待ち望んだ平穏
ある国が氷に覆われて3日が経過した後の事だった。
岩場の上の建造物。少し前までは侵入者が絶えなかったその場所にも平穏が訪れていた。
争った痕跡は何処にも見当たらず、侵入者がいたという事実も忘れ去られようとしていた。
深月は『湧き水の間』にて自分を見下ろす。右目の色と、その周りの色が薄くなっている事に気がついた。
変質した両手と模様の加わった両腕。これらから言えるのは、フィンの能力を受け継いだ事で、身体的にも変化が起きたということだ。
そして、変化はそれだけではない。彼女は自分の手を流れ出る水に漬ける。
それから、彼女の意思によって水全体が凍りついた。数秒その状態を保たせると、氷を解除し、再び元の水に戻す。
氷の生成能力だけでなく、水の状態を変化させる能力が新たに使えるようになった。
攻撃に使うも良し、守りに使うも良し。これだけでも変幻自在であり、また水の能力と合わせれば可能性の幅は更に広がると実感した。
『湧き水の間』を後にし、部屋へと戻る。
寝台の上には、起き上がったスカーレットが、眠気からか虚ろになっている目を何度もまばたかせていた。
やがて、部屋に入った深月の姿を認識する。
「おはよう、スカーレット」
――おはよう、お姉ちゃん。
深月は嬉しそうに彼女の元へと向かうが、その途中で違和感に気づいた。
「あなた、声が…」
――声は出ていないよ。たぶん、お姉ちゃんにだけ聞こえているんだと思う。
今までは聞こえてこなかったスカーレットの言葉。だが、今ははっきりと聞こえている。
『あんたにも聞こえるようになったのか。おそらくこれは、あんたとスカーレットとの絆が深まったってことだ』
深月はスカーレットに更に近づき、そっと肩を持つ。
「ありがとう、スカーレット。あなたに会えて本当に良かった。まだまだ未熟だけれど、良いお姉ちゃんになれるよう、これからも頑張るからね」
スカーレットの目が顔を捉えると、彼女は笑った。おそらく、自然体の笑顔が出せていたのだろう。
長らく待ち望んでいた平穏が、訪れようとしていた。
一方、石造りの執務室では、深界が本棚に立てていた本を読んでいた。
その間に鳴った扉を叩く音に返事をして、扉の奥から冥が現れるのを確認する。
読んでいた本を閉じ、座っている姿勢を少しだけ変えた。
「凍った国の様子はどうだった?」
「あまり変わりありません。見物人が多少居た程度で騒ぎにはなっていないようです」
冥の発言に、「やっぱりね」と呟く。疑問を浮かべる彼女の姿を見て、自身の見解を述べることにした。
「最近、空気中の魔素が変質していることは知っているね?」
「はい。魔素が増えて、思った以上の能力が使えてしまいます」
「おそらくそれだ。空気中に含まれる魔素の量が増える程の事態が起きた。人々の注目はそこに向けられている」
先程まで読んでいた本を見やる。それはかつて滅ぼされたとされる魔族について、記された本だった。
「被害にあったのが小国だったから、という訳じゃない。1つの国が凍ったことが気にならないぐらい、もっと大きな事態が起きている」
深界はふと窓の外を見やる。遠い空から、赤紫色に染まった雲が顔を出していた。
「僕たちにとってそれは吉となるか、凶となるか。しっかり見極めないといけない」
ひょっとするなら僕たちは認識を改めないといけないのかも、と本を見つつ、深界はそう思うのだった。
これにて第一部は終了。
次からは第二部となります。




