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魔の宴  作者: Gno00
紅い棘と蒼い花
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出会いの夜

 俺がそいつに出会ったのは何時になるんだろうな。丁度そいつがやって来た頃だった。

 明かりと言えば、せいぜい半端に溶けた蝋燭ぐらいか。それぐらいに薄暗い監獄の中、俺の入ってる独房とそいつの独房は向かい合わせになった。

 躾もろくに出来てない猛獣どもが吠える。俺もそいつも奴らの同類かっての。

 そいつを連れてきた人間の怒号で静まった後、俺はそいつの姿を見た。

 見るからに奴隷のような姿の、赤髪の小娘。形だけはどう見ても人間だった。

 そいつ―――小娘は抵抗する様子すら無く、人間に蹴飛ばされて独房の中へ入れられる。


(どうせ、此処の人間連中に逆らった奴なんだろうな)


 俺が小娘を見て最初に思ったのはそれだ。

 そう思った途端、俺の中に微かにあった、可哀想に、と思う同情の心は消えた。

 俺は人間が嫌いだ。もし、自由の身になったなら、皆殺しにしてしまいたいくらいに。


 人間が去って、小娘が体を起こした途端、俺の殺意の混ざった感情はいつの間にか驚きと、興味に変わった。

 全身に至る火傷のような痕もまた目に入ったが、そこじゃねぇ。赤い目が俺を捉えて離さない。

 小娘もまた――俺と同じだった。



 ◇◆◇



 掃除の行き届いた、清潔な廊下の中。そこの窓から彼女は顔を覗かせる。

 青い肌に、紫色の目、大魚のような下半身を持つ人魚の少女。

 端になるにつれ、水玉模様を描くとともに濃い藍色へとなっていく、触手のような変わった青い髪を持ち、また、触手のような部位も少なからず有しているその姿は、ただ人魚であるとは言い難い、極めて異質なものだった。

 彼女の下半身は、廊下の床と置き換わった液体の中に浸されており、窓の外からは、蒼い肌の少女に見えていた。


 物憂げな様子で外の景観を見る彼女へと、近づく影が2つ。

 一つは、右腕部分が黒に蝕まれるように染まった白いローブに身を包んだ、異様な仮面の存在。

 一つは、紫の肌を持ち、紫のドレス姿に身を包んだ、左右とで白と黒が反転した目を持つ少女。


 その異質な二人組の気配を感じ、青い人魚の少女はおもむろに振り向いた。


「やぁ、此処の生活には慣れたかな、深月(みつき)くん」


 白いローブ姿の存在が、人間の男性にも似た、優しい声色で深月と呼ばれた青い人魚に話しかける。


「……まだまだ時間が必要なようです」

「焦らずとも、ゆっくり慣れていってくださいね」


 紫の少女の微笑みに深月もぎこちない笑顔を浮かべる。

 半ば強引であっても、その笑顔には育ちの良さを示す気品が感じられた。

 深月の浮かない様子を見て、白いローブ姿の男は少し考える仕草をとった。


「気晴らしに外へ出てみると良い。そうすれば、何か良いことが思いつくかもしれないよ」

「そう、ですね……試してみます」


 白いローブ姿の男と紫の少女に一礼すると、彼女は足早に去っていく。

 彼女の動きに合わせるように、下半身を浸している液体もまた、移動していった。


「どうやら、何か訳ありのようですね」

「ああ。暫くはそっとしてあげよう。余計なことをしないよう、気を付けないとね」


 残された二人組はそう呟いた。



 切り立つ崖のような岩場の上、人の手にならされた面の上に、それは建っている。

 神殿とも、城ともとれる、白を基調とし、金装飾で彩られた建造物。

 その建造物の外である草原に、深月は来ていた。

 高地だけあってか、強めの風が吹いている。虹色に光る星型の髪飾りを付けた髪を靡かせ、彼女は遠くの光景を眺めていた。


 しかし、彼女の表情は変わらない。むしろ広く感じる場所に出てしまったからこそ、虚無感を抱いてしまっていた。


(このままじゃ何も変わらない……何か心の穴を埋め合わせるものを探さなくちゃ……)


 自分という存在がちっぽけに見えて、涙すら出てくる。

 逆効果だと悟った彼女は傷心を隠すように建物へ戻ろうとすると、ふと懐かしい何かが、そこにいるのを感じ、振り向いた。

 だが、そこには誰もいない。気のせいとは思いつつも、何かが引っかかるのを感じながらも彼女は戻ることにした。



 ◇◆◇



 夜、三日月が高く昇った頃。彼女はふと、昼感じた引っかかりを確かめるべく、外へ出ることにした。


 建造物を出た先の草原を見渡してみても、何も、誰も居ない。

 やはり気のせいなのでは、と思うも、気になって仕方がない。それが彼女の現在の心情だった。


 深月は草原を少し移動して、下へ降りる階段を探し出す。

 昔、彼女達の居る建造物に人気(ひとけ)があった頃、人間が建造物近辺を行き来する為に使ったものらしい。

 今は、住んでいる彼女達の殆どがそれを必要としないため、風化してしまっており、中には植物が生えている。

 それでも、獣道よろしく通ろうと思えば通れるものであったため、彼女は決心し、階段を降り始めた。


 その後、階段付近にある存在が姿を現した。

 白いローブ姿の男である。階段を一目見ると、黙したままその姿を消した。




 階段を全て降り、岩場の麓へ辿り着いた後、深月は少し歩いて、その場所に立ったままこれから来るであろう何かを待つことにする。

 来なければそれでいい。来たのならその後考える。深月は目を閉じた。


 それから少しして――微かに音が聞こえてきたのを深月は把握した。


 次に目を開けると、夜闇に紛れて何者かがこちらへと近づいてきているのを見た。

 それは、赤い少女に見えた。そして、その奥に、大量の人影が見える。


 深月は考えるよりも先に行動に移っていた。



 赤い少女は、先が刃のように細い足で体を宙に浮かせつつ前へ進んでいた。

 疲弊により体のあちこちが言うことを聞かなくなっているのを感じつつも、彼女は走るのを止めなかった。

 背後には大人数の人間。彼女は、人間達から逃げているのだ。


 捕まったら最後、二度と自分の身に自由は無くなる。それを確信しているからこそ、彼女は逃げ続けていた。

 だが、人間達も黙ってはいない。突如として背後から衝撃が走り、倒れ込んでしまった。

 此処まで逃げてくる間、あの人間達が用いていた能力によるものだろう。見ると、黒い何かが足を上から押さえつけている。

 足が動かないのなら腕で――彼女は腕の力だけで這う体勢の体を前進させる。


 当然、足よりも遅い為、人間達に追いつかれるのは時間の問題だった。

 それでも、彼女は諦めない。此処で諦めてはあの人を裏切る事になると考えていたからだ。


 牢獄で出会った赤い竜の人。あの人から、たくさんの恩を受け、今の自分が居る。

 あの人の為にも、私は諦めてはいけない――彼女はその心情でいた。


 そんな彼女に答えるように、彼女の前方にある一つの存在が見えてくる。

 それは、蒼い人魚だった。付けている星型の髪飾りが、月の光を受けて虹色に輝いている。


 暗闇の中に浮かぶ、2つの紫の光が、前方の彼女を捉える。

 赤い少女は、それに呼応するかのように、光を灯さない深い赤の目で蒼い人魚を見ていた。

 それから心臓の鼓動が微かに聞こえる程の少しの時間が過ぎ、足の黒い物が何処からともなく生じた水に洗い流されたと思うと、蒼い人魚は赤い少女の手を握って、起こさせ、赤い少女を抱きしめた。


 密着する肉体からは小さな圧力と共に、蒼い人魚の持つ温もりが、赤い少女の着ている赤の装甲のような衣服ごしに伝わってくる。

 それを感じて、赤い少女は何の根拠も、理由も必要のない安心感を抱いていた。

 まるで、血の繋がった家族の温もりに触れたような――赤い少女はまさにそんな気分だった。




 少しの間深月は、懐かしい"あの子"の面影を微かに感じた、赤い少女を抱きしめていた。

 抱きしめられた赤い少女の表情から、緊張が消えていたが、深月はそれを見ずに前方へと紫の目を向ける。


 そこに居たのは人間。それも多くの人間たちだった。見ると、立派な黒い衣服に身を包んでいる。

 その衣服は魔道士と呼ばれる、魔法に長けた職業のものであり、動きやすさよりも見栄えを優先するローブ状の外套(がいとう)であった。

 同じ役職の人間からすれば、自らの正体を明かすようなものであったが、深月にはそれは分からなかった。


「その小娘をこちらへ渡してもらおう」


 魔道士集団の隊長格らしき人間が、手を差し伸べて赤い少女を引き渡すよう深月に命じる。

 だが、深月にその命令に従う理由など無い。


「何故?この子が何をしたっていうの?」


 寧ろ、聞かなければ分からないのが今の深月の立場である。

 当たり前のように、深月は魔道士の隊長に問うた。


「……とにかく、その小娘を渡せ。そうすれば、今回は見逃してやる」


 だが、魔道士の隊長は渋った顔をしたかと思うと、赤い少女を引き渡さなければならない理由を答えなかった。

 この返答に怪しさを感じるのが普通というものだろう。今の深月もそうだった。


「私は、この子が何をしたのか、と聞いているの。それに答えられない理由でも?」

「――これ以上我々の手を煩わせるようならば強硬手段も辞さない」


 深月の質問を遮るように魔道士の隊長は脅迫のような発言をした。

 これ以上会話をしたところで、埒が明かないと感じていた深月は、最初からそのつもりであったのだろう黒い衣服の集団に潔さすら覚えていた。


「……やってみなさい」


 深月のその一言を合図にするかのように、魔道士の者達が深月へと攻撃を仕掛ける。

 簡易的な魔法らしき光弾を飛ばすが、深月の前方に突如として地面より吹き出した水の壁が相殺する。

 次に魔道士達は赤い少女を抱いたまま動かない深月の背後へと回り込もうとし、その対応をさせまいと先程よりも一回り大きい魔法の光弾を放つも、光弾の向かう方向に立ちはだかる水の壁がまたも相殺した。


「ならば……喰らえッ!」


 深月を包囲する陣形となった魔道士が、一斉に詠唱し始める。

 すると、深月の頭上より、小さな黒球が出現し、それがどんどん肥大化し始めた。


『我らの力、思い知れ!』


 巨大となった黒球より手が伸び、深月の手から赤い少女を奪おうとする。

 徐々に離れていく赤い少女を離すまいと、腕にかける力を強くして、黒い手に対抗する。

 やがて、黒い手が諦めたかのように手を離すが、それと同時に、黒球より鰐のような長い口が出現して、深月達を抵抗させる間も無く、呑み込んだ。


 黒球の中、闇にも似た黒の空間でもまた、伸びてくる無数の黒い手が赤い少女を奪おうと襲い来る。

 このままでは不味い、と思った深月はある行動を取ることにした――



 ――そして、黒球は深月達を呑み込んだまま爆発した。

 黒球の現在地であった場所の地面を半球を描くように抉り、決まった、と魔道士の誰もが確信していた。


 その時、ある物体が落ちてきた。それは、深月が体に持つ水玉模様を持つ、楕円状の物体。

 物体を取り囲む者達がざわめく瞬間、何処からともなく津波が、流れ込んできた。

 津波は楕円状の物体を守るように、魔道士達を飲み込んで流す。そしてある程度魔道士達を流すと、何も無かったかのように消えた。

 全身を水浸しにしながらも、二度、起こった突然の事態に、魔道士達は唖然とする。水に濡れた体と、夜の冷気により感じる寒さが、彼らの判断を鈍らせていた。


 津波によって守られた楕円状の物体が、溶けるように消え、中から深月達が現れる。両者とも無事だった。

 深月が生成したのは攻撃、即ち外部からの干渉を切り離すシェルター状の物質であり、それによって黒球の手を切って剥がし、更に黒球の爆発や、津波の脅威から自身と抱きしめていた赤い少女とを守ったのである。


「悪い事は言わない。このまま去りなさい」


 魔道士達を睨むような形相で、魔道士達に言い放つ。

 このまま黙ってなるものか、と魔道士の隊長はすぐに手を構えて次の魔法を放とうとするも、そこで自身の異変に気が付いた。

 両手が枷状の液体によって自由に動かせなくなっていた。更に、枷と合わせるように両手を包み込む液状の球体が出ている。

 魔道士の隊長は他の仲間達を見渡すと、仲間達もまた同じものを掛けられていた。

 津波による混乱の最中、深月が魔道士達に仕込んだものだった。


 してやられたと思ったのか、魔道士の隊長は激しく歯軋りする。


「……覚えていろ」


 そう吐き捨てると、仲間達に撤退するよう促し、自分達の両手の枷状の物体が無くなったと共に、一瞬にしてその場から姿を消した。

 転移魔法の類を使った。そうとは知らないが、一先ず脅威は去ったと深月は安堵の表情を浮かべ、自らの緊張を解き、赤い少女を抱きしめていた腕の力を解いた。


 すると、彼女は深月の体へと倒れ込んできた。一体何事か、と深月は思うも、赤い少女の表情を見てすぐに理解した。

 彼女は安らかな寝顔を浮かべて、眠っていたのだ。この子の力になれた、と思うと、深月の顔に微笑みが浮かんだ。


 そこへ、新たな人影が姿を現す。それを感じて、深月はその方向へと振り向いた。

 白いローブの男だった。彼は杖を片手に深月へと歩み寄った。


「どうやら人間と対峙したようだね。……全部、見ていたよ」

「すみません、面倒な事を起こしてしまって」


 白いローブ姿の男の声色を聞いて、深月は自分に何か落ち度があったのだろうか、と一先ず謝る事にした。

 事実、深月自身は魔道士集団の正体を知らない。ひょっとして面倒な事になってしまったのでは、という後悔が深月の顔に浮かぶ。


「いや、いいんだ。その子を助けた君の行動は、すごく立派だったと思うよ」

「……ありがとうございます」

「それより、その子は暫く休ませた方が良い。今は眠っているけど、疲れてもいるみたいだからね」


 白いローブ姿の男の言葉を聞いて、深月はそうなのだろうか、と疑問を浮かべた。

 赤い少女はそうとは思えない程に安らかな表情である。


「……戻ろうか。その子の処遇については、これから考えるとしよう」

「……はい」


 赤い少女を抱き上げた深月と白いローブの男は、穴の空いた草原より一瞬にして、姿を消した。

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