第四十八話 定番水着と裏世界のお年寄り
ガチャリ。不意に部屋のドアが開かれる。
「よお、そろそろ………………あ。くぱあっ!」
私は手近にあったトレーを投げ付けた。あ。じゃねぇよ! ノックくらいしろ!
お風呂から戻った私を待っていたのは、微笑みながら服を差し出す麻莉奈さん。なんと私の為に夜なべして作ってくれたのだという。一仕事ってのはコレを作ってたんだね。
それを半ば強引に着せられてる最中に、スズタクが乱入して来た。と、いう訳だ。
「いってぇなぁ。何もあんなの投げる事はないだろ?」
「人の裸を見た代償よ」
「別に良いじゃないか。お前の身体じゃないんだし……」
だからといって、見て良いって訳じゃない。
「……にしても、良い物作って貰ったじゃないか」
「ええ。とてもよくお似合いですよ」
「馬子にも衣装……にゃふっ!」
ゴスリ。私の拳がミルクさんの脳天目掛けて振り下ろされた。
「コレ恥ずかしいんだけど……」
麻莉奈さんが用意してくれた服は、白や淡いピンクの生地をふんだんに使ったゴスロリ風の服だった。
「私が作る服は、コミケの皆さんに好評なんですよ」
コミケ? 皆さん?
「ああ、そういえば前にレイヤーだって言ってたっけな」
「ええ。毎回出演させて貰ってました」
うわ。ソッチ側のヒト?!
「そして…………こんなモノも作ってみましたー」
麻莉奈さんは、羽織っている物をバサリと剥ぎ取り脱ぎ捨てる。その姿に、スズタクは口の中のお茶を全て吹き出し、ミルクさんは驚きのあまり尻尾が太くなった。
「美希さんのは作った事があるのでそうでも無かったのですが、コレを作るのに苦労しました」
一晩掛かっちゃいましたよ。と、麻莉奈さんは言うけど……
「……麻莉奈さん」
「はい。どうですかコレ?」
いや、どうですか。って微笑まれても……麻莉奈さんが着るとエロさが増して、本来の目的から外れてる気がするんだけど……
「駄目ですかぁ? 折角良い生地が見つかったから作ってみたのに……スク水」
何でスク水なの?!
幾つかの白い雲が浮き、サンサンと太陽の光が降り注ぐ青い空。蒼くて広い海と繋がっている、真っ白で肌触りの良い砂が敷かれたビーチ。そして、水際で燥ぐ……スク水。
あらぬ所までぶっかけられ、濡れ濡れとなったお手製スク水は、麻莉奈さんのダイナマイトボディも相まって、予想を遥かに超えたエロさを醸し出していた。その証拠に、世の男性方の視線は麻莉奈さんに釘付けになっている。
ミルクさんは白いビキニをチョイスした。お店で売られていた、お尻の部分に穴が開いている水着を見て、一体誰がこんなえっちぃ水着を着るのか。と、思っていたけど、尻尾で塞がれた穴に、なる程と納得した。
そして私はというと……
「何が悲しくて子供水着なのか……」
フリルが付いたワンピース。色気もヘッタクレもない。……まあ、十歳そこらの子供に色気とか要らんのだけど。
「よくお似合いですよ?」
水際から戻って来た麻莉奈さんが前屈みになると、解放された隠れ巨乳が喜んでいるかの様に水着の中で揺蕩い、濡れた髪を耳に搔き上げる仕草がまたエロっぽい。色っぽいじゃなくてエロっぽいだ。
「ふう。こんなにのんびりしたのは久し振りですね」
少し、はしゃぎ疲れた声。夜闇の森攻略からコッチ、ゆっくりと休む間も無く駆け抜けてきた。だから、たまにはこうしてボーっとするのも悪くない。
「そうだね」
私はそう応える。と、今迄何処へ行っていたのか、やたらとスッキリとした表情でミルクさんが戻って来た。
「フー。スッキリしたニャ」
……コイツ、ビーチで済ませたんじゃないだろーな?
「そろそろ帰ろうか」
「はい」
「ニャ」
陽が沈みかけ空が朱に染まる頃、肌を撫でる風も昼から夜のモノへとモードチェンジする。それに合わせるかの様に、街にもチラホラと明かりが灯り始めた。
「うわ、昼間より人多くない?」
露店街には大量の人が溢れ、立ったままの人や簡易テーブルに座る人達が、買った品物に舌鼓を打っている。振り返ればいつの間に買い込んだのか、袋を片手に抱え串焼きを頬張るミルクさんがいた。
「コレうみゃいニャ」
「そんなに食べると宿の食事とれなくなるよ」
「それは別腹ニャ」
そう言って豪華な食事を前に、見てるだけの人達を結構な数見てきたぞ。
「とはいっても、ここを通らないと宿に行けませんね」
人を避けて通るだけで、結構な時間を費やしそうだ。……仕方ない。
「裏通りから行こうか?」
賑やかな表通りから一歩踏み込むと、あまりの静けさに別世界に迷い込んだ様な錯覚に襲われる。
「急に雰囲気変わるね」
「ええ、こちら側は治安も悪くなります。一般の観光客はまず近寄りません」
「光ある所に闇あり、か。こんな奴等も来る訳だね」
私達の周囲に群がるムサイ男達は、自分達は賊なんですよ。と、言わんばかりの格好をしている。
「おやぁ? 別嬪さん達道に迷ったのかなぁ?」
うん。台詞も月並みだ。
「結構です」
……え?
「…………は?」
あ、賊達も目が点になってるじゃん。
「オレはまだ何も……」
「結構です」
「いや、だからな」
「結構ですっ!」
麻莉奈さんがことごとく出鼻を挫くもんだから、リーダーらしき人物のこめかみがピクついているのが良く分かる。
「このアマッ! ふざけ――」
「結構ですっ!」
天然出てるぞ。麻莉奈さん。
「こうなったら、ヤロウ共やっちまえ!」
「結構ですっっ!」
何がこうなったらなのかよく分からないが、まあ結局はこうなるんだね。
「麻莉奈さんミルクさん、私の側に。……風よ――」
私がチカラある言葉を紡ぎ始めると、二人は私の背後で背中合わせになり、賊達に動揺が走る。
「魔術士かっ!? 呪文を唱えさせるな!」
おお、対魔術士の戦いに慣れているな。リーダーの言う通り、呪文さえ唱えられなければ一般人と何ら変わらない。
そしてその詠唱には、意識の集中とイメージが不可欠であり、その間は隙が大きい。……だけどあんた達も運がない。世界最強の女二人と猫一匹を相手にしてるとは、露ほどにも思ってないだろうな。
「我が意に従い爆ぜよ。風爆!」
チカラある言葉の解放と共に、私達を囲んで襲い掛かろうとしていた賊達が吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて気を失う。
風爆。半径十五メートル程の空気を、術者を中心に外側に向かって一気に押し出すランクCの魔術。最大瞬間風速は四十メートルにも達し、油断している相手は見ての通りに吹き飛ばされる。
「ミキっちも容赦ないニャ」
「こういうのはね、ビシッとやった方のが良いのよ」
「やりすぎると、後々面倒になりそうですが……」
麻莉奈さんの言った通り、ちょっと面倒な事になった。私達を襲ったリーダー格の男は、私達の対面に座る笑みを浮かべた男……見た目で七十は超えているお爺ちゃんの後ろで、若い男達にフルボッコにされている。
あの後、宿の近くまで戻ってきた私達を複数人の男達が取り囲んだ。そいつ等もぶっ飛ばしても良かったんだけど、関係のない街の人達を盾に取られたのでは大人しく従うしかない。こいつ等、映画で見た事のあるマフィアとかいう組織なのかな? 見た所、このお爺ちゃんがここの組織のボスのよう。
「これで許してくれんかの? 嬢ちゃん達」
「別に許すも何も、私達は何もされてないですから」
されそうにはなったけどね。
「ホッホ。若いのに寛大じゃな。……だが、ケジメはつけなければの」
「ふーん。オジサン達も大変だね」
「ホレ。何か言う事はないか?」
フルボッコタイムが終了し、床に這いつくばっていたリーダー格の男は、よろめきながら立ち上がり私達に向かって深くお辞儀をする。頭を下げるその角度は九十度を超えていた。身体柔らかいなアンタ。
「スイマセンでしたっ! 姐さんっ!」
誰が姐さんだ。
「こっちは大丈夫だから、気にしないで」
「ホッホ。嬢ちゃん達もこう言っておる。運が良かったのうおぬし。これに懲りたら二度とくだらん真似をせん事じゃな。もう良いぞ下がれ」
リーダー格の男は再度深々とお辞儀をして部屋から出ていった。流れからいって、次は私達の番。と、いう事になりそうだけど……
「さて、嬢ちゃん達には――」
「あ、最初に言っとくけど、私達はケジメとやらをつけるつもりはないわよ?」
私の言葉に、ティーカップ(湯呑み)を取ろうとしたお爺ちゃんの手が止まり、背後に控える男達に動揺が走った。
「ホウ……。何故そう思ったのじゃな? 儂がお嬢ちゃん達にもケジメをつけさせると……」
「こういう組織にはありがちなパターンだからね。私達に手を出すと、痛い目見る事になるわよ?」
「ホッホッホ。威勢の良いお嬢ちゃんじゃな……じゃが」
言葉を止めたお爺ちゃんの気質が変化するのを感じた。先程までは菩薩のような雰囲気を醸し出していたが、今は鬼神のような気を発している。アメとムチってヤツだろうな。
「お嬢ちゃん達がどうこう出来るとでも思うのか?」
「出来るわよ」
私はテーブルの下から上へと腕を振り上げる。直後、テーブルは真っ二つに割れ、上に乗っていたティーカップもろとも床に倒れた。
「なんと!」
お爺ちゃんは目を丸くして驚き、控えの男達にも動揺が走る。私の手に仄かに赤く輝くスプーンが握られているのを見て、彼等は更に驚いていた。口の中でチカラある言葉を紡ぎ、予め付与魔術を発動させておいた。
それがどんな物であろうとも、私の手に掴めるモノは全て武器と化す。そして、本来の能力を遥かに超えて非常識なまでの斬れ味をみせるのだ。
「ふふふ……はーっはっは!」
お爺ちゃんは豪快に笑う。
「こりゃ参ったの。一本取られたわい。いいじゃろう、嬢ちゃん達には指一本触れやせん。安心してソレを収めるがよい」
「ボス!」
控えの男達が納得できない。と、いった風で、お爺ちゃんに詰め寄る。
「儂がいいと言ったらいいんじゃ! おぬしらも手を出すなよ。良いな? でなければ、儂等どころかこの島ごと潰されかねんぞ」
どうやらこのお爺ちゃんも只者では無いらしい。その言い回し方からすると、魔女の事を知っているようだ。まあ、有名人だしね。
「それで嬢ちゃん達は、この島に何の用がお有りなのじゃな?」
別なテーブルを用意し、再びお茶が運ばれてくる。それを手に取りズズズと啜る。嘘を言って誤魔化してもいいけど、相手はマフィア……ここは正直に話した方が良いか。
「大陸を渡る途中で、ある物を売る為に立ち寄っただけよ」
私がポケットに手を入れると、控えの男達に緊張が走り、お爺ちゃんが手を上げてそれを制する。
「これよ」
コトリ。私がテーブルに置いた一つの鉱物。それをひと目見て、お爺ちゃん達は驚きの声を上げた。