第六十一話 南国バカンスと浜の定番。
バチリ。燃え盛る焚き木が爆ぜると共に大量の火の粉が舞い上がり、薪がカラコロと崩れ落ちる。昼間、陽が出ている間中、幾つものドライヤーを当てられていた様な錯覚がしていたが、陽が落ちた途端に今度は全身に冷えピタを貼られた様な感覚になる。昼夜の温度差は五十度を超え、防寒具がないと体温を奪われて永眠する事になってしまう。そんな防寒具を着込み焚き火を囲む面々は、声を出す事も忘れて驚きの表情を私に向けていた。
「……そいつが首謀者」
コクリ。と、頷くと、スズタクは両手を強く握り締め、私の耳に届きそうなくらい歯を噛んだ。
「まさに、狂科学者じゃな」
お爺ちゃんの言葉に麻莉奈さんも頷く。ちなみにミルクさんはお腹一杯になって船を漕いでいる状態。
「まさか、七賢人全員がグルなんでしょうか?」
「ううん。違うみたい。似たような組織はあったそうだけど、七賢人と名乗る人物は居なかったって」
古代魔法文明期に召喚された静さんが言うのだから間違いはないだろう。
「それで、奴と契約している嬢ちゃんはどうするつもりじゃ?」
「…………分からない」
生き返りたい。元の生活に戻りたい。その気持は未だ薄れていないけど、どうして良いのか分からない。どうしてクエストこなして元の世界に戻れてハッピーエンド。ってシナリオじゃないのかなぁ……
「クレオブロスが、憑依のスキルを使って何をしようとしているのかも分からないし……」
三百八十万人を犠牲にしている奴が、そんなモノを良い方向に使うとも思えないけど、ただ辻褄が合うだけで確証も無い。
「別に今すぐ決める事じゃ無いさ」
スズタクは、ぽん。と、私の頭に手を置く。
「じっくり考えて……そうだな、何だったらクレオブロスに聞いてから決めれば良い。オレも一緒に行くからよ」
「……うん。そうする」
スズタクの手は仄かに温かく、優しさに溢れていた。
「それにしても、どうして急に静さんの声が聞こえる様になったのでしょう?」
「そういや、何でだろ」
魔女の身体に取り憑いてから、一度としてそんな事は無かったのに……
『あんさん剣。握りはったやろ? アレのお陰ちゅうか、所為どす』
剣? そういえば、グラナート王から渡された剣。アレが原因か。
「封緘を解きし劍の効果か。あの暴走事故の時に、掛けられていた封印が解けたんだな」
……あの、暴走事故とか言わないでくれる?
「成る程のう。じゃが、アレをどう使えば、あんな暴走事故が起きるんじゃな?」
……いや、あのね。
「そうですね。その原因が判れば、暴走事故を起こさずに上手く使えるかもしれません」
……。
『美希はん。どないしなはったん?』
「静さん……みんながイジメる」
「「「あ」」」
スズタク達のハモった声が耳に届く。
「いや、あのな。悪気があって言ってた訳じゃ無いからな」
「儂等も悪かった。嬢ちゃんの気も知れんと口にしてしまった」
「そうですよ美希さん。私の持っている杖を上手く使いこなせるようになれば、旅がもっと楽になるかもしれないと思って……」
悪意が無いのは分かっている。だけど、あの一件は私の心に深い傷を付けた。何しろ砂漠の重要拠点を丸ごと消滅させてしまったのだから。
唯一の救いは、住民は全て避難していて、誰一人犠牲が出なかった事くらい。しかし、街の消滅によって普通の人は砂漠越えが出来なくなり、流通ルートも変更を余儀なくされてしまった。砂漠を越えて東西南北の街へ向かうのに、オアシスが在るのと無いのとでは、一ヶ月程違ってきてしまう。ホント、いい位置にあったんだなぁ。
全員に風の付与魔術を纏わせ、砂煙を上げながら砂漠を疾走する事四日。地平線ならぬ砂平線が、今度は水平線に変わる。砂漠はそのまま砂浜になり、穏やかな。それでいて力強い波の奏でる音が、心地良く耳に届く。砂漠特有の身を焦がす様な陽射しもここへ来た途端和らぐのだから、つくづく不思議でならない。
「あれがサンナギリア諸島?」
水平線上に浮かぶ大中小の島々。その中でドンッと聳え立ち、頂きから黒煙を上げている山が、スズタクの云う所の火山か。
「なかなか良い所だろう?」
「……うん。そうだね」
波が浜に押し寄せ砂の音と共に引いてゆく度、悶々としていた心が洗い流される気分。
「さて、それじゃ泳ぐかの」
……は? 振り返れば、腰から伸びた赤い布を潮風にたなびかせ、仁王立ちするお爺ちゃん。似合ってるなぁ、ふんどし。
「何やってるんだ? ジイさん」
「何を言うておる。海といえば定番じゃろうが」
私、お爺ちゃんに時々ついていけない。
「ホレ。嬢ちゃん達の分もちゃんと用意してあるわい」
足元に置いてあった袋を、私と麻莉奈さんに差し出すお爺ちゃん。いつの間にこんなモノを……
「更衣室も無いのに着替えられる訳無いでしょう?」
お爺ちゃんは口角を吊り上げ、親指で後ろを指し示す。
「儂特製更衣室じゃ」
いつの間に!?
「あ、さっき渡した槍と布は、コレを作る為だったんですね」
なるほど。槍を四本真四角に突き立て、大きめの布を上から被せて、風で飛ばない様にロープで固定したのか。簡易ながらも、意外としっかりした個室になっている。……コレ、着なきゃダメなパターンだわ。
「……私から行きますね」
「……うん。がんばって」
何をどうがんばるのかは知らないが、そう言うしか無かった。
「「おお」」
更衣室から出て来た麻莉奈さんを見て、男性陣は鼻の下を伸ばしながら感嘆の声を漏らす。
「あの、水着小さいんですけど」
恥ずかしそうにモジモジとする麻莉奈さん。彼女が言う小さいとは、サイズではなく面積。大事な部分は隠れてはいるが、大きめな乳房はほとんど見えており、比率で例えるならチチが七分に布が三分。もう一度言う。チチが七分に布が三分だ。ってゆーか、このテのシチュエーションを見る度に思うんだけど……着た時点で小さいのは分かりきっているだろうに、何故出て来るんだ?
……私は、負けた。子供に様に目を輝かせ、訴え掛けるあの熱意に。左腕で左乳房を隠す様にしながら、手は軽く握って下唇につけ、右腕は右乳房を隠す様にして、手は開いて下腹部を隠す。頬を僅かに赤らめて顔を背け、視線は左下斜め六十度をキープしつつ、ゆっくりと口を開き言葉を発する。
「あ、あまり見ないで……。は、恥ずかしいから…………って言えば良いんでしょ?」
「うむ。儂はキュンキュンきたぞい。思わず襲いたくなってしまったわい」
アンタ妻子持ちだろうが。
「全く、恥じらい見たさに、こんなの着せるのもどうなのよ」
「何を言うておる。恥じらいは文化じゃっ!」
どこかで聞いた様なセリフだなっ!
「それで? 次はビーチバレー? それともスイカ割り?」
「流石は嬢ちゃんじゃ。分かっておるのう」
右手にボール、左手にスイカに似た何かの果実を掲げ、ニヤリと口角を吊り上げる。やっぱり持ってたか。私や麻莉奈さんにピッタリフィットする水着を用意しているくらいだから、あると思ってたよ。
「はー……疲れた」
ひとしきり遊んだ後、浜で腰を下ろしているスズタクの隣に座ると、彼は無言で飲み物を差し出した。
「ありがと」
コクリ。と飲み込むと、火照った身体の中を冷たい液体が流れてゆくのが、ハッキリと分かる。
「それにしても元気ねぇ、お爺ちゃん」
「オジサマ、待ってぇ」
「ホッホッホ。こっちじゃ、こっちじゃよ」
その当人は現在、波打ち際で麻莉奈さんと恋人ごっこに興じていた。それにしても……
「どうしたの? 随分大人しいけど」
「ん? あ、ああ……」
歯切れの悪い返答しかしないスズタク。何処か具合でも悪いのだろうか?
「何か悩み事?」
「ああ、どうしたもんかなって思ってな」
主語が抜けてるから何の悩みか分からん。
「静さん。あなたはクエスト……目的を達成出来たら、何か見返りはあるのか?」
『そんなんあらへんよ。気付いたら他人の身体に入っとったし、戦争始めはる様になってからは、延々と転生を繰り返しておったしなぁ』
「――だってさ。何なの? 一体」
「オレが考えていたのはクレオブロス……というより七賢人の事だ」
「七賢人がどうかしたの?」
「奴等は一体何の為に、俺達を召喚したのだろうと思ってな」
「んー……確か、異世界人に頼らざるを得ない案件があるって言ってた様な……」
この世界に降り立つ前にそう言ってたな。
「それはクレオブロスが言ってたのか?」
「うん、そう。スズタクはサラさんだっけ? その人から何か言われてないの?」
「いや……ただ、コンプリートしたら元の世界に戻してやる。と、上から目線で言いやがった」
「上から目線ねぇ……あれ? でも、アルスネルで会った時は、そんな感じしなかったけど?」
「ああ、性格が豹変してたからオレも面食らった。麻莉奈も上から目線の奴だったらしいし、爺さんの時は異世界だヒャッハーしてて良く覚えていないとさ」
お爺ちゃん。そんなに来たかったの……?
「それよりも、俺達に頼らないとならない案件って一体何だろうな」
「何って、武器や宝玉集めでしょ?」
「だが、美希はレベラゲだぞ? 静さんと猫は不明だし、爺さんは一定期間滞在するだけだ。俺や麻莉奈はともかく、他は役に立っているか?」
その物言いはカチンとくるモノがあるが、だけどなるほど。こうして各々のクリア条件を並べてみてみると、明確な目標があるのはスズタクと麻莉奈さん。お爺ちゃんに至っては一定期間滞在という、バカンス的なモノでしかない。そして私は、人に憑依して目的を達成し、経験を得てレベルを……
「美希、おい美希。顔色が悪いぞ、大丈夫か?」
「え? ええ、大丈夫よ……たぶん」
「たぶんってお前……」
心配そうに顔を覗き込むスズタク。手にしている、もう温くなってしまった飲み物を飲み干し、私は口を開いた。
「スキルの完成は間近よ」
スズタクの表情が今度は驚きへと変わっていった。