第五十二話 砂の都と夢境。
バチリ。
焚き火の中の木が爆ぜ、カサコソと崩れ落ちていった。焚き火を囲むのは、私にスズタク、麻莉奈さんにお爺ちゃん。ミルクさんは船を漕いでいる。
「兄様……」
ゴロリと寝返りを打って寝言を呟く。話す事を話して、食べる物を食べたセーラさんは、今はグッスリと眠っている。緊張状態が続いたから余程疲れていたのだろう。
「ねぇ、私思うんだけど……」
コーカンドの東西南北に、突如として生えた謎の構造物から大量の虫が発生し、オアシスを襲う。
「これって偶然かな……」
「何がだ?」
スズタクは静かに聞いた。
「私達の行く先々で何時も問題が起こる。って」
パチリ。再び焚き木が爆ぜる。カサコソと崩れ落ち、舞い上がる火の粉を見ながら思い返していた。
私にとって最初の問題は、エミリーさんの事。次いでエイス=カルトゥーイによる誘拐事件。湖畔の怪物と戦い、魔女が出現。そして、今回の事件。
「気の所為じゃないか?」
スズタクはそう言うけど、何かが引っ掛かっていた。見た事も無い謎の構造物。セーラさんからソレを聞かされてから、私も何か……途轍も無い何かを見た様な気がしてならないのだ。
「何があったというんじゃな?」
私はお爺ちゃんに、かくかくしかじかと話を聞かせる。
「成る程のう。それでは嬢ちゃんがそう思うのも無理はないの。じゃが、コーカンドの中心には古代の建造物がある。それが、久々に稼働を始めたとかではないかの。あそこの水はソコから湧き出しておる様だしのう」
「うーんそうか……」
でも、本当にただの偶然なんだろうか?
「風よ。我が意に従い彼の者に宿て力と成せ」
チカラある言葉を解き放つと、私の掌を介して全身が淡い緑色に包まれる。私がみんなにかけた付与魔術は、風の力を行使して移動を早くする魔術。
これをかける事によって、普通に歩いて一時間の距離が一分で着く。
「それじゃ行くかの」
お爺ちゃんの号令(?)で、皆が頷き横一線に並ぶ。
「遅い奴がメシオゴリな」
スズタクが訳の分からない事を言う。そもそも、食事やお金はみんなで共有してんじゃん。
「よーい……ドンッ」
砂煙を上げて、一斉に駆け出した。ただ、セーラさんが若干壊れかけてるのが気になったが。
朝。中々に快適な眠りから目覚めると、セーラさんは既に起きていて街の在る方向を見つめていた。
「兄様達大丈夫かな……心配であまり眠れなかった」
私の記憶ではグッスリと寝てたようだけど?
「大丈夫よ。今日中に虫の駆除をするから」
「ミキさん。でも、ここへ来るのに一日かかったんですよ? それにキャサリンも居なくなってしまいました」
セーラさんのいうキャサリンとは、彼女が乗ってきた砂ゾリと呼ばれる乗り物を引っ張っていた砂トカゲの名前。あろう事かピンクのリボンを付けていたらしい。彼女が握りしめているモノがキャサリンの遺物のようだ。
昨日、砂ミミズの生息地に踏み込んでしまい死に物狂いで逃げたが、体力の限界がきてキャサリンは倒れ、砂ミミズに飲み込まれてしまった。砂ゾリから投げ出されたセーラさんは、突っ込んで行ったお爺ちゃんによってギリギリの所で救われた。
「その辺は大丈夫。良いのがあるから」
その良いモノが先ほどかけた魔法である。
「キャハハ! ナニコレ!」
そして今のがぶっ壊れつつあるセーラさんである。どうやら彼女が持っていた魔法の常識が限界突破を迎えたらしかった。
「見えたぞ、コーカンドだ!」
小高い砂丘を越えると、砂丘に囲まれた盆地に街があった。中心に揺蕩う湖に、陽の光が反射してキラキラと輝く。それはまるで水色をした宝石の様。見ているだけで暑さが和らいでゆく様な、物理的だけではなく精神的にも作用するオアシスだった。
それが今、黒煙を上げていた。街の四方には、真っ黒で部分的に緑色のラインが入った角柱が聳え立ち、そのラインは鼓動を打つ様に明暗を繰り返す。
あれが、セーラさんの言っていた謎の構造物……か。確かに見た事も無い様な壁面だ。と、私は砂に足を取られ、盛大にヘッドスライディングをかました。
「いつつつ……一体何?」
頭に被った砂を振り落としながら、ペタンと砂の上に座り直す。後ろを見ると結構な距離を滑って来ていたらしい。
「何やってんだよ」
「大丈夫かの?」
「うん。大丈夫、大丈夫。多分何かに躓いて――」
ズクンッ。突然私の中で何かが震えた。今……のは? 心臓が高鳴った?
ズクン。再び震えた何か、その発生源が分かった。
ズクン。三度目。間違いない……私の魂が震えている!?
サーッと顔から血の気が引き悪寒が走る。冷や汗が吹き出して顔を伝い、顎を離れて砂に落ちた。
「うぐっ!」
ズクン。と四度目に訪れた魂の震えは、今までのモノよりはるかに大きく震えて、私は弓の様に後ろに仰け反る。みんなは一体何が起こったのかも分からず、オロオロとしながら声を掛けているが、その声も少しづつ遠ざかった。
「……サ」
何も見えない暗闇の中、何処からともなく私を呼ぶ声が聞こえた。
「おーい。……サ?」
サワリ。私の髪を掻き分けて、細長く温かなモノが私の耳に触れる。あ、ダメ……私、ソコ弱いの。
弄られ続ける弱点に、耐えきれなくなった私が目を開けると、目の前には中々のイケメンが私に向かって微笑んでいた。短い白髪に耳は尖っていて、彼がエルフだという事はそこで分かる。
「おはよ」
私は釣られて微笑み返す。
「今日は大事な実験なんだろ?」
色取り取りの野菜が入ったサラダボウルを、テーブルの上にコトリと置きながら彼は私に問い掛ける。
私はというと、肌着のままで椅子に座り、鏡の中の自分を見つめていた。寝癖でボサボサだけど、艶のある腰にまで届く金色の髪、青く澄んだ瞳にバランスの取れた身体。自分で言うのも何だけど、私は結構美人だと思う。そして、私の耳も彼と同じく尖っていた。
「どうしたの?」
鏡の前でボーッとしている私に背後に立ち、彼は両腕を私に回す。
「え? あ、ごめんなさい。ちょっと考え事してて……」
口から出た落ち着いた優しい声は、私の魅力の一つだ。
「心配ごとかい?」
参ったな……彼は多分、全部お見通しぽい。
「うん。最近、博士の事が分からなくなってきちゃって」
「博士って、ク…………博士?」
「そう。成長限界を迎えた文明は滅びゆくだけだ。なんて言い始めて……確かに、新しい魔法が発見されなくなってもう数百年が経つけど、今のまま、このまま維持するだけで未来は安泰なのよ。余計な手を加える必要性なんて無いわ」
「そうだね。キミの言う通りだとボクも思うよ」
彼はゆっくりと両腕を引き抜き、引き抜きながらまたしても私の弱点である耳に触れる。その度に、私の身体がピクンと反応をしてしまう。
「でも、ク…………博士は、今よりももっと良い世界にしようとしているんじゃないかな?」
「もっと良い? 今のこの世界で満足出来ない? 長寿を手に入れ病を克服し、夜を打ち消す光を手にして、何処へでも瞬時に移動出来る。これ以上何が要るの? 何が必要!?」
「落ち着いて」
声を荒げる私に、彼は後ろから頬にキスをする。
「……私、怖いの。この幸せが失われ、あなたを失う事が……」
「大丈夫だよ。何人たりともこの幸せを壊させやしないし、ボクが……サを遺して逝く訳が無いよ」
「……うん」
私の肩に置いた彼の手に、私の手を重ね合わせた。
「……あれ?」
「大丈夫ですか?」
麻莉奈さんが心配そうな表情で、私の顔を覗き込んでいた。
「転んで起き上がったと思ったら、突然気を失ってしまったので心配していたのですが……」
気を失っていた? それに今のは……
「どれ位気を失っていたの?」
「十五分も経ってないと思います」
「みんなは?」
「先に街へ向かいました。今頃は戦闘中の筈です」
まあ、先ずは街の大掃除かな。その後でゆっくりと考えれば良い。
「ヨット。それじゃ行きましょうか」
「大丈夫なのですか? 何処か悪いのでは?」
起き上がった私を、麻莉奈さんは心配そうに見つめている。
「うん。問題ないかな」
「そうは見えませんよ」
ん? それはどういう意味なのだ?
麻莉奈さんはゆっくりと立ち上がる。
「……え? 麻莉奈さん縮んだ?」
「いえ、美希さんの身体が成長しているんです」
虚空から手鏡を出した麻莉奈さんが、それを私に向かって翳した。そこに映っていたのは、十歳程の外見だった私ではなく、もう少し成長した、恐らくは十八・九であろう私の顔。幼さが完全に抜けている大人な女性の顔だった。
「ななな、なんじゃこりゃー!?」
「お気付きでは無かったのですか?」
気付くも何もさっきまでなんとも……ハッ! だから足がもつれて転んだんじゃ? それにしても胸デッカ! しかも重っ。九十近くあるんじゃないか? コレ。
「取り敢えず街の掃除が先。どうしてこうなったかは後で考えよう」
「そうですか。分かりました。……どうされました?」
「あの……麻莉奈さんの服貸して?」
身体の成長に伴い、今まで着ていた服はぱっつぱつになっていて、今にも胸のボタンが発射されそうだわ、スカートは超ミニだわで戦闘に集中できる気がしない。ボタンが射出されれば、たわわに実った果実が露わになってしまう。幼児体型でブラをしてなかったのがアダになった。
「分かりました。取り敢えずはコレを着て下さい。後で服を作りますね」
そう言って麻莉奈さんは虚空から服を取り出した。しかしコレって……
「なんでバニーガール!?」
むしろ露出が増えてんぞ!
「あら、違う方が良いですか? でしたら、ナース服とか……ああ、スク水なんて如何です? 丁度湖もありますし」
アンタ。こんな状況下で何楽しんでんの?
「無難なヤツでお願いします」
そうして無難に着替えた私は、麻莉奈さんを伴って害虫駆除に乗り出した。