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第六十三話 ベタな展開と奪われた魂。

 瞼を通して届く光に意識が覚醒する。水平線から僅かに突き出した、東方のヴィオール大陸の山々から太陽が顔を覗かせる。しかし、覗いているのは太陽だけじゃ無かった。


「風よ。我が意に従い爆ぜて其を吹き飛ばせ」


 身体から風の壁と言っても過言ではない爆風が発せられ、寄せては返すを繰り返していた穏やかな水面(みなも)を四つの水柱が揺らした。


「全く、何がオレ達がベッドまで案内してやる。よ」


 親切心から出た言葉ではない事は、ニヤケた顔が物語っている。


『美希はん、モテモテでおますなぁ』


「いや、私が。と、いうよりは、この身体が。だから」


 よっこいしょ。と、身を起こし、夜中侵入した施設への扉を開ける為のプレートに触れる。


「開かない……か」


 触れる事で反応を示した壁の一部のプレートは、今は完全に壁と化している。


『どないしはりますの?』


「待つ。しか無いでしょうね」


 壁面を破壊して施設に侵入出来たとしても、また追い出される事は目に見えている。それにアイツ(クレオブロス)は、消えてしまったアリサさんを取り戻す為に何かをやろうとしている。日本から転移させた私達が揃うのを待つのは、事を成す過程で元の世界に送り帰す為か、或いは……


「利用する為。……か」


『そら間違いあらへんなぁ』


「……ねぇ、静さんは何とも思わないの?」


『何がどすかぁ?』


「だって大昔に召喚されて、それ以降ずっと利用され続けていたんでしょ? 腹が立つとかないの?」


『そら初めは激おこぷんぷんどした』


 激おこぷんぷんって、ギャルかあんたは。


『せやけど、永遠とも思えはる輪廻の果てで、いつしかそんな気持ちも()うなりましたなぁ。今はただ、()よう楽になりたい。そう思うとります」


 ……うーん。強い憤怒も愛する想いも、時が経てば忘れてしまうものなのだろうか?


『せやけど、何もしないという事はありまへん。美希はんの為に精一杯協力させてもらいます』


「うん。有難う」


 こうして私達は宿に戻り、スズタク達の到着を待った。




 それから二週間。島の観光をし尽くし、歩けば寄って来るナンパに辟易し、口の聞き方も知らないゴロツキ共を海に叩き落としてストレスを発散していた頃、待ち人からのラブコールが届いた。


「久し振り。元気してた?」


『久し振りじゃねーよ。相談もなしに急に居なくなったら心配するだろうが』


 仄かに青白く光る魔導具。マジックパールからスズタクの声が聞こえてくる。


「ふーん。心配してくれてた割には、連絡遅くない? 私はてっきり追い掛けて来るかと思っていたんだけど?」


『ななな何で追い掛けなきゃならないんだよ』


『だいぶソワソワしておったがの』


 お爺ちゃんからのツッコミに、スズタクがムキになって反応する。相変わらず賑やかだな。


『ったく。それで? 奴とは会えたのか?』


「ええ、地下施設で会えたわ」


『……聞き出せたのか?』


(クレオブロス)の動機は分かったわ。だけど、核心は聞き出せなかった」


『何やってんだよ。折角のチャンスをフイにして』


「うっさいなぁ、上手い事はぐらかされたのよ」


『とどのつまり、美希が聞き下手って事だろ?』


 うっ! そ、それは否定しません。


『だから俺を連れてけっつったのによ』


『なんじゃ? お前さんだって聞き下手じゃあないのかの』


 お爺ちゃん、それ言っちゃダメ。言葉に詰まってるじゃないの。スズタクの焦ってるサマが見える様だわ。


「と、ともかく。詳しい話はコッチに着いてからね」


『わ、分かった。後二日くらいで着くはずだから、広い部屋がある宿を取ってくれ、ソコで情報を交換しよう』


 分かった。と、伝えると、フツリ。と、通信が途切れた。


 それから二日が経ち、係留した帆船からスズタク達が降りて来た。私の姿を目に留めた麻莉奈さんが、小走りで駆け寄り抱き締める。


「心配しましたよ。クレオブロスさんに逢いに行かれたと聞いた時には」


「ゴメンね。言ったら多分反対させると思って」


「当たり前です! タク様がいらっしゃるのに他の男に会うだなんて!」


 いやあのね。別に私達付き合ってる訳じゃ無いからね?!


「ほっほっほ。若いうちは何でもやってみる事じゃ。儂も若い頃には六股とかしとったもんじゃ」


 六股!? それもどーなのよ?!


「まあ、積もる話は腰を落ち着けてからにしようか」


「そうですね」


「うむ。長い船旅で疲れたわい」


「爺さん。アンタは筋トレのし過ぎだ」


 お爺ちゃんそんな事していたの!?


「あれ? そういえば、ミルクさんの姿が見えないけど?」


 下船したのすらも見てないな。


「ああ、アイツは海に捨ててきた」


 へ……?


「寝てて起きないものですから、置いて行こうってタク様が……」


 麻莉奈さんが言い終わるかのタイミングで、船から飛び降り桟橋を疾走して来る一匹の猫。


「何で置いてくニャッ!?」


 尻尾をぶわわっと膨らませ、スズタクに抗議するミルクさん。起きない奴が悪いと言い張るスズタクに、思わず顔が綻びる。何時もの光景、なんだか心がほっこりするな。


「まーまー。取り敢えず宿に行こ?」


 周りからの視線が痛くなってきた所で、取っておいた宿に皆を(いざな)った。



「女神リーヴィアよ。しばしの()、何者にも穢されぬ聖域を、我等にお与え下さい」


 麻莉奈さんの身体から、薄い光の膜が放たれて部屋を覆い尽くした。


「これで外に声は漏れません」


「オーケー。それじゃ俺達の話からしようか」


 南方諸島サンナギリアへ渡ったスズタク達。魔石の採掘場跡である塩湖は、以前スズタクが予見した通りにてんやわんやの大騒ぎになっていたらしい。


 魔石の採掘権を巡り、サンナギリア諸島の国々と、商人達との間にいざこざが発生し、ソレは瞬く間に戦へと発展した。そして、両軍入り乱れての戦争の真っ最中にソレは起こった。


「地面が消滅!?」


「ああ、消滅だ。塩湖周辺の地面が文字通りに消えちまった」


「そんなどうして……?」


「魔石には大きさに応じた魔力が蓄えられているのは知っているよな?」


「ええ、小石サイズでも魔法の威力を数段上げる程の純魔力が宿っているのは知っているわ」


 魔石を利用した転移魔法は、その純魔力を目標に跳ぶ。自身のマーキングが無いと、どれがそうなのか分からなくなるが。


「この魔石、衝撃に対して何の反応も示さないが、魔力に対して過剰な反応を見せてな、備蓄された純魔力を一気に放出するんだ。それは云うなればガソリン……いや、ある意味ニトログリセリンか」


「ガソリン? ニトロ……? まさか!」


「そうだ。マッチ一本火事の元さ」


「戦の最中、どっかのバカが魔法を放ったのじゃろうな」


 逸れた魔法が魔石に当たり、威力を増して他の魔石に干渉した。その干渉を受けた魔石達は、次々と連鎖反応を起こして消滅したのだ。ばよえん。と。それが地面が消滅した理由だった。


「まあ、仕方がないじゃろう。元々は滅多にお目に掛かれないシロモノじゃからな。取り扱い方が分からんのじゃよ」


「幸い規模はそれ程じゃ無かったが、それでも北海道位は消滅したんじゃないか?」


「……ほ、北海道っ?!」


「それは盛り過ぎじゃわい。大きくても琵琶湖くらいじゃろう」


 なんだ、スズタクの誇張か。それでも、琵琶湖は結構大きい……


「実際は東京ドーム四つ分位ですよ」


 お爺ちゃんも盛ってんじゃん! アンタ等距離感どうにかなっちゃってんの!?


「そ、それじゃ、魔石は手に入らなかったの?」


「いや、ソコは問題ない。麻莉奈、頼む」


「はい。分かりました」


 麻莉奈さんが虚空から取り出したのは大きな袋。それをゴシャリ。と、床に置いた。


「ちょ、そんな乱暴に扱わないで!?」


「大丈夫ですよ。衝撃には反応しませんから」


 それはそうなんだけど、話を聞いた後だからか床に置いた瞬間、肌が粟立った。



「タップリあるから好きなだけ持っていけ」


「好きなだけ持ってけって言われても、そんなに持てないわよ」


「持てるだけ持ってて、無くなったら麻莉奈から出して貰えば良いだろう」


「ええ、言って下さればお渡しします」


 それなら問題は無いか。


「それで? 美希は何か聞けたのか?」


「え……? ああ、クレオブロスは事故で消えてしまった恋人を取り戻すつもりみたい」


 地下でクレオブロスから聞いた話をスズタク達に聞かせる。


「悲しい話ですね……」


 麻莉奈さんの目には涙が浮かんでいた。スズタクも下を向いて肩を震わせている。


「オマエ。何やってんだ? 何も分かってねーじゃねーか!」


 違う! 感極まって泣いてた訳じゃ無かったっ!


「ったく。恋人の失踪話しだけ聞かされて帰ってくんなよな」


「だけっていい方酷くない!?」


「真相を聞き出すって勇んで出て行ってソレだけだろ?」


 うっ……。た、確かにそうだわ。


「それにな。今更恋人を取り戻そうとしても遅いっての」


「え……? それってどういう――」


「一万年近く時が経っているんだ。その恋人も、とうの昔に別人になってるだろうが」


 あ……そうだわ。輪廻転生のメカニズムは分からないけど、それだけの時間が経過している現在(いま)、その魂は別人になってしまっているだろう。


「そうですね。どこの誰とも分からなくなってしまった恋人の魂を探し出すのは現状では不可能です。……しかし、アレならばきっと……」


 アレ……?


「そうだな。アイツなら恐らく可能だろう」


「……となるとじゃ、定番のベッタベタな展開が待っていそうじゃのう」


 お爺ちゃんの言葉に、スズタクと麻莉奈さんが頷く。定番……? ベッタベタ……? なんだなんだ?


「彼奴は神の力を手に入れるつもりなんじゃよ」


「え……? か、神様っ!?」


 目的を成す為に神様の力を手に入れる……確かに良くあるパターンだわ。


「で、でも、神様の力を手に入れたとしても、何処の誰とも分からない元恋人の魂を見つけ出す事なんて、出来無いと思うけど……?」


「なに、事は簡単じゃよ。過去に戻り、暴走事故を無くせば良い。世界は改変されて恋人は消滅せずに生きている事になる。生身のままでは時空間移動が出来無いと悟ったのじゃろうな」


 だから神様の力を手に入れようと……


「流石は年の功。と言った所ですかね」


 突如として室内に感じた人の気配にみんながソコに視線を向ける。金色(きん)の髪に蒼い瞳を持つ優男がいつの間にかに立っていた。


「クレオブロス!?」


「成る程、ヌシが噂の男か」


「他の方々とお会いするのは初めてだね。七賢人が一人、(セイ)のクレオブロス。今となっては短い間ですが、どうぞお見知り置きを」


 そう言ってクレオブロスは軽く会釈する。


「まさかあれだけの情報である程度とはいえ、こちらの計画を見抜かれるとは思いませんでしたよ」


「なに、儂らの世界では定番中の定番。ベッタベタな展開の話じゃからのう」


「ふむ、そうですか……。まあ、良いでしょう。今日は皆様に準備が整った事をお伝えしに参ったのですよ」


「準備って何のだ……?」


「そんな怖い顔をなさらないで下さい。勿論、あなた方を元の世界に戻す為の準備ですよ」


「ヌシが神に取って代わる準備ではないのかの?」


「それは否定しません。ですが、そうしなければ貴方達を元の世界に帰す事も出来なくなりますが?」


「私達の帰還を盾にするおつもりですか!?」


「でなければご協力願いませんでしょう? 私は婚約者(フィアンセ)を取り戻し、あなた方は元の世界に戻れる。それは決して悪い話ではない」


 確かに悪い話じゃない。……だけど、なんかスッキリしない。違う解決法は皆無なのだろうか?


「明日、日が昇る頃から例の場所に入れる様になります。場所は美希さんが知っていますので、ご協力して頂ける事を切に願っておりますよ。っとそうだ忘れる所だった」


「う!?」


 クレオブロスが向けた鋭い眼光に、ビクリ。と、身体が反応して硬直する。


「美希さん?!」


「クレオブロス。何をするつもりだ?」


 スズタク達は臨戦態勢に入り、その身体から殺気が放たれる。しかし、クレオブロスは息が詰まりそうな一触即発な状況下でも、涼やかな表情(かお)でソレを受け流していた。


「安心して下さい。美希さんをどうこうするつもりはありません。静。聞こえているのでしょう? 戻って来て下さい。貴女にも役割がありますので」


『嫌どす。何でウチがあんさんに協力せなあきまへんの?』


「だ、そうよ」


「聞き分けのない()ですね。仕方ありません。強制執行させて貰います」


 自身のポケットを弄り、何かを取り出したクレオブロス。その手の平の上には、ピンポン球程の珠が一つ乗っていた。


『ああっ!』


「静さん?!」


「これは魂の宝珠と呼んでいるモノでしてね、特定の魂を封じておく事が出来るのです」


『ぁ……ぁあっ! す、すんまへん美希はぁんっ! ウ、ウチこれ以上……お役に立てへんようやわ……か、かんにん……堪忍しておくれやす」


「静さん! 静さんっ! ……あ」


 全身に感じる喪失感。直後に襲われた気怠さに意識が飛びそうになるのを堪え、必死に呼び掛けても静さんからの返事は返っては来なかった。


「チッ。ソウル◯ェムみたいなモン出しやがって」


「そうじゃな、アレは紛れもなくソ◯ルジェムじゃな」


「ええ、ソウルジェ◯ですね」


 一体何なのよ◯ウルジェムって?!


「スズタク……どうにか、出来ない……? このままじ……静さん、がっ」


「すまん。こうなった以上、迂闊に手が出せない」


「そうですよ。宝珠に傷でも付いたら大変な事になってしまいますよ」


「人質を取られた様なもんじゃな」


 そうか。今、あの珠の中には静さんの魂があるんだ。


「安心して下さい。彼女も役割を果たしたら、あなた方の様に元の世界にお帰ししますよ」


「役わ……り、て何、をさせ……るつも、り?」


 謎の拘束から解かれたというのに、身体が上手く動いてくれない。頭の中に霞がかかり、それが濃さを増す毎に身体の重さも増してゆく。


「それはいらしてからのお楽しみとしましょう。それでは明日に」


「ま、まっ……て」


 クレオブロスの姿が消えたのを見た直後、私の意識が途絶えた。

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