第五十四話 お宝と大商人達。
「その為には一つ、用立てて貰いたいモノがある」
「ギャルソン様の為ならば、如何様な物でもご用意致します。それで、一体何を用立てれば宜しいでしょうか?」
「…………龍の目」
「え……? そっ、それはまさか!?」
その名を聞いたセラルドが狼狽える。
「そうじゃ、そのまさかじゃよ。扉を開けるにはアレが必要じゃろう?」
「た、確かに言い伝えではそうですが、今まで如何なご高名の方でも、開ける事は出来ずに居たのですよ?!」
「フッ。何度も言わせるな。儂等なら可能じゃ……多分な」
おい。確定じゃないんかい。
「〜〜分かりました。他ならぬギャルソン様の頼み。必ずやご期待に添えて見せましょう。ただ、大商人との話し合いが必要ですので、少しお時間が掛かるかも知れません」
「構わぬよ。何だったら儂の名を使うが良い。いつまた虫共が湧くとも限らんのでな、なるべく早くで頼む」
「では早速大商人の元へ行って参ります。その間、当屋敷にてお寛ぎ下さい」
「そうじゃな。では、甘えさせて貰おうかの」
勿体無いお言葉。と、セラルドは言ってドアから出て行った。溺愛している愛娘のセーラさんをそのままにして。
「セーラさん。大丈夫?」
「ハッ! あ、ミキさん。アレ? 大きくて広い川が見えてたんですけど……」
それって三途の川じゃないかな。
「ねぇ、お爺ちゃん。龍の目ってどんなモノなの?」
食事を終えて、お茶を飲んでマッタリとしている時間帯。気になる事をお爺ちゃんに聞いてみた。
「そいつは俺達が狙ってたヤツだよ」
だけど、お爺ちゃんではなくスズタクが答える。
「狙ってた? ……あ、まさか、競り落とそうってのは――」
「ほっほっほ。それじゃよ」
「まったく……好々爺然としながら食えない爺さんだぜ。ソイツをタダで寄越せっつーんだからな。これで俺達は何も失う事なくあの中に入れるって訳だ。莫大な金が残ったがな」
「まあ折角じゃ、タダで貰えるんじゃから復興支援として少し置いてゆこうではないか」
スズタクは驚いた表情の直ぐ後で、ニヤッとにやける。
「ホント食えない爺さんだ」
この人は、戦いながらそんな事まで考えていたんだ。余裕あるなぁ。
「それで? 美希はどうしてそんなエロイ事になったんだ?」
「エロイとか言わないでくれる?」
まあ、自分で見てもエロイと思うけど、他人から言われるのは、なんかイヤ。
「それは私が聞きたいよ。気が付いたらこうなってたんだから」
「そういえば、夢を見たとか言っておったが?」
「夢? どんなだ?」
「んー……ザックリ纏めると、新婚さんの夢」
なんだそりゃ。とスズタクは呆れた顔をする。
「耳が尖ってたから、多分エルフだとおもう。結構裕福な家庭っぽかった」
王家の私室。と、まではいかないものの、それに近い様なインテリア。マンションの一室って感じかな。
「他に気付いた事は無いかの?」
「んー他ねぇ……あとは断片的なモノばかりかな。実験とかナントカ博士とか……あ! そういえば。新しい魔法が発見されなくなって数百年とか言ってた私」
「それってもしかして、古代魔法文明時代の夢とかか?」
「ふむ。嬢ちゃんの身体は魔女のモノ。十分にあり得る話だの」
「でも、魔女に関する情報はロックされたままだよ?」
ステータスを表示させ指先で触れるも、テキスト欄にはロック中の表示が出るだけだ。
「ですが、何らかの影響があった事は確かですね。でなければ、急激にこんなにエロくなりませんから」
いやだから、エロって言わないでくれる?
「そういえば、麻莉奈さん間近で見ていたんですよね?」
「そうですね。凄かったですよ」
……ん? 何が?
「あっという間におっきくなって、立派に……キャッ」
恥ずかしそうに顔を両手で隠す麻莉奈さん。
「いやあのね。キャッ、じゃなくてちゃんと言ってよ」
「分かりました。まるで白濁とした液体をぶっかけられたみたいに――」
おおいっ! 言い方!
「身体中が青白い光に包まれたと思ったら、マリ◯みたいにおっきくなりました」
マ◯オって……じゃあなに? 敵に触れると小ちゃくなるのか私?
「取り敢えずは休むとしようかの。もしかしたら続きも見れるかもしれん」
お爺ちゃんの一言で、この場は解散となった。
……鳥のさえずりと、差し込んだ朝日で目が覚めた。床に落ちている朝の光からは、今日も暑くなりそうな気配が漂う。
テーブルに置かれた水差しに手を伸ばし、コップに注いでそれをグイッとあおった。
「んはーっ、寝起きの一杯は格別ね。……水だけど」
柑橘系の香りがフワリと漂う所を見るに、果汁を少し絞っているらしい。
「あ、美希さん」
ガチャリ。と、バスルームのドアを開けたのは、濡れた髪をタオルで拭く、バスローブっぽい布を身に纏う麻莉奈さん。
「おはようございます。シャワー空きましたよ」
「うん、ありがとう。じゃあ、入ろうかな」
地下水が豊富に湧き出るこの地では、大抵の家に水道が引かれている。なんでも、ドワーフとの共同開発によって機器類を作り出しそれが可能になった。と、いう話である。
水道が通っていない家もあるが、街のあちこちにには水飲み場や洗濯場、銭湯らしき施設もあるので、生活には困らなさそうである。
「それで如何でした? 夢の方は」
「うーん。見てなさそう」
前回の夢をあれだけハッキリと覚えていたのだから、忘れたという事もなさそうだ。
「そうか見んかったか。なかなか上手くはいかんの」
朝食の席でその事を話すと、ため息交じりでお爺ちゃんは言う。
「まあ、旅するうちに見る事もあるだろう。……んっんっぷはっ。ん? んー……固えなコレ。そしたら、んっ教えてくれりゃっ、い……んくっ。良いさ」
「……アンタ。食べるか飲むか喋るかどれかにしてくれない?」
「…………」
うわ。コイツ、コミニケーション放棄しやがった。ミルクさんは一心不乱に料理を口に運んでいるし、ナイフやフォークを使って優雅に食す麻莉奈さんも、積み重なった皿が大食い女帝の様になってるし。さっきから給仕係が引っ切り無しに出入りしているよ。
「まあでも、今はまず夢よりもアレじゃない?」
私の背後に聳え立つ建造物を、振り返らずに親指で差す。
「そりゃそうだけどよ。龍の目が無い事にはどうにもならんだろ?」
「なぁに、儂の名を出せと言っておいたからの、問題は無いじゃろうて」
「昨日はお戻りにならなかった様ですよ。使用人にお聞きしたので間違いないかと思います」
「……ふむ、となると少し難航しておる様じゃの」
どれ。と、お爺ちゃんは席を立ち、それを見ていたスズタクは、食べる手を止めた。
「行くのか? 爺さん」
「そうじゃな。儂が直で言ってやった方が、大商人供も言う事を聞くじゃろう」
「そんじゃ」
「私達も」
「お供致します」
「だニャ」
席から立ち上がる私達を見て、お爺ちゃんはニヤリと口角を吊り上げた。
一人一人と部屋を出て行く姿を見て、給仕係の人の表情はどこかホッとしている様に見えた。無理もない。
「世話になったの」
「え……?」
お爺ちゃんが取り出した包みを、思わず受け取る給仕係さん。中身を見ると十や二十では効かない程の金貨が入っていた。
「礼じゃよ」
「え? あ、いやあの、こっ困ります!」
突っ返そうとする給仕係さんを、お爺ちゃんは手の平で押し返す。
「それじゃ、それをセラルドに渡してくれ。そして、こう伝えるんじゃ。屋敷の皆で使え。とな」
なるほど、そういう風に言えば断る事も出来ないか。ちょっと意地悪っぽいけど、なんかカッコイイ。
周辺よりも一際高い建物から、見知った人物が肩をガックリと落とし、下を向きながらトボトボと歩いてくる。
「……ハア」
「その様子じゃダメじゃった様じゃな」
セラルドさんはハッと顔を上げ、お爺ちゃんと認めるとその場で畏まった。
「申し訳ございません。大商人達は意外に頑なでして……」
「仕方があるまい。後は儂に任せて屋敷で休んでいてくれ」
「はい。有難うございます」
夜通し嘆願していたのか、セラルドさんはフラフラしながら屋敷へ向かった。戻ったら引っ繰り返りそうだけど。
「さあて、行くかの」
言って建物に向かい一歩を踏み出すお爺ちゃん。……と、その前に。
「お爺ちゃん」
「ん? なんじゃな?」
お爺ちゃんは動きを止めて振り返らずに応えた。
「なるべく穏便にね。ソレは最終手段だから」
私がそう言ってやると、お爺ちゃんから放たれていた怒気が霧散する。
「嬢ちゃんには敵わんな。どうじゃ? 儂の嫁にならんか?」
「な!」
私よりも先にスズタクが反応する。何故に。
「見た目はこんなだけど、中身は十七だよ? 手を出したら犯罪だよ」
「なぁに、この世界では合法じゃて」
「そういえばそうか」
確かにこの世界では淫行罪なんてのは無いな。
「おおおお前、こんなヨボヨボな爺さんと一緒になんのか?」
おーお。狼狽えとるなー。
「私としては、それも選択肢の一つかなって思ってるよ?」
「くっ……」
ニコリと微笑んで言ってやると、スズタクは言葉を詰まらせた。
「そんなんどうでも良いニャ。暑いから早く行こうニャ」
照り付ける日差しにミルクさんはグロッキーの様で、陽炎の様にユラユラと揺れていた。
「どの様なご用件でしょうか?」
受付に座るショートボブのスレンダーな女性が、訝しげに視線を巡らせる。
「マギに会いたいのじゃが?」
「大変申し訳御座いませんが、アポイントメントの無い方はお通しする訳にはいきません」
「ではアポを取ったとして会えるのは何時じゃな?」
「えっと……三日後になります」
「そうか。では、伝言ならすぐ伝えて貰えるかの?」
「あ、はい。それでしたら。どの様にお伝えしましょう?」
「ギャルソンが来てやった。今スグ顔を見せろ。とな」
「か、畏まりました」
受付のお姉さんが、慌てて奥の扉に消えて暫し、今度は慌てた様子の複数の足音が戻って来た。
「ギャルソン様っ!」
ドアの向こうから姿を見せた三人の男が思い思いに畏る。三人共砂漠の民らしく、日焼けサロンに通った様に色黒で、白い衣服にターバンを頭に巻く姿は、旅番組でよく見る砂漠に住まう人達と変わらない。
「久し振りじゃのう。息子達よ」
『……は!?』
え……む、むすこぉっ!?
「ちょ、お爺ちゃん歳合わなくない!?」
元の世界でならこれくらいの息子さんが居てもおかしくないが、コッチに来て二十年そこそこのお爺ちゃんに三十は超えている子供が居る訳が無い。
「ん? 息子といっても血は繋がっておらんぞ。コイツらは儂の弟子じゃよ」
弟子。なぁーんだそうだったのかビックリした。
「左からバルタ、カスプ、プレアじゃ」
お爺ちゃんが紹介すると、お見知り置きを。と、三人揃って挨拶をする。
「それで? 話は通っていると思うのじゃが?」
「その件につきまして、お話を致したい事がありまして……」
「ここではなんですので、お部屋の方へご案内致します」
中央のカスプが申し訳なさそうな表情をして、左のバルタが掌でどうぞこちらです。と、指し示した。