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第五十三話 ナンパな兄とさば折りな父

「炎よ。我が意に従い剣に纏て力と成せ」


 チカラある言葉を解き放つ。仄かに赤い輝きが抜き身の剣を包み込んだ。


 キシキシキシ……


 いかにも虫らしい鳴き声を出しながら、コガネムシの様な魔物が私に襲いかかる。しかし、そのことごとくが返り討ちとなっていった。


 身体の急成長による影響は、胸が重いくらいでほぼないみたい。だけど、今回は市街戦である以上、あまり派手な魔法は使えない。


「風よ。我が剣と成りて其を刻め」


 私の前に三日月型の可視の刃が生まれ出て、複数の虫を葬る。


 こんな感じにチマチマとやらなきゃいけないから、ただただ面倒くさいだけだ。


「ホント、キリないなー」


 虫であるからには恐怖はなく、だから真っ直ぐに向かって来る。赤く輝いていた剣も付与魔術の効果が切れ元の安い剣に戻る。


「炎よ――」


「危ないっ!」


 私が付与魔術を掛け直そうとした時だった。屋根の上から飛び降りた影が、私の背後……それなりの距離があった虫を両断する。


 誰? スズタクとは違った声。でも、男には間違いはなさそうだ。


「危ない所でしたね」


 砂煙の中で切ったままの体制だったその人は、スックと立ち上がって抜き身の剣を鞘に収める。


「ご無事で何よりです」


 砂煙から抜け出たその人は、そう言って口角を吊り上げ歯を見せる。キラリと光る訳がない。


「あなたは?」


「おお、これは申し遅れました。私の名はレヴン。レヴン=アヴィリオと申します。可憐なお嬢様の危機にナイトが参上したのです」


 可憐って……。それに自分でナイトって言っちゃってるよ。にしても、この人がセーラさんの下の兄さんか。皮を何枚も重ね合わせて鞣す鎧はこの地独特なモノだ。金属鎧なんぞ着ていたら、自分の肉で焼肉が出来る事請け合いだからだ。


「取り敢えず礼は言っておくわ。ありがとう」


「いやあ、それ程でもありませんよ」


 ニコリと微笑み礼を述べると、レヴンは後頭部に右手の平をあててハッハッハ。と、笑った。


「んじゃあね」


「あっ、ちちち、ちょっとお待ち下さい」


「何?」


「この私、レヴンが魅力溢れるお嬢様を、安全な場所まで送り届けます」


「結構よ」


「うっ、ちょ、ちょっとお待ち下さい」


 なおも引かないレヴン。鬱陶しい。


「私忙しいのよ?! 炎よ。我が手に集いて其を貫け」


 掌から放たれた棒状の炎が、虫を貫いてゆく。


「ま、魔法……」


 呆気に取られているレヴンを尻目に、街の奥に歩みを進めようとすると、レヴンは私の前に回り込んだ。


「しつこい男は嫌われるわよ」


「お願いですボクを弟子にして下さいっ!」


 ……は? 今度は私が呆気に取られた。レヴンも本気な様で、それはそれは見事な土下座を披露していた。


「兄様?」


 お、この声はセーラさん。丁度良かった、妹であるセーラさんに何とかしてもらおう。


「セーラさん、この人どうにかして下さい。しつこくって」


「え、あ。はいっ! 兄様、この非常時に……ってあれ? 初対面ですよね?」


 人差し指を自分と私に行き来させるセーラさん。あ、そういや外見が変わったのは知らないんだっけ。


「何言ってんの私よ私、美希よ」


「え? ……美希さん? …………」


 セーラさんは、頭からつま先まで何度も視線を巡らせる。その際、必ず胸で一旦止まるのは気のせいじゃないな。


「え? だっ……て美希さんは子供で……、今は大人……? えっ? え……ええっ?!」


 セーラさんの驚きの声が砂の都に木霊する。


「……ハッ! 落ち着け、落ち着くのよセーラ。美希さんは子供なんだから、この人は違うわ……そーよ、別人よきっとそうに違いないわ。だって美希さんはちっぱいですもの」


 うっさい。頭の中でどんな思索をしたのかは知らんが、ちっぱい言うな。ムカついたから、ちょっとからかってやろう。


「これはホラ、私成長期だから」


「せ、成長期?! そうか……女の子はある日突然大人になるって聞いた事があるわ。なるほど、それなら納得でき……でき……」


 ん?


「出来るかあっ!」


 地面に何かを叩きつける仕草をして肩で息をするセーラさん。一方で兄のレヴンは、セーラさんのテンションについていけずに、ただオロオロとしていた。うーん面白いなこの兄妹。


「せ、セーラ?」


「え……? あ、兄様」


 さっきと打って変わって、お淑やかに微笑むセーラさんに、レヴンはその身を一歩引いた。


「お、お前無事に戻って来れたんだな」


「はい兄様。最強の助っ人を連れて来ました」


「それでだな……」


 レヴンはコホンと咳払いをし、チラリチラリと私の方に目配せをする。


「こちらの方とは、お知り合いなのか?」


「え? ……えーっと、どなた?」


 あ、ふりだしに戻った。



「これで信じて貰えたかな?」


 街に来る時に掛けた、風の付与魔術を身に纏わせてやって、ようやくこくこくと頷いてくれた。ただ今度は、レヴンが腰を抜かしているが。


「ななな、なんだ? その魔法は……」


 見た事もない。とレヴンは言うが、それはそうだろう。付与魔術を使えるのは、この世には魔女と私の二人だけ。魔女の身体を依代としている今現在、私だけしか使えない。


「とにかく、事情は後で説明するわ」


 理解出来るかは別だけど。


「今は虫の駆除が先でしょ?」


「……ハッ、そうだ。今は一刻も早く虫を駆除しなくてはならなかった!」


 一分一秒が惜しい時にナンパしてたクセに。


「えーと、レヴンさん?」


「ひゃっ! ひゃいっ!」


 レヴンは顔を赤くしながら直立不動になった。人の胸ガン見しないでくれる?


「剣の扱いは?」


「問題ありません」


 何故、前髪を払ってイケメン顔を作る?


「では、手分けして虫を駆除しましょう。目標は……そうね。街の中央にある湖。そこで落ち合いましょう」


 セーラとレヴンはそれぞれ頷き(ただし、レヴンはどこか淋しそうだった)街の中へ消えて行った。



 虫を蹴散らしながら湖の辺りに着くと、大きな斧を地面に突き刺し、それに寄り掛かっているお爺ちゃんが居た。既にリラックスモードだな。


「駆除は終わったの? お爺ちゃん」


「その声は、美希の嬢ちゃんか。動いて大丈夫なの――」


 振り返って私を見た直後、お爺ちゃんは硬直する。


「――随分と立派になったのう」


 胸を見ながら言わないでくれるかな。


「出会った頃の婆さんにソックリじゃわい。んで、何があったんじゃな?」


 私は首を横に振る。


「分からない。気付いたらこんな身体になってたの」


「確か、嬢ちゃんの身体は魔女のモノであったの」


「魔女に覚醒する前は、ミネア村に住んでいた小さい女の子だけどね……もしかして、あの夢は関係あるのかな」


「夢じゃと?」


「うん。気を失っている時に夢を見たの」


 その夢の事をお爺ちゃんに話そうとした時に、近くの藪がガサリと動き出し、私達は緊張する。


「んだよ。爺さんが一番かよ」


 ガサリ。と、藪をかき分けてスズタクが姿を見せた。そして、私を見てお爺ちゃん同様固まる。


「……お前、もしかして美希か?」


「ほっほっほ。ひと目見て判るとはの、流石じゃな」


「ななな、何がだよ! 誰でもわかんだろ!?」


 私が美希だって見て気付いたのはアンタだけだよ。お爺ちゃんは声で判断したようだしね。


 その後ミルクさんと麻莉奈さんが合流し、日暮れ頃にはセーラさんがやって来た。レヴンはそのまま別区画の駆除に向かったとの事だ。


「残りは防衛隊に任せて良いじゃろう。所詮数が多いだけの木偶の坊だしの」


 木偶の坊だと思うのは、多分私達だけだと思う。普通の人から見たら結構な脅威じゃないかな。


「さて、と。セーラさんや、父上に御目通り願えるかのう」


「え? あっ。は、はい!」


「ん? なに、ただの顔馴染みじゃよ」


 私達の視線を感じたお爺ちゃんは、そう言ってウィンクをかました。




「こちらでお待ち下さい。呼んできますので」


 セーラさんの案内で、立派なお屋敷の待合室の通された。そして、父親のセラルドを呼びに行こうと、セーラさんがドアに向かって歩き出した時、目の前のドアが勢い良く開けられ、セーラさんは驚きのあまり硬直していた。


「おおっ! セーラ……よくぞ無事でっ!」


 ドアの向こうから姿を見せた、中年。と、いうよりは初老に近い人物が、固まったままのセーラさんに熱い抱擁を交わす。…………確か、さば折りってこんなんだったよね。


「相変わらず溺愛しとるのう。セラルドよ」


 ドサリ。お爺ちゃんの声に反応し、セラルドの腕の中からセーラさんが床に崩れ落ちた。泡吹いてるけど生きてるかな?


「こっ! これはギャルソン様っ!」


 セラルドは片膝を床に付けて頭を垂れた。


『ギャルソン様!?』


「ほっほ。ゲームで使っておった名前じゃよ。こっちの方が都合が良いのでの」


 言ってまたまたウィンクをかました。


 私達はセラルドに勧められ、ソファに腰掛ける。


「何故、この様な場所に?」


「来月行われるオークションに参加しようと思っていたんじゃが……この様子だと無理ぽそうじゃのう」


 無理ぽ。て……


「ええ、そうですね。これでは中止せざるを得ないでしょう。開催中にまた同じ事になってしまっては、VIPの方々をお護りする事もままなりません」


「そうじゃの。……儂等が何とかしてやろうか?」


「……は? 今なんと?」


「じゃから、儂等が解決してやろうか。と、言うておる」


「えっ!? いいい、いやしかし、私共にとって非常に有難い仰せですが、流石にギャルソン様にご負担をお掛けする訳には――」


「ヌシらでどうにか出来るのかの?」


 言葉を遮って言ったお爺ちゃんに、セラルドは首を横に振る。


「どうにかしたい所ではありますが、一連の原因がまだ判明しておりません」


「原因か。恐らくじゃが、あの古代の遺物がなんらかの理由で稼働を始めたからじゃろうな」


「……もし、ギャルソン様の仰る通りだとすれば、我々には打つ手が無い事になります」


 セラルドは掌をキツく握りしめ、ギリリと歯を噛んだ。


「ねぇ、どうして打つ手が無いの?」


「彼処には誰も立ち入る事が出来んのじゃよ」


 お爺ちゃんの話では、建造物の素材はどんな刀剣よりも堅く、魔法すらも弾くのだという。破壊しての侵入は不可能で、水に浸かっている部分にも入り口は無いらしい。唯一入れそうな場所は、正面にある扉からだという話。しかしそれも、何かしらの封印が成されている様で、それを解いた者は居ないらしい。


「失礼ながら、数々の武勇伝をお持ちになっておられるギャルソン様でも、内部に入る事は叶いますまい」


「確かにの。儂では無理じゃ」


 お爺ちゃんはキッパリと言い放つ。


「じゃが、儂()なら可能じゃよ」


 お爺ちゃんは三度目のウィンクをかまして見せた。敵わないなぁ。

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