第七話 急劇な襲来と騎士達の戦い
「何かあったみたい」
教室内に設置されている風の魔術を応用して作られた、伝声魔導器……いわゆるスピーカーから、騎士団に所属する者達に招集が掛けられていた。城から城壁へと続く門前の道は、武装した騎士や傭兵、魔術士も混じって通り過ぎてゆく。養成所からも慌ただしく何人も出て行っている。皆が一斉に窓に駆け寄り、その事実を確認すると教室内が俄に騒がしくなり始めた。
「注目!」
いつの間に入って来たのか、訓練教官の一人であるランベールさんが、教壇に立ち教鞭をピシリと机に叩きつけた。多分騒がし過ぎて誰も気付かなかったのだろう。そして、気付かなかったのでちょっと怒り気味に見えるな。
「皆、席に着け!」
ザザザっと潮が引くように窓から離れそれぞれの席に着く。モタモタしていたら叱責が飛ぶから皆迅速だ。
「諸君等も知っての通り、現在騎士団に招集が掛けられている。南方の大草原に魔物が大量発生しているという話である」
教官の話で教室内がざわついた。魔物の大量発生?! 自然に発生したとは思い難い。なにせ国内では、魔物の姿を見付けたら騎士団や傭兵が迅速に対処をしているという話を聞いた事があるし、他から群れをなしてやって来たのであれば、監視網に引っ掛かりもっと早く招集が掛けられていただろう。
「静かに!」
教官の叱咤によってざわついた教室内が再び静まり返った。
「今から騎士団の戦いを学びに行く」
『……は?』
まるで教室から言葉が発せられたような錯覚に見舞われる程、皆が一致して見事なハーモニーで放たれた『は』だった。そして、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている私達を見て、教官は満足げな表情を浮かべていた。
「諸君等は、いずれ騎士見習いとなり騎士団に配属される身分だ。騎士は傭兵とは違い、集団戦闘が基本戦術だ。よって諸君等は集団戦闘も学んでいく事になる」
言い終えて教官はグルリと教室内を見渡した。この世界の戦闘は中世の戦い方と大差無い。歩兵、騎兵、槍兵、弓兵と弩弓兵という大型の機械式弓(又は投石機)を扱う兵が、隊列を成して敵に相対する。
元の世界と大きく異なるのは、魔術士という中・遠距離攻撃が出来る兵が居る点だ。騎士は彼等の盾となり、時には矛となって敵を押し止め、他の者の力を十全に発揮できるように勤めるのだと座学で習った。
「今回の戦闘に諸君等の同行を申し出た所……騎士団本部よりご許可を賜った!」
ゴクリ。静かな教室内で固唾を呑む音が聞こえた。そして、皆の緊張が否が応でも高まってゆくのを感じている。戦場に同行する。それは危険地帯に足を踏み入れる事と同義だ。陣形を突破した敵に襲われるかもしれないのだから。
「しかしだ。お前達は見習い以下の存在。つまりは、未熟中の未熟者だ。そんな未熟者達を戦場に入れる事は罷り成らない。そこで、戦場にほど近く、全体を見渡せる場所……第四城壁南門の門上にて騎士団の戦いをしかとその目に焼き付けろ!」
危険地帯に身を置かない事を知った幾人から安堵のため息が漏れた。だけど、その人達は何か勘違いをしている。教官が云っていた通り、私達はいずれ騎士団の一員として集団の中に立つ事になる。その時、目の前で繰り広げられる命のやり取りを見て、平然として居られるだろうか? 答えは否だ。
だから、今の内に慣れておいた方が良い。鉄分の臭いがむせ返る戦場を。肉が裂かれ血飛沫が舞う間近で起こる凄惨な出来事を。集団戦闘中に戦々恐々とされては迷惑以外の何者でも無いし、自分だけが犠牲になるのならまだしも、他人まで巻き添えにされてはたまらない。騎士団の崩壊は敗北を意味するのだから……
王都アルスネルには、中世時代に良く在ったとされる城壁が設けられている。王城を中心に円形状に家が建ち、それを守る為に城壁が作られた。だが、この地はケレドニア大陸のほぼ中央に位置する肥沃な盆地にある都市。
周辺の町や村から様々な物資が集まり、商いを生業とする者達もやって来て、あっという間に壁の外にも家が建ち始めた。それ等を守る為に更に城壁が建てられ、それを四回ほど繰り返して、バームクーヘンのような現在の都市になったのだという。
普段賑やかな都市内も、緊急事態である今は静まり返っていた。真っ直ぐに歩く事も出来ない程、人でごった返す露店街も、残された売り物に小動物が手を付けている有様。これだけでも相当な被害額になるだろう。
行軍する足音だけが響く街中を通り、一番新しい第四城壁の監視所に集められた私達は、南方に広がる大草原の異様な光景に、誰も彼もが言葉を失っていた。
この時期、一面緑に染まっている筈の大草原は三割ほどが黒に染まり、日に照らされ地面に落ちた雲の影の様にゆっくりとこちらにやって来る。
「……なんて数だ」
「観測班からの報告だと大鼠や狼の集団らしい。数は八千と聞いている」
私達の護衛の任に就いている騎士の一人がそう教えてくれた。一方でアルスネルの軍は四千くらいだという話。数の上では不利な状況にあるが、質と練度はこちらが遥かに勝っている。
眼下には部隊が三つに分けられていた。中央の主力は騎士団が中心の部隊、右翼は前面に騎士団、そして後方に魔法兵団が控える。迎撃に於いて最も重要な左翼部隊には、装備がバラバラな所を見るに、傭兵団が任されたようだ。それを統率しているのが、先の魔女との戦いで人類側に勝利を導いた英雄の一人、王国騎士団ナンバースリーのフィリアン教官だった。
各隊の最前列には、三角錐のランスを持った騎馬隊が横一線にズラリと並び、騎馬の横にローブを羽織った魔術士が並び立つ。そして、第四城壁には魔術士と機械式弓を操作する弩弓隊が配置されていた。
急な出動命令だったにも関わらず、これだけの短時間でこうも整然としているなんて、王国騎士団の統率力の高さが伺える。
「……始まる」
緊張した声色で誰かが言った言葉が、地響きの中でやけにハッキリと聞こえた。見れば、敵はもう直ぐそこまでに迫り、姿形までハッキリと分かる。
「迎撃よーい!」
よく通る声が私の耳にも届く。指揮を執っている総隊長が、空に向けて手を上げていた。
「放てー!」
総隊長の手が勢い良く振り下ろされるのと同時に、配置された魔術士から前方に向かって光の塊が飛んでゆく。魔法の矢の一斉掃射だ。更に後方に配置された弓兵、城壁に設置された機械式弓からも弓が放たれ、それ等は弧を描いて雨のように降り注いだ。
避けもせず、猪の様に真っ直ぐに突っ込んでくる獣達がバタバタと倒れてゆく。しかし、倒れた屍を乗り越えて変わらぬ速度で突撃してくる。相手は獣だ。それくらいでは怯む事はない。
それを見越していたのだろう、騎乗している騎士達がランスを前方に構えて走り出した。黒の絨毯がまるでモーゼの十戒の様に騎兵隊の数だけ割れてゆく。
途中で筋が途絶えてしまったものもあり、無事を祈る者を嘲笑うかの様に飲み込んで瞬く間に元通りの絨毯に戻っていった。
騎兵隊が敵陣を突破すると、周りから歓声が上がった。突破を見計らって後衛陣から第二射が放たれ、魔術士団からは色取り取りの塊が敵陣目掛けて飛んでゆく。赤い矢は着弾と同時に爆ぜ、緑の矢は対象を切り裂き、紫の矢は行動不能に陥らせ、青い矢は触れたモノを凍らせた。
「凄い、これが魔法」
私にも幾つか扱えるが、実戦で使用した事はまだ無い。詠唱のリスクに見合った……ううん。それ以上の威力。その凄まじさに驚く以外の感情が出てこなかった。
第一、第二斉射で敵の数はだいぶ減った。だけど、数の上ではまだまだ不利な状況下にある。敵軍の侵攻速度は衰えを見せず、何かに鞭打たれるように突き進んで来る。それを見た魔術士達は攻撃を止め、後方に下がってゆく。代わってフル装備の騎士達が盾を構えて全面に躍り出た。
ガギッ! 鈍い、しかし大きな音が、離れた門上の私の耳にまで届いた。なんていうコンビネーションなのだろう。ギリギリまで魔法の力を生かして敵を屠り、そしてすかさずスイッチする。一歩間違えば魔術士が犠牲になってしまう所だ。
敵の侵攻を四肢を踏ん張って食い止めた騎士達は、振り下ろした剣によって相手を絶命せしめ、或いは敵の攻撃を捌ききれずに絶命していく。うまく捌いたとしても、その後ろから別な敵が襲い掛かる。まるで、無限に相手をしなくてはならないような強いプレッシャーが、私にまで伝わってくる。
平和な日本で生まれ育った私には、これが生まれて初めての戦場。TV等でそういった戦場の凄惨さを報道していたりしたが、さほど関心を持っていなかった。だが、実際それを目の当たりにして言葉が出ない。生命の危機が日常的なこの世界に住む者達ですら、目を背け嘔吐くのだから余程の事なのだろう。
先程突入して行った騎馬隊が、敵軍の右から再突入を開始した。まるで剣を横薙ぎで斬りつけた様に敵陣が上下に分断されてゆき、後陣に向かって魔法や矢が放たれてゆく。
裂かれた黒い絨毯が元に戻ろうとした時、そうはさせるか。と、いわんばかりに、切り裂かれた隙間に傭兵隊が突入してゆく。その陣頭に立つのはフィリアン教官。
彼の持つ白銀で鍛錬された幅広の剣は、振る度に陽の光を反射し乱戦状態の戦場で目立っている。
私は、フィリアン教官のその剣技に見惚れていた。襲い掛かる獣達をものともせずに、捌き、躱し、斬り伏せる。そして、一緒に戦闘をしている傭兵達のフォローも怠らない。
「凄い……」
「ああ、流石英雄殿」
私の感嘆の呟きに誰かが応えた。きっとその人も私と同じ気持ちで彼を見ているのだろう。
と、フィリアン教官が四肢に力を込めて剣を横薙ぎにした。直後、彼の前方に居た獣達が上下に分断される。何かの技? なのだろうか、目では見えなかった為に何をしたのか分からない。ただ、分かるのは、そのナニカは、相手を両断するだけの威力をもっている。と、いう事だけ。
「(これが、魔女と戦った英雄の闘い方なんだ)」
嵐のように戦場を荒れ狂い、瞬く間に獣達の死骸が生産されていく。他の傭兵達も、フィリアン教官に負けず目覚ましい活躍しているというのに、それが全て霞んで見えてしまう。それ程の剛胆な剣技だ。
二倍以上の兵力を有していた敵軍もその数を減らし、今や防衛軍よりも少なくなっていた。前後左右、そのどれも退路は塞がれ、獣達は確実に数を減らしてゆく。しかし、獣達はなおも抵抗を辞めず立ち向かって来る。千より少なくなっても、百になっても、最後の一匹になっても。
そして、誰かが発した雄叫びが、瞬く間に広がって城壁を崩すかと思える程の音の塊となった。
勝った。戦った者達も、観ていた者達も、互いに喜び飛び跳ね、或いは抱き寄せて勝利を祝う。私もリアナに抱き寄せられ、胸の谷間で空気を求めてもがいていた。
熱狂の渦に包まれ嵐のような喝采を送られながら、凱旋した者達は通りを歩いてゆく。その陰で、無念にも命を落とした者達が、壁際に並んで横たわる。
国の為に死んだ者達の上に私達は立っている。私の場合、憑依を解除すれば戦場に身を置く事は無いが、それがいつ迄続けられるのか分からない。自分の意思に関係無く、巻き込まれる事だってあるだろう。いつか訪れる戦いの為に、より一層自分を鍛える事を、私は心に刻み込んだ。