておるようじゃな。じゃが、見当はずれじゃ。
それに陸地に居る兵士を見て気づかんかったか?相手取っておるのはどんな種族であるかを。
練度が低い以上、浅はかな考えで突っ込むのは致し方あるまい。
ならばその身を以て、自分たちの甘さを思い知ると良い。
「総員、警戒態勢!直に奴らが来るぞ!」
水の泡に指示を叫ぶ。咳き込んでしもうたが、その直前に水の泡を割ったので問題はない。
忌々しい楔はまだ破壊できておらんが、十分に戦える程魔力はある。
それに、使って構わないと言ってくれた、魔族の娘の言葉もありがたい。最早、勝つ手しか思い浮かばなんだ。
玉座の奥、台座に収めた余の得物に手を向ける。すると、得物は独りでに台座を離れ、宙を浮き出す。
余の魔力とその得物が有する海皇石が共鳴し、そうさせておるのだ。良い使い手に武器は応じるという話もあるが、あながち間違ってはおらん。
余が手にとったのは、黄金に輝く、見た目よりも機能性に重きを置いた三叉槍。楔の見張りをし始めて以来、この槍を磨く事が日課になっておった。
光沢は余の顔を見せている。相変わらず酷い顔じゃ、元気に見られずとも無理はない。
じゃが、やつれているからといってこの場から逃げる訳にはいかん。王として、民を守る存在として、今はこの力を振るうのみ。
眼前の扉が少しずつ開かれていく。それを目視した瞬間、余は三叉槍を突き出した。
刃物のきらめき。それは一瞬だけ目に映る。すると、三叉槍の曲がった穂に刃が当たった。
まるで、刃をそのまま武器にしたような、雑な形状をしておる。そしてそれは人間の子供が握っていた。
子供はその紫の瞳と口を歪めて不敵に笑う。敵陣の中へ1人だけ飛び出したというに、何とも威勢が良い。
「その程度では余の首は取れんぞ。速度を上げておるようじゃが、受けることなど容易い」
「言ってくれるね、ヒョロヒョロのお姉さん。このまま槍ごとたたっ斬ってあげても良いけど?」
その外見に似つかわしい無鉄砲さ。鼻で笑われるとは思わぬのか。
「言うたからにはやってみせろ。どうした?手が止まっておるぞ」
刃は穂を斬ろうとしているようだが、刃が進まない。当然じゃ。この槍は海皇石を加工して作った物じゃからのう。
そして、海皇石は海の魔石と呼ばれるほどに所有者の魔力の影響を受けやすい。こうなれば、たかだか魔石を埋め込んだ程度の武器で壊せる代物などでは無くなる。
子供は進展の無い今の状況にしびれを切らしたか、一度着地すると高く跳躍し、階段の手前まで下がる。
再度余めがけて踏み込もうとしたが、それを許す兵士ではないぞ。それぞれの得物を振るい、子供の行動を妨害する。
すると、扉の奥から似たような女の子供が飛び出してきおった。手にする得物が違うようじゃが、姿は似通っている。なるほど、双子じゃったか。
しかし、二度目は無いぞ。飛び込む小娘へ、兵士の1人が双剣を手に割って入る。それを想定していたのか、小娘は応戦するも、勢いは削がれている。
「…その程度かの?」
病に侵されている余に傷一つ付けられぬどころか、兵士にすら苦戦する。余はあまりの力量の差にため息を吐いた。
外に居る兵士は無視したのじゃろうな。兵士が追いつけぬ速さでここまで来たのじゃろう。
体を動かせば少しは症状が楽になるかと思うたが、実際は逆効果じゃった。ならば、少しでも休める内に体を休ませておこう。
などと思うておる内に、またしても扉が開き始める。両方とも魔力で動く扉を、片方人力で開けておるのじゃから判別が付きやすい。
「遅れてくれば、見逃してもらえるとでも思うたか?ほれ、そこじゃ」
三叉槍をかざし、水で作り出した槍を扉の手前へ飛ばす。着弾する頃には、何かが飛び出すのが見えた。
そして、その何かは槍の直撃を回避する。間一髪といったところじゃな。
メガネを掛けた、白衣のような姿の優男。扉から飛び出したのはそんな者じゃった。
「大陸最大の国家ともあろう王国が、このような雑兵を差し向けてくるとはのう。随分と舐められたものじゃな」
「などと言っていられるのも今のうちですよ?外にいる貴方の部下には最低でも3人、僕の部下をあてがっています。多勢に無勢では此処が陥落するのも時間の問題では?」
「くくっ、ふははははははは!!」
そんな言葉で怖気づくとでも思うたのか。自信に満ちたその言葉に余は高笑いで返した。少しばかり優男の顔が歪んだのが見えた。
しかし、すぐに咳き込む。ええい、忌々しい楔め。
「結局のところ、人海戦術か!そうよなあ、そうするしかないよなあ。限られた者しか結界を突破できず、更にその者たちを余の部下を倒す為だけに大勢割くしか出来ない気分はどうじゃ?」
「…打った手はそれだけではありませんので」
すると、広間の中に、巨大な人型の異形が姿を現した。なるほど、通路が狭くてもこうして転移させれば屋内でも自由に動く事が可能というのか。
そいつの姿を見て、やっと思い出した。この優男は、指揮官機の異形の操縦者じゃったな。
さて、状況を整理するかの。双子の得物使いは未だ兵士に苦戦している。そして、外の兵士たちは優男の部下と交戦中。
楔の破壊状況は…やっと4割と言ったところかの。まだまだ時間稼ぎが必要なようじゃ。
余は手に持つ三叉槍の穂を上にし、床を数度叩く。
「聞け、皆の者!」
兵士は交戦を中断し、双子の得物使いと離れる。警戒はしているが、それでも耳を傾けていた。
「お主らはこの白い巨人をやれ。余はそれ以外を相手取る」
『御意!』
先程まで双子の得物使いを相手していた兵士たちが一斉に空中の人型へと飛んでいく。彼らの動きに合わせ、変則的に噴き上がる水流は芸術のようじゃった。
さて、もう少し頑張るかの。余は三叉槍を慣れた手付きで振り回し、肘掛けに手を置きつつ少し斜めに座る。
「王国の兵士共。お主らの狙いは既に知っておる。この忌々しくも堂々としたこの楔じゃろう。じゃが、ご覧の通り、既に壊れかかっておる。この楔がどうなるかはお主ら次第じゃ」
楔の方を指差してやると、王国の兵士たちは皆青ざめた顔をする。
それもそうよなあ。常識的にあり得ない事が今、現実で起きておるのだからの。
「何で、何で楔が壊れてるの…?」
「経年劣化はありえないはずです。それに亜人風情に壊せるものでは…」
「そうじゃ、経年劣化はまずありえんし、余や余の仲間たちに壊せるものでもない」
壊せるものであったなら既にやっておるからの。この害しか撒かない代物なぞ。
「じゃが、他に破壊できる要因があったとしたら?そして、現在進行系で破壊されているとしたなら?」
すると、王国の兵士共は憎悪をこちらに向けながら、得物を構え直してみせた。
ふん、半人前の癖して顔はらしくなったではないか。
「教えなさい、今すぐ!」
「余を倒すことが出来たなら、な。まあ、余の部下に苦戦するようでは無理な話じゃが」
咳き込む頻度が多くなる。やれやれ、少し動いただけでこの体たらくか。
それを好機とばかりに双子の得物使いが飛び出してくる。
魔力を肉体に付与する事で発動する加速能力。それは、風属性の特性が成せる技。じゃが――
「――遅い。風属性の恩恵にあやかったとて、遅いものは遅い」
はっきり言ってしまえば、赤子の手をひねるようなもの。二種類の得物が繰り出す斬撃と打撃を槍の柄で受け切るのは容易い事じゃった。
一撃を防がれ、双子の得物使いは再び距離を取る。すぐには動かない辺り、次の手が思いつかないのじゃろうな。
そもそも魔法というものには適正がある。余もそうであるし、今目の前に居る人間の子供たちも例外ではない。
適正のない属性を無理やり覚えさせた――そんな粗がよく目立っていた。
てっきり、適正を見極める装置を作り、その結果に従って鍛錬を積んだと思うていたが、どうも雑兵程度では違うようじゃのう。
魔法を習得していない者相手ならそれでも通じるかもしれんが、余や仲間たちを舐めすぎておる。
大方、適当な理由を付けて送り出した捨て駒が良いところじゃろう。此奴等にに求められた役割は楔の制圧では無く情報の収集。
今になって無警戒だったこの海に来たのは、今の余や兵士たちがどれだけ戦えるかを調べる為。つまり此奴等は本隊などではない。
情報を集め、後々再び制圧しようとするのじゃろう。今度は此奴等の上司達がな。
じゃが、その作戦は「楔を破壊できる者がいる」、「その者達が活動している」ことで破綻する。大方、魔族の事など想定になかったのじゃろうな。
正直、余も少し前までは考えてもおらんかったよ。この目で姿を見るその時まではな。
辺境の国が、大国に一矢報いたとなれば、此奴等の上に居る者たちは、どんな顔をするじゃろうな?
思わず、笑みが溢れる。それと同時に楔に大きな亀裂が走った。
9割と言ったところか。もう結果は見えておる。余は槍の穂先を王国の兵士共に向けた。
「さて、遊びは終わりにしようかのう」
次話は6月23日 17時公開予定です。




