第六十話 六人目の日本人と彼の者の企み。
登場人物はフィクションです。
「あなた、誰なの?」
今までに聞いた事の無い、物腰柔らかい京都弁を話す女性の声。
『ウチ、静御前言います。世の人からは魔女。と、言われておりますなぁ』
な……んだと?
「ちょ。今、静御前って言った?!」
『そうどす。あんさんの聞き間違いじゃあらへんよぉ』
え……ええっ! もしそれが本当なら超有名人が、私のナカにっ?!
「ほ、本当なの?!」
『疑ぐり深いヒトやなぁ、せやったら、教えまひょか? ウチがこの世界に来た理由を』
それは確かに聞きたい。歴史上の偉人が何故こんな異世界に居るのか。
「ぜ、是非お願いします」
『かくかくしかじか』
……え?
「か、かくかくしかじか?」
『せや、かくかくしかじか。どす』
「あ、あの。かくかくしかじかじゃ分かんないんだけど?」
まさか素でかくかくしかじかって言われるとは思わなかった。
『ええっ?! そないあほな! かくかくしかじか言うたら通じはるはずや』
「いやね、あれは文面上で物事を省略する為に使うもんで、口に出して言うもんじゃないから」
『なんや、そうやったんどすかぁ。……仕方あらへんなぁ。お話しまひょ』
ああビックリした。静さんって、もしかして天然なのかな?
静さんをこの世界に召喚したのは、私と同じ青のクレオブロス。彼はとある実験の為に彼女を現世から呼び寄せたらしい。その実験とは、驚くべき事に他者への憑依実験。つまり、私の持つ私だけのスキルの元となった実験だった。
このスキルは当初、誰にでも自由に取り憑く事が出来ない等の不具合がある不完全なもので、その完成を目指すクレオブロスは、彼女に不完全なスキルを与えてデータの収集に乗り出した。しかし、不完全なスキルの副作用によって静さんは一人の女性にしか憑依出来なくなってしまい、他の人には取り憑く事が出来なくなってしまった。
その事を知ったクレオブロスは、その女性のクローン体を作り出して静さんの魂を乗せ替え、得られたデータを元に、その都度バージョンアップしたスキルの上書きを行ない現在に至る。クローンは被験体Aと呼ばれ、その元となった女性の名は『アリサ』。
「ア……リサ」
汗が頬を伝わり流れ落ちてゆく。この世界に来たばかりの頃にミネア村で見たアリサちゃんが……この身体がクローン体だったなんて……
「肉体が滅んでも魂は不滅……幾度となく蘇り、世界を滅ぼそうとする存在」
『そう言われとりはるけど、実際はスキル完成に向けた一手。肉体が滅びれば、ウチの魂は用意されたクローンに引き寄せられはって、また子供からやり直すんどす。ほんで、ある時期が来たら、ナニカのスイッチが入るんよ』
「スイッチ?」
『そうどす。それが入ってまうと、ウチは抗う事出来まへん。なすがままどす。世界相手に戦争を始めはって、いっつもエエトコまでいくんやけど、絶対に勝たれへん。そう出来とるんどす』
人類と魔女との戦いは仕組まれていたのか。それを画策したのは……恐らくクレオブロス。話を聞く限りでは奴が首謀者。
私はどうしたら良いのだろう。クレオブロスはナニカをしようとしている。それを阻止出来たとして、私は元の生活に戻れるのだろうか? 無理だろうなぁ。
「ねぇ、クレオブロスはスキルを完成させてどうするの?」
『そんなんウチにも分からへん。ただ、エエコトに使お思うとるんは、違いますやろなぁ』
確かにね。他人の人生を狂わす事が出来るエゲツないスキル。それを良い方向で使おうと思う人は少ないだろう。なにせ、自分は一切傷付かずに事を成す事が出来るのだから、欲に支配されるのは目に見えている。
『なにせ、北の大陸を消滅させたんは、あの人やさかい』
……へ?
「そ、それマジ!?」
『マジもオオマジ。なんや知らんけど、実験が失敗しなはったらしなぁ。大陸に在った三つの都市が、巻き添え食ろうてもうて、一緒に消えてもうたわ』
「都市が巻き添えに……?」
『確か犠牲者は、三百八十万人やったという話どす』
「三百八十万!?」
『それからや。この世界がおかしくなってしもたんは。それまで見かけんかった魔物共がぎょうさん現れはって、ウチがそれを率いて戦争する羽目になったんどす』
そこで人類VS魔女の図式が出来上がったのか。三百万人も犠牲を出しておいて、静さんを利用して世界と戦争を始めるだなんてなんという自分勝手なヤツ。創造者というより狂科学者と呼んだ方が相応し……い。
「…………ねぇ、静さん」
『なんどす?』
「魔物が現れたのって、大陸が消滅した後?」
『そうどす。大陸が無くなってもうて、六月くらいどした』
六月……半年か。まさか……でも、もしもそうだとしたら……
『どないしはったん?』
「もしも、もしもよ。もしも、大陸消滅時の実験は、失敗ではなく成功だったとしたら?」
『成功? 成功したらどないなるんどす?』
「三百万……ううん、大陸に棲んでいた動物を合わせるとそれ以上の魂をアイツは手に入れ、静さんの魂をクローン体に乗せ換えた要領で、予め用意していた魔物の身体に魂を乗せ換えた……これで魔物の軍隊の完成よ」
コボルトやオークなど人に近い魔物には人の魂を。狼などの獣類には獣の魂を。それぞれが命令に逆らわない様に何らかの策を講じた上で放り込んだ。不可能じゃない。ヤツが真の狂科学者ならやりかねない。……でも、豊かだった生活を捨てて、世界を荒廃に導いても完成させたがる憑依スキルって一体……
『誰か来はりましたわ。ウチ、黙っとるな』
いや、別に誰にも聞こえないんだから黙る必要は無いんだけど。静さんの言う通りに通路の奥、入り口の方向から足音が複数近付いて来ていた。その音の主は牢の前で立ち止まると、古ぼけたベッドに腰掛ける私を見下ろし、真横に結んでいた口を開く。
「出ろコンドウミキ。お前を陛下の元に連れてゆく」
三人並んだ兵士の真ん中の兵士その二がそう告げた。ちなみに左から一、ニ、三と名付けた。
「私をどうするつもりなの?」
「それは陛下がお決めなさる。我々はお前を連れてゆくだけだ」
まあ、確かにそうか。末端の兵士に理由は言わないだろうし。
「言っておくが、妙な真似はするなよ。抵抗したなら殺して良し。と、厳命されているからな」
そんな事厳命しないで欲しいなぁ。この人達を気絶させて逃げるのは簡単だけど、そうしたら世界、少なくともこの国は敵に回る事になるし、そうなったら活動しにくくなる。
『気ぃ付けておくれやす、右の男あんさんの胸ばかり見てますで』
兵士その三か。モテなさそうな顔しているな。まあ、色仕掛けでどうこうしようというつもりはないしね。
「分かったわ。素直に着いていけば良いんでしょ?」
「うむ。そう願おうか」
兵士その一がチャラリと鍵を取り出して牢屋の扉を開ける。扉を潜って外に出て大きく伸びをすると、兵士達は一歩下がって腰に差している剣に手を伸ばした。おいおい、そんなんで斬るつもりなんかあんた達。
「そんなに身構えないでよ。別に伸びをしたって良いでしょ? 息苦しかったんだし」
そう言ってもう一度伸びをする。だけど今度は殊更に胸を強調させてやると、兵士その三がゴクリ。と、生唾を飲み込んだ。からかいがいがある人だなぁ。
三人の兵士に牢屋から連れ出され歩く事しばし、お城の一角にある大きな扉の前に立っていた。扉の左右には槍を持った衛兵が立っていて出入りの監視を行っているようだ。それにしても、グラナート王が居る謁見の間に連れて行かれると思ってたけど、ここは……迎賓室?
「入れ」
ガチャリギギギ。と、扉が開かれると、室内に居る人達が一斉に顔を向ける。そのどれもが見覚えのある顔ばかりだ。
「美希さん!」
真っ先に抱き着いて来たのは麻莉奈さん。あまりにも強く抱き締めるもんだから、お互いの胸が潰れたシュークリームの様になっていた。次いで飛び込んできたのはミルクさん。胸に顔を埋めて高速で振るのは止めてくれ。お爺ちゃんはソッと包み込むように抱き締めて、背中をポンポン。と、叩いてくれた。そして最後はスズタク。
「来る?」
「行かねーよ」
なんだ。両腕を広げてウエルカム状態なのに。
「そ。それにしても、みんな元気そうで何よりだわ」
「そりゃコッチの台詞だ。…………すまなかったな出すのが遅れて。グラナート王が意外に頑固でな」
「いいよ。こうして出してくれたんだし」
ニコリ。と、微笑んでやると、スズタクは顔を赤らめてソッポを向いた。分かりやすいなアンタ。
「それで、どうなっているの?」
「そうじゃな。まずは嬢ちゃんがブタ箱に入れられてからの話をするかの」
ブタ箱とか言わないで。
お爺ちゃんの話によれば、死刑の執行を強行しようとするグラナート王を抑えるのに尽力していたのだという。うん。聞いても仕方ないや。
「私の方も収穫あったよ」
「ブタ箱でか?」
だからブタ箱言わない。
「お城から出られたらみんなに話すよ」
「グラナート王には言わないのか?」
「言っても多分理解出来ないと思うよ。なにしろ、この世界の現在の状況を作り出した主犯が分かったんだから」
「何じゃと!?」
驚きのあまり腰掛けていた椅子から思わず立ち上がるお爺ちゃん。グラナート王は理解出来ない。と、言ったが、ぶっちゃけスキルだなんだを掘り下げて説明するのが面倒だから。
ガチャリ。と、唐突に扉が開かれ、グラナート王が厳しい顔つきで部屋に入る。スズタクは片膝を着いて頭を垂れ、麻莉奈さんはカーテシーを行う。私は当事者である以上、流石に膝を折らないと無礼か。
「陛下。ご迷惑をお掛けしてしまい、大変申し訳ございません」
「魔女は世界の敵であり、人類を滅ぼそうとする悪魔だ。故に魔女は排除せねばならん。その考えは今も変わらぬ。分かるな? コンドウミキよ」
「はい陛下」
「…………今回だけだ。もし次、あのような事があれば、この国の総力を挙げてお前とお前を庇う者達を排除する。分かったのならここから去れ」
そう言い捨てて、グラナート王は踵を返し部屋から立ち去った。
「……お爺ちゃん。何かした?」
「んー? 別に何もしとりゃせんよ。……ただ、嬢ちゃんを殺るなら儂等も敵になる。そう言っただけじゃ」
それって脅迫!
「儂にとって、お主等は孫みたいなもんじゃからのう。どんな事をしても守ってやりたかったんじゃよ」
お爺ちゃん……
「いや、ひ孫あたりか?」
ソコはどうでもいい。
「まあ、取り敢えずはここを出よう。居心地が悪くって仕方がない」
「どこか行く宛があるのかの?」
「実はそろそろ魔石がヤバイ。一度補充をしに行かないとな」
「南方諸島の火山だったっけ」
「ああ、今頃はてんやわんやの大騒ぎだろう」
「大騒ぎ? ああ、そういえば魔石の採掘場が見つかったって言ってたっけ」
「現地民に商人、ハイエナ共がウヨ付いているだろう。高い内に売り捌けってな」
「よし、そうと決まれば行くとするかの」
お爺ちゃんの一声で、みんなが頷き一斉に立ち上がる。
「静さんもそれでいいよね」
『ええもなにも、あんさんの行く所にしか行かれへん。好きにしておくれやす』
あ、そういやそうか。
「ん? 何か言ったか?」
「え? ううん。何でもない」
こうして私達はエリージア皇国を後にして、魔石を求めて南にあるサンナギリア諸島を目指す旅が始まった。よくよく考えてみると、スズタク達と行動を共にするようになってから長い間街に留まっていた試しがないのは、気の所為だろうか? あーあ、折角綺麗な街なのに来にくくなっちゃったな。




