遺跡の楔
門が破壊されるという事件から一夜が過ぎ、門のあった山岳地帯より南西、その場所にある大森林の中を歩む者達が居た。
青肌の少女、スロンシェイルと、全身が銀色の装甲のような、仮面の怪物カルバネラだ。
森林の青い葉に遮られつつも、天高く昇る太陽の光が彼女たちの異質な色を目立たせる。
スロンは最大で2対の翼を持っている為、その気になればこの大森林を飛んで目的地まで向かうことが出来たが、調子が優れないという理由で翼を隠し、こうしてカルバネラと共に歩いている。
その為か、彼女が履いている黒い毛皮のショーツ、その上の翼の生えていた箇所には、翼の代わりに翼を模した紋章が浮かび上がっていた。
森に生息する野生生物たちは、興味深そうに彼女たちの動向を見ていた。時折、草をかき分けるような音が聞こえてくる。
「さっきから見られておるのう。まあ、こんな身なりでは当然か」
「人間とも違うからね~ちょっと変わった仲間のように思われてるのかな」
視線を感じつつも、大して気にしていない様子で彼女たちは森の奥へ進んでいく。
ふと気になり、スロンはこの場に居ない者に声をかけた。
「エルちゃん、そっちはどお?」
「警戒すべき生体反応は見当たりません。このまま予定通り進行を続けてください」
姿の見当たらない蛸足の少女、エルナーテより直ちに返事がくる。彼女は別行動を取り、索敵とルートの構築に勤しんでいた。
もし警戒すべき野生動物が現れたなら、彼女の指示に従い、なるべく追い払う。
もし人間が近づいてきたならば、面倒事にしない為にも接触する事の無いようにする。そういう手筈になっていた。
「スロンよ、体調はどうだ?」
スロンの後方を歩くカルバネラより声がかかる。彼女は「えっ?」と少し驚きつつ振り向いた。
「不慣れな上に、楔の影響で魔素の少ない地上をかなり歩いて来とるんじゃ、違和感は無いかの」
「う~ん、言われてみればちょっと息が苦しいかな。それに暑いかも」
「暑そうなのはよく分かる。いつもより顔が青いからの。少し火照っておるんじゃろう」
すると、カルバネラは浮遊する右手で右方を指差した。スロンはその指の先を見ると、木々の向こう側に青く輝く広い池が見えた。
「池を見つけたんでのう、そこで休んだらどうじゃ?多少休憩を挟んでも問題あるまい」
「分かった、そうするね」
木々の間を抜け、池へと近づく。ふちに腰掛けて、彼女はその獣のような足を水に漬けた。
「はぁ…気持ちいいな……」
少し冷えた程の水温は今の彼女にとって心地の良いものだった。後からカルバネラも池へとやってくる。
「エルナーテよ。すまんが、スロンを休ませる。お前さんも合流しろ」
「承りました。少しその池でお待ち下さい」
カルバネラへの返事から少し経って、エルナーテもまた池へと辿り着く。歩み寄る彼女の姿を見て、スロンは微笑んだ。
「相変わらずすごいね~エルちゃんの能力。大助かりだよ」
「ありがとうございます。これからも皆さんのお役に立てますよう努めますので」
深く頭を下げた後、エルナーテはカルバネラを見やる。
「カルバネラさん、どれぐらい休まれますか?」
「まあ、そんな長くはかからんじゃろう。この子が十分休めたらそれで良い」
「エルちゃん!一緒に入ろうよ!」
スロンは自分の隣を叩く。それを見て、エルナーテは戸惑いを浮かべた。
「わ、私も、ですか?」
「良いから、はやくはやく!」
「…では、失礼します…」
エルナーテはスロンの隣に腰掛けて、その蛸足を漬ける。それをまじまじと見つめられてか、エルナーテは更に戸惑った。
「水加減はどう?」
「えっと…落ち着く水温ですね…」
「でしょ!? カル兄も入ろうよ!」
「儂もなのか?…しょうがないのう」
スロンの純真な目で見られてか、カルバネラも仕方なくといった様子で、先端が、太い鋏のようになっている六本足を漬ける。
日光の影響からか、足が漬かる度に水が蒸発する音が聞こえた。
「あまり意味が無い気がするがのう…」
「でも、気持ちいいでしょ?」
「まあ、そんな気がせんでも無い……」
エルナーテとカルバネラの感想を聞いて満足したのか、スロンは池の向こう側を見る。
彼らもまた、スロンの視線の先を見る。そこには水を飲みに来た小動物たちが居た。
「見たこと無い生き物だね。…かつての魔界にも、あんな生き物が居たのかな」
「おるにはおった。かれこれ400年近く生きてきた儂は見たことがあるぞ。…じゃが、魔界の衰退と共に居なくなってしもうた」
「私たちが生きているのは、その生物たちより強かったからでしょうか…」
「だとしたら、負けられないね、この戦い」
彼女が何気なく呟いた言葉に、カルバネラは訝しげに彼女の顔を見る。それを見て、スロンは戸惑いを浮かべる。
「な、何?」
「驚いた。お前さんならゆるいことを言うのかと思ったからのう」
「むぅ、カル兄ったら、すぐそういうこと言う」
「ふふっ、ふふふふふ」
不満気に頬を膨らませると、幼気のある笑い声が聞こえてくる。見ると、エルナーテが笑っていた。
「相変わらず、仲が良いんですね、お二方」
「まあ、かれこれ200年近い付き合いじゃからのう」
「あっ、そうだ、カル兄。この際だから聞いておきたかったんだけど」
カルバネラが顔だけを向けたのを見て、スロンは続ける。
「クシル姉にも、私みたいな頃ってあったのかな?…ほら、前は話を聞こうとしたけど、忙しいって後回しにされちゃったから」
すると、カルバネラは俯いた。その視線も池の水に向いている。
少し心地の悪い静けさが訪れた後、それを破るように浮遊する手がスロンの頭を軽く撫でた。
「悪いな、スロン。また後回しじゃ。今は楔を壊すことに集中しよう」
「むぅ…。まあ、良いけど、後で必ず聞かせてね。約束だよ?」
「ああ、約束じゃ」
スロンの体の火照りはすっかり収まっており、息苦しさも少しだけ和らいだ。
池のほとりで休憩を取った一行は移動を再開する。
目標は森の最深部にあるとされる、遺跡だった。
エルナーテの案内の元、一行は森の中でも開けた場所へと辿り着いた。
その中心には陽の光に照らされ、黄金に輝く円柱状の巨大な物体が存在する。あれこそが遺跡なのだろう。
一行は遺跡を視認してから歩みを止め、顔を見合わせる。遺跡周りの違和感に気がついた為だ。
「ねえ、カル兄」
「お前も気づいたか。遺跡の周りに草木が1つも生えておらん」
森林の中だと言うのに、遺跡の周囲には砂地が出来ていた。
遺跡の表面は黄金の輝きを放っているが、人が居るような気配はない。この状態が人為的なもので無いとしたら、原因は何か。
遺跡を詳しく調べようと足を動かした、その時だった。
突如として遺跡周りの地中より土が砕けて丸い物体が姿を現す。カルバネラは浮遊する手で前進しようとするスロンを遮った。
地中より姿を現したのは、頭部から腰までが一体化している、石造りの人形。いわばゴーレムと呼べる者達だった。
岩を削って形作った外見のそれらは、胴体の上部に位置する赤い突起でカルバネラ達を捉える。恐らくそれこそがゴーレム達の顔なのだろう。
「自立人形か。この遺跡を守っておるようじゃな」
そう言っている内に、ゴーレムの集団はゆったりとした足取りでカルバネラ達へと近づいてくる。
カルバネラは身構えつつも、遺跡を見上げるスロンの姿に気がつく。彼女に注意する前に、彼女は口を開いた。
「あれ見て!きらきらしたものがある!」
言われるまま彼はスロンの視線の先に目を向ける。円柱状の遺跡の上にやぐらのような構造物が存在し、そこに透明な鉱石らしき物体が佇んていた。
円柱状の遺跡は楔の存在する場所で間違いない。それならば、その鉱石は――
「――あれが楔か」
地上界に存在する10個の楔。その1つなのだろう。
スロンはゴーレムが近づくのに対し、カルバネラに体を寄せる。
「楔の場所まで、飛んでみようかな」
「止めておけ。こういう奴らを護衛にするような遺跡じゃ。罠が仕組まれておるかも知れん」
やぐらの存在や遺跡の大きさからして、昔、この地域には規模がどうあれ、戦いがあったようだ。
ならば当然、この場所を抑えようとした戦いもあり、地上だけでなく、空から襲撃を仕掛ける者が居た筈だ。かつて存在した魔族の中にも、それを得意としていた者達も居たと聞き覚えがある。
襲撃してくる航空戦力に何の対策も施さなかった訳では無いだろう。それを迎え撃てるだけの、何らかの兵器があったに違いない。
人の気配は無い。そういう兵器があったとしても、長らく手入れはされていないのかも知れない。だが、今こうして石人形達が遺跡を守ろうとしている以上、手入れがされていなくとも、何らかの要因で稼働する可能性は十分にある。
カルバネラはちらりとスロンを見やる。少しでも可能性があるからには、彼女を危険に晒す訳にはいかない。
「スロン、構えるんじゃ。遺跡へは正面から向かう。こいつらをなぎ倒すぞ」
「分かったよ、カル兄」
その獣のような両腕を構えると、スロンはゴーレムの集団へと飛び込む。
スロンの肉体は外見上そうは見えないが、異常なまでに発達しており、1体のゴーレムの懐へ入り込むのに、さほど時間はかからなかった。
入り込まれたゴーレムがスロンを迎え撃とうとその腕を振るう。だが、その腕の振りが極端に遅く見えるくらいにスロンの腕の振りの方が早かった。
スロンの放った左の一撃が、ゴーレムの頭を砕く。その衝撃でゴーレムは倒れて崩れた。
それを見てか複数のゴーレムがスロンを取り囲もうと迫る。スロンはその包囲を腰を落としてからの高い跳躍で抜け出した。
遺跡からの反応は無い。恐らく遺跡に近づいていない対象には攻撃出来ないのだろうとカルバネラは予想を立てた。
彼女は飛んだ状態のまま右手を地面に向けて突き出す。すると、地上で標的を見失ったゴーレム達の動きが少しだけ弱まった。
これが彼女の持つ「弱体化」という能力、その1つだ。ゴーレムが鈍くなった事から、一時的にゴーレムの体の構造を脆くさせたのだろう。
体の降下が始まった直後、スロンは左足を空中で構え、ゴーレムの頭部が迫った頃合いに体ごと振り回す。
一回転の直後、1体のゴーレムに命中し、そしてそのまま包囲していたゴーレム達をなぎ倒した。
円を描くように大小様々な石が転がった場所の中心で、彼女は綺麗な着地を決める。
スロンの攻撃により複数のゴーレムが倒されたが、ゴーレムの数は減っていない。寧ろ増えている。
「数が増えてない?カル兄…」
「ああ、分かっておる。儂らが疲れてしまう前に、こいつらをどうにかせねばな」
「……さん、……えます…?」
対策を考えている内に、途切れ途切れの声が聞こえてくる。カルバネラは辺りを見渡した。
「何じゃ?」
「カル…ネラさん、聞こえ…すか?」
「どうしたんじゃ、エルナーテ」
「……りません。どう…、魔力…流れが…」
エルナーテの発言を聞いて、カルバネラはゴーレムが増え続けている理由に気づいた。
(まさか、この自立人形達は、魔素で動いておるのか?)
カルバネラはスロンへと向き直る。
「スロン、閃いたぞ、この状況を打開する策が」
それを聞いてか、スロンは薄く笑う。どうやら何をするのか感づいているらしい。
「時間稼ぎは必要?」
「儂の身くらい自分で守る。お前さんも、囲まれんよう気をつけろ」
元気な返事を聞きつつ、カルバネラは自身の能力を行使すべく浮遊する両手を構える。
それに気がついたのか、一部のゴーレム達がカルバネラへと迫ってきていた。しかし、構えた両手を崩すつもりなど彼には無かった。
両手を崩さずとも、彼には目の前のゴーレムを迎え撃てるだけの手段があったからだ。
「邪魔じゃ、石人形共」
彼の背中にある1対の隆起が、何らかの蓋だったかのように開き、そこから6本の細長い腕が飛び出す。
装甲のような彼の肉体と違って、生物的なそれらは3本の指でそれぞれ1体ずつゴーレムを掴むと、他の腕が持ったゴーレムにぶつける。
勢いよく衝突したゴーレム達は砕け散っていく。こうして彼の体に傷が付くこと無く、石や砂が彼の手前に積もっていった。
スロンや彼の細長い腕がゴーレムを次々破壊していく間に、能力の発動の準備が整う。
範囲が広い為に時間がかかってしまったが、発動してしまえば一瞬だ。
右手を目前、遺跡の方へとかざす。すると、ゴーレムは次第に動きが鈍くなり、そして、全てが動かなくなる。
やがて、位置に関わらず、動きを止めたゴーレムは一斉に自壊した。周りに砂粒が散らばったのを見てから、スロンは彼の元へと駆け寄った。
「遺跡周りの魔素の流れをせき止めた。あれだけの数じゃ、かなり無理をしていたらしいのう。こんなにも早く止まるとは」
カルバネラの能力、「沈黙」は魔素の流れをせき止める効果を持っている。
今回の場合、遺跡から端末であるゴーレムへと繋がれた無数の管のように魔素が流れ込んでいると仮定した上で、その管全てを切断するかのように魔素をせき止めさせた。
結果、魔素の供給が無くなった事でゴーレムは活動出来なくなった。成功したと見て間違いは無い。
「じゃあ、遺跡に入っても大丈夫?」
「ああ。じゃが、中にも罠があるやも知れん。くれぐれも気を抜いてくれるなよ」
カルバネラを先頭に、一行は遺跡の中へと踏み込む。
遺跡は薄暗く、やはり人の姿はなかった。ある程度進んでみるが、罠らしきものも見当たらない。
「カル兄、これって…」
スロンが壁へと駆け寄るのを見て、カルバネラも続く。そこには様々な人間の絵が刻まれていた。
その中には獣を模した怪物のような存在も幾つか描かれている。カルバネラは訝しげにその絵を見て回った。
「壁画のようじゃが、妙な壁画じゃのう」
怪物と向かい合う絵もあるが、争っている様子では無く、寧ろ友好的に接しているような、そのような壁画ばかりだった。
窯を囲んでいたり、踊っていたり、物を交換していたり、怪物と人間とが交流している様子が描かれていた。
「怪物と交流のある民族だったのじゃろうか」
だが、その怪物の正体が分からない。何処か親近感のある姿形をしているが、魔族だという確証は無い。
スロンもまた疑問を浮かべている表情をしていたので、一先ずやぐらへ向かう方法を見つける事にした。
やぐらへ向かう方法は意外と早く見つかった。壁画の連なる通路の先に光の差し込む階段があった。
当然、外に繋がっており、そしてそこには、楔らしき鉱石も存在していた。
「じいが、簡単に破壊出来るって言ってたよね」
「儂に任せておけ……と言いたいところだが、正直これ以上の消耗は避けておきたい。何が起こるか分からんからのう」
遺跡周囲の魔素の遮断は今でも続いている。一度解除してしまえば、すぐにあのゴーレム達が復活するからだ。
しかし、それの継続は、ゆっくりとだが確実に、カルバネラを消耗させていた。
すると、話を聞いてか、スロンは拳を合わせた。
「だったら、私が壊すよ。取り敢えず弱体化をかければ良いかな?」
「それで良いじゃろう。お前の持つ能力は魔素を変質させる。魔素をたっぷり蓄えている楔には効果てきめんじゃろうて」
スロンは躊躇なく目の前の楔を殴りつけた。彼女はその状態のまま、少しの間動きを止める。
楔は少しずつ彼女の拳をめり込ませ、そのくぼみからひびが広がっていき、亀裂が生じる頃には楔は砕けた。
両断された楔の上半分が、スロンの拳に押し出されて倒れる。やがて、楔は少しずつ消滅していく。
「機能停止すれば、こんな風に消滅するのか」
少し待てど、1割程しか欠けていない。完全に消滅させるには時間がかかりそうだ。
「帰るぞ、スロン。ここでの任務は終わりじゃ」
「――お待ち下さい、カルバネラさん」
スロンと共に帰還しようとしたところ、エルナーテに呼び止められた。
彼女の声色からは若干焦りが感じられた。
「人間の集団を発見。先程楔が砕かれたのを聞きつけてか、遺跡に乗り込んでいます」
カルバネラはふとスロンの方を見やる。スロンもまた少し慌てている様子だった。
やぐらを探り当てられるのも時間の問題。恐らく接触は避けられないだろう。
「分かった、エルナーテ。ほとぼりが冷めたら落ち合おう」




