第五十七話 聖騎士王との再会と両者関係の真実。
「おっ、なんだ?!」
メインストリートを王城に向けて歩いていると、買い物客で賑やかな通りがシンッ。と、静まり、モーゼの十戒の様に人が割れてゆく。
「どうやら、向こうから会いに来てくれた様じゃの」
んなこたぁない。全身鎧を着込んで数百人の供を連れて、会いに来る訳がないだろうに。
「あれが、グラナート王ですか」
素敵なオジサマですね。と、麻莉奈さんの呟きが聞こえた様で、お爺ちゃんは王様を睨みつける様に見ていた。
「お、おい。じーさん」
お爺ちゃんは無言のまま、ズンズン。と、肩で風を切る様に、やって来る王様一行の前に立ちはだかる。
「そこの者っ! 止まれっ!」
まあ、そんな事をすれば衛兵がすっ飛んで来るわな。
「久し振りだのう。グラナートよ」
「誰かと思えば、ギャルソンか。あいも変わらず神出鬼没だな。して、何用かな?」
「ちぃと話があってのう、王城に行くとこじゃった」
「見ての通り出掛ける所でな、話なら帰ってから聞こう。ただし、いつになるかは分からんがな」
「コーカンドで暴れている巨人の元へ行くのじゃろう?」
「情報が早いな」
「まぁ、出どこは彼女からじゃ」
お爺ちゃんはセーラさんに向かって、おいでおいでと手を振る。
「えっ? あ、あたし!?」
アンタしか居ないだろう。
「ちょ、押さないで下さいよ」
「親父から王宛に伝言頼まれたんだろ? なら、自分の任務を全うしろよ」
スズタクに活を入れられ、および腰だったセーラさんは、毅然としてグラナート王の元へと歩いて行った。あ、手足同時に出てる。
「そなたはもしや、セラルド卿の娘セーラではないか?」
「え? あっはい! え……どうして私の名を?」
「何を言っておる。代々我が王家に仕えるアヴィリオ家。その子らの事を忘れるはずもなかろう」
柔らかな表情で言うグラナート王は一国の王としてでは無く、一人の祖父として孫に対する物言いだった。セーラさんは感極まった様でその目には涙が浮かんいる。それをグイッと袖で拭うと、片膝を地面につけて畏まる。
「父セラルドより、陛下に伝言を賜わりました」
グラナート王の表情が引き締まる。その表情は一国の王だ。
「うむ、遠慮はいらぬ申してみよ」
「ハッ! 北の大砂丘より謎の白き巨人が出現し、コーカンド自衛軍との共闘を図るも、力及ばず敗退。来援を乞う。以上です」
「あい分かった。臣下からの救援要請となれば、なおの事行かぬ訳にはいくまい。現在、我が軍は白き巨人を討伐すべく行動中である。各地より招集した兵、二万を以って要請に応えよう。大船に乗ったつもりで吉報を待つが良い」
「その戦、儂等も同行して良いかの?」
「なに? お前がか?」
「そうじゃ、話というのはコーカンドが大きく関わっておる。移動しながらでも話は出来るじゃろうし、無論儂等も手伝うぞ?」
グラナート王は、お爺ちゃんを見たままで固まっていた。多分、連れてゆくべきか考えているのだろうが、答えは決まってるな。
「良かろう。同行を許す」
思った通り、グラナート王は同行の許可を出した。一人で大隊級の戦闘力を持つ私達は、役に立つと判断された様だ。
「移動はどうする? 用意するとなると、それなりに時間が掛かるが?」
「儂等が乗ってきたソリがある。それで後ろから付いていくわい」
「いや、前だ」
「なに?!」
「私も同乗させて貰おう」
「え? 陛下がお乗りになるには大変見窄らしいモノですが、よろしいのですか?」
麻莉奈さんの言う通り、十人乗りとはいえフカフカの椅子も、フワフワの絨毯もない板張りの内装だ。一国の王様が乗る様なモノでは無いのは確かだね。
「ホッホッホ。構わぬ構わぬ。こやつは昔から質素なモノが好きでの、よく儂等の様な下級兵の乗る馬車に、何食わぬ顔で乗っていたもんじゃよ」
「勘違いするな。兵の話を聞くためにやっていた事だ。兵達が何を思い、何を考えているのか知る為だ」
「まあ、そういう事にしておくわい。さて、それでは行くかの」
ポンっと頭に手を置かれたセーラさんは、キョトンとした表情でお爺ちゃんを見つめる。
「ただ待ってるだけでは、退屈だし心配じゃろう。戻るぞ、セーラ」
「え、え? あの、よろしいのですか?」
グラナート王は黙ったままで頷くと、セーラさんの表情がパアッと明るくなった。こうして私達は、再び灼熱の砂漠にとんぼ返りする事になった。
「共に肩を並べ戦った仲間に」
「散っていった戦友達に」
お爺ちゃんとグラナート王が、木製のジョッキをコツンと当てる。乗っていきなり酒盛りもどうかと思うが、でもまあなんかいいな。こういうの。
程なく皇都を出発した私達。今は降雪エリアを移動中だ。グラナート王が同乗する。と、いう事で、御者はスズタクに代わって王様の親衛隊の人が手綱を握る。いくら十人乗りの雪ゾリとはいえ、七人も乗れば少し狭く感じるな。
「それにしても、お前が誰かと組むとはな。一体どういう風の吹き回しだ?」
「儂について来れぬ輩は邪魔なだけじゃよ。じゃが、コイツ等は違うぞ、全員チート持ちじゃからのう」
「ちーと? お前は昔から時折訳の分からない単語を発しておったな。……確か、一人で居る事を『ぼっち』とか、使用人の事を『めいど』とか言っておったな」
あ……。それ私も覚えがあるなぁ。つい口に出ちゃったんだよね。
「そんな『ぼっち』が好きなお前が認めたのだから、相当腕が立つのだろう?」
「うむ。儂としてはベストパーティだと思っておる。後にも先にもこれ以上の人材は集まるまい」
まあねぇ。七賢人達がポコポコと送って寄越さない限り、チート持ちは増えないだろうな。
「それじゃ儂自慢のお主ら、自己紹介を頼むぞ」
「ったく、無茶ぶりにも程があるだろうに。グラナート王。お初にお目に掛かります。私の名は鈴木拓。見ての通り流れの傭兵をしております」
床に片膝をつき畏まって言うスズタク。
「お初にお目に掛かりますわ。グラナート王。わたくしは藤林麻莉奈と申します。どうぞお見知り置きを」
スカートを僅かに持ち上げカーテシーを行う麻莉奈さん。麻莉奈さんにしろスズタクにしろ動きが流麗でなかなか堂にいっている。
「誇り高きネコミミ族。ミルクニャ」
うん。シンプル。
「スズキタクにフジバヤシマリナ……おぬし等まさかニホンという場所から来たのか?」
グラナート王の発言にスズタクと麻莉奈さんが顔を見合わせる。
「左様でございます陛下。でも、どうしてその事をご存知なのですか?」
「なに、少し前に東方大陸に遠征した際、おぬし等の様な名の名乗り方をする少女と会ってな、その時に聞いたのだよ」
あ、あー。スズタクと麻莉奈さんからの視線が痛いなぁ。
「して、こちらのお嬢さんは?」
「お久し振りです。グラナート王」
私が発した言葉にグラナート王の眉間にシワが寄る。
「アルスネルでお世話になりました近藤美希です」
「なに? おぬしがあの時の? いやしかし、少女であった筈だが……?」
「ちょっとした事情がありまして、この様な姿になってしまいました」
「……問題は無かろうな? もし、何かあれば――」
「はい。その点につきましては、この鈴木拓に一任しております」
「現状につきまして、以前の幼女体から、エロ……コホン。成人体へと――」
おい! 今、何つった?!
「――急成長をしましたが、意識もしっかりと持っており、問題なし。と、みております」
「ふむ、そうか……」
「なんじゃ? 一体何の話をしておるんじゃ?」
そういえば、お爺ちゃんには話をしてないな。
「私の中の魔女が暴走したら、私を斬り捨てるって約束してるの」
「なんと! それでは嬢ちゃんが死んでしまうではないか!?」
「私なら死なないよ。元の霊体に戻るだけ」
グラナート王達が心配しているのは、それだけじゃないだろうな。魔女と同じ力を持ち、討伐すれば時間的インターバルがある魔女とは違い、再憑依すればすぐにでも活動が出来る新たな魔女を恐れている。だから、暴走しないか気が気でないのだろう。
「ご安心下さいグラナート王。私が四六時中、目を光らせておりますゆえ」
「そうか。ならば頼むぞスズキタクよ。して、ギャルソン。話とは一体何だ?」
「おお、そうじゃった。単刀直入に言うぞ? その剣。貸してくれ」
「どうして私の剣をお前に貸し与えなければならない?」
「ダメなら、その能力だけを貸してくれ」
「? どういう事だ? 話が全く見えないぞ?」
お爺ちゃんはグラナート王に話をすると、指の腹を顎に当てて考え込んだ。
「なあ、良いじゃろう? 戦では儂が助けてやったんじゃから、今度は儂を助けてくれ」
青いタヌキに懇願する小学生の様に、眼前で手を合わせるお爺ちゃん。だけど、グラナート王は睨み付けた。
「助けただと? お前が作戦を無視して突っ込まなければ、そうなる事は無かったのだぞ?」
聞く所によると、俺ツエー状態で突っ込んだお爺ちゃんが魔女の策略にハマり、窮地に陥ったのを助けようとして、今度はグラナート王が窮地に立たされたのを救ったのだそうだ。お爺ちゃん。アンタが主原因じゃないか。
つんつん。と、袖を引っ張る存在に気付き振り向くと、そこには困惑した表情で私を見つめるセーラさんが居た。
「あ、あの。なんか物騒な話をなさっていたようですが……」
そういやセーラさんも同乗していたんだっけな。影薄いから忘れてたよ。
「それについては、儂が話そう」
お爺ちゃん?! 一体どうするつもりなの!?
「コーカンドの隠蔽された伝承にその答えはある」
「伝承……ですか」
「そうじゃ、歴史に埋もれし古き伝承。それを今、紐解こう」
「え……? 埋もれていたんですか? 隠蔽されたのではなく?」
セーラさんから見えない位置で、流れ落ちた一筋の汗を私は見逃さなかった。