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第四十四話 戦の終焉と騎士の王

「女神リーヴィアよ。我らの同胞に再び立ち上がる力を、この者の傷を癒し給え」


 スズタクの傷に翳した麻莉奈さんの掌が、仄かな輝きに包まれる。


「タクッ! タクゥ! しっかりするニャァ!」


「ミルクさん落ち着いて!」


 戻って来たミルクさんが、スズタクの有様を見て取り乱し、私が彼女をなだめている。


「しっかりしろニャ! またウチを置いて行くなんて許さないニャ!」


 ……また?


「くっ……魔力が……」


 額に汗をビッシリとかいて、スズタクを治療していた麻莉奈さんは呻いた。掌で輝きを放っていた光が、徐々に薄れて消えた。


「麻莉奈! ガンバルニャ!」


 ミルクさんが励ますが、麻莉奈さんは俯いて首を振る。


「ダメです。もう魔力がありません」


 ポタリ、ポタリ。膝に置いた麻莉奈さんの手の甲に零れ落ちる水滴は、汗だけじゃなかった。私は必死になって魔法リストの中から、魔力を分け与えられる魔術を探しているが、役に立ちそうな魔術は見つからずに焦る気持ちが込み上げる。


 『死』。その文字が私の中を過る。ううん。多分麻莉奈さんもミルクさんもその事を思い、必死になって打ち払っているのかもしれない。これだけの呪文を持ちながら、これ程の魔力がありながら私には何もする事ができな……いや、まだある。私に出来る事が!


「麻莉奈さん! 私に簡単な回復魔法を教えて!」


 そうよ。私にもスキルがあった。『魔術の極意』は、覚えた系統の魔法を全て使える様になるスキル。そしてここには回復魔法のスペシャリストが居るじゃない!


「……え?」


「説明は後でするわ。急いで!」


「は、はいっ!」


 麻莉奈さんから回復魔術についてのレクチャーを受け、麻莉奈さんに手の平を翳して実行する。行うのは軽い傷を塞ぐための初級回復呪文。魔術で大切なのは色々あるけど、一番大事なのはイメージする事。呪文によって上下の幅があるけれど、大抵はイメージした通りの結果が生まれる。


「女神リーヴィアよ。我等の同胞が受けし傷を、そのお力によって癒やし給え」


 手の平に仄かな輝きが生まれ、麻莉奈さんの擦り傷が塞がってゆく。それと同時に、左目の枠には新たな魔法を習得したメッセージが記されていた。回復魔法リストの中から重傷者を回復させる事が出来る術を選ぶ。


「女神リーヴィア……」


 詠唱の開始と共に指で印を結んでゆく。


「我、汝に差配する。容認せよ、この者の全てを癒し立ち上がる為の力を与える事を容認せよ」


 詠唱が終わった。そしてもう間もなく印も結び終わる。


再起廻天之力(リザヒール・リボレーター)!」


 手の平をスズタクに向けてチカラある言葉を解き放つ。白い輝きが手の平に生まれ、同時に私の中の魔力を吸引力が劣らない掃除機のように吸い取ってゆく。魔力の大量消失によって意識が飛びそうになる。身体全体に重力がかかったように重くなり、スズタクに向けていた腕が徐々に下がり始め、気力を振り絞って持ち上げる。


 ピシリ。腕の内側からそんな感覚がした直後に、腕のあらゆる場所から血が吹き出した。


「美希さんっ!」


「大……丈夫」


 初めて使う回復魔法。しかもランクSと表記された呪文の行使によって、腕の毛細血管が破裂したらしかった。でもこれで、スズタクの傷は塞がった。だけど、流れ出た血までは魔法で補うことは出来ない。あとはスズタクの体力次第……


「……ふう」


 私はチカラを失って、ペタンと地面に座り込んだ。ファサリ、と肩から流れ落ちる髪は銀に染まっていた。魔力枯渇による一時的な老化現象。あの呪文一発でゴッソリと魔力を持っていかれた。多分今の私の顔は皺くちゃなお婆ちゃん顔だろうなぁ。



「……んっ?!」


「美希さん? どうされました?」


「ううん。何でもない」


 ……気のせいだろうか? 私の中で何かが波打ったような……


「コンドウミキ! スズキタク! どこだ!」


 建物の方向から、聞き覚えのある声が耳に届いた。アルスネル王国騎士団ナンバーワンのラスティン=アレクサード。白く塗装された鎧は薄汚れ、肩口から下がる赤いマントは半ばから千切れている。魔女が放った広範囲魔法の余波を食らったのかもしれない。直撃でなくて幸いだ。


「これは……! 大丈夫なのか!?」


 血の染み付いた地面に横たわるスズタクの姿をひと目見て、ラスティンは驚きの声を上げた。


「はい、傷は塞ぎました。あとは彼の体力次第です」


「オマエは……コンドウミキか……?」


 頷く私に、ラスティンは信じられないといった風で、私を見つめていた。まあ、以前とはかけ離れた容姿だし、しかも白銀の髪したお婆ちゃんだから無理もない。


「お前の仲間に身体を預ける。とか言われた時には驚いたが、その姿にはもっと驚かされたな。……それは魔女の身体モノなのか?」


「はい。魔女の母体となっているこの娘の名前はアリサ=フレイオン。ミネアの村で両親と兄と四人で暮らしていた女の子です」


「そうか……話は後で聞かせてもらおう。ヴァッセル市街に救護班を待機させている。そちらにスズキタクを運ぼう」


「有難う御座います」


 ラスティンは一緒に来た兵士達にスズタクを運ぶように命じると、兵士達は布と棒で簡易担架を作ってスズタクを運び出した。




 総てはアウイルの塔の封印が破られた事から始まった。と、いっても過言ではない。

 塔から溢れ出たであろう、明らかに異質の魔物がミネアの村を襲った。燃える家屋、逃げ惑う村人達。その中に混じって、母親のルイスさんに手を引かれているアリサちゃんの記憶が私の中に蘇る。


 両親と共に村人達を蹂躙した魔獣は、物陰に隠れていた幼い兄妹を見つけ出した。魔獣に立ち向かう兄のトム君。足が竦んで動けないアリサちゃん。トム君を切り裂いた魔獣は、舌舐めずりをしながらアリサちゃんに近付き……そして、視界が闇に閉ざされた。


「なる程な……」


 ラスティンは紅茶を一口飲んで、カチャリとティーカップを置いた。

 アルスネル王城会議室。広大な建物のほぼ中心にあるこの部屋は、錬金術の権威であるユーリッツ=ジャスプによって盗聴防止装置が稼働しており、タダでさえ聞かれる心配がない部屋なのに、輪をかけて盗聴防止が成されている。まさに内緒話をするのにはうってつけの部屋。


 高目の天井から降り注ぐ光の中には三人の人物が腰掛けている。その人物とは、アルスネル王国騎士団ナンバーワン、ラスティン=アレクサード。ナンバーフォー、リーナ=クラベール。そして……


『グラナート=ヘイリング=エリージア。六十五歳 :人族 男 :状態 普通 :西方大陸コラルリウムに建国されたエリージア皇国の聖騎士王』


 私の正面に腰掛けている人物は、なんと皇国の聖騎士王様。ラスティンが救援要請をして即、軍を動かしてくれたらしい。白銀の鎧を身に纏い赤のマントを下げている。年の功なのか威圧感が半端なく、人族にしては結構大柄だったりする。あと、暗くて良く見えないが、光の外側の影の中にも幾人か居るようで気配が感じ取れていた。


「して、それ以外では何も分からんのか?」


「申し訳ありません。魔女に関する記憶は一切無いのです。……ただ、イヨリ。とだけ」


 アリサちゃんの記憶は容易に引き出す事が出来たけど、魔女の出生や行動原理、その記憶等はロックが掛かって見れないようになっている。と、いう事は、七賢人がこの件に深く関わっている事を意味していた。


「イヨリ……か」


 グラナート王は顎に蓄えた白い髭に触れながら考え込んでいた。私もこれが何を意味しているのか分からない。ただの名前かもしれないし、何かの暗号……? っぽくないな。


「仕方がない。国の学者達に調べさせるとしようか」


「私共の方でも調べてみましょう。もし、何か分かりましたらお知らせ致します」


「うむ。そうして貰えると助かる。こちらも分かり次第お伝えしよう」


「有難う御座います。では早速」


 ラスティンが光の外に向かって手を軽く上げると、影の中に居た気配が一つ消えた。


「して、コンドウミキとやら。魔女の脅威は去った。そう考えて宜しいのかな?」


「はい。恐らく」


「恐らく……か。暴走の危険がある。と、言う事なのかの?」


 今、私の中には、二つの魂が静かに眠っている。一つはアリサちゃん。そしてもう一つが魔女と呼ばれた存在。どうやら私の魂は、この二つの魂よりも上位の位置付けらしく、私から干渉しない限りは何も起こらないと思われる。ただ、二人の魂を同時に抱えた事は、今までに無いから絶対とは言えない。


「万が一暴走した場合は、私の仲間の手によって討果す手筈になっています」


 アルスネルで一晩過ごしたあの時に、私はスズタク達に約束させた。


「何?! それではそなたも死す事になってしまうのだろう?」


 グラナート王の言葉に私は首を横に振る。


「いえ、私という魂は滅ぶ事はありません」


「なんと……、そうなのか? ラスティン」


「はい。彼女は第二の魔女。と、いっても過言ではないのです」


 グラナート王はフム。と、考え込んだ。……第二の魔女か。やっぱりそんな認識なんだな。世界を滅ぼそうとしたり、支配しようという訳じゃ無いのに……


「こればかりは一任するしかあるまいな。敵でない以上、孫のような年端もゆかぬ者を害するのは、騎士の道に外れる。コンドウミキよ、これだけは約束してくれ。そなたの身に何かあった場合は直ぐに報告する。と」


「誓って。この身に何かありましたらご報告致します」


「うむ。では、仲間の元へ行きゆっくりとその身を休ませるが良い」


「はい。ではこれで失礼させて頂きます」


 席から立ってスカートをつまんでお辞儀をする。


「孫の嫁に欲しいのぅ」


 退室間際にグラナート王のそんな呟きが聞こえた。嫁って?!




 あれから約一週間が経つが、スズタクは未だ目覚めず昏睡状態にあった。治療院の術者達は、これ以上の事は何も出来ないとさじを投げた。そりゃそうだ。あなた達に出来るなら私達がとうの昔にやっている。


「脈は正常。呼吸も問題無し……変わらずだね」


 脈を測るために触れていたスズタクの手首から手を離すと、すかさずミルクさんが飛び付いて手の平を握り締める。最近のミルクさんはずっとこんな調子だ。まるで彼の身を案じる恋人の様にずっと側についている。


 麻莉奈さんは買い物に出掛けていて病室には私とミルクさんだけ。今なら教えてくれるかな……?


「ねぇミルクさん。あなた日本から来たでしょ」


 ピクリ。スズタクの手を持つミルクさんの手が僅かに動いた。


「な、何を言ってるニャ。ウチはこの世界のネコミミ族だニャ!」


 ミルクさんは頑なに否定しているが、彼女の尻尾だけは違っていた。


身体(尻尾)は正直よねぇ」


 ミルクさんの尻尾がボワッと太くなっている。


「うっ! こここ、これは違うニャ! 修正希望だニャ!」


 何をどう修正しようっちゅーんじゃ。


「ねぇ、教えて。あなたはどうしてスズタクの側に居たがるの?」


「逆に聞くがニャ。どうしてウチの事を知りたがるのかニャ?」


 ……う。質問に質問で返すとは、此奴やりおる。


「私達と同じ世界から来たのなら、数少ない同郷の仲間だし」


 かつて、そこら中に居た日本人は今はたったの三人しか居ない。この世界の人達も私達と同じ外見をしているけど、やっぱりどこか違うなって感じざるを得ない。それは常に身の危険が伴う世界と、平和ボケした日本との差なのかもしれない。


「仲間……か」


「誰にも言わないって約束するわ」


「分かったニャ。ミキッちにだけ話すニャ」


 そう言ってくれたものの、彼女の口はなかなか開く事は無かった。

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