第六十六話 七つの光と神へ至る扉。
大地に刻まれ光り輝く七つの点。時を経る毎に強さを増すその光は、かつて存在した北方大陸を頂点に、西方大陸側では、エリージア王国の霊峰ライ・エ・エルム。砂漠のオアシスコーカンド。南方諸島活火山のヴルカォン。東方大陸側では、ノスティア王国北部の灯台を兼ねた塔フアルラートル。アルスネル王国王城。そして深緑都市タロンの七つから発していた。
「何をしやがった!?」
スズタクは険しい表情でクレオブロスに駆け出す素振りを見せる。
「施設が稼働を始めたのだよ」
施設からのプラズマの様なモノが空に向かって立ち昇る。巻き上がる土砂、逃げ惑う人々。淡々と流される映像は何処か冗談の様にも思え、私達はそれをただただ呆然と眺めている。唐突に突き付けられた夫々の死。再生された自らの身体、クローン体に施されたチート能力の秘密。そして犠牲は皆無である。という、クレオブロスの甘言も加わって、私達の思考はパンク寸前になっている。だからこそ、目の前で行われている所業に、誰一人として静止出来ないでいた。
「こんな事は止めなさいっ!」
発した声が、映像だけが流されるこの空間に響いた。その内の二つを既に知っている私だけが、ちゃんと思考出来ていたと思う。
「驚いたな……まさか生に対して一番執着があるキミがそれを言うとは思わなかった」
そんな表情なんか微塵もしてない癖に。
「近藤美希。キミはボクの邪魔をしようというのかな? 黙って協力してくれれば、その身体ごと元の世界に戻してあげよう。というのに」
「誰かの犠牲の上でなんてゴメンだわ」
「キミはまだ若く、世の事について分からない方のが多いだろう。いいかな? 何かを成すには必ず犠牲は付いて回る。会社を興すのにも、有名人になるにも、人を治療するのにも、そして恋をするのにも……。そちらのご老体にはお分かりの筈だ」
「そうじゃな。お前さんの言う通りじゃ。じゃがな、嬢ちゃんはその犠牲が大き過ぎる。と言っておるのじゃよ」
フォローありがとうお爺ちゃん。だけど、そこまで深く考えてなかった。ただ単にそれはやだな。って思っただけ。
「先にも言ったが、結果的には犠牲はゼロだよ。今、死んでいる者達も何事もなく生きている」
「別な人間になって。でしょ?」
過去で何かを変えれば、現在も変わってしまうだろう。全く同じ姿になっているとは限らない。
「ホウ。そんな事も分かるのか。まあ、今現在の姿とはいかないだろうが、それでも生きているには変わりない」
「それでアリサさんが喜ぶとでも思うの?」
「フン。オマエにアリサの何が分かる?」
「凛としていて部下からの信頼も厚い。カッコイイって思ったわ。ホント、アンタなんかには勿体無い女性だわ」
今まで、余裕の笑みを浮かべていたクレオブロス。その表情にほんの少しだけ陰りが見えた。
「『もう逢えなくてゴメンね』。彼女の最後の言葉よ」
「何故、お前がそれを知っている?」
「…………夢で見たのよ」
少しは表情が崩れるかと思っていたけど、『夢』と言った時点で逆効果になったか。胡散臭いとでも思っているのか、その表情が引き締められた。
「フン。そんな幻などに真実は無い。これからは夢や幻でなく本物と相見える事が出来るのだ。悠久の時を経て我が望みがようやく叶う。今こそキミ達に役立って貰うぞ!」
クレオブロスが指をパチリ。と、鳴らすと、ほんの僅かな浮遊感を感じた直後、気付けば別な場所に移っていた。さっきまで居た部屋と同じ様に周囲は黒で塗り潰され、どれ位の広さをもっている空間かは分からない。しかし、今の部屋は狭い様に感じた。
私達をグルリと取り囲む円筒のガラスケース。下部から床の中に幾つもの管が延びている所を見るに、何かをディスプレイする為のモノでは無いのは確か。
「あれはまさか……静さん!?」
七つの筒の一つには、アリサさんのクローン体が静かに佇んでいた。攫われた静さんの魂は、恐らくあの身体に入れられているのだろう。そして筒に中に囚われているのは静さんだけでは無かった。
「子供……?」
歳は恐らく十代前半。ゴシックロリータの服をその身に纏い、目を閉じたままで佇む姿はフランス人形を思い浮かべる。ハッとする様な美しさは、子供である事を超えている。
「彼は七人目の日本人だ」
え……? 彼!?
「まさか……オトコの娘。ですか?」
「それが何を意味するのかは知らんが、男であるのは間違いないな」
意図的なのか偶然なのかは知らないけれど、妙なスカウトをするもんだ。
「さあ、それでは始めよう」
「いいや、終わりだ」
一歩前に進み出たスズタクは、刀の切っ先をクレオブロスに向ける。
「何のつもりかな……?」
「オマエとの契約は破棄させて貰うって事さ」
「…………死した君達に身体を与え、尚且つ元の生活に戻してやろうと言うのだよ? 君達の望みはもうすぐ叶うというのに、私の望みは叶えさせてくれないのかい?」
「そういうのをな、恩着せがましいって言うんだゼ? オレ達は自力で戻る。それは皆で決めた事だ」
「無理だな。魂の状態であったからこそ、次元の壁を超えてこの世界に来る事が出来たのだ。肉体を得た今の状態で次元跳躍を行えば、魂と身体は引き剥がされ、魂だけが元の世界に戻る事になる。そうなった場合、君達に待っているのは死だ」
唐突に突き付けられた言葉。私達の身体が魂の情報から作り出されたモノなら、クレオブロスが言った事もあながち嘘ではないだろう。
「それでも尚、協力を拒むと言うならば、こちらとしても強制せざるを得ないな」
クレオブロス腕を上げる。その動作に皆が武器を構え、辺りに緊張が走った。最後の戦いが始まる。誰もがそう思っていたに違いなかった。しかし――
「な、何だ!? 身体が……?」
「う、動かぬ」
「私も……です!」
「ニャッ!? ニャーッ!」
私達が構えを取ったと同時に鳴らされた指の音。あの音を聞いた途端に、身体は言う事を聞かなくなった。
「テメェ! オレ達の身体に何をしやがった!?」
「キミ達の様な存在を、何もせずに放っておく訳が無いだろう? 万が一の為にね」
身体を精製した時に何かを仕込んだ。と白状したのと同じだ。
パチン。クレオブロスの指の音が響く。フワリと浮き上がったスズタク達の身体。薄い円形の床が彼等を軽々と持ち上げ、そしてゆっくりと円筒へと運んでゆき閉じ込める。そして私は――
「もうすぐだ。もうすぐ――キミに逢う事が出来る」
「私に向かって言っても無意味よ」
何しろ外見はアリサさんだが、中身は別人なのだから。
「ふふ……」
「んっ!?」
重ねられた唇はヒヤリと冷たく、人の温もりは全く感じられない。直後に私の中のナニカが、吸われる様な感覚に見舞われた。
「なかなかいい感じになっているな」
誤解される様な言い回しだけど、奴が言っているのはスキルの事。
「無駄よ。スキルレベルは四十八。最大には程遠いわ」
「ん? ああ、別に構わない。キミにはレベルを最大にしろ。とは言ったが、ただの負荷テストさ」
「負荷テスト……?」
「そうだ。スキル自体はとっくに完成していてね、使用するにあたってどれだけの負荷に耐えられるか、テストをしていたのだよ。何しろ相手は神だからね」
コイツ。私を実験台にしたのか。
「……もし、私がそれに耐えられていなかったら?」
「コーカンドの時の様になっていただろうね」
アレはスキルの暴走が原因だったのか……
「さて、それでは始めようか。キミ達の魂を少し使わせて貰うぞ」
宙に投影されているモニターの向こう側、地表にある七つの光が空に向かって打ち出される。光は地表から遠く離れた場所で一つに纏まり、無限とも思える星々の海に浮かぶこの施設を貫いた。直後――
『ああああっ!』
円筒の内部でプラズマが荒れ狂い、皮膚を内蔵を貫く。スッと血の気が引いてゆく感覚。私の中からナニカが吸い取られてゆく。プラズマが通り過ぎた後には、全身を襲う倦怠感とナニカが失われた喪失感に立つ力を失い崩れ落ちた。気力を振り絞って頭を動かし皆の無事を確かめる。どうやらみんな生きていはいるみたいだ。プラズマのお陰かクレオブロスの拘束は解かれてはいるけど、手足が震えて思うようにいかない。この円筒を打ち破り攻勢を仕掛けるのは、奴が油断している今しかない。だけど、誰も動けなかった。
「フハハ! いいぞ! 素晴らしい数値だ! コレならば!」
映し出された映像は、この施設の最上部と思しき塔のもの。ソコに収束している煌々と輝く白い光が爆ぜた。七つに分たれた七色の光が再び地表に降り注ぐ。堕ちた先は光が放たれた七つの施設。そこから施設同士を繋ぐ様に光の筋が伸びてゆく。そして光の筋が各施設と繋がった瞬間、海と大地が黒に染まった。
「おお……。アレが神へ至る扉か……」
感嘆の声と表情でその様子に見入るクレオブロス。確かにヤツの言う通り、惑星表面に現れた大きな扉に見えなくもない。洋上都市エウディアはドアノブの役目なのだろうか。
「ククク。後は――むっ!?」
クレオブロスがポケットに手を突っ込んだのと同時に、ガラスの砕け散る音が耳に届く。
「(ス、スズタク?!)」
破壊した円筒から飛び出したスズタクは、身を低くして居合抜きの構えを取る。
「居合……鎌鼬っ!」
耳をつんざく様な鍔鳴りが辺りに響き、同時に三日月型の可視の刃が私達の円筒を砕いて破片を撒き散らす。その内の一つがクレオブロスに迫り、そして――
「何だとっ!?」
驚きの声を上げるスズタク。放った三日月の刃はクレオブロスの身体を両断せずにすり抜け、その背後の壁を打ち砕く。アンタ、壁の向こう側が宇宙だったらヤバイ事になってたんだけど……?
「無駄さ。キミ達の刃はボクには届かな――」
「聖なる十字架の刻印っ!」
言葉を遮り麻莉奈さんが放った魔法の光が、クレオブロスの身を覆い尽くした。光の奔流が収まると、涼しげな顔で何事も無かった様に佇むヤツが居た。
「今のは堪えたかな」
「な、んで……」
ガクリ。と、その場に膝を着く麻莉奈さん。だけど、麻莉奈さんが放った光の魔術である考えが浮かんだ。私の持つ総ての気力を振り絞って立ち上がり、その考えを実行する。
「総てを生み出せし至高の女神リーヴィア」
「なにっ!?」
その詠唱に驚きの声を上げるクレオブロス。ヤツはこの世界で生まれた一個の生命体。
「過去、現在、未来――」
「無駄だっ! キミ達の力などボクには効かない!」
確かにね。だけどこの世界の創造主なら、コレならばヤツにもダメージが通る筈。
「――悠久の時を経ても尚、怨嗟を鳴きし……」
「ムダだと言っているっ!」
「あああっ!」
クレオブロスが放ったプラズマが私の身体を貫く。
「うくっ、グッ……そ、そのモノの――あぐぅっ!」
プラズマの圧力が増す。声にならない声が、焼けそうな喉から溢れ出す。スズタク達が私に向かって何かを叫んでいる様に見えるが、その声は届いてこなかった。
「うく……あ、貴方の……そのひ、広い腕に……」
もう少し、あと少し。なのに……身体が悲鳴を上げた。
「かっ……は」
肺の中の空気が全て吐き出され、焦げた匂いが鼻を突く。ガツン。とした衝撃が、膝から中へ伝わり、背中、そして後頭部からも伝わった。




