第五十話 五人目の日本人と砂の大地。
五十話目お届け致します。
「儂の名前は、神山甚一郎というんじゃ」
お爺ちゃんの話だと、お爺ちゃんがこの世界に来たのは二十年ほど前になるという。
「自宅で第二の人生を謳歌しておったらの、急に胸が痛くなってな、気付いたらファンタジックな場所に居ったんじゃ」
お爺ちゃんを召喚したのは、七賢人黄のタレス。お爺ちゃんは彼に、病気にならないような強い身体を望み、タレスはお爺ちゃんに一定期間滞在するように求めたという。一定期間滞在って適当だな!
結果、お爺ちゃんが得た能力は身体強化。これを使い魔女との戦を戦い抜き、討伐後はこの島に蔓延っていたマフィアを蹴散らして、現在の地位に就いたのだという。
「この世界はつまらんな。ネトゲはないし、ケータイも無いのじゃからな」
まあ、私達の世界でも、中世時代にはそんなの無かった訳だし。
「魔法もショボイものばかりじゃ。これでふぁんたじーと云うのじゃから、困ったモンじゃて」
お爺ちゃんは、テーブルに両手をダンっとついて、前のめりになる。
「ふぁんたじーってのは、もっとこう……血湧き肉躍る世界じゃろ?!」
お爺ちゃん近い! そして息臭い!
「武器をズバッと振り回し、魔法をドカンっとブッ放す。それがふぁんたじーじゃろう!?」
いや、あのね。私達の世界の価値観を求めるのは間違いだと思うの。それに、お爺ちゃんが言うのがファンタジーなら、私が一番ファンタジーしてるよ。ズバッもドカンッも出来るし。
「魔女との戦は楽しかったがのう。それ以降はつまらんかった。……じゃが、お主等が現れる様になってからはワクワクしておる」
お爺ちゃんはドサリと腰を下ろした。私達を見つめるその目は、少年の様な輝きが見て取れた。
「…………儂も行く」
「ダメ」
スズタクが即答する。
「イヤじゃ! 行くったら行くんじゃ!」
駄々っ子かアンタは。
「ダメったらダメだ! 第一爺さん、ココをどうするんだよ?!」
「嫁や娘に任せて問題ない。若い衆も居るしな。連れて行かんと言うのなら、金は渡さんぞ?」
「クッ、卑怯な」
「決まりじゃな」
お爺ちゃんの口角が吊り上がる。どうやらこの攻防は、お爺ちゃんに軍配が上がったらしい。……え? 連れてくの?
「そうと決まれば早速準備じゃな」
お爺ちゃんが手をパンパンと叩くと、部屋の左手のドアが開き、二人の女性が入室して来た。
「儂の嫁と娘じゃ」
二人は畏まって礼をする。この女性が奥さんか……若いな、どう見ても二十代にしか見えない。もう一人は娘さん。背丈は今の私より少し高いくらい。十六、七といった所か…………ん? ちょっとマテ。年齢的に合わなくないか? 再婚とか?
「儂はこやつ等と旅に出る。五年十年は返って来れんと思う。その間ここを頼むぞ」
「いや五年もかける気ねーからな、ジーさん」
「だそうじゃ」
お爺ちゃんは、私の方にチラリと視線を向けて、口角を僅かに吊り上げたのを見逃さなかった。あ、この人スズタクを焚きつけたな。
「これで新たな仲間が加わった訳じゃな。今頃は、仲間加入時のサウンドでも流れている頃じゃろうて」
仲間加入時のサウンド?
「それでじゃ、お嬢さん方。名前を聞かせて貰ってもよろしいかな? この世界はパーティに入ったからといって、名前が表示される訳ではないからのう。全くもって不便な世界じゃよ」
お爺ちゃん。ネットゲームに毒され過ぎでは? 元の世界でも仲間になったからって名前は表示されないと思うな。
「そうですね。これからご一緒するのでしたら、名前くらいは知っておかないといけませんね。私は藤林麻莉奈。神官です。よろしくお願いしますね。オジサマ」
お、オジサマ?! 七十超えの老人にオジサマ。うーん麻莉奈さんの処世術なのかな?
「ウチはミルク。ファイターニャ」
うん。簡素な自己紹介だ。
「むう、儂が飼っていた猫にソックリじゃ。後でモフモフさせてくれんかのぅ」
「嫌ニャ」
お爺ちゃんからのアタックを即答でさらりと躱す。流石はスピード系のファイター。さて、次は私の番か。
「近藤美希よ。よろしくねお爺ちゃん」
我ながらごく普通の自己紹介だな。
「ほう、お主がタクが気になる娘じゃな?」
……え? スズタクが気になっている? 私を?!
「ななな、何言ってんだカミ爺!」
「この前言っとったじゃろ。気になっとる娘が居ると」
「ちちち、違うからな! 変な意味じゃ無いからな!」
なんでこーも分かりやすいかな。この人は……そうなんだ。スズタクが私を、ねぇ。
「ほっほっほ、若いのう。それで美希さんのジョブはなんじゃな?」
ジョブ? 職業よね……んーそうね。魔法も使えるし剣も扱えるし、敢えて言うのなら……
「魔法……剣士かな?」
「魔法剣士とな!? これまた稀有なジョブじゃのう。儂がやっとったゲームじゃ中途半端なジョブじゃったが……」
「コッチの世界じゃ、無敵なジョブだぞ。ライトセイバーは使えるわ、レールガンも打てるわ」
使えるし打てるけど、無敵って訳じゃない。
「なんと! ライトセイバーとな?! 銀河大戦。懐かしいのう。死の星からの大出力レーザー攻撃は無いのかえ?」
ないない。んなもんない。あったらそれこそ無敵じゃないか。
「まさか爺さんもFTFをやってたとはなぁ」
「なんじゃ、タクもやっとたんかい」
「おおよ」
「私もやってましたよ」
「おお。それじゃ、何処かで会ったかもしれんのう」
あ、私だけおいてけぼりっぽい。
その後、私そっちのけで話は盛り上がり、明後日に出発という事になった。
当日。
「遅いぞ、ぬしら」
船を係留してある桟橋に、お爺ちゃんは仁王立ちで私達を迎えた。陽の光を反射して、銀に輝く鎧は、見た事も無いような重装甲。アルスネル騎士団にも傭兵団にも、そんな鎧を着込んだ人は居なかった。……桟橋が沈んで見えるのは、気の所為だろうか?
「じーさんが早いんだよ」
「ほっほ。早起きは三文の徳じゃぞ?」
「その徳とやらはあったんかよ」
「ホレ、見てみい。この鎧は初お目見えじゃ。どうじゃ徳じゃろう」
「そんもん徳なんて……」
スズタクは言い掛けた言葉を止めて、お爺ちゃんの鎧を穴が開く程に見つめる。
「こ、この鎧はまさか……」
「やっと気付きおったか。FTFで使っておった鎧を、ドワーフの職人に作らせたのじゃ」
アンタ何やってんの?!
「ついでにコレも、な」
背中に背負っていたモノを、スズタクに見せるお爺ちゃん。それは、リゾート地で成金さんが良く女の人に扇がせている、葉団扇の様な斧。
お爺ちゃん、そういうのを無駄遣いって言わないかな……?
「スゲェ……」
スズタクは感嘆の声を上げてるし。
「そうじゃろう、そうじゃろう」
お爺ちゃんは満足そうに頷いているけど、桟橋傾いているから! どんだけ重量あんのよソレ!
「どうじゃな? お嬢さん方」
「実に頼もしいですオジサマ」
「ほっほっほ。惚れても良いんじゃよ?」
いやアンタ、妻子持ちじゃん!
「これで役者が揃った訳じゃな。盾二、DPS二、ヒーラー一。パーティーとして最高じゃ。フルレギオンで無双も良いが、こういうのも悪くないのう」
ああ……もうね、何言ってるのか分かんない。
「よし。それじゃ出発するぞい。新たな歴史の幕開けじゃ!」
こうしてお爺ちゃんが仲間に加わった。(仲間加入のファンファーレ)
「なんじゃ、弱いのう」
死屍累々と転がるミミズのド真ん中で、お爺ちゃんはつまらなさそうな表情だった。アンタが強すぎるんだってば。普通に戦ったら結構苦労するレベルだよコイツ等。
洋上都市エウディアを出発して十日。東方大陸ヴィオールの玄関口イギラムから三日。砂漠のド真ん中をコーカンドに向けて横断中だった私達を、全長十メートルは超える大きなミミズが大量に襲いかかり、お爺ちゃん一人で片付けた所。昨日はでっかいサソリを一人でやっちゃったし、結構ハッスルしてるなぁ。
「ちょ、スズタク。何してんの?」
スズタクは、お爺ちゃんが倒したミミズの合間を忙しそうに駆けずり回り、ある部位を切り取っては麻莉奈さんに渡していた。
「これ、美味いんだ。後で食おうゼ」
え? マジ食べるの? ……私は遠慮させて貰うよ。食料なら間に合っているし。
「タク、そいつは後にせい。まだ何か来るぞ」
お爺ちゃんは、掌をおでこに当てて陽の光を遮り遠くを見つめていた。そっちに視線を向けると、砂煙を上げて確かに何かが近付いて来るのが見て取れた。
「なんだろ?」
「馬車……じゃな」
「馬車? こんな砂漠で?」
「馬車といっても、色々あるでの。車輪がついた荷台を馬が引く馬車もあれば、犬ぞりの様にスキー板が付いていて、ラクダや砂蜥蜴で引っ張るのも馬車扱いなんじゃ」
後者は砂漠特有の馬車なのだそうだ。車輪が砂に沈んでしまう為に、加工した板を下に敷いているのだという。つーか、見えるの? この距離で?!
「コーカンドから来たようじゃが、何かに追われているようじゃな。アレでは砂漠を渡りきる前にラクダが潰れるじゃろうな」
確かに。この暑さの中、あれだけの速度を出していたら、ラクダもシンドイだろう。ちなみに私達は、弱冷気の魔法によって保護されている為にそれほど暑くはない。
「ゆくぞタク。フラグを立てるんじゃ」
「へいへい」
お爺ちゃんにスズタクは渋々頷いた。フラグって何!?