魔界にて
1人、魔界を死守すべく残った魔族、ヒルトは一足先に魔界に変化が生じたのを把握していた。
魔界に張り巡らされている結界の一部が解かれ、通行可能になった場所が前より増えたのだった。
(どうやら、上手くいっているようだな)
もし彼に顔と呼べる部位があったなら、地上に出た彼らの活躍に微笑んでいただろう。
紫色の微かな丸い光を見上げた後、ヒルトは通行可能になった場所へと向かう。
ドーム状の洞穴であるそこには、数多くの水晶があった。岩場全体に散りばめられたそれらは独特の輝きを放っている。
ヒルトは奥へと踏み込み、水晶の中身を目の当たりにした。
水晶には何かしらの生物らしき、小さな命が存在していた。さしずめ、水晶とはその命たちを守り、育てる装置だったのだ。
そして、中身の命は生きている。結界の範囲外となった今、出てくるのは時間の問題だろう。
水晶を避けて、更に奥へと向かっていく。壁の手前側に水晶で出来た棺のような物体が置かれていた。
ヒルトはその棺型の水晶を覗き込むように視線を落とす。棺の中では特徴的な色をした液体が蠢いていた。
灰色と黒色と白色、異なる三色で構成されたそれを見て、ヒルトは遠い昔に思いを馳せる。
500年前に敗れた、呪われた肉体を持つ者。死ねなかったから、此処に居る。
(友よ、眠ってばかりでは退屈だろう。だが、もう少し時間がかかる。待っていてくれ)
棺にそっと手を当てて、ヒルトは水晶の洞穴を後にする。
帰り道、ヒルトは立ち止まり、ある一方を見る。その先の遠方には、聳え立つ黒い城が存在した。
見栄えの良い城に対し、ヒルトは懐かしさを抱いていた。それと共に、かつてはあの城に身を置いていた事を思い出す。
だが、城の周りには楔による結界が張られている。今は、こうして懐かしむ事しか出来なかった。
(そろそろ、あの子達が戻ってくるな)
直接見ずとも、ヒルトには自分が育ててきた魔族の帰還が把握出来ていた。
ヒルトは岩の広場へと戻り、彼らの帰りを待つことにした。
それから少しして、魔族の者たちは帰還を果たす。空中に出現した鏡の欠片と、炎がその証拠だった。
鏡からはスロンシェイル、カルバネラ、エルナーテが、炎の中からクシルカレとグッシュデムが姿を現す。
頭数は揃っている。ヒルトは安堵し、結果を訪ねた。
「森の楔は破壊出来たよ~」
「雪国の楔も破壊出来ました」
「ふむ、よくやった。何か問題は無かったか?」
すると、カルバネラとクシルカレの両者が一歩前に出た。
「人間たちと接触、交戦する事になった。じゃが、スロン1人で対処出来た」
「楔の破壊を交換条件に、雪国に迫っていた脅威の撃退に協力。実力者と思わしき人間を倒し成功させました」
「…魔族と悟られていないな?」
「人間たちは儂らが何者だったか分からんようじゃった。恐らく魔族だと明かした所で首を傾げておったろう」
「現地の方々より装備品を拝借し、少なくとも異形である事を隠しました」
「その装備は、お前の目はともかく、グッシュデムの角を隠せたのか?」
クシルカレは無言で頷く。どうやら、相手が知らなかった、もしくは姿を隠した事で魔族だと悟られなかったようだ。
「いや、この問い自体に特に意味は無い。知られた所で問題は無かったのだ。門を破壊した以上、魔族が動き出したことを知られるのは時間の問題だろうからな」
ヒルトは少し間を置き、次の作戦について説明を始める。
何処からともなく、華やかな装飾をこしらえた楕円状の鏡、「聖魔の鏡」は出現した。
「聖魔の鏡」は、地上界を映し出していく。
「次の作戦を伝えよう。次は門の跡地より西南西と、南南東に位置する2つの楔を破壊する。西南西の楔は大海を渡った先にある島に、南南東の楔は大森林の内部に存在する」
「南西の森林とはまた違うの?」
「南西の森林には遺跡が存在したが、南南東の大森林にはそれが無い。また、特徴があるとすれば、生態系の違いだ」
「耳長長命の種族、エルフの存在ですね」
エルナーテの発言にヒルトは首肯する。
「そう、妖精種にして森林のような自然の多い環境を好む人型の種族、エルフだ。そして、そのエルフたちと共生するようにダークエルフも存在する」
「大森林に行くからには、接触は避けられない、ということですか」
「警戒心こそ強いが、会話が通じない相手では無いだろう。協力し、事にあたれ」
「じゃあ、島にはどんな生物が居るの?」
グッシュデムの首肯を確認した後、スロンの質問にヒルトは答えた。
「島に生息する種族は主に人魚と魚人だ。人間と水生生物を混ぜ合わせた外見、といえば分かりやすいだろうか。海の妖精とも呼ばれている人魚や魚人たちは、基本的に海中に生息しているが、陸地で生きられないという事は無い。楔のある島のように、活動の場を設けている事もある」
「確か、楔は儂らにしか破壊出来んのじゃったな。かといって放ったらかす訳にもいかず、見張っておる訳か」
「雪国の場合は地下にて保管されていました。他の種族の手が届かないようにしているのでしょうね」
しかし、「聖魔の鏡」は正確に楔の位置を映し出していた。それを尻目に、ヒルトは続ける。
「担当を発表する。西南西の島の楔をクシルカレ、スロンシェイル、エルナーテが、南南東の大森林の楔をカルバネラ、グッシュデムが担当し、そのどちらもを破壊せよ。開始日は明日だ。もし、戦う事になった場合、戦闘の激化が予想される。各自注意して事にあたれ」
説明が終了し、ヒルトは他の魔族を解散させる。すると、いきなりスロンがカルバネラに抱きついた。
「カル兄!温泉入ろ!」
「少し前に入ったばかりじゃろうに」
「でも、その時は一緒じゃなかったよ?ねえ、一緒に入ろうよ~」
「…仕方ないのう、付き合ってやるわい」
「やった~」
宙に浮く手を抱き寄せ、半ば引っ張っていく形でスロンはカルバネラと共に広場を後にする。
「カルバネラさん達が上がったら、私たちも入りましょうか」
「分かりました、姉さん」
グッシュデムとエルナーテもまた、スロンたちとは別方向だが広場を後にした。
クシルカレだけは彼らを微笑みながら見送っていた。ヒルトは彼女に視線を向ける。
「お前はどうするのだ、クシルカレ」
「彼らに新しい服を作ってあげようと思いまして。結界が解けたなら、あの装置も使えるはずでしょうから」
「そうか。…無理はするなよ」
他の者達とはまた別の方向へと去っていく彼女の背中を、ヒルトは見送った。




