第八話 幕間 王国のナンバーズと秘密の露呈
教室ほどの広さがある薄暗い部屋。その中央に円卓が置かれ、卓を囲むように等間隔で五つの椅子が並べられている。
王城のほぼ中心にあるこの部屋に窓はなく、中心にあるが為に室内の空気が澱みがちになるはずが、何かの装置が働いていて息苦しさを感じない。しかし、別な意味で息苦しさは感じられた。
円卓には天井から光が注がれ、五つの椅子のうち三つが埋まっていた。アルスネル王国のナンバースリー。騎士団傭兵隊隊長フィリアン=オルフェノ。女性のみで結成された騎士団黒薔薇隊隊長リーナ=クラベールはナンバーフォー。そして、ナンバーファイブの騎士団錬金術技術研究所所長ユーリッツ=ジャスプ。が、それぞれの席に座る。アルスネル王国の実力者五名のうち、三名がこの室内に会していた。
ガチャリと扉が開け放たれ、光の外側に居る影に潜む者達の姿が一瞬露わになる。
「よぉ。遅かったじゃねーかラスティン」
入室してきた白い塗装が成され金色の装飾が施された板金鎧を着込んだ人物にフィリアンは声を掛けた。
「ちょっと野暮用でな」
アルスネル王国騎士団のナンバーワン。近衛隊隊長ラスティン=アレクサードは、背中に下がる赤いマントを翻して椅子に座った。
「ちったぁ休んだ方が良いぞ。近衛隊長さんよ」
「そうだな。考えておこう……では始めてくれ」
「はっ!」
ラスティンの言葉に、円卓外の暗がりに控えていた男が緊張した声を発し、光の中に姿を現した。
「三日前に行われた戦闘に於ける最終報告です」
男の言葉に、円卓に座る四人が卓に置かれた羊皮紙に視線を落とす。その羊皮紙には被害の状況が書かれていた。
「死傷者は四百七十六名。うち、死亡八十七名。重傷者は二百八十一名。軽傷者は百八名です。軽傷者は治癒魔法で治療を施し、一時休養の後に現在は通常の任務に就いております。重傷者は一週間から二週間の治療が必要との事。その他被害はありません」
「そうか。死者の遺族には、生活に困らぬ程度の支援をするよう伝えてくれ」
椅子の背もたれに身を預けていたラスティンは、卓に両肘をつき組んだ掌を口に当てる。
「それで? どいつが魔方陣を構築したんだ?」
男は大きく首を横に振った。
「分かりません。調査班からは獣類ランク一の痕跡が見つかった。と、報告を受けています」
「ランク一。道理で歯応えが無ぇと思ったら……」
後ろ頭に手を組んだまま、フィリアンが呟いた。
「一万規模の召喚を行ったのだ。首謀者は只者ではあるまい。そうだな、十数名の術者が必要となるか……」
「それと、護衛の任に就いていた各騎士から、若い女性が四名ほど行方不明になっていると報告が上がっております」
「……なるほどな。悪夢の明時の仕業か」
「アレを囮に使うたぁ、奴も派手だねぇ」
「して、行方不明の女性とは?」
「はっ! ロリエ=トゥーリー、シーナ=カルヴァリオ、オルテシア=アープル。いずれも親族から捜索願いが出ている一般の女性。そして最後は、アカデミー生のコリーヌ=ロアール。以上四名。十六歳から二十歳の女性です」
「フレーネ」
「はっ」
影に控えていた女子寮寮監のリザベラ=フレーネが、一歩前に出て光の元に姿を現し、踵を鳴らして直立不動になる。
「彼女の寮での生活に気付いた事はあるか?」
フレーネは首を横に振る。
「いえ、特には。苛烈な戦闘に耐えかねず逃げ出した可能性もありますが、真偽の程は定かではありません」
「そうか……アモク、行方不明者の足取りを追え」
「御意」
影の中から低い声が聞こえると、その場の気配が一つ消えた。
「それとフレーネ。あの件は処理をしたのか?」
「はい。寮生全員に紅茶を飲ませ就寝させております。覚えている者はいないかと」
「そうか。近々祭りが行われる。ヤツにとって絶好の機会だ。だが、それはこちらも同じ事。ヤツを捕らえるチャンスでもある。引き続き警戒を行ってくれ」
「はっ!」
軽くお辞儀をしたフレーネは、一歩下がって再び影に紛れた。
「それでフィリアン。郊外の森で色々とやっている娘の方はどうだ?」
今までの話を退屈そうに聞いていたフィリアンは、後ろ頭に組んでいた手を解し卓に肘を付いた。
「アイツには特別な力があるのは確かだな。ホント、見ていて信じられない事をやってのけてるゼ」
「魔女の類ではないのか?」
「うーん……邪悪な感じはしねぇ。森の事にしたって、誰彼を害する為というよりは自分を鍛えているような感じだしな。まあ、ここは魔女だがな」
フィリアンは手の平を自分の胸の前で大きく形を作る。それを見たフィリアンの向かいに座る人物が、ダンッ! と卓に勢い良く両手をついて立ち上がった。
「お下品な発言は控えたほうがよろしくてよ? フィリアン」
フィリアンに向かって言ったその女性は、騎士団ナンバーフォーで女性騎士のみで編成される黒薔薇の騎士団団長のリーナ=クラベール。ラスティンと同じ板金鎧を着ているが、その色は銀で背中には真っ白なマントが垂れ下がる。容姿端麗で文武両道な完璧ともいえる彼女ではあるが、ある問題を抱えていた。
「下品なもんかね。胸は女性が女性たるステータスだ。それが無いオマエは男と変わらんゼ。そのデカイフリした胸当ての中身には綿が詰まっているんだろ?」
「わっ! 綿じゃありませんわ! うーる……って何を言わせるんですの!」
ウールなんだ……と、影に潜む者達は一同に思っていた。毎日山羊のミルクを飲み、ちょっと変な気分になるまで胸を揉みしだいているというのに、一向に大きくはならない。それが彼女が抱えている問題であった。
「いいじゃないですかペッタンコ。ボクは好きですよペッタンコ」
卓に顎を乗せながら、両腕を真っ直ぐに伸ばして手にしている羊皮紙を眺めている男が横から口を挟む。
「ペッタンコじゃありませんわよユーリッツ! 何度言えば分かりますの!?」
ワーワーギャーギャーと騒ぐ彼等を見て、影に潜む者達は呆れてため息をついていた。
「魔女を討伐してから十年だ。もし、転生をしているのなら、そろそろ目覚めてもおかしくない」
「そんときゃ、またオレが討伐してやるよ」
キリリとした男前の顔で言ったフィリアンであったが、その男前の顔はリーナによって後ろから髪を引っ張られている所為であった。
「だけどよ。あんなションベン臭いガキに何が出来るっていうんだ?」
「花が開いてからでは遅い。毒の芽は早目に摘んでおくに限るだろう? 兎に角、何か変化が見られたら報告してくれ。以上だ。解散!」
ラスティンは立ち上がり、影に居た者達に開けられた扉を潜る。その後を室内に居た者達が追い、次々と部屋を後にした。
ラスティンはログホラのクラスティさん(名前の類似は偶然です(汗))イメージ。
フィリアンはバスタードのガラをイメージしております。