第四十七話 謎の施設と思わぬ再会
そこは、何処かは分からないが地下の通路のようだった。一体何の素材で出来ているのか分からない壁がずっと真っ直ぐに続いていて、壁に刻まれたスリットに時折光が生まれ奥に向かって進んでゆく。振り返っても入って来た筈の入り口は何処にも見当たらない。
「前に進むしかないって事か……」
壁に手を付けると、金属のようなそうでないような感触と一緒に、ヒヤリとした感触も伝わってくる。
ヒタリ、ヒタリ……今の私は靴を履いていない。そして、着ている物もパジャマ。宿で寝ていたのは確かなようだ。
行けども壁ばかりで、武器として使えそうな物は何一つ無く、非常に心許ない。
緩やかな下り坂を進む事しばし、左側の壁が無くなり、ひらけた場所に辿り着いた。
「ナニコレ……」
素材が分からない黒い壁に、碁盤の目の様にスリットが刻まれ、白い光が強く輝き、或いは弱くなったりを繰り返し、まるで円筒状の部屋を上に昇って進んでいく様に見える。
一体何をする為のモノなのかは分からないけど、元の世界を含め、今までにこんな施設は見た事が無い。まるで未来世界にでも迷い込んでしまった様な錯覚に見舞われる。
通路の手摺から身を乗り出して下を覗き見ると、遥か下の床で何かがウロウロしていて、壁にポッカリと開いた通路と思しき場所に消えてゆく。壁沿いに螺旋状に下っている通路を進んで行くうちに、その正体が明らかになった。
「……アレは、ゴーレム?」
七賢人緑のタロンの私室で見たマッチョなゴーレムに似ていた。そのゴーレム達は、箱型のコンテナを両腕で大事そうに抱え、通路へと入ってゆく。
「(あの先に何があるというの?)」
通路の手摺の陰に身を潜め、ゴーレムが通路に消えたタイミングを見計らい、素足の利点を生かしてヒタヒタヒタっと音を立てずに通路に飛び込んだ。
ガラゴロ。ズズン……ズズン。
後からやって来たゴーレムが、抱えていた箱の中身をダストシュートの様な穴の中に注ぎ込み立ち去る。
音から察するに何かの石の様だけど、身を隠す所が他には無いからこれ以上は近付けない。
『何者だ』
「誰っ!?」
何処からともなく聞こえた声に、緊張を高めて辺りを見渡す。だけど、誰何した人物らしき人影は見当たらない。
『お前の身分を確認させて貰う』
「頭の中に声っ?!」
予想外な出来事に硬直していた私の身体を、天井からスポットライトが浴びせられ、慌ててその場を飛び退いた。
『接続、照合を開始』
「くっ……」
直ぐに飛び退いたといっても、身体が反応するまで二、三秒の間、光を照射されてしまった。私が侵入者だと知れたら、先程のゴーレム達を嗾けるつもりだろう事は明白。負ける気はしないけど、武器がないのは矢張り心許ない。
『照合完了。身分を確認』
頭の中に聞こえた声に、即座に行動に移せる様身構える。
『被験体A-五二九。システムスキャンを行う為、グリーンラインに従い行動せよ』
そんな声と共に、今まで上方に向かって進む様に光っていたスリットからの光が消え、代わりに淡い緑色の光が数ある通路の一つに向かって、まるで案内をする様に進んでゆく。
被験体? システムスキャン? 一体何の事なのかは分からないが、どうやら従うしか方法はなさそうだ。
声に従いグリーンラインの後を追って通路を進むと、今度は扇型の部屋に着いた。
「なに……コレ?」
真っ直ぐに伸びる通路の左右に、ガラスで出来ていると思える夥しい数の円筒状の容器が置かれていた。容器からは何本ものチューブが生え、それ等は床へと繋がっている。
「中には何も無し……か」
中は水らしき液体で満たされているものの、何も入ってはいない。
「一体何をする為の施設なんだろう……?」
人の気配はまるで無く、見たのは何かを運んでいるゴーレムのみ。せめて人が居れば、どんな施設なのかは想像できるってもんだけど……それ等を解き明かすには、先に進むしか無さそうだ。
「あれ?」
容器が置いてある部屋を出てラインに沿って歩いて行くと、見れば通路の先は行き止まり。だけどラインはそのまま壁の中に消えている。壁に近付くと、電車の扉が開かれる音と共に壁が横へ開いて、壁の向こうから漏れ出した光の眩しさに眼が痛くなる。
「眩しっ…………でも、だんだん見えてき……た?」
その部屋は床にあるグリーンライン以外は総て白く塗り潰されていた。壁も天井も総て白いから、とても広いようにも思えるし、それ程でもないように思え、広さの認識が麻痺してしまっていた。
ポン。
マンガだったなら、そんな描写がされていた所だろう。私の左肩に乗せられた手は紛れもなく人の手だ。不意打ちされた所為で身体がピクリと反応し、心臓の鼓動が早まるのと同時に、汗が流れ出る。今迄、なんの気配も感じ取れなかったというのに、今は確実に私の背後に気配がある。何者……なんだろう?
「駄目じゃないかこんな所に来ちゃ」
背後から耳に息を吹きかけながら囁かれて、ゾクゾクっとしたものが背筋を通り抜ける。慌ててその場から飛び退きその人物を確認する。
「クレオブロス?!」
私の背後からセクハラ行為をした人物は、七賢人青のクレオブロス。天に召されかけた私の魂を救ってくれ、そして元の生活に戻るチャンスをくれた人物。
「ここに来るのはキミはまだ早い……よ。もっと大人になってからね」
如何わしいお店に間違って入ってしまったかのような言い回し。だけど私は彼の言葉を聞き逃さなかった。
「……まだってどういう意味?」
私の言葉にクレオブロスの眉がピクリと動いた。
「今の所キミには関係の無い事さ。それに……知り過ぎるのも良くない。それにしても、一体どうやってココに入り込んだんだい?」
「私だって知らないわ。気付いたらココに居たんだもの」
「フム。彼女の所為なのかな」
「彼女?」
「キミの中に居る彼女さ。キミが寝ている間に彼女が目覚め、ココに呼ばれたのだろう」
それはそれで由々しき事態だ。私が寝ている間に魔女が破壊活動を行う危険がある。
「取り敢えず、キミを元に戻そう」
「その前に一つ良い?」
「何だい?」
「ココって何の施設なの? 筒みたいな容器とかゴーレムなんかも動いてたけど……」
「キミは本当に知りたがりなんだね。でも……」
クレオブロスは私に近付く。
「(……? か……身体が動かない?)」
息は出来る。目も動く。だけど、指も腕も脚もまるで金縛りにでもあったかのようにピクリとも動かせない。
「さっきも言ったよね。知り過ぎは良くないって……」
側までやって来たクレオブロスは、人差し指で私の顎をしゃくり上げる。
「ここでの記憶は消させてもらうよ」
「……! なに……コレ」
私の瞳を真っ直ぐに見つめるクレオブロスの眼に、私の身体が吸い込まれるような錯覚。抗おうにも身体は動かせず、私はただソレを受け入れるしか無かった。
「このままキミを押し倒しても、その事を含めて覚えていないだろう」
頭の中にワンワンと声が届き、一体何を言っているのか分からないけど、多分そんな事を言っているのだろう。
「そ……んな事……をしたら……ペド認……定してあ……げる」
心は立派な大人だが、身体は幼女なのだから間違いではない。私がそう言うとクレオブロスが口角を吊り上げてニヤケた。そして私は意識を失った。
ズキズキとする鈍い痛みに意識が覚醒した。痛みの元は下腹部。別にお腹を壊しての痛みではないけど、内側に沁み入るような痛みと共に何故か重い。
目を開けると足が一本、私のお腹の上に乗っていた。……って重いわっ!
状況から察するに……私のベッドに潜り込んだミルクさんが寝返りを打った時、天井に向かって真っ直ぐに伸ばされた足が、見事なまでの弧を描いて私の下腹部を直撃したらしい。仮にも借り物の身体なんだから、気を使って欲しいもんだ。
身体には痛み以外に気怠さが残っているが、他は概ね問題無さそう。窓の外を見れば、朝焼けの光がポッカリと浮かんだ雲をオレンジに染めていた。起きるのには少し早く、かといって二度寝するのもどうか? と、いう時間帯だ。
「はぁ……しょーがない。お風呂にでも行くか」
ミルクさんの所為で中途半端に起こされてしまったし、このまま寝てても第二撃が来るのが目に見えている。私はベッドから降りて着替えを持ち浴場へと向かった。
「歳の割には結構あるな……」
膨らんだ胸をモニュッと掴むと、確かな弾力が掌に返ってくる。魔女の母体となったアリサちゃんは、本当なら五・六歳のはずなのだが、魔女が何をしたのか分からないけど現在は十歳ほどにまで成長している。私の時にも居たなぁ。小学生とは思えないスタイルをもった娘が。アリサちゃんってもしかして、ソレ系なのかな?
そんな事を思っていると、カラリと風呂場の戸が開けられ、中から出てきた人物と目が合った。
「あら? 美希さん? ついに性に目覚めました?」
いや違うから!
「麻莉奈さん。こんな早くからお風呂?」
私も人の事は言えないけどね。
「ええ。ひと仕事終えたので、サッパリしてから寝ようかと……」
寝るのこれから?!
「徹夜はお肌に悪いわよ」
「美希さんだって、夜何処かへお出掛けでしたよね?」
……へ?
「え、私? いやいや、ちゃんとベッドで寝てて……」
「私が訪ねたら、『呼ばれたから』って出て行かれましたよ?」
呼ばれた? 誰に?
「暫く戻られないので、タク様の所でお楽しみかと思ってたのですが……」
私とスズタクが……? イヤイヤイヤ! ソレアカンでしょ! 中身はともかく身体は小五だよ?! 思わず想像しちゃったけどっ、そんな事したら捕ま…………るのかなコッチって。
だけど、なんだろう? 記憶と証言がまるで噛み合わない。麻莉奈さんは私が出ていく所を見ていたし、私はそんな記憶がない。まるで夢遊病みたいに…………まさか、私が寝ている間に魔女が身体を操って何処かへ出掛けた? そうとしか考えられない。
「……さん。美希さん」
「え?」
「お風呂入らないのですか?」
「え? あ」
しまった。私マッパだった。