第四十三話 玉虫色の境遇
迫る光の塊は、陽射しの様な熱を帯びて放ちながら私の視界を埋めてゆく。アリサちゃんの姿、壊れた祭壇、割れ残ったステンドグラス……
それ等全てが白に染まる直前に、新たな色が私の視界を白から黒へと塗り変えた。
ザシュッ!
瑞々しいキャベツを包丁で切った様な音の後、光の塊が霧散して大量の水蒸気を吹き出し、再び私の視界を白一色に染め上げた。
「スマン遅くなった!」
「スズタク!?」
アリサちゃんのランクS魔法を斬り裂いたのは、私とパーティを組んでいるスズタクこと鈴木拓。彼は正眼に構えながら、目の前に居る少女に最大限の警戒をしている。なんちゅう登場の仕方をするんだアンタは。思わず胸がきゅんきゅんしたぞ。
「ホウ。アレを斬り裂くか……その刀、七つの武器群じゃな?」
「ああ、そうだ。お前の魔法はオレには通用しないぜ?」
「フ。それは楽しみだの」
「スズタク。彼女は宝玉を持っているわ」
「だろうな。お前が居てあんな魔法を放てる訳がない……ホレ」
スズタクはアリサちゃんを見据えたまま、腰のバッグから緑色をした小さな瓶を差し出した。
「何コレ?」
「マナポーションだ。そいつで最後だから飲んでおけ」
小瓶の蓋を開け口に近付けると、独特のアノ香りが鼻を擽った。
「どうした?」
「……青臭い」
それは、飲み手を選ぶ青い汁。その昔、父が飲んでいるのをねだって、一口飲んで吐き出してからどうも苦手なあの汁だ。
「贅沢ぬかすな」
背に腹はかえられぬ。と、鼻を押さえて飲み干す。
「うぇぇ……」
喉をドロリとした汁が通って胃に収まる。その過程の間中、芝を刈った後の臭いがずーっと鼻を擽りまくっていた。
「スマンな。待たせた」
「構わぬよ。……おぬしにも聞くが、妾のパートナーにならんか?」
スズタクは無言のままでアリサちゃんを睨みつけていた。
「フ、そうか。ならば、始めよう」
アリサちゃんの気が一気に膨らんでゆく。……来る!
「土槍針刃!」
アリサちゃんの足元から、栗のイガの様に鋭く尖った土が無数に飛び出し、私達に迫り来る。
スズタクは刀で土を斬り裂き、私は後方へ大きく退がって躱す。
「光よ! 我が意に従い光弾と成りて其を撃て!」
放った光弾は土のイガを大きく迂回し、アリサちゃんが居ると思しき場所に着弾する。が、手応えを感じない。
「黒薔薇の鞭!」
ゴバリとイガの中央をくり抜いて、棘が付いた黒いロープの様なものが飛び出し、生き物の様にうねりながらスズタクに迫るが、彼はギリギリでソレを躱しロープを断ち切った。
「スズタク!」
私の叫びにスズタクは身を引く。今だ!
「雷よ! 我が意に従い筒な成りて其を撃て!」
「美希!?」
スズタクの驚いた声が届く中、電磁加速された魔石がポッカリと空いたイガの穴に向かって射出された。その向こうには、アリサちゃんの姿がある。
ギャリンッ! ドンッ!
金属音とほぼ同時に、壁の上部に大きな風穴が空いた。ちっ、弾いたか。
「アホッ! 殺したら何にもならないだろうが!」
「手加減なんかしている余裕は無いでしょ?!」
スズタクから貰った青汁……じゃなくてマナポーションのお陰で魔力は六割程に回復したが、アレが最後である事を考えれば、手加減無しの短期決戦でいくしかない。
前回よりもはるかに強い力を得て復活したと云われる魔女だが、それはあの宝玉の能力によるものだ。それを取り上げてしまえば、私達だけででも何とかなる。……と、思う。
「ふう。なかなか面白い技を使うの。咄嗟にシールドを張ったから良かったものの、そうでなければ妾は死んでおったわ」
崩れ落ちたイガの土煙の中から、半透明のドームに包まれたアリサちゃんが姿を見せた。
……おかしい。何か変だ。言い伝えでは、魔女の魂は不滅で、死しても復活する筈だ。そして、宝玉の力でランクS魔法を無詠唱で放てるというのに、私達を巻き添えにして、自爆する様な素振りすらも見せない。
私だったらこの場にランクS魔法をぶっ放して、私達もろとも自爆し、次の身体で世界を支配するだろう。だけどアリサちゃんは、頑なにその身を護り続けている。
「おおおおっ!」
スズタクが咆哮を上げて駆け、刀を振り下ろし、薙ぐ。アリサちゃんはそれを躱し、呪文で防いでいる。
「炎よ! 我が意に従い其を貫く刃と成せ! 赤化槍刃!」
「くっ! 獄氷槍刃!」
私が放った赤い炎の槍を、アリサちゃんが放った蒼い槍とで相殺される。
「光よ! 我が意に従い光弾と成りて其を撃て! 閃光弾!」
手の平に集束された光の塊が、数十の弾となってアリサちゃんに殺到する。
「絶対結界!」
半透明なドームが現れ、アリサちゃんの身体を包み込む。私の放った魔法があらぬ方向に弾かれた。……やっぱりだ。でも、どうして? 一体何が要因で彼女は死ぬ事が許されないのだろうか?
まあ、自爆する危険がないのならば、このまま……と、いきたい所だけど、アリサちゃんの云う通り宝玉から魔力を引き出しているとしたら、先にこちらが干上がってしまう。
「風裂真刃!」
「クッ!」
アリサちゃんの放つ可視の刃がスズタクを襲い、それを斬り裂きながら大きく飛び退いて、スズタクは私の側に着地する。
「まったくキリねーな」
流石のスズタクも、スタミナが低下してきた様で、汗をかいて肩を上下に揺らしている。
「ふふ。どうした? そんなものか?」
対してアリサちゃんは全然余裕といったカンジだ。このままでは押し切られるのも時間の……ん? 私の耳に微かに届くこの声は……
「美希! 二人同時に行くぞ!」
スズタクはことさら大きな声で私に言う。私も同じく、大きな声で了承した。
「光よ! 我が剣に纏て力と成せ!」
チカラある言葉を解き放つと、手にしている剣が白く輝き出した。
「「おおおっ!」」
私はスズタクと同時に、雄叫びをあげてアリサちゃんに向かって駆け出した。
「何人で来ようが同じ事だ! 風爆!」
アリサちゃんから勢い良く風が吹き出し、私達の前進を阻む。そして、
「魔を封ずる聖なる檻!」
「なにっ!?」
虚空から出現した四本の白く輝く柱が、アリサちゃんの周囲に落下して、その中央に居るアリサちゃんに向かって、白い柱からプラズマが放たれ身体を拘束する。麻莉奈さんの詠唱を隠す為に、私とスズタクは大声出していた。と、いう訳だ。
「ガアアアッ!」
ピシリ。アリサちゃんの咆哮に呼応するかの様に、白い柱に黒い亀裂が現れた。これを打ち破るつもりか?!
『美希』
……え? 耳に付けた小型のマジックパールからスズタクの声が届いた。
『アレが破られたら、オレが突っ込んでヤツを抑え込む。その隙に麻莉奈に憑依を解除して貰え』
「え? だけど!」
『安心しろ。その身体は、ミルクが安全な所まで運ぶ手はずになっている』
「アアアアッ!」
ビシリ、ビシリ。柱の亀裂が大きくなってゆく。もうすぐ術が破られる。考えている時間がない。
『もうこれしかねぇ。頼んだぜ!』
パキィィィィン! 乾いた音を立てて四本の柱が同時に砕け散った。
「リミテーション・ブレイク!」
スズタクが叫ぶと、彼の身体が紅に輝き始めた。リミテーションブレイク。身体能力十倍相当のチカラを発揮し、相手を完膚なきまでに叩くスズタクの最終スキル。
「おおおっ!」
スズタクは咆哮を上げながら、術を破ったばかりでこちらへの注意が疎かになっていた、アリサちゃんの腕を掴んで壁を突き破って行った。
「美希さん!」
石柱の陰から麻莉奈さんが現れ私に駆け寄る。
「麻莉奈さん! 急いでお願い!」
「分かりました! ……女神リーヴィアよ……」
麻莉奈さんの詠唱が始まると、私の足元に直径一メートル程のサークルが現れ、天に向かって細かな光の棒が立ち昇る。……まったくあの馬鹿は無茶するんだから。
「ミルクさん! この身体お願いね!」
「了解ニャ!」
「この者に取り憑きし異なる意思を取り除き、あるべき姿に戻し給え!」
サークルの外周部から空に向かって円形状に白い壁が立ち昇り、私と麻莉奈さん達とを隔離する。目も眩む様な輝きが収まると、私は元の霊体に戻っていた。左目の下部にある枠には、強制解除の警告文が出ている。
「さあ、急ぎましょう美希さん!」
「え!? 私の事見えるの?!」
麻莉奈さんはコクリと頷いた。姿だけでなく声まで聞こえるとは、こりゃあびっくりだ。
「よし! それじゃあ、とっととこの戦いを終わすわよっ!」
「はいっ!」
アクアちゃんの身体をミルクさんに任せ、私達はスズタクの元へと急いだ。
スズタクが破壊した壁を潜ると、幻想的な花畑が広がっていた。その中央を抉った跡が続き、先にはガッチリと抱き合うスズタクとアリサちゃん。
「タク様ぁ!」
麻莉奈さんが悲痛な叫びと同時に、走る速度を加速させる。スズタクの身体は、彼の最終スキルによって紅に染まり、それ以上に腹部が朱に染まる。
「クソッ! 腕が抜けん!」
スズタクを貫くソレを抜こうと、アリサちゃんが懸命になって足掻いていた。
「……よぉ。遅かったじゃねーか。……ソレがお前の本当の姿か、カワイイぜ」
最終スキルであるリミテーションブレイクが解けると、スズタクはゴフリ。と血を吐いて崩れ落ちた。