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第六話 青りんごのゼリーと事後の紅茶

 浴室のドアを開け、未だ聞こえる悲鳴を頼りに廊下を駆ける。私とリアナが着いた先には、奇妙な生物が蠢いていた。それは、敢えて言うならばゼリー。青りんごのゼリーだった。


 天井に届く程の背丈を持つ大きなそのゼリーは、廊下の中央にデンッと居座ってあちこちにその触手をゆらゆらと伸ばしている。


「なに!? あれ?!」


「私が知っていると思う!?」


「使えないわね!」


「なんで!?」


 リアナは驚いた顔で私を見る。うん。完全にとばっちりを食わせてあげた。さっき人の胸を揉んでくれたせめてもの礼だ。


 見れば、既に幾人かの女生徒がゼリーに囚われ、肩ほどまで取り込まれてしまっている。相手は液状の怪物、このまま取り込まれれば窒息してしまう。


「助けるわよ!」


「オッケー!」


 私は誰かが持ち出してきたであろう床に転がるモップを拾いあげると、ゼリーに向かって駆け出した。私の接近に気付いたゼリーが、プルプルンッとその身を大きく震わせ、腕程の太さをした触手の様なモノで私達を搦め捕ろうと伸ばし始めた。


 私はソレをギリギリで躱し、触手が伸びきった所を見計らってモップを勢いよく振り下ろした。


 ポヨヨヨンッ。……へ?


『アアンッ!』


 ……え?!


 囚われの女の子達が、揃って艶かしい声をあげた。シュッ! とゼリーは再び触手を伸ばし、私は手にしたモップでポヨヨヨンッとそれを弾く。


『アアンッ!』


 ……えーっと?


 シュッ! ポヨヨヨンッ。


『ハァンッ!』


 ……これ、女の子達にも振動が伝わっちゃってる!?  見れば女の子達は(こぞ)って頬を朱に染め、モジモジとしながら私を見つめる潤んだ瞳はこう訴え掛けていた。お願いもっと。と。


「……エロイわね」


 んなこたぁ分かってる。


「ワザと突っ込まないでよね」


「面白そうではあるけど……」


 何を考えているんだアンタは。……しかしこれはマズイ。下手な攻撃は女の子達を悦ばせ……じゃなくて! その身(貞操)が危険に晒される事になってしまう。


「どうする?」


「どうすると言われても、有効な攻撃手段が無い以上やる事は一つでしょ?」


「つまり、仲間に入れてもら……」


「逃げるのよっ!」


 私達は踵を返し一目散に逃げる。しかし、青リンゴのゼリーは、見た目とは裏腹にニュルルルンッと素早く動き、私達に迫る。どうやら、私達にターゲットを絞ったらしい。幾つもの触手が襲いかかるが、ソレを躱す事しか打つ手がない。


 魔法さえ使えれば、あんなヤツ目じゃないのだけど、流石に目撃者が多いこの状況下で、私が魔法を使う訳には……魔法を使う? そうだ!


「リアナ! 魔法でアイツをどうにかして!」


 リアナはこう見えてもエルフ族だ。エルフ族というのは人族に比べ魔力が異常に高く、魔法を併用した剣術もあると聞く。彼女ならば魔法を使った所で誰も疑問には思わない筈だ。


「むり! ムリ! 無理! 不合理(ムリ)!」


 まったくもってこのエルフは使えないわね! いっその事、このエルフを囮に使って……


「ソコを退きなさい!」


 叫び声にハッとすると同時にピンク色した何かが私とリアナの間をすり抜け、後からやって来た突風に私もリアナも壁に叩きつけられた。


「いつつ……何なの」


 何が起こったのかと、頭を抱えながら来た廊下を振り返ると、私達を追い掛けていた青りんごのゼリーが中央から分断され、崩れ落ちようとしている所だった。その先にはスケスケのピンク色したネグリジェを身に纏った女性が、抜身の剣を鞘に収める所だった。


 リザベラ=フレーネ。二十五歳。眉目秀麗で中々の乳を持つこの女性は、異性が振り向く程の美貌の持ち主だが、何故か未だ独身で、寮生の間では色々な噂が飛び交っている。曰く、性格が悪い。曰く、実はバツ二。曰く、本当は男(笑)。などと噂されている。剣が恋人だと豪語する女子寮の寮監である。


「……あなた達、この娘達を医務室に連れて行って。終わったら寮生全員を食堂に集めて頂戴」


 切り裂かれた青りんごのゼリーは既に跡形もなく無くなり、床には粘液まみれの女の子達が転がっている。その娘達の状態を確認して、廊下の彼方此方で呆けていた女の子達にテキパキと指示を出す。


「あなた達、いい加減に服を着なさい」


「「……あ」」


 寮監に言われて気が付いた。そうだ、私達は浴室から慌てて来たもんだから、マッパだったんだっけ。だけど、スケスケのネグリジェを着てパンツしか履いてない人には言われたくないな。


「あ、服を着たら私の部屋にいらっしゃい。ちょっと事情を聞かせて貰いたいから」


 寮監に分かりましたと応え、私とリアナは一応大事な所を隠しながら脱衣所へと戻った。



 脱衣所で服を着た私達は、言われた通り寮監の部屋の前に来た。ドアをノックしても返事がない所をみると、寮監はまだ戻ってないらしい。


「ねぇ、リアナ。あんな魔物見た事ある?」


「ううん。私が居た村周辺では見た事ないよ。そんな事より、あんな魔物が何処から入り込んだのかが気になるわよね」


 リアナの言う通り、色々と気になる事が有り過ぎる。外壁には警備兵が二十四時間目を光らせている。知性も無さそうな液状の魔物が、警備の隙間を潜って入り込める筈もないだろう。


「ごめんね。待たせちゃって」


 二人で思慮に耽っていると、医務室の方向から寮監が戻って来た。カチャリと鍵を開けて『どうぞ』と、寮監は室内に私達を向かい入れる。ってか、あの騒動の最中に鍵を掛けて出るなんて、なんて落ち着いた人なんだ。


「適当に座って」


 寮監に促されて私とリアナは揃ってソファに腰を下ろす。通された部屋は、テーブルにソファ、クローゼットと机。それとベッドという何処にでもある普通の部屋。スケスケピンクのネグリジェなんか着てるから、もっと派手な部屋かと思っていたよ。


「それで? どうしてあの場に居合わせたのかしら?」


 寮監はポットに茶葉を入れ、お茶の準備をしながら聞いた。


「そりゃ、悲鳴が聞こえれば気になりますよ」


 リアナはちょっと不貞腐れた表情で応える。


「寮監。あの生物は何なのですか?」


 私の問い掛けにお茶を淹れている寮監の手が止まった。


「知ってどうするの?」


 僅かに首を向けて肩越しで聞いた。


「リアナも見た事の無い生物だって言ってますし、なんか気になって」


 囚われていた女の子達は、完全に取り込まれる訳でもなく、そのまま捕らえていただけだ。それにその女の子達の表情はまるで……。だからあの魔物の目的は、全く異なるモノの様に思えて仕方がない。


 コトリとティーカップを私とリアナの前に置いた寮監は、私達の対面のソファに座って私の眼をジッと見つめる。カップには琥珀色の液体が揺らめき、柑橘系の香りが私達の鼻を擽った。


「まあいいわ、教えてあげる。あれは……そうね、キメラ。と、いう生物に分類されるかな」


「キメラ……ですか?」


 私とリアナは互いに見つめ合う。どうやらリアナも聞いた事が無いようだ。


「キメラというのはね、異なる生物の優れた部分を掛け合わせて、錬金術によって人工的に作られた生物の総称なの。さっきのはスライムという魔物をベースに作られたみたいね」


 スライム……そういえば、元の世界のゲームでそんなのが居たっけ。ゲル状の生物でそんな強くはないイメージだけど……


「実はあの魔物はこの大陸には居ないわ」


「え、それじゃ他から来たって事ですか?」


「来た。と、言うよりは、連れて来たと言うべきかな」


 ……連れて来た? 一体誰が……?


「エイス=カルトゥーイがね」


 エイス、何?


「あのエイスですか!?」


 今まで黙ったまま話を聞いていたリアナが、声を荒げて立ち上がった。寮監はリアナを見つめて頷く。


「知ってるの?」


「エイス=カルトゥーイ。錬金術の分野に於いて右に出る者はいないとされる天才。だけど、その才能を彼は誤った方向に向けてしまった」


「彼は闇の世界に足を踏み入れ、『悪夢の明時(ナイトメア)』と、いう組織を作った」


「ないとめあ?」


 寮監はコクリと頷き、人差し指を左右に動かして交互に私達を指差す。


「あなた達の様な女の子を売るのよ。特殊な媚薬で虜にしてね」


 媚薬……ってあの? そうか、だからあの女の子達は、抗う事もせずにされるがままだったんだ。あの娘達が私を見つめる表情は、まさにおねだりの顔をしていた。


「竜食い草って知ってるかしら」


 竜食い草。またしても知らない単語が飛び出した。


「ええ、特別なフェロモンで竜を狂わせ、隙をついて寄生する植物状の魔物でしたよね」


「アレと戦っていて何か感じなかった?」


「……なにか。ですか?」


「……あ、感じました。なんか良い匂いが辺りに漂っていて……」


「それがフェロモンよ」


 私には何も感じなかった。感覚器官が優れているエルフ族だから気付いたのかな?

 

「あの生物は、エイスが創り出した捕獲用のキメラ。女の子を捕獲し、捕らえてからも皮膚から媚薬を浸透させ続けて、最終的に性奴隷を作り上げる生物よ」


 なんつーピンポイントでエッチな生物なんだ。エイスとやらの脳みそがどうなっているのか、見てみたいわ。


「でも、組織の首領であるエイスは投獄されたって聞きましたけど……?」


「脱獄したんでしょうね。彼は終身刑だったから」


「……だった(・・・)?」


「アウレーさん。あなたはホントに首を突っ込みたがるわね。……まあ、いいわ。彼は私が捕まえたのよ」


 そうか、寮監が詳しいのは、この事件に関わっていたか……ら? まてよ、本来ならこの事は国家レベルでの秘匿義務が発生するはず、騎士見習い候補生如きに話す様なモノじゃ無い。……まさか、私達口封じされる?


「あの、私達をどうするつもりですか?」


「どうしてそう思うの?」


 寮監の目が妖しく光った気がした。


「だって、機密事項じゃないですかコレ」


「アラ。紅茶が冷めてしまったわね。淹れ直すわ」


 寮監はカップをトレーに乗せて席を立ち、新たに紅茶を淹れなおす。


「ふふ。アウレーさんは気付いた様ね。国家機密をペラペラと話しているのは、口封じをするからだって……ね」


 私達に緊張が走った。今、この部屋には私達の他には寮監だけ。しかもこの部屋は離れの様なモノだから寮棟の端にある。その上、寮監は武器を所持しているのだ。


「その思考は大事よ。だけど……遅かったわねっ!」


 寮監から威圧の様なモノが私達に向けて放たれ、反射的に席を立った。


「……なんてね」


「「は?」」


 鳩が豆鉄砲を食ったように唖然とする私達に、寮監はニッコリと微笑む。性格が悪いなぁこの人。だから結婚出来ないんじゃなかろーか?


「そんな事はしないわよ。アンタ達は首を突っ込みたがる性格の様だし、知っていた方が良いでしょ? ……でも、罰は受けて貰うわよ」


 ちょ、一方的に話しをして罰ってヒドくない!?


「コレがあなた達への罰」


 タンッとテーブルに置かれたトレーには、淹れ直した紅茶が注がれたティーカップが乗っていた。


「もう遅いから、飲んで寝なさい」


 私達は揃ってティーカップに手を伸ばした。




「なーんか身体がダルいなぁ」


 手の指を絡ませ、前に大きく差し出して伸びをする。そのまま頭の上に持ち上げて更に伸びをした。昨日、フィリアン教官と一戦やらかした所為なのかもしれない。ミミズ腫れもさることながら節々が痛み、どこかの筋が緩んでいる様なカンジがして気怠い。


 朝。何時も通りの時間に起きた私は、何時も通りに学院に登校し自分の席でストレッチをしていた。だけど、いつ自分の部屋に戻って寝たのかは、どうしても思い出す事が出来ない。身体もそうだけど、頭の中も気怠い感じだ。


「ミーキー。何やってるのぉ?」


 聞き覚えのある声が耳元で囁くのと同時に、胸部で奇妙な生物が蠢いていた。全くコイツは……


「何やってんのよ!」


 ゴスッ。ガッ! 上から下へ拳を振り下ろすと、鈍い音が二回・・聞こえた。


「痛ったーい!」


 涙ぐみながら頭とオデコを摩るリアナ。ついでに椅子の背凭れにも頭をぶつけたらしい。因果応報である。


「私、痛みを伴うプレイはノーサンキューなんだけどな」


 人の胸をしこたま揉んでおいて何がノーサンキューだ。


「何か用?」


「んにゃ。特に用は……」


 視線を天井に向けたリアナは、人差し指を顎に付けて考え込んでいた。無いんかい!


「アンタねー」


 私は再び席を立ち拳を振り上げる。


「うわ! 嘘、嘘です! ホラ昨日は貴重な話を聞けたねって!」


「話?」


 はて? 一体何の話だったろうか? えーと、あ! あれかな?


「帰りに寄り道しようって話だっけ?」


「違うわよ。寮監に男が居るって話よ」


「えっ?! ウソ!? あの寮監に恋人が!?」


 リアナは、アンタ大丈夫? 的な顔で私を見ているが、私の記憶にはそんなモノは無いのだから仕方がない。


「その若さで……あ、治療してあげよっか」


 ガッ! 私の拳がリアナの頭を上から下へと打ち抜いた。その手を見れば、治療する気は全くない事がわかる。痴呆症に胸揉みが効くものか。


「それで? その話、詳しく聞かせなさいよ」


 女の子はそういう話が大好物なのである。それは、元の世界でも異世界でも変わらないものらしい。いつの間にやら私達の周りには、話を聞き付けた他の女の子達が集い、キャッキャワイワイと華を咲かせる。


 だけど、どうしても腑に落ちない部分が数多くあった。リアナの話はもっともらしく聞こえるけれど、私の記憶とは噛み合わない。キツネにでも化かされてるみたいで、なんかスッキリとしないんだよなぁ……


 ふと窓の外に視線を移すと、門の前をフル装備の騎士達が慌ただしく南に向かって進んで行く。中には騎乗している騎士も居るみたいだ。何かあったのだろうか? 私がそう思ったのと同時に、構内に放送が流れた――

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