第四十九話 女の好物とお爺ちゃんの秘密。
ちょっとパワーダウンしてます(汗)
「これは……魔石じゃな」
テーブル上に置かれたゴルフボール大の鉱物。お爺ちゃんは一目見てこれが何か分ったようだ。流石はマフィアのボス。と、いった所か。
「嬢ちゃんも希少なモノをお持ちじゃな。……で、コレを売りたいとな?」
「そう。でも、残念ながら先約があってね」
ポケットに魔石を仕舞う。出しておいて変な気を起こされても困るしね。何しろ、今の所はまだ高値が付いてる代物だし。
「そうか、それは本当に残念じゃの。まあよい、気が変わったら儂の所へ持って来なさい。高値で買い取らせて貰うでの」
「分ったわ」
こうして私達は何される事も無く解放される事となった。うーん外の空気が美味い。
「美希さんよく平然として居られましたね」
「昔取った杵柄ってヤツかな」
この手の案件はSTF時代に散々やってきた。
「そもそも、私達はこの世界の人達よりも、遥かに高い能力を持っているんだから、負ける気がしないわ」
例え荒事になったとしても、切り抜けられる自信はある。
「それにミルクさんも居るしね」
「ん゛ん゛っ?!」
急に振られて、慌てて後ろに何かを隠すミルクさんだが……アンタ、リスみたいになってるぞ。
「でも痛いものは痛いですし」
それは確かにそうなんだけど……
「急にどうしたの? 何か思う所でもあった?」
昼間、あれだけはしゃいでいた麻莉奈さんは、お爺ちゃんと対面した時から、少しおかしくなった様に思える。
「いえ、別に……大丈夫です」
ニッコリと微笑む麻莉奈さん。だけど、気付いてる? その顔は大丈夫じゃないよ。身体的な傷は治してあげられるけど、心の傷はどうにも出来ない事を私は知っている。本人が乗り切るしかない。
「お、遅かったな」
宿に戻ると、先に戻っていたスズタクが寛いでいた。
「まあ、色々あってね」
「色々って? ……あ! おまっ、ソレ何食ってんだ?!」
持っていた紙袋を、サッと背中に隠すミルクさん。
「むぐもごむぐぐニャ」
うん。何言ってるか分かんない。
「リスみてーに頬っぺた膨らませやがって。これからメシだぞ? 食えんのか?」
もぎゅりもぎゅり……ギョックン。そんな音が聞こえてきそうに、口の中のモノを飲み込んだミルクさんは……
「別腹ニャ!」
と、爽やかな表情でサムズアップしていた。本当に別腹がある気がしてきたよ。
「流石にもう無理ニャー」
部屋に戻るなり、床に転がるミルクさん。そのお腹は、臨月を迎えた妊婦の様に膨らんでいた。
「……コレ、踏んづけたらどうなるだろうな……」
スズタクが人差し指の腹を顎に当てながら呟く。ヤメレ。猫踏んづけたら大惨事になるぞ。
麻莉奈さんが淹れてくれたお茶を啜り、今日あった出来事をスズタクに話して聞かせていた。ちなみに、レストランのテーブル上は、スズタクとミルクさんが互いの料理に手を出す戦場と化していた為に、話す事が出来なかった。
「なるほどな。んで、その買いたいって爺さんは何処のヤツだ?」
あ、しまった。名前聞いてないや。こんな事なら指差し確認しておくんだったな。
「確か、猫月って書いてありました」
猫好きって……それでいいのか? マフィアンコミュニティ。
「ああ、それなら問題ない。俺達が取引した店、海月って言うんだが、大元はソコの爺さんさ」
猫好きに海好きって、もっとマシな名称無かったんかな!?
「そ、それなら断りに行かなくても良さそうだね」
「いや、折角だし顔見せついでに行こうか」
後々うっさいし。と、スズタクは呟いた。
翌朝。臨月を迎えていたミルクさんのお腹は、元通りに戻っていた。マサカ、出産したのか?!
猫の様にお尻を突き出して伸びをし、立ち上がったミルクさんのお腹がクーと鳴る。
「お腹減ったニャ」
この猫の胃はブラックホールになっているに違いないと、そう思えた瞬間だった。
「ホッホッホ。嬢ちゃん達は、タクの連れじゃったんじゃな」
マフィアンコミュニティ猫月のボスである齢七十は超えていそうな、その割には元気満々といったお爺ちゃんが頷いた。
「して、どの娘がタクの女なんじゃ?」
恵比寿様のような緩んでいたお爺ちゃんの顔が、急に引き締まる。……それ、そんな顔して聞く事なのか?
「包容力溢れるお姉さんタイプかの? それとも、見た目も愛くるしい、ロリかの?」
まあ、着ているゴスロリ風洋服からそう見えたのだろうが……ロリ言うな!
「勘弁してくれよ。カミ爺」
困った表情でスズタクはそう言うが、それを見てお爺ちゃんがニヤつく。
「随分丸くなったのう。以前は取っ替え引っ替えじゃったのに」
取っ替え引っ替え!?
「「ナニソレ詳しく!」」
私と麻莉奈さんが共に前のめりになる。
「……お前ら、どうしてソコに食い付くんだ?」
そんなの決まっているじゃない。私達女の大好物だからよ。
お爺ちゃんの話によると、スズタクがこの地へ来たのは五年程前であるという。
「コイツはこんなフェイスをしとるじゃろ? じゃから女にモテおってのう、当時金も持っておらん様だったから、女を引っ掛けちゃーソコに泊まっておった様じゃ」
ほうほう。所謂スケコマシってヤツだったんだな?
「ある日、こともあろうかコヤツは娘のミュウに手を出しおった」
グリン。私と麻莉奈さんの首が動き、視線をスズタクにロックする。ジー……
「な、なんだよ! 仕方ないだろ、あの頃は訳も分からずこんな世界に放り込まれて、荒れてたんだよ!」
「現実逃避先が女ってどうなのよ?」
「うっ! うっさいな!」
なるほど、そこでお爺ちゃんとの繋がりが出来たんだ。
「そんな事より爺さん。金はいつ用意出来る?」
あ、話題変えよった。
「まあ、そんなに急くな。何しろ額が額での、今島中の金を集めておるわい」
島中って……魔石十個ってそんな額になるの?!
「それにしても、こんな大金一体どうするつもりなんじゃ? ただの旅費にしてはちと多過ぎやせんかの?」
それは確かにそうだ。私達女性陣に気を使って、それなりの宿に泊まらせてくれているのは知っている。だけど、人生五回以上は遊んで暮らせる程の額は必要無いのではないだろうか?
「まさか、あの噂を真に受けた訳ではあるまいな?」
「あの噂?」
「何でもワラース砂漠に在るオアシス。コーカンドで近々行われるオークション。そこにお宝が出品されるらしいの」
スズタクが巨額を投じてまで欲しがるお宝……? まさか、七徳の宝玉?!
「そのお宝は、ある場所に入る為の鍵であるという噂じゃ」
あ、違うのね。
「なんだ知ってんじゃん」
「アホか。そんな眉唾モノの話に大枚叩くなんぞ、アホでしかないわ。何人もが試して誰も入れなかったのじゃぞ?」
「だけど、他に手掛かりが無い。もしかしたら俺達ならイケるかも知れないだろ? それに強行手段に訴えれば、逆にコッチが討伐対象にされ兼ねないしな」
「討伐対象……か」
ボソリと言った呟きが、スズタクとお爺ちゃんには聞こえていた様で、私に向かって視線を投げる。
「なんだ? 何かやったのか?」
「やってないわよっ!」
「早く自首した方が良いぞ?」
「だから何もやってないってば!」
ってか、マフィアに自首とか言われたくないわ!
「アウイルの塔の封印を破ったのは、誰だろって思っただけよ!」
その者の人相書きが出回り、国際手配されているというのにもかかわらず、未だ捕まっていない。
「なんだ、ソイツそんなに気になるのか?」
「まあね」
気にならないと言ったら嘘になる。
「気にならない? 古代魔法文明の封印を破る様な奴って」
「アレを破れる者なんぞ、お主等の様な武器を持つ者だけじゃろうて」
お爺ちゃんの言葉に私は驚き、スズタクに耳打ちする。
「武器の事話したの?」
スズタクは勿論だと頷く。
「爺さんには、武器も探してもらっているからな」
「じゃがのう。どんな形かも分からんのじゃから、難儀しておるのじゃよ」
七つの武器と呼ばれる神器は、それぞれ違う形を成している。皇国の王が持つ片手剣、帝国の王が持つ両手剣、アマゾネス族長が持つ弓、スズタクが持つ刀、後は麻莉奈さんが所持している杖と槍。
残り一つは現在捜索中で、その姿形はどんなのかも分かっていない。アルスネル王国の英雄フィリアンが持つ剣は、強力ではあるもののアーティファクトの類では無いそうだ。ちなみに、ミルクさんの肉球グローブも違う。
「最後の一つは短剣だろうな」
スズタクはそういうけど……
「そう思う根拠は?」
「片手剣、両手剣、刀、槍、弓、杖ときたら後は短剣だろ」
「そうとは限らんじゃろ」
言い切るスズタクに、お爺ちゃんは真っ向から撥ね付けた。
「刀があるんじゃ、苦無や手裏剣があっても良かろう。鎖鎌って手もあるぞい」
「いやいや爺さん、時代劇の見過ぎだろソレ。俺が言ったヤツがネトゲで定番だっての」
「そんな事は無いわい。斧も槌もないじゃろう。ワシはな、斧使いとしてブイブイ言わせとったんじゃぞ!?」
「ちょ、ちょっと待って二人共。ストーップ!」
徐々やにヒートアップしてゆく二人を、取り敢えず落ち着かせる。
「二人共、一体何の話をしているの?」
そうなのだ。この二人の口から、この世界にあるはずのないフレーズが飛び出していた。
「何の話って」
「決まっておるじゃろ」
「「アーティファクトだ」じゃ」
いや違うだろ! あ、違くもないか。
「お爺ちゃん……何者?」
「ワシか? ワシはワシじゃよ。他の誰でもないわい」
「ああ、そうか」
スズタクはポンと掌を拳で叩く。
「美希には言ってなかったな。カミ爺は日本人だ」
な、何だってぇぇぇっ!?




